「立てるか?」
差し伸べられた手を取り、ゆっくりと体を浮かせる。
自分では立っているつもりなのに、やっぱり体は言う事を聞かない。
グラリと傾いた体は、そのままウィルの胸の中にボスリと埋まった。
「ご、ごめん」
「お前が悪い訳じゃないだろう」
「ありがとう…しがみ付いて良い?」
「ああ、構わないさ」
ウィルの太く逞しい腕に自らの腕を絡め、グ、と力を入れる。
立てる事には立てたが足はガタガタと震え、歩けるかどうかはまた別の問題。
一歩出るか出ないかで踏ん張る私を見兼ねてか、ウィルはゆっくりと自らの歩を進める。
すると、私の足もつられるよう前へ動き始めた。
「動いた!」
「ゆっくりなら歩けそうだな」
「うん!」
気味が悪いくらいに満面の笑みを浮かべる私に、ウィルはただ微笑む。
いつもなら「調子に乗りすぎだ」と軽く殴られているはずなのに
今はただただ、その優しい瞳を私に向けていた。
「でも、何でこんな事になっちゃったんだろ?」
本当不思議、と声を上げた瞬間、ウィルから笑顔が消えた。
「っ…」
私の独り言のような何気ない言葉に、ウィルは唇の隙間から息を漏らす。
「ウィル…?」
明らかに表情を変えたウィルの異変に気付き、声を掛けた。
なるべく驚かせないよう、控えめに、小さな声で。
「…そう言えば、まだ言ってなかったな」
長い沈黙の後、やっと口を開いたかと思えば
話題は全く別の物へと変わっていた。
「どうしたの」、ともう一度問おうと微かに唇を動かした瞬間
ウィルは私の頭の上にぽん、と優しく手を乗せる。
「…おかえり、」
そう言って、ウィルは私の髪をゆったりと撫でた。
私を見つめるその瞳は、髪を撫でる手以上に優しかった。
一瞬何をされ何を言われたのかも分からなかった私は
真っ直ぐなウィルの瞳に阿呆面を晒す。
涸れた地面に水が染み入るよう、ウィルの言葉が胸にジワジワ入り込む。
理解出来たと同時、私は満面の笑みを浮かべ、喜びをウィルへと伝えた。
「っ…ただいま!」
「おかえり」とたった一言、遅れたとは言え言ってくれた事が凄く嬉しかった。
私を忘れずに待ってくれている人がいた、と言う事実が今の私の支えなんだ。
「さあ、行くぞ」
…だけど、やっぱり何かがおかしい。
「まだ朝早いからな、これでも羽織れ」
ウィルはとても優しく、私の事を気遣ってくれる。
だけど、私がある話題に触れようとすると、とても怖い顔をするんだ。
その話題が何なのかは分からない。
分からないけど、ある一部分に関して
敢えて“私”と言うものを避けている気がする。
ウィルの家から防具屋はそう距離はない。
足の動かない私でも、しがみ付きながらであれば疲れずに行けるような場所だった。
だけど、問題は距離じゃない。
「…お店、開いてないよ?」
入口に掛かる看板を指差し、私は本当の事を口にする。
暗い店内の壁に掛かる時計を覗き込めば、短針が「五」を指していた。
忙しなく売り物を並べる店主は私達が店の前にいる事すら気付いていない。
一度引き返した方が良いんじゃ、と提案しようとウィルの方へ向き直すと
何故かウィルは店のドアノブを握り、正に捻っている最中だった。
「ウ、ウィル!まだ開いてないよ!」
「気にするな。店の主はいるようだしな」
「でも、まだ買い物出来ないよ…!」
「何を言っている。お前に無理をさせて此処まで来たんだぞ」
「わ、私無理してないよ…!」
「安心しろ。俺はこの街の保安官だ」
「こう言う時にそんな大層な権力を使わずに、いつ使うと言うんだ」
何だか今、凄く黒い台詞を聞いた気がする。
ただ、ここで私がその事を突っ込めば、
さっきまで私の頭を優しく撫でてくれていた右手がゲンコツになり兼ねないと
自然と体が震え、自らの手で口を塞いだ。
カランと鳴ったベルの音に、中にいた店主はビックリしながらもこちらを振り返る。
営業時間外に扉が開いたのだ。誰だって驚くに決まっている。
「ウィルさん…?どうしたんですかこんなに朝早く」
「少し女性物の服を見せてもらいたい」
「は…はあ…」
「安心しろ。金は勿論払う」
いや、それ胸を張れる事じゃないから。
心の中で鋭い突っ込みをする私の様子にも気付かずに
ウィルはズンズンと店の奥へと向かっていく。
へばり付き歩く私は、何だか急に無茶をする父親を持ったようで恥ずかしくなった。
「ああ、それと…」
グ、とウィルの腕が私の体を引き寄せ、自らの体の中に納める。
背中越しに聞こえる鼓動。
私の肩を引き寄せる大きな腕。
自らの状況に驚き硬直する私を置いて、ウィルは店主に向かい言葉を放った。
「この娘は俺の連れでありお前の客だ。何かしてやろう等と考えるなよ」
いきなり何訳の分からない事を、と顔を上げれば
ウィルの瞳はいつも以上に険しく、鋭く光っていた。
意味も分からず店主の方を向き直し、私は驚き目を見開く。
…ああ、ウィルの言っている意味が分かった。
客として店を利用すると言っても、私が破壊の少女だと思われている事に変わりはない。
今にも私を殺しにかかりそうなその瞳が全てを物語っていた。
私が戻りたいと望んだ世界は、本当の意味で望んだ世界とは程遠い
破壊の少女は全人類の敵であるとすり込まれた…そんな世界だ。
「…私、気にしてないよ?」
「なら良いがな」
そう言いながらも、未だ私を包む手を解こうとしないのがウィルの本音だろう。
「…なあ、」
キュ、とウィルの腕の力が強くなる。
些細な変化に首を傾げながらも私は「ん?」と声を漏らした。
「その、服の事だが…」
「うん」
「…俺が選んでも良いか?」
絞り出すようなウィルの声に、私は目を丸くした。
いつもあんなにハキハキと喋るウィルが、
柄にもなく、まるで少年のように照れている。
急な提案にぽかんと口を開け呆ける私を見て
ウィルは何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。
「…ウィルが…?」
「い、嫌なら良い。俺にセンスと言う物を期待されても困る」
「…」
「だが、その…お前に似合いそうな服があってだな…」
ウィルは頬を染めながら沈黙を恐れるよう言葉を続けた。
「実は昨日、一人でここに来たんだ」
「お前がもし目を覚ましたら、服を買ってやろうと思ってな…」
ウィルは聞いてもいない事をどんどんと口にする。
乾いた唇で必死に言葉を奏でるウィルは、とうとう喋る事も尽き
最後にはまるで子犬のような瞳で私を見つめた。
「…駄目、か?」
弱々しい声で私の本音を探るウィル。
本当、どっちが子供でどっちが大人なのかも分からず
何だかおかしくてクスクス肩を揺らして笑ってしまった。
私が返事をする前に笑うもんだから、ウィルは拒絶されたと思ったのだろう。
眉を顰めると、サアっと顔を青くする。
…何だか、これ以上いじめたら可哀想だ。
「良いよ」
不安に満ちたその瞳に笑顔を映すと、今度はウィルが目を丸くした。
「私も、ウィルに選んでほしい」
シュン、としていた表情がお日様に照らされたみたいにパアッと明るくなって
だけど素直に喜ぶ事を恥ずかしがり、口をもごもごしながら私を見ている。
ウィルがこんな表情をするのはとても珍しい。
きっと、この先忘れたくても忘れられないだろう。
「い、良いのか?」
「勿論!パパが選んでくれたものだから!」
わざとらしく『パパ』なんて単語を強調すれば
ウィルはフッと緊張が解けたように笑い、私の頭を軽く叩いた。
「似合わなくても文句言わないでよ!」
「安心しろ。中身はともかく外見だけなら絶対に似合う」
「…根拠もなしにそんな事言うと、後で痛い目に遭うよ?」
「根拠ならある。説明は出来んがな」
「それ根拠って言う?」
カチャカチャと音を立ながら服を探すウィルの横顔を見ながら私は笑う。
他愛もない会話を私と同じで幸せだと感じてくれているのだろうか。
ウィルの横顔もとても柔らかい笑みを浮かべていた。
「…これだ」
これだけある服の中から、一体どんなものが飛び出してくるのだろう。
そわそわと待つ私の目の前にウィルは一つの服を広げた。
私の目に飛び込んできたのは、眩しい程鮮やかな青色のドレスだった。
しつこいくらいのフリルもなく、派手な装飾もない。
だけど一般人が着るのを戸惑う程の気品が溢れている。
「ほら、やっぱり似合う」
私に服を当て、ウィルは満足そうに笑っていた。
…これを私は、盲目だと突っ込むべきなのだろうか。
ウィルが私の為に選んでくれたと言うのは、服の種類を見てすぐに分かった。
クロエやノーマが着ているような服を一度拒絶した事を覚えているのだろう。
上品な色合い、形でありながらも短いスカート丈であるのは、普段の私の格好を考慮してだ。
センスとか、そう言う問題全部後回しにしても
この一着を私の為だけに選んでくれたと言うのが良く分かる。
…分かるんだけど。
「…本当に似合う?」
「着てみるか?」
「…」
「安心しろ、俺が保証する」
「…それなら着る!」
実を言うと、私も着てみたいとは思っている。
こんな服を着る機会なんて滅多にないんだから。
「試着室!試着室!」
「分かった分かった」
ぴょんぴょん、しがみつきながらもウサギのように飛び跳ねる私を見て
「なんだ動くじゃないか」とウィルは呆れたように笑った。
だけどそれもしがみついていれば、と言う前提があればの話だ。
試着室に着いた私は支えをなくし、その場にぺたりと座り込む。
座りながらでもこの服の構造なら着替える事は出来る。
私は鼻歌を歌いながら自らの服を勢いよく脱ぎ、ハンガーに掛かる服に手を掛けた。
「っお前…!!」
後ろでシャッと慌ててカーテンを閉める音が聞こえ
「ああ、そう言えば忘れた」と笑えば「歳を考えろ」と叱られる。
本当、ウィルの叱り方は父親そのものだ。
「外で待ってるぞ!」
未だに焦るその声に「うん」と気楽な返事をし
選んでもらったドレスに皺が付かないよう、ゆっくりと着替えを再開させた。
せめて、選んでくれた人を幻滅させないくらいには着こなしてみせよう、と思いながら。
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修正:14/01/17