「シュヴァルツと破壊の少女が…家族、だって…?」





震える唇で言葉を述べた俺に対し、グリューネさんは強く頷いた。

皆、言葉を紡ぐ事も儘ならない。
顔を歪め、呼吸を繰り返す事に精一杯だった。





「…だから、あれ程忠告をしたと言うのに…」





グリューネさんは嘆く。
俺達にそれを否定する事は出来なかった。

グリューネさんが思っている事は正しい。
俺は嘆かれて当然の、ただの弱虫だ。





「悪人だと思っていた者が、自分達と同じように家族を愛している」

「それを聞き、あなた方はどう思いました?」

「家族を知るシュヴァルツを倒したくないと、そう思い始めたのではありませんか?」

「家族を大切にしている者同士だからこそ殺し合いたくないと、そう思ったのではありませんか?」





グリューネさんの言葉は俺達の胸に深く深く突き刺さる。

グリューネさんの言う通りだった。
だからこそ、誰もが悔しそうに拳を握り締めたのだろう。





「…じゃったら、何だって言うんじゃ…ッ」





それでも認めまいと、現実を直視せず声を上げたのはモーゼスだ。





「シュヴァルツと破壊の少女が家族じゃろうと、そがあなもん関係あるか…!」

「家族が欲しいっちゅう理由で、を殺すんはおかしいじゃろ!!」





そう吠えながらモーゼスはグリューネさんを睨む。
グリューネさんは八つ当たりにも近いその感情全てを真っ直ぐに受け止めた。

きっと、モーゼスも心の内では分かっているのだろう。
怒りの矛先はグリューネさんではない、と。

それでも吐き出さずにはいられないのだ。
それが人間と言う者の特徴だ。





「そげな奴に気ィ遣う必要なんぞない!!先に手ェ出したんはシュヴァルツじゃ!!」

「シュヴァルツは、ワイ等の大切な家族を殺したんじゃ!!」

「そげな奴に、家族を語る資格なんぞない!!」





部屋の中、聞こえるのはモーゼスの荒い息だけ。

その姿を滑稽だと笑う者はいなかった。
だけどグリューネさんの瞳には、俺達がとても小さく映っていただろう。





「貴方は、自分がそう思いたいから…自分が正しいと信じたいから、吠えているだけです」

「それは覚悟とは違うのですよ」





グリューネさんは淡々と事実を述べた。
モーゼスは言い返す事も出来ずに壁に拳を叩き付ける。

大きな音にビクリと肩を跳ねらせたノーマを見て
モーゼスはハッと息を呑み罰を悪そうな顔をした。





「あなた方にシュヴァルツを倒す事は出来ないのです」

「…例えシュヴァルツが破壊の少女と家族でなくても、あなた方と彼女が家族である限り」





グリューネさんの言葉に誰よりも先に反応を見せたのはジェイだった。
ピク、と指先を動かし、伏せていた目をゆっくりと上げる。





「例えあなた方が覚悟を決めたとしても、また別の真実があなた方を襲う」

「未来へと繋がる道は幾千とあります。
 ですがあなた方には“シュヴァルツへ立ち向かう”と言う道はないのです」

「ここで手を引くのが最良の判断だとわたくしは思います。
 あなた方は何もせず、滄我に祈りを捧げていればそれで良いのです」





グリューネさんは二度、三度と俺達を突き放す。
俺達が納得しようがしまいが、現実は変わらないと言う事を言葉を変え何度も説明した。

現実を直視出来ず瞳を反らす仲間達。
そんな中、ジェイだけが他の者と違う反応を見せた。





「“あなた方にシュヴァルツを倒す事は出来ないのです”…」
「…」
「“…例えシュヴァルツが破壊の少女と家族でなくても、あなた方と彼女が家族である限り”」
「……」
「この言葉の意味を、教えてください」





習うよう言葉を繰り返したジェイに対し、グリューネさんは僅かな反応を見せる。
常人には気付く事が出来ない程の些細な反応を、きっとジェイは見逃さなかっただろう。

数秒の沈黙を置き、グリューネさんはゆっくりと首を振る。
あれ程残酷な真実を教えても尚、この先“だけは”いけないと言わんばかりに。





「既に絶望を味わったでしょう…何故そんなにも真実を知る事を願うのですか」
さんが関わっているから」
「…」
「それ以外に理由なんかありませんよ」





鋭い瞳を向けるジェイにグリューネさんは言葉を詰まらせた。

…そうだ。
ジェイの言う通りだ。

俺達が真実を知りたい理由は、シュヴァルツを倒したいからじゃない。
きっとそこに、と言う少女が関わっているから。





「それに僕、自分の知らない事があるのって許せないんですよね」





真っ直ぐ、グリューネさんを見つめながらジェイは言葉を紡ぎ続ける。

いつも人を小馬鹿にするよう零す言葉も
今日だけは冗談なしの本気だった。





「今更教える事が一つや二つ増えても、何ら変わらないと思いませんか?」

「例えシュヴァルツと破壊の少女が家族であろうと、僕達はさんを助けたい」

「その為にも、全てを知り最善の策を練っておきたいんです」

「シュヴァルツの目の前で真実を知ってしまった日には
 それこそ激しく動揺し僕達の勝ち目はなくなります」





ジェイが喋り終えたと同時、辺りの空気は大きく変わる。
皆の目を見れば一目瞭然だった。

仲間の為ならばどんな困難でも立ち向かえる勇気がある。
人に聞いたからと言って、考えを変える事もない。
どんな絶望が待っていようとも、今まで何度も希望へ変えてきた。

共に行動してきたグリューネさんも、きっと分かってくれるはずだ。
今からでも手を取り合い、立ち向かう事が出来ると。

だけど、希望があると信じてやまない俺達を見て
グリューネさんはただ哀れみの瞳を向けた。





「シュヴァルツをどうにかすれば彼女が救われる…。
 その考えが既に間違いだと、どうして気付かないのですか…」





再び空気がガラリと変わった。
重たい、と言うよりも凍る、と言った表現が正しいだろう。





「大切な仲間を傷付けたシュヴァルツを倒したい…その気持ちはわかります」

「ですが、それは所詮仕返しにしかなりません…仇を討ち、その後に何が残るのです?」





臆する事もなく、俺はゆっくりと言葉を返す。
そこには迷いもなく、また恐れもなかった。





「世界の平和と、シュヴァルツがいる事によって悩む女の子が一人救える」

「…こんなにたくさんの物が残るんだ。これは仕返しなんかじゃない」





俺の言葉に対し、仲間達は強く頷く。
それでもグリューネさんは首を横へと振り続けた。

俺は何も間違った事は言っていない。
なら一体、何がダメなんだ。





「全ては、残らないのですよ」





グリューネさんの言葉はゆっくりと、それこそ時の流れが変わって感じる程の速さで耳に届く。





「あなた方が望んでいる物は、二つ同時には手に入らない…」





嫌な予感、と言うものを感じているのだろうか。
頬に一つ汗が伝い、覚悟を決めたはずの目が大きく見開き揺れている。

ドクドクと五月蠅い心臓の音に混じり聞こえるグリューネさんの声は
きっと、聞きたくないと耳を塞いでもとてもクリアに聞こえただろう。





「世界の平和を望むのなら、少女の生は諦めなさい」

「少女を一時的にでも救う事を望むのであれば、この世界を手放しなさい」





一体、何を言っているんだ。
そう口にしたくても、グリューネさんの放つ空気が許さなかった。





「これが立ち向かう事を選んでしまった…全てを知る事を望んでしまったあなた方への罰です」

「この戦いが終わるまで、ひたすら狭間を彷徨い、悩み苦しみ、嘆き潰れる」





「どう言う事ですか?」と問うジェイも嫌な予感と言うものを感じているのだろう。
他の者に比べれば冷静ではあるが、動揺を隠せる程の余裕はない。

その整った口から次に溢れ出る言葉はどんなものなのだろうか。
良くないものだと分かっていても耳を塞ぐ事は許されない。

ただただグリューネの言葉を待った。
今にも逃げ出したい足を踏ん張り、茶化したい唇をぎゅっと噛み締めて。





「…黒い霧に汚染されたものの末路を、ご存知ですか?」





ゾワリ、と体が跳ねる程の悪寒に襲われた。
寒い、と思った時には体が震えだし、止まれと思っても言う事を聞かない。

ガタガタと揺れる自らの拳を見た時、自分自身の体から溢れ出る黒い霧に気付いた。





「鋼の鎧を着る者よりも頑丈な体を手に入れ、人とは思えない程の力を揮う」





自らの体から異物が噴き出る様子を見て、とても落ち着いてはいられなかった。
恐らくこれが、先程グリューネさんが話していた負の感情と言うものだろう。

霧はその場に留まる事なく、フワフワと空気中を漂いながらも上空へと昇って行く。





「霧は知らぬ内に体内を汚染し、強大な力は心身共々呑み込んでいく…」





空を舞う霧を掴みとろうとも、触れる事すら出来なかった。
指と指の隙間から溢れ出た霧は、進路を変える事なくただ天を目指す。





「己の意義を全うし儚く散る事さえ叶わず、腐敗した匂いを撒き散らし―――…」

「…―――惨めな姿を晒し萎れていく」





霧は在ろう事か、天井をすり抜け更に上へと昇って行く。
物理的な壁も意味はなく、どの霧も例外なくただ一点を目指していた。





「…あなた方から溢れているその感情が、何処を目指しているのか分かりますか?」





ビクリ、と大きく肩が跳ねた。
俺だけではなく、皆の肩が。





「…いるでしょう、あなた方の近くにも」

「霧を吸い込む事により膨大な力を手に入れて」

「汚染されたくないと、泣きながらあなた方に助けを求めて」

「一時的に死しても尚限界が来ている事に気付かずに―――…」










「…―――意識を失いながらも霧を吸い続けている、一人の少女が」










Next→

...
修正:14/01/17