…―――全てを知る覚悟があるの?
…だ、れ…。
…―――…違う…、わたしが…になら…
何を、言ってるの…?
…―――…なら、受け入れてくれる。
…―――あの方を生かしておいてくれた、…なら信じられる。
…アンタは、誰を呼んでるの…?
…―――…が全てを知る覚悟が出来るのを待っていたんじゃない。
…―――わたしが、全てを教える覚悟が出来たんだ。
「…記憶と力が戻ったか、グリューネよ」
「え」と誰かが声を漏らす。
背中にセネル達の視線を感じながらも
グリューネはただ真っ直ぐにシュヴァルツを見つめた。
「だが、もう手遅れだ」
「…」
「遅すぎた覚醒、力の差は歴然としている」
「…それが、どうしたと言うのです」
声を掛けようにも許されない空気に、セネルは伸ばした手を引っ込めた。
「それでも足掻くと言うのか…愚かではないか、グリューネよ」
気が付けば一度消えたはずの霧が再び部屋に充満している。
床から、天井から、壁から何処からともなく湧き出る霧は
ほんの数秒でセネル達の視界を闇一色にした。
「全ては終焉へと向かっているのだ」
シュヴァルツが両手で天を仰げば、空気が大きく揺れる。
驚きながらも再び武器を構え直すセネルの前
グリューネは金色の瞳を鋭く光らせ言葉を紡いだ。
「終焉へと向かうのは、そなたの方であろう!」
空を斬る速さで前方に手を突き出したグリューネ。
その手からは眩しい程の強い光が溢れ出す。
シュヴァルツの頭上に幾千もの明光が現れ
相手の体に向かい爆音と共に落ちていく。
地に落ちた光は床を溶かし、焦げ臭い匂いを辺りに充満させた。
微動だにしなかったシュヴァルツの体が大きく傾く。
だが皮膚が焼け爛れても、シュヴァルツは顔色一つ変えなかった。
グリューネの攻撃だけではない。
加勢を、と動き出したセネル達の攻撃全てが効かないのだ。
「ちょっと…全然平気そうじゃん!!」
グリューネの攻撃に続きブレスを唱えたノーマは荒い息を吐きながら泣き言を吐く。
シュヴァルツは依然平然としていて、こちら側の疲労ばかりが溜まっていく。
このまま同じ事を繰り返せば勝敗がどうなるか等、誰が考えても明確だ。
「ド畜生…!槍が通らん!!」
「どう言う事だ…!?」
距離を取るセネル達を見て、シュヴァルツは乱れた髪をユラリと揺らした。
「…グリューネよ」
シュヴァルツにとって、セネル達等そこらを飛んでいる羽虫程度。
当然のように無視をし、シュヴァルツはグリューネの名を呼んだ。
「この戦いに、人の子を巻き込むと言うのか」
「…」
「…星を巻き込むと言うならば、我もそれに従うとしよう」
グリューネの指先が微かに動いたのをシュヴァルツは見逃さない。
シュヴァルツの言葉がそのままの意味ならば、と大きく目を見開いたグリューネは
肩を上下させ呼吸をするセネル達に向かい、腹の底から叫んだ。
「いけません、逃げるのです!!」
突然の事に目を丸くする仲間達には事の重大さが分かっていない。
グリューネはすぐにその事実に気付き、悔しそうに目を細めた。
非難させるのが無理であれば、とグリューネは再び詠唱を開始する。
シュヴァルツはそれを分かっていながらも止めようとせず
己自身の力を溜める為に時間を費やした。
渦巻く二つの力を目の前に、セネル達は戸惑うばかり。
次に何が起きるか予想も出来ず、自らの無力さに怯えた。
「子の嘆き、哀しみ、苦しみ…我を満たし、我の力となれ…」
瞬間、地面が大きく揺れる。
唸るような音と共に徐々に大きくなる地震。
セネル達はまるで目の前の敵に跪くように膝を付き床に手をつく。
「グリューネ、分かるだろう…この絶望的な違いが」
多量の霧の中佇むシュヴァルツはゆっくりと言葉を奏でる。
その言葉を合図に、霧は彼女の手中に集まり黒い塊と化した。
「やだ…何、これ…」
巨大な霧の塊を目の前に、ノーマは震える声を発する。
「あたし、今怖いって思ってる…」
「ド畜生…!なして、足が震えるんじゃ!!」
「動きたいのに、動けない…」
「私が今感じているのは、恐怖だと言うのか…」
立つ力さえ失った仲間達は口々に恐怖を語る。
抵抗する事さえ許されず、ただ目を伏せ唇を噛み締めた。
「人の子よ、それで良い…」
優しく語りかけるようにシュヴァルツは言う。
すると彼女の手の中にある霧は大きく膨れる。
「足掻くのを止めよ、受け入れるのだ」
「もはや後戻りの出来ぬ場所へと、世界は誘われている」
色とりどりの瞳に映る黒い霧は彼等、彼女等を絶望へと誘う。
何も怖い事はない、と甘く囁きながら。
「人の子よ、もう吠えるな…」
誘われている場所が無の…死の世界である事にすら気付かずに。
「我が腕に抱かれ、安らかな眠りに堕ちろ」
子守唄のような心地良い声に、セネルは体を震わせた。
受け入れたくないと心が拒んでも、何処かでそれを望んでいる。
相反する気持ちに、握り締めていた拳が徐々に緩く解けていく。
「星は滅びを望んでいるのだ」
「子は滅びを願っているのだ」
「故に子等はこの力を目の前に、恐怖に怯え、震え、逃げたいと…そう願っているであろう」
負けてたまるか、と体に力を入れてもビクともしない。
揺れにも慣れたと言うのに、頭がクラクラする。
上手く動く事の出来ない自らの体にセネルは怒りを覚えた。
相手を倒したい、そう思っているはずなのに体は言う事を聞かず
ただ絶望と屈辱を目の前に声にならぬ叫びを上げる。
それが正しい姿だ、と言わんばかりにシュヴァルツは無表情で彼らを見つめた。
「…この星の人々は生きる事を望んでいるのです」
激しい揺れの中、グリューネだけは目の前の相手に同じ目線で語りかける。
「嘆きや絶望だけが、人を支配しているのではありません」
グリューネの澄んだ声は絶望に誘われていな仲間達を現実へと連れ戻す。
生きる事さえ見失いかけていた虚ろな瞳に生気が宿った。
「グリューネよ、夢は終わったのだ」
闇へ誘う音色、光へ導く音色。
真逆であり、同一でもある歌声に仲間達はただ混乱するばかり。
そんな人の心の揺れを察知したシュヴァルツは
恐らくそこにいる誰もが知りたくない現実を突きつける。
「グリューネよ…そして人の子よ。静かに終焉の時を迎えるが良い―――…」
「…―――そこの娘のように」
仮面の奥の瞳が、横たわる少女へと向けられる。
少女の閉じた目がシュヴァルツを見つめ返す事はなかった。
シュヴァルツは何処か、少女が目を開ける事を期待していたのかもしれない。
無機質な女の纏う空気が、微かにだが変化を見せた気がした。
「…」
だが、それも叶わぬ夢だと気付きシュヴァルツは自ら霧となり消えた。
残された霧の粒子もこの場に留まる意味をなくし天へと昇る。
地震も治まり、辺りは何事もなかったかのような静寂に包まれる。
先程までの惨劇を物語る形跡もなく、また驚異的な力を発揮していた女もいない。
「…シュヴァルツ…そなたは…」
ある一点を見つめ、グリューネは静かに言葉を落とす。
ジッと床を見つめる彼女の瞳は、何処かシュヴァルツに同情しているかのように見えた。
時の流れに取り残されたセネル達は瞳を丸くし
何時の間にか動けるようになった自分たちの体を触ったり、見つめたりしている。
頭の中は今起きた事を整理しようと必死だった。
「…ワイ等、生きちょるんか?」
やっとの事で声を上げたのはモーゼスだ。
夢のような体験をし、自分の体がまだここにある事に疑いを持ちながらも
震える声で誰かに答えを求める。
「…シュヴァルツは?」
モーゼスの問いに答えるよりも先に
仲間達は次々に自らの疑問を口にする。
状況を理解するには分からない事が多すぎる。
霧の事、シュヴァルツの事…そして、グリューネの事。
「シュヴァルツは役目を終え、去りました」
「…」
「……」
「…あ、あの〜、グー姉さん?」
「?」
敵が去っても尚ピリピリとした空気を放つグリューネに対し
耐え切れず名を呼んだのはノーマだった。
表情を変えず、グリューネはノーマへと視線を移す。
いつもと違うグリューネの行動にノーマは戸惑いを隠せない。
戸惑うばかりか、何処か恐怖にも近い感情を覚えた。
「い、いや…何か凛々しい雰囲気だね!」
「……」
「…ご、ごめんなさい」
「何故謝るのです?」
混乱しながら頭を下げるノーマを見て、グリューネは理解不能だと言葉を漏らす。
何故謝るのか、そう問われただけなのに
まるで責め立てているよう聞こえる程グリューネの声は冷静なのだ。
「…グリューネさん、記憶が戻ったんですね?」
「えぇ…全てはあなた方のお陰です。礼を申します」
グリューネは迷いもなく頭を下げた。
ヴェールが揺れる…そんな自然現象一つ取っても今の彼女は神秘的に見えた。
寄り付き難い雰囲気に、セネル達は一歩下がり輪を作る。
「ホンマにあれ、姉さんなんか?」
「以前のほわ〜んとした感じとは、まるで違いますね」
「信じ難いが、あれが本来の姿なのだろう…」
「ホントに信じ難いね…もう抱きついたり出来そうにないよ…」
声を潜め本音を漏らすセネル達を、グリューネはただジッと見つめていた。
視線に気付けば皆が皆大袈裟に体を跳ねらせて、
アハハと乾いた笑みを零し、動揺を誤魔化し始める。
「…何か?」
「い、いや〜何にも?」
「と、とにかく記憶が戻って良かったですね…!」
「うん、そうだね!いや〜本当に良かったよ!!」
「何を焦っているのです?」
「焦ってなんてないない!ね?皆!」
「…」
首が折れそうな程頷き、ニコニコと笑うノーマを見て
グリューネはゆっくりと目を細める。
責めている訳ではないその瞳も、仲間達には睨んでいるように見えたのだろう。
再び大袈裟な程体を跳ねらせ、ぎこちない空気が流れた。
嫌な沈黙が流れ出したその時、何処からともなく舞い降りた一枚の羽根。
陽の光を受けて輝くそれはヒラリヒラリと揺れながら
ゆっくりとグリューネの手中へ納まる。
「…羽根…?」
「これはわたくしの、目覚めの証です」
グリューネは静かに目を閉じ、舞い落ちた羽根を抱きとめる。
言ってしまえばただの羽根、見る人によっては価値がない。
だけどグリューネはそれを愛おしそうに包み込んだ。
それが何を意味しているのか、セネル達には理解出来ず
また理解しようと言う余裕すらない。
「…ここにいても仕方がない。一旦街へ戻ろう」
「あぁっ…早く、を助ける方法を探さないと…!」
「…、助かるかな……」
「助かるかではなく、私達が助けるんだ」
ワルターに背負われた少女は未だ目を覚まさない。
その姿は精巧に作られた人形のようだった。
それでも希望があるなら、と前を向き歩き始めたセネル達を
グリューネはただ黙って見つめていた。
「行きましょう、グリューネさん」
スッと、グリューネの横を通り過ぎたジェイは
焦燥しているとは思えない冷静な声で言葉を発する。
「話し合う事、確かめる事、色々とありますから…」
グリューネの横を通り過ぎる一瞬
ジェイの瞳はとても冷たいものへと変わる。
それが何を意味するのかを察したグリューネは、目を伏せ歩を進めた。
シュヴァルツが消えた今も、仲間達を取り巻く空気は変わらない。
圧し掛かる程の重たい空気を、誰もが肌で感じていただろう。
そんな空気を一瞬にして変える事の出来る少女はたった一人しかいない。
だけど空気を変える笑顔を見る事は出来ないのだ。
少女自体が、目を覚ます事がないのだから。
Next→
...
修正:14/01/17