ひたすら走り、坂の上を目指した。
風に靡く、漆黒の髪を横目で見ながら。

坂を登りきり、視界に飛び込んだのは
開けっぱなしの扉から溢れる白と黒の光。





「グリューネさん!!」





姿を確認する前にその名を叫ぶ。
眩い光の中、視線だけをこちらに動かし驚き目を見開く女性の姿があった。





「皆…?…どうして…?」
「グー姉さんとがいなくなっちゃうから!探すの一苦労だったんだからね!」
「ほうじゃ!悪党倒すんじゃったら、ワイ等も混ぜんかい!」





声を上げたグリューネさんに対し、俺達は武器を構えながら答える。





「私の剣は仲間を守る為にあるんだ」
「僕達の事も、少しは信用して下さいよね」
「霧の元凶を野放しにして、安穏と暮らす事は出来ん」
「皆、グリューネさんとまだまだ一緒にいたいんですよ」





「どうしていなくなった」、と責める者は誰もいない。
ただグリューネさんが無事だった事にホッとし、力になりたいと心から思っているんだ。





「…皆…」





何処か嬉しそうに、または悲しそうに言葉を紡ぐグリューネさんは
熱意の篭る俺達の視線に耐えきれず目を伏せる。

金色の瞳の中、光が大きく揺れた。
何だかとても不思議な気分だ。





「…ちゃん…」





そして脈略もなく、グリューネさんはワルターの背中で眠る少女の名を口にした。





ちゃんは…!?」





グリューネさんはバッと顔を上げる。
その表情は酷く歪んでいた。

まるでグリューネさんではないかのようで、一瞬体が強張る。





「安心しろ、ここにいる」





グリューネさんはの姿に気付くと、ホッと安堵の息を漏らす。
が、すぐに眉をハの字に下げ、酷く悲しそうな顔をした。





「…もグリューネさんも、俺達にとっては大事な仲間なんだ」
「…」
「いつか別れが来るにしても、こんな形…俺は認めない…!」





「グリューネさんもとも、まだ一緒にいたいんだ!」

「それぐらいは、言う権利あるだろ…!?」





こんな所でをくたばらせる訳にも
グリューネさんを置き去りにする訳にもいかない。

生死が関わる大きな問題であろうと、
俺は「仕方ない」と言って諦めたくないんだ。





「…セネルちゃん…」





俺は今出来る精一杯の笑顔を見せて、拳を握った。
そしてすぐに瞳の色を変える。

もう、抑える事が出来ない。

をこんな姿に変えて
グリューネさんをこんなにも苦しめた―――…

…―――目の前に佇む敵を、俺は絶対に許さない。





「行くぞ、皆!」





威勢の良い返事が背後から聞こえた。
その声に背中を押されるよう、グン、と体が前へ飛び出す。





「人の子よ…」





俺達の様子を窺っていたシュヴァルツは
ここに来て初めて言葉を口にした。

一瞬戸惑いはしたものの踏み出した足は止まらない。
飛ぶように間合いを詰め、鳩尾を狙い拳を引いた。





「わきまえよと教えた」





後数秒も経たぬ内に相手の鳩尾に拳がめり込む。
一撃が入ると確信した時、思わぬ出来事に目を見開いた。

ガクン、と何の前振りもなく体が下がる。
下がると言うよりは重くなる…いや、正確にはこれも違うだろう。

まるで空気が質量を持ち、俺達に圧し掛かってきたようだ。





「ク、ゥ…!」





何とか立ち上がろうと、片手で重たくなった体を支える。

こんな所で、諦められるか…!!

依然変わらぬ態度で俺達を見下すシュヴァルツを睨み
体を支えている手に意識を集中させた。

手から微かに光が漏れる。
今にも消えてしまいそうな光ではあるが、まだ力が出ると言う事にホッとした。





「忌々しい光…希望はなくて良い」





だけど、そんな小さな光ですら目の前の相手は摘み取っていく。
その言葉通り、爪の光はスゥッと消えてしまったのだ。





「…なっ…」





震える程力を入れても、光が戻る事はない。
圧倒的な力を目の前に、呼吸をする事も忘れそうになる。





「っなんちゅう力じゃ…!」
「アイツは、爪術さえも捻じ伏せられるのか…!?」





滄我をも超えるシュヴァルツの力を目の前に、俺達は無力に嘆いた。
知らなかった…人は敵わぬ相手を目の前にすると睨む事も出来なくなるなんて。





「見よ、グリューネ。これがこの星の実態だ」





溢れんばかりの霧が漂う空間で
平然と立っているのはシュヴァルツとグリューネさんだけだった。

グリューネさんはシュヴァルツに恐れをなさず、真っ直ぐに相手を見据える。





「このような星、その身を賭して守る価値などない」
「貴女が奪おうと言うのなら、わたくしは立ちはだかるわ」
「精霊すら存在出来ぬ未熟な世界に、如何ほどの価値があると言える?」
「喜びを共にした命が失われるのを、黙って見ているなんて出来ない」
「喜びなど不要な物だ…知ったが故に、苦しみを嘆く」
「それは違うわ…貴女は悲しい人なのね」





そう言って目を伏せたグリューネさんは
先程とはまた違う、悲しい音色で言葉を奏でる。





「喜びを知れば悲しみを知る…そんな運命を選んだのは貴女自身よ」





一体グリューネさんの目には何が見えているのだろう。
ただ分かるのは、俺達とは別のものが見えていると言う事だけ。





「否…人はいつも哀しみに暮れる、弱く小さな生き物ではないか」





ゾクリ、と悪寒が走った。





「後悔に掻き立てられ、欲する物に背を向け生きようとする」





ハッと声にならない声が聞こえ、振り返ったと同時
そこには驚き目を見開くウィルの姿があった。





「己の信念にすら疑いを抱き、不安に押し潰され逃げ出して行く」





自らの体を抱き寄せ震えるノーマは
シュヴァルツの声にゆっくりと首を振る。





「過去に過ちを犯したと理解していながら、人の優しさに甘え忘れたふりをする」





シュヴァルツに向け放たれていた殺気が一つ消えた。
同時、ワルターの背中に生えていた黒い翼が音も立てず消滅する。





「憎しみの鎖に心を囚われ、本質を見失い、挙句血を流す」





強靭な力を前に、離すまいと必死に握っていたクロエの剣が
カランと音を立て地面に転がった。





「越えられぬ宿命を前に、己の小ささを思い知る」





グ、と嗚咽を堪えるようなくぐもった声が聞こえる。
声にならぬ声を上げたモーゼスはギリギリと唇を噛み締めた。





「求めるものがありながら、痛みを恐れ愚かな道に迷い込む」





冷静であったジェイの体がピクリと動いた。
動揺を隠しきれず、無意識の内に反応してしまったのだろう。





「挙句、神に縋る」





仮面の奥の瞳は俺達を蔑んでいるのか、同情しているのか。
見えないその瞳に、俺の怒りは我慢出来ぬ所まで来ていた。





「っ…黙って聞いていれば、好き勝手な事言いやがって…!」





この震えは恐怖じゃない、怒りだ。

歯を食い縛り、今まで以上に拳に力を入れた。
いや、正確には指先に、だ。





「ふざけるなよ!!」





怒りを糧に更なる力を体に込めれば
それと同時にパァン、と何かが弾ける音が辺りに響いた。

ビクともしなかった体が動いた。
痛い程の圧力がスゥッと音もなく消えていく。

体の中に沸々と、怒りと共に湧き上がる力。
爪に灯る蒼い光は、海の恩恵が戻った事を示していた。





「この力の波動…忌々しき力の波動は…?」





無機質な声は依然変わらないが、気持ちの揺らぎを微かに感じる。





「訳も分からないまま、やられてたまるかよ!」





相手は動揺している。
ならば今がチャンスだ、と軽くなった足を動かした。





「そうです!私達は、守りにきたんです!」





背後から聞こえるシャーリィの声は、とても強かった。





「何も出来ずに、寝ている訳にはいかない…!」
「俺たちの大切な物を、理不尽に奪い去ろうとするお前を許す訳にはいかない!」
「ワイはまだまだやれる!くたばるには早すぎなんじゃッ!」





シャーリィだけじゃない。
皆が俺と同じように、あれ程の力を持った相手に向かい走る。





「グー姉さんは、絶対に、絶対に、ぜ〜ったいに!取り戻すんだからね!」
「何と言われようと、貴様を滅ぼす事は変わらん!」
「立ち向かう前から諦めるなんて…そんな真似、僕はもうしない!」





八人の光が合わさり、世界が変わる。

眩い程の光は部屋に充満した全ての霧を吹き飛ばし
ハッキリと見えた敵に俺は自らの拳を振り下ろす。





「…人の子よ、足掻くなと教えた」





女はゆっくりと、まるで飛ぶように後ろへと退く。
鈍い音を立て拳は地面に突き刺さり、手の痺れが体全体に伝わった。

女は未だ気付いていないようだ。
今更そんな揺さぶり、ちっとも効果がないと言う事を。





「それが人なのよ」





カツン、と一つ音が響く。
女は音が聞こえた方へ、ゆっくりと視線を動かした。





「足掻き、苦しみ、それでも立ち上がるの」





俺達とシュヴァルツの間に立ったグリューネさんは、まるで別人のようだった。

別人のよう…と言うには違う。
俺が見たその背中は、間違いなく別人だった。





「知りなさい、シュヴァルツ」

「これが人の力、心の強さです!」





フワリ、とグリューネさんのヴェールが揺れる。
柔らかく、優しく、何処からともなく吹いた風が頬を掠めた。

細い糸のような髪がサラリと流れる。
そんな彼女から流れ出る空気はまるで人ではない。





「…シュヴァルツ、そなたを倒します」





“女神”だ。
そんな言葉が、頭の中に浮かんだ。










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修正:14/01/17