「チャバすけじゃん!どったの?こんなとこまで」
「ウィルさんの家にお邪魔したんだけど、ちゃんがいなくて…」
「私の事、探してたの?」
「…うん」
今にも崩れてしまいそうな笑顔に不安を感じた。
さっきまで逆光のせいで気付かなかったけど、顔色が悪い。
しっかり立ってるつもりだろうけど、軸が微かにブレている。
「チャバ、具合でも悪い?」
「え…そんな事ないよ」
「嘘…フラフラしてるよ」
「いや、本当!…オイラは、元気だよ」
視界の端に映る拳が微かに震えた。
私は、こんな風になってしまったチャバを一度見た事がある。
「…調子が悪いのは…、アニキなんだ…」
そして、こんな事を言うチャバも。
ポツリ、と雨音程の小さな声を聞き逃しはしなかった。
体の節々に異常があっても、仲間の声を聞き逃す程ではない。
「でも、ごめん…お邪魔しちゃったみたいで…」
「…」
「ちゃんなら何とか出来るかなって思ったんだけど…オイラ、頼りすぎてるね」
そう言ったチャバの笑顔は、全然チャバらしくなかった。
優しい笑顔でも、明るい笑顔でもない。
浮かない顔をして「ごめん」と言い、それで私が納得するとでも思っているのだろうか。
「お邪魔しました…またね、ちゃん」
「ちょっと待って」
へら、と薄っぺらい笑顔を見せ扉を閉めようとするチャバを見たら、自然と体が動いていた。
グ、と力を入れて、机を支えに立ち上がる。
倒れそうになる体を必死に保つ。
カタカタと震えるティーカップには余裕のない私の顔が浮かんで見えた。
「行くよ」
「…え?」
睨むつもりはなかったけど、力の加減が出来ずつい顔が強張ってしまった。
そんな私が鬼にでも見えたのだろうか、チャバの顔からスウッと笑顔が消える。
「私、そんな話聞いて放っておける程無神経じゃないよ」
「…ちゃん」
「今更良いやって言われても、絶対ついてくから」
そう言って私は笑う。
「だって、チャバは私なら何とか出来ると思って来てくれたんでしょ?」
驚き目を見開くチャバの瞳に、私の笑みが映る。
余裕がない、自分の体を支えるだけで精一杯な必死の笑顔だ。
それでもまたチャバが笑ってくれるなら
私はいつまでだってこうしていられる自信があった。
「、でも…」
「あ〜あたし等は良いって!が行きたがってるんだし!」
「モーゼスさん、良くなると良いですね」
「シャンドルが具合を悪くするなんて、嫌でも心配してしまう」
遠慮するチャバに、気にするなと笑う仲間達。
皆の言葉を聞き観念したのか、チャバは目を伏せるとゆっくりと頭を下げ
怒っている訳でもないのに謝罪の言葉を口にした。
そんな所が律儀で真面目なチャバらしい。
「本当、すみません…」
「良いってば!だから早くこっち来なよ!」
「、え…?」
「今の、一人じゃ歩けないんだ」
テーブルに手を付き小鹿みたいにプルプル震える私がそんなに面白いのか
ノーマはとうとう「ブハッ!!」と勢いよく噴き出した。
「本当にって馬鹿!勢いで立ったは良いけどチャバすけのとこまで歩けないんだもん!」
「うるさいなあ!」
「え…って言うか、歩けないって…」
「あ、全然大した事ないよ!」
「あたしに引っ張ってもらわなきゃ歩けなかったくせに〜!」
「引っ張ってくれたのはクロエだよ!」
相も変わらず騒ぎ続ける私達を見て
チャバは「ハハ…」と乾いた笑みを零す。
どうもこの女特有のノリに引いているようだ。
「えっと…どうすれば良い?」
「あ、腕貸してもらえるだけで全然―――…」
「お姫様抱っこ!!」
「ええ!?」
お腹を抱えヒィヒィ笑っていたノーマがここぞとばかりに口を挟むと
チャバは大きな声を上げて耳の裏まで真っ赤にした。
「わあ!良いですねそれ!」
「見てるこっちまで恥ずかしくなりそうだ」
両手を合わせ瞳を輝かせるシャーリィと、
困ったような笑みを浮かべるものの否定はしないクロエ。
ノリノリな女子達に怖気付くチャバは、とても成人の男性には見えなかった。
「チャバ、腕で良いからね」
「え〜チャバすけはそれで良いの〜?」
「い、いや…その…」
「それで良いの!」
「もう終わり終わり!」と近寄るチャバの腕を自らに引き寄せる。
「わ、」と驚き声を上げたものの、チャバはガッシリと私を受け止めよろける事さえしなかった。
しがみ付く私に対し「重い」と文句も言わずに「大丈夫?」と優しい声を掛け微笑むチャバは
山賊と言う立ち位置にいる事を疑ってしまう程紳士的だ。
「、モーすけによろしく〜!」
「うん!」
「久しぶりにゆっくり話せて楽しかったよ」
「私も!すっごく楽しかった!」
「…明日は、頑張ろうな」
「皆がいれば大丈夫!」
いつもみたいに元気いっぱい手を振るノーマ。
柔らかく温かい笑みを浮かべるシャーリィ。
明日の戦いに緊張しているのか、震えた声で言葉を紡ぐクロエ。
私は皆に笑顔を向け、チャバに誘われるままミュゼットさんの家を後にした。
本当はミュゼットさんに「美味しいお菓子をありがとう」と伝えたかったけど仕方がない。
チャバがこんな不安な表情をする程、モーゼスが危険な状況なんだ。
お礼だけなら戦いが終わった後でいくらでも言える。
今はまず、目の前の事を考えよう。
目指すは道の先。
モーゼスがいるであろう野営地だ。
「…絶対、おかしいよね」
扉が閉まり、しばらくの沈黙が続いた後
最初に言葉を口にしたのはノーマだった。
震える声にクロエとシャーリィは目を伏せる。
ノーマはただ口の端を引くつかせ、隠していた感情を吐き出した。
「あんなに、元気じゃん…おかしい所なんて、足だけじゃん…」
「お菓子だってガツガツ食べてたし、目もキラキラしてて…いつもの、じゃん」
「…なのに、なの…に…」
「…っ、なのに…何で死んじゃうの……?」
緊張の糸が切れたように、ノーマの瞳からは涙が溢れ出す。
歯を食い縛っても出てくる嗚咽に、ノーマの顔から笑顔が消えた。
「ノーマ、もう全部吐き出して良いんだよ…」
「あぁ…頑張ったな」
肩を揺らすノーマを、二人はきゅっと、壊れないように抱き締める。
二人の腕の中、ノーマは掠れた声で笑った。
嬉しいから、だとか幸せだから、とかではない。
「あたし、最低な事しちゃった…」
恐らくそれは、嘲笑だろう。
「うん!もう隠し事はしないって決めたの!」
「それ遅すぎ!もっと前に隠し事はダメって言ったじゃん!」
「に『隠し事するな』って怒った癖に、あたしはに隠し事しちゃったよッ…」
「が死んじゃうの分かってるのに、それをに言えなかったんだよ…!!」
息をするのも苦しくなり、ノーマは二人の胸に顔を押し付ける。
彼女の溢れる感情を前に、シャーリィとクロエは苦痛に顔を歪ませた。
「最低だよ…酷いよ…ッ辛いよ…!!」
自らの無力さを呪う言葉の数々に、シャーリィとクロエの瞳からも涙が溢れる。
言葉に出さなくとも、二人ともノーマと同じ事を想い、同じ苦しみを味わったのだ。
「もっともっと、と一緒にいたいよぉ…!」
既に走り出した本人には届かない心の叫び。
いや、届いたとしても、これだけは伝わってはいけないのだ。
未来に向かって真っ直ぐと走り出した少女に
「お前の未来はない」等と、誰が言えるだろうか。
「…どうして私達は、こんなに無力なんだろうっ…」
「ッ、…!」
どんな理由があれ、隠し事をしたと言う現実が三人の胸を痛めつけた。
もっと自分に力があれば。
もっと早く何か出来る事があれば。
そんな後悔ばかりが渦巻き、それでも彼女なら笑顔を望むだろうと必死になって笑い続けた。
その結果がこれならば、もう受け入れるしかないのだ。
そしてもし、明日があるならば
また笑顔で彼女と共に未来へ向かおう。
三人は互いのぬくもりを引き寄せひたすら泣いた。
明日流す涙の分まで、全て枯らしてしまおうと、ただひたすらに。
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修正:14/01/17