「…んお」
狭い試着室の中、着替えを終えた私は鏡に映る自らの姿に奇声を発した。
似合っているか似合っていないかと言われれば
正直似合っている気もするし、似合っていない気もする。
動きやすいし、サイズもピッタリ。
だけど何だか私ではないみたい。
「…微妙」
きっと、自分らしいかと問われれば答えは“ノー”だ。
着る前から何となく分かっていたけど、この服は私が着るにはレベルが高い。
「…でも、これ…」
何処かで見た事あるのは気のせいかな。
これだ!と言う正確な記憶はないけれど
似たような青を基調としたドレスが、頭の片隅で見え隠れしている。
青色だから、水の民の服…?いいや、それも何だか違う気がする。
「終わったか?」
私の独り言に気付いたのだろうか、カーテンの外からウィルの声が聞こえる。
ハッと我に返った私は反射的に脱ぎ散らかした自分の服を胸の中に掻き集め
「うん!」と威勢の良い返事をしていた。
これ以上待たせちゃいけない、と急いて返事をしたものの
ウィルがこれを見て幻滅する可能性がゼロじゃない事に気付きすぐに後悔をする。
「ま、待って!開けちゃダ…!」
「開けちゃダメ」と言い手を伸ばすも
容赦なく私とウィルの間にあったカーテンが開く。
試着室に座り込む私を見つけ、ウィルは一瞬微笑み
そして氷のように体を強張らせ固まった。
その反応が一体何を示しているのか、馬鹿な私でも分かる。
「えーっと…」
「…」
「固まる程、似合ってない…?」
妙な沈黙が私に答えを教えてくれた。
きっとウィルは心の中でこう言っているに違いない。
『ここまで似合わない女も初めてだ』、と。
「…良いよ、もう…着替え直すから、カーテン閉めて」
「…」
「?」
「……」
「…ウィル?」
微動だにしないウィルの目の前でヒラヒラと手を振ってみせる。
見開いたままの瞳をジッと見つめ返せば
呪いが解けたようにウィルはハッと肩を揺らし、慌てて声を上げた。
「い、いや!すまない」
「いやいやーこちらこそ汚らわしい物をお見せして…」
「?…何を言っているんだ?」
「え、だって…似合ってないんだよね?」
「これ」、と自らが着ているドレスを指差すと
ウィルはまた目を見開き、パッと顔を反らす。
ああ、直視するのも苦痛ですか。ソウデスカ。
「い、いや…!似合っていない訳ではないんだ」
肩を落とす私に慰めの言葉を言う。
だけど取り繕うには遅すぎだ。
「っ…その、余りにも似合っていて…」
はいはい、もう良いよ。
ウィルに慰めてもらえただけで私は満足。
例え私が似合いすぎてても何の問題は…って…。
「は…?」
「どうした?」
「い、いや…えっと…似合ってる?」
「あ、ああ」
ウィルが嘘を吐いていない事はすぐに分かった。
耳まで真っ赤なのがその証拠だ。
コホン、と一つ咳払いをしウィルは私に手を差し伸べる。
突然の行動に首を傾げながらも、私は空気に任せてその手を取った。
「なに?」
混乱する私を置いて、ウィルは黙々と何かをし始める。
ゆっくりと私の体を引っ張ると、ウィルは空いている片方の手を私の頭に乗せた。
殴られる訳でもないのに、反射的に目を閉じる。
ウィルの手とは違う、頭上から耳の裏にかけて何かが当たった気がした。
サラリと揺れた髪が自分の頬に当たってくすぐったい。
「うむ…もっと良くなった」
顔に掛かる影がスッと消え、優しい声が聞こえたと同時恐る恐る目を開ける。
ほら、とウィルは私の体をクルリと回す。
試着室の鏡に映る自分と目が合い、先程感じた違和感の正体が分かった。
「…カチューシャ…?」
恐る恐る手を伸ばし、口にした物をソッと触る。
カチューシャについている桃色の花は
私の黒い髪の中でも、とても輝いて見えた。
私がその花の正体に気付くと同時
鏡に映るウィルはこくんと頷き、そして笑う。
「ハリエット…?」
「すまない。お前の引き出しから勝手に持ってきた」
「…ハリエットとお揃いだ」
「何だかややこしいな」
「あ、確かに!」
アハハ、と笑う私に対し、ウィルも声を上げて笑う。
鏡に映る私は、何だか先程よりもキラキラして見える。
まるでハリエットの花がそうさせているみたいに。
「…なあ、」
一頻り笑った後、ウィルは小さく息を吐き私の名を呼んだ。
鏡に映るウィルの笑顔が、微かな変化を見せた。
とても切ない、今にも消えてしまいそうな儚い笑顔だ。
「ハリエットの花言葉を知っているか…?」
私の肩を持っていた腕がスルリと伸びて、体を包み込む。
ギュッと距離が縮まって、すぐ後ろからはウィルの鼓動が聞こえた。
「…ウィル?」
力の入れ過ぎで震えるその腕を擦る。
ウィルは私が心配している事にも気付かないのか、ゆっくりと続きを語った。
「お前に花をやった時、同時に花言葉も送った」
何かから必死に隠れるよう、ウィルは私の肩に自らの顔を埋める。
熱い程の吐息が肩にかかり、泣いているのではないかと思った。
「…どんな花言葉?」
ウィルの早い鼓動が、私の鼓動までも早くした。
熱い吐息が、私の胸までも熱くした。
どうしてこんな気持ちになるかは分からない。
分からないけど、こんな風に切なくなるのはウィルのせいだ。
「“一生、死んでも愛してる”…」
耳元で囁かれた言葉に、ピクリと体が跳ねる。
拒絶されたくない、と言葉にはしないものの
ウィルは私を逃がすまいと腕の力を強くした。
今の私には逃げる術等ないと、分かっているはずなのに。
…ううん、逃げる術があったとしても私は逃げるつもりはない。
きっと、今日私を誘ってくれたのはこの言葉をくれる為だったんだ。
世界を賭けた戦いを前に、私の不安を取り除いてくれる為に。
「それだけは、忘れないでくれ…」
「…うん」
「何処か遠くへ行っても、それだけは…」
「うん」
短い腕を回し、キュ、とその腕を引き寄せる。
距離がもっともっと縮まるよう、私達は互いを抱き寄せた。
何故だか、誰かの支えがなければ歩く事が出来ない私よりも
大きな体を震わせているウィルの方が、この世界に絶望している気がしたから。
「大丈夫だよ…私はウィルとずっと一緒だよ」
「私も、ウィルの事愛してる」
「一生、死んでも、変わらない」
「…愛してるよ、お父さん」
「…愛してるよ、お父さん」
「…愛してるわ、先生」
ドレスを着たの姿を見た時、一人の女性が俺の脳裏を掠めた。
そして今、もう一度その姿が現れる。
鏡に映るを見て、その儚い笑顔に俺は言葉を失った。
健気に笑いながら愛の言葉を囁き
小鳥と共に歌を歌い、花を愛でる彼女の姿とそっくりだったのだ。
生涯、この人しか愛せないだろうと思った女性と
目の前の少女の姿は余りにも似すぎている。
直感であれ、青い色のドレスを見つけた時にに似合うと思ったのは
彼女と同じ強さを感じたからだ。
「絶対、シュヴァルツを止めようね」
そう言って鏡に映る俺に笑顔を見せるを、更に強く抱き締めた。
運命とは、酷なものだ。
シュヴァルツをどうにかしたところで
君の未来を守る事は出来ない。
また俺は、大切な人を失くすのだ。
「っ…あぁ、絶対だ…!」
どうする事も出来ない現実を目の前に大人ぶる事しか出来なくとも
それでが安心するなら、いつまでもこうしていよう。
「絶対だからね!約束!」
そう言って、俺の小指に無理矢理自らの小指を絡める姿が、またアメリアと重なった。
「あぁ…約束だ」
だから俺は、あの時と同じようにその約束を守ると決めた。
君との約束ならば、どんな犠牲が出たとしても守り抜こう、と。
「嘘吐いたら針千本飲むんだからね!」
「あ、嘘吐いたらハリエットの料理、のが良いかな?」
「うーん…どっちでも良いか!ウィルなら絶対守ってくれるもんね!」
ああ、絶対に守ってみせるさ。
例え成し遂げた後、『守ってくれたんだ』と笑ってくれる君がいなくとも。
俺は君の約束を守れた事に
誇りを持って笑ってみせよう。
それで君が幸せならば、俺もきっと幸せだ―――…。
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修正:14/01/17