あれから何分、何時間、何日経ったのだろう。
それこそ、もしかしたら数秒だったかもしれないし
一年以上経っているかもしれない。
でも、どれだけ時間が経ったかなんて大した問題じゃないんだ。
私がどんなに長い間彷徨っていようと、待っている人間がいるかも分からないんだから。
「…」
ポゥ…と音を立て、目の前に光が現れる。
ぼう、とする私の目の前をふらつく光は
徐々に、ゆっくりと膨らみ人の形を作り上げた。
「…どうして、迷っているの?」
光は私にそう問うた。
どうして、なんて。
そんなの愚問だ。
全てを知った私が、何を口にすれば良い。
「わたしは、全てを教える覚悟が出来たからに教えたの」
「それなのに、はこんな事で挫けちゃう、ちっちゃな覚悟しかなかった、の?」
光は私を責めるように言葉を紡ぐ。
虚ろな瞳を細めると、光に包まれた少女の姿がうっすらと見えた気がした。
ああ、きっとこの光は破壊の少女の魂だ。
「…覚悟なら、あった」
口にして、虚しくなる。
私は自分から求めたのだ。
この世界の真実と言うものを。
ただ、知った所で何の解決もしなかった。
あれ程熱心な自分が消えた…ただそれだけ。
「もう…何処が前かも分からない」
「シュヴァルツを倒すのが前だよ…の前は、そこしかないの…」
どうしてそんな、平然と“倒す”なんて言える訳?
放心していた自分の体がピクリと動く。
ああ、私はまだ生きているんだと他人事のように思った。
私を動かしたのは強い意志でも全てを知った責任でも、何でもない。
ただただ、沸々と湧き上がる“怒り”だけだった。
「…な、に…それ…」
「アンタのお母さんだろ…!?」
光のない自分の瞳から、大粒の涙が流れる。
酷く黒い闇の中で、雫は光に反射し煌いた。
目の前の光は、既にシルエットではなくなっていた。
フワリと揺れる水色の髪。
黙って私を見つめる金色の瞳。
誰かに答えを求めなくとも、ずっと一緒にいたもう一人の女の子だとすぐに分かった。
「何でそんな事、簡単に言える訳?」
「…」
「人に何もかも押し付けて、自分は外から見てるだけ!?」
裏返る声を恥じる事もなく、私は続けた。
「私は何も知らなかった!知らなかった所で話を進めてたのはアンタとシュヴァルツじゃん!」
「なのに、今更全部私頼り?私なら何とか出来るって?
ッそんな風に、今更頼られる事で私が満足するとでも思ってんの!?」
「突然この世界に呼ばれて、訳も分からず利用されて…!」
「私の気持ちなんて、これっぽっちも考えた事ないくせにッ!!」
少女は眉を下げ、哀れみの瞳で吠える私を見つめた。
ああ、可哀想にと声に出さなくても彼女の気持ちは充分に分かった。
その表情は何だ。
その瞳は、一体何なんだ。
酷く苛ついて、酷く心が痛む。
「ッもう…止めて…」
「アンタ等のくだらない親子喧嘩に、私を巻き込まないでよッ!!」
何もない闇の中、私は音もなく崩れ落ちる。
きっと少女は、膝を折る私を見て滑稽だと笑っているだろう。
…ああ、本当に滑稽だ。
もう、こんな事で挫けないと決めたのに。
自分の運命を呪う事なく、前を見て歩くと決めたのに。
そう、何度も何度も決意したのに。
私は結局、こうして誰かに甘える事ばかり上手くなる。
「…、ぅ…っ…」
何でも人に押し付けようとして。
何でも人のせいにして。
…本当に言いたい事は、こんな事じゃないのに。
「…泣か、ない…で」
フワリ、と誰かが私の体を優しく包む。
温度はない…だけどとても暖かく感じた。
「お母さんは、もう…駄目、なの…」
耳元で聞こえる、姿よりも幼い舌ったらずな声は
自らの知っている言葉を必死に探し、途切れ途切れに音を紡いだ。
何だかとても心地良い音色だ。
どうして少女は初めから、私にこの音色を聞かせてくれなかったのだろう。
「お母さんを、わたしから…解放、したいの」
耳元で囁かれる声の微かな震えに気付いた時
肩に生暖かい雫が落ちた。
「もう…お母さんを、縛っちゃうのは…嫌、なの…」
誰かのぬくもりを欲していたのは私だったはずなのに
少女はキュ…、と弱々しく私に体温を求める。
「わたし、は…とても、我侭だった…だから、お母さんを…そくばくしてた…」
「我侭言ったのは、わたしなのに…わたしはお母さんを一度、嫌いになっちゃった……」
「わたし…お母さんに騙されたの、ずっと恨んでた…」
「だけど、また自分の我侭の為に、お母さんの手を、取った…」
「お母さん、ずっとわたしのお願い聞いてくれて、る…。
わたし、これじゃずっとお母さんに我侭言っちゃう……」
「だから、お願い」
「お母さんを殺し、て」
少女の涙が私の肩を濡らし、私の涙が少女の髪を濡らす。
その瞬間、私達は初めて一つになれた気がした。
少女が「母親を殺す」と言うのに、どれだけの勇気が必要だっただろう。
きっと心が押し潰されそうになり、息をする事さえ辛いと感じたはずだ。
私が「逃げたい」と嘆く事は勇気じゃない。
なら、私の勇気は何処にある?
きっと、今の気持ちを正直に話すのが私のしなければいけない事だ。
「もう一回、話し合えば良い…」
無意識に口から溢れた言葉に少女の震えが止まった。
「まだ、何もしていないのに殺すなんて…そんなのおかしい」
「…」
「それが、本当の願いだよね?」
少女は首を振らず、ただ大粒の涙が溜まる目で私を見つめた。
その瞳に映る私は、何とも言えない表情を浮かべていた。
嬉しいのだろうか、悲しいのだろうか。
そんな自分の感情も、暗闇の中に長い事いる間に分からなくなってしまった。
「私はもう良いよ…この体もあげる…」
「二人で、数百万年前の続きをやり直しなよ…」
私は笑った。
どんなにらしい事を言っても、結局逃げているだけだと気付いた自分自身を嘲る笑みだった。
だけど少女は首を振る。
決して、逃げようとする私の意思を否定するものではない。
ただただ、駄目だと言って首を振った。
「もう、無理なの」
「やり直しは、もう無理なの」
無理って、どうして?
私がそう問う前に彼女はゆっくりと口を開く。
拍子、溜まっていた彼女の涙がまたポタリと闇へと落ちた。
「お母さん、を殺しちゃった…だからもう、無理なの」
「…何…?」
「お母さんは、ホンモノのわたしを、忘れちゃったの…」
「…ホン、モノ…?」
「だからわたしは、もうお母さんの目には入らないの…」
何、言ってるの。
訳が分からないよ。
「わたしは、もうあんなお母さん見たくない…」
「ニセモノのわたしを見るお母さんなんて、嫌なの…」
「もう、私からお母さんを解放してあげるの」
ドン、と力強く体が押し出される。
「だから、…お母さんを、殺して…助けてあげて」
「お母さんに、それはわたしじゃないよって、言ってあげて」
「それが出来るのは、しかいないんだよ…」
遠くなる少女は、私に向かいとても柔らかい笑みを浮かべていた。
シュヴァルツと幸せな時を過ごしていた、あの時のように。
「我侭は最後にするよ」
「もう、に変な力を持たせたりしないし、ソロン様のとこにも行かないよ…」
「だから、…わたしの最後の我侭、聞いて…?」
どうして、私達は初めからこうして話す事が出来なかったのだろう。
もっと早く、こうなる前に二人の気持ちを曝け出せていれば
きっと、こんな事にはならなかったはずなのに。
でも、どうしてだろう。
そんな後悔よりも、アンタの笑顔を見たら
あの世界に帰らなきゃって、そんな気持ちになったんだ。
あんなに否定してた世界が、何よりも輝いて見えたんだ。
「…殺さないよ」
暗闇の中、距離のある少女に私の声は届かないかもしれない。
だけど私は、遠くにぼんやりと見える少女に
ゆっくりと口の端を吊り上げ、笑顔を見せた。
「助けるから」
「どんなに大変でも、私の大事な人皆、助けてみせるから」
やっぱり私は、馬鹿なんだ。
少女が言うようにシュヴァルツを倒すと決めてしまえば
加勢してくれる仲間達がいると分かっているのに、それじゃ嫌だと我儘ばっかり。
それは選択を迫られ、逃げている事と同じなのかもしれない。
だけどきっと成し遂げられると言う根拠のない自信があった。
「私が大切な人も、アンタが大切な人も…どっちも大好きだから」
過去の二人を見て気付いたんだ。
シュヴァルツはきっと、本当の意味でグリューネさんと同一なんだって。
力を向けてる方向は違えども、大切な人に見せる笑顔はとても優しいんだって。
だから私がグリューネさんを好いているなら
きっと同じ感情をシュヴァルツにも向けているんだ。
…なんて、こんな事皆に話したらギャーギャー言われそうだけど。
「きっと、出来るよ!皆が幸せになれる世界が!」
「私がそれを証明してみせるから!」
この声は、破壊の少女に届いたかな。
もう姿も見えない程、私達の距離はあいてしまった。
それでも、あの子ならこう言ってくれるって信じてる。
「ありがとう」って…あの優しい笑顔で。
暗闇の世界に、一つの光が射し込んだ。
私は吸い込まれるよう光に包まれ、意識を手放す。
この光の先に、どんなに辛い現実が待っていようと
私は自分の責任を果たしてみせる。
何の力もない、だけど皆の笑顔を見たいと言う気持ちは誰にも負けない。
…―――あの子の為にも、私の為にも。
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修正:14/01/17