それから私達は、会っていなかった時間を埋めるように会話を続けた。





「他の皆さんはどうしたんですか?」
「今日はワルターと二人なんだ」
「…そう、なんですか…」
「…シャーリィは元気だよ?」
「べ、別に聞いてません!」
「美味しいお菓子食べたんだー!もう頬っぺた落ちるかと思った!」
「…おか…し…」
「あ、テューラも食べたかった?」
「…別に、好きじゃない…ですから…」
「…そんな悲しそうな顔しながら言われても…」
「そ、そんな顔してませんよ!!」





真っ赤になった頬を見てケタケタと笑えば、テューラは更に耳の裏まで真っ赤にした。





「そう言えば、ソロンの調子どう?」
「ソロン…?あぁ、あの男の人ですか…」
「うん!テューラがお世話してくれてるんだよね?」
「な、何で知ってるんです…?」
「私がここにいた時も何だかんだでお世話してくれてたのはテューラだから」
「…まあ、私にはそんな事しか出来ませんから」
「何で?立派な事だよ」





「皆嫌がってたのに」と付け加えるとテューラは何故か申し訳なさそうな顔をする。
別にそんな顔をさせたくて言った訳じゃないのに、とこっちまで悲しくなりそうだ。





「…なんか、人形みたい」
「へ…?」
「食事を持って行っても、体を拭いてあげようとしても、全く動かないんですよ」
「…」
「ただ何処か一点をじっと見てるだけで、何かしようとも喋ろうともしない」
「……」
「…あの人、何なんですか?」
「な、何なんだろうね…」





「こっちが聞いてるんですよ」、と溜め息を吐くテューラに対し
私は中途半端に「はぁ」とか「そうだね」としか言葉を返せなかった。

てっきりこの里に住む人達すら馬鹿にし、大笑いしていると思っていたのに。
テューラが気味悪がるくらい大人しいなんて予想外だ。

決して仲が良い訳でも、長い間共にいた訳でもない私には
どうしてアイツがそんな態度をとっているのか、理解出来なかった。





「…それ、ホントにソロン?」
「替え玉なんて作る必要、ありますか?」
「いや…ないけど……」
「…まあ、貴女程手はかからないから良いですけど」





テューラの放つ言葉は、私が思っていたよりも深く心に突き刺さる。

「それは嘘だ」、と突っ込みたくて堪らなかったが
ソロンを庇う必要のないテューラが嘘を吐くはずがない。

だけどやっぱり、私にだって受け入れたくない事実の一つや二つある訳で。





「絶対、うるさくしてると思ったのに…」
「貴女より静かですよ?」
「…その『貴女より』が大分傷つくんだけど……」
「…すぐに傷付く 貴 女 よ り 精神面も強そうですしね」
「ぎゃああ!止めてよ!!」





わざと聞きたくない言葉を強調するテューラに対し、私は耳を塞いで拒絶した。

馬鹿だ阿呆だと自分を蔑まされる分にはここまで凹まない。
ただどうしても、アイツと比べられ、アイツより下だと思われる事が嫌なのだ。

取り乱す私を見てテューラは面白いと言わんばかりにクスクスと笑う。
そう言う、人をからかって面白がるところも誰かさんに似てるんだよな。





「でも本当、おかしな人ですよ」
「…」
「失礼かもしれないけど、『人』の世話をしているとは思えないんです」





ふう、と息を吐くテューラの言葉に嘘はない。
私だって、そんな相手を前にしたら我が目を疑う。





「……そう、なんだ…」





言葉を発する事も出来ない程、苦無で刺された足が痛むのだろうか。
体が動かせなくなる程、プライドに傷が付いたのだろうか。

原因を並べようと思えばいくらでも並べられるが、いまいちしっくりくるものがない。





「……」





アイツの事、見に行きたい?

自分の胸の奥、息を潜める少女にそっと問いかける。
少女は微かに反応を見せたものの、返事らしいものはなかった。





「我侭は最後にするよ」

「もう、に変な力を持たせたりしないし、ソロン様のとこにも行かないよ…」





世界の狭間で彷徨う私に、少女は確かにそう言った。
少女は自分自身の言葉を守っているんだ。

ああ、そう言えば破壊の少女は頑固なところがある子だったな。





さん?」
「へ?」





ハッと我に返り声が聞こえた方へ瞳を向ければ
すぐ近くに私を心配そうに覗き込むテューラの顔がある。

気の抜けた返事をする私を見て、ハの字に下がっていた眉がキッと上がった。





「ずっと声を掛けていたのに、第一声がそれですか?」
「ご、ごめん…意識飛んでた」
「…別に、良いですけど」





と言いながらも相当ご機嫌斜めのようだ。

テューラはほんの少し頬を膨らませふいっと顔を反らすと
足をパタパタと動かしツンとした態度を取る。

子供みたいに拗ねる彼女の反応がとても愛らしく、
つい声を出し笑う私に対し「何なんですか!?」と逆ギレする所も悶える程可愛かった。





「テューラちゃんは可愛いなー!」
「な、何なんですかいきなり!!」
「思ったことを口にしただけ!」
「あ、貴女に言われたって全然嬉しくないですよ!!」





頬が赤い原因が怒っているからなのか照れているかなのかは分からないけど
わざとなのではと疑う程私のツボを突いて来る。

ああもうこのまま抱き締めてどうにかしたいと顔がニヤつく。
チラリとこっちを向いた瞳が、そんな私の変てこな表情を見てジトッと変わった。





「その顔、ムカつきますね…」
「はぁ!?」
「いつも以上に馬鹿に見えますよ?」
「ば、馬鹿じゃな…!」
「嘘」
「…」
「って言うのが嘘」
「……言うと思ったけど」





復讐、と言わんばかりに毒を吐くテューラは
自らが怒っていた事なんかすっかり忘れて、肩を揺らして笑う。

そして、波の音が窓を通し聞こえたと同時
テューラはすう、と深呼吸し私に向けて両手を差し出した。





「手、出して下さい」





断る理由もなく、私は首を傾げながらその手に自らの手を乗せる。

ソッと私の手を包む、心地良い冷たさを持つ手。

テューラは目を閉じると、私の手を包み込んだまま、その手を自らの胸に寄せた。

神聖な空気が私達の間に流れる。

だがそんな時間も長くは続かず、テューラは目を開けると
パッと私の手を離し、ふう、と軽く息を吐いた。





「終わり」
「…は?」
「?何です?」
「いや…そっちこそ、何?」





突然握られたかと思えば、次には捨てられてしまった行き場のない手。
「終わり」と言う意味深な言葉に、私はただただ混乱した。

テューラはそんな私を見て何を思ったのだろう。
ギシリと音を立てながらベッドを離れ、背中を向けた。





「私の誠名…知ってます?」





陽射しの入り込む窓に手を掛けるテューラの姿が眩しく、目を細めた。





「私の誠名は、“ウェルツェス”」





爽やかな風に揺れる金色の髪は糸のように細く、陽の光に反射し美しく輝く。

何で今、こんな事を?
そう思うと同時、一つの記憶が頭を過った。





「海の導きのあらんことを…」

「私の誠名はゼルへス…“祝福”です。皆さんの無事を祈っておきました」





「…まあ、水の民じゃない貴女は意味を知らないと思いますが―――…」
「知ってる…」
「、え…?」
「知ってる…知ってるよ」





「“希望”…だよね」





逆光の中でもハッキリと見える蒼色の瞳が私を見て丸くなる。

私はそんな瞳を見て、良く分からないけど体が震えた。
知らぬ内に喉から嗚咽が溢れそうになり、目頭が熱くなる。





「知ってたんですか…少し意外」
「…うん」
「…」
「フェニモールも、私達の為に祈ってくれた…」
「そう、ですか…でも、貴女にはあんまり必要ないですよね」





フェニモールの名前を口にすると、テューラは微かな動揺を見せる。
だけどそれもほんの一瞬、次の言葉を発すると同時にまたいつものテューラに戻っていた。





「貴女、元々“希望”に満ち溢れた人ですし…今更必要かなあって感じで」

「…お姉ちゃんの“祝福”なら、きっと役に立ったんだろうな」





空を覆う雲が陽を隠し、差し込む光が弱くなる。
見えなかったテューラの表情が露になった。

愁いを帯びる横顔はとても綺麗であったけど、私はそんなテューラの顔、見たくなかった。





「ッそんな事ない!!」





突然の大声にテューラの体がビクンと跳ねる。





「今の、私に祈ってくれたんだよね!?」
「…え、ええ…」
「なら誠名とか、意味とか関係ないよ!」
「…」
「テューラが応援してくれたって事実だけで、私嬉しいから!」





ギシリと軋むベッドの音と荒い息。
ムキになりすぎて自分が身を乗り出している事にも気付かなかった。

沈黙が流れる中、テューラは呆然と立ち尽くし私を見つめる。
私も自らの気持ちに嘘はない、と熱すぎる眼差しをテューラに注いだ。





「…そんな事考えてたんですか」
「うん!」
「…まさか、自分の誠名を二の次なんて言われるとは思ってなかった…」
「は!?え、いや!違う!馬鹿にしてるんじゃないよ!!」
「分かってますよ…もう」





五月蠅い、と耳を塞ぎながらテューラは溜め息を吐く。
彼女の冷静な反応が熱くなった自分の体を平温へと戻した。





「…そんな事言われて嬉しくならない人間なんて、いませんよ…」





室内を巡回する水のせせらぎに紛れ聞こえた声に、私は我が耳を疑った。

「え?」と聞き直そうと口を開いたものの、肝心の音が出てこない。

声も出さず呆ける私を見てテューラはどう思っただろうか。
混乱する私とは別に、いつもと同じ涼しい顔で何かを考えているみたいだった。





「…分かりました、こう言う事にしましょう」
「え…?な、何が?」
「それを今から言うんですよ」





「もう」、と言いながら腰に手を当てるテューラに私は意味も分からず一言謝る。
テューラの口調は怒っているものではなかったが、鈍い私に苛立っているように感じたから。





「耳、澄ましてみて下さい」





言われた通り耳を澄ます。

静寂に身を委ね目を閉じれば
ザアァ…、とすぐ近くから雄大な波の音が聞こえた。





「…寂しく、ないですか?」
「、へ…?」
「海の…波の音」





パッと目を開けると、テューラはとても悲しげな表情を浮かべていた。





「私には、海が泣いているように聞こえるんです」

「『助けて、助けて』って、そう聞こえて…何だか、凄く心が落ち着かないんです…」





私には良く分からなかった。

海が泣いているのか、喜んでいるのか、
きっと滄我と深い所で繋がっている水の民だからこそ分かる事なのだろう。

ただ一つ、私が分かる事と言えば
テューラが海を想い、とても切ない声を出したと言う事だけ。





「だから、私の誠名を…私の“希望”を貴女に託します」
「…え…?」





テューラはゆっくりと私の隣に腰掛ける。
そしてもう一度、先程と同じように私の手を握った。





「貴女に“希望”を与えるんじゃなくて、私の“希望”を貴女に預けるんです」
「…テューラ……」
「海が泣いている理由も、最近頻繁に起こる地震の原因も、私には何も分からない…」





「でも、貴女なら何とかしてくれるって、不思議とそう思っちゃうんです」

「だから私の“希望”、絶対に叶えて下さい」





ぎゅう、と強く握られた手から伝わる彼女の体温。
流れてくるテューラの気持ちが、私の心を温める。





「一応これも“希望”なんですから、こう言う使い方もアリですよね?」





目を細め、唇で弧を描き優しく笑うテューラ。
キラキラ光るその瞳には、焦点の合わない呆けた私の顔が映っていた。





「…うん」





水が土に沁み入るよう、胸の中に気持ちが広がる。

黒い霧と言う忌々しいものじゃない…その逆だ。
この温かい感情を、なんと例えれば良いんだろう。





「素敵な“希望”をありがとう、テューラ!」





ううん、例える必要はない。
私はこの気持ちのまま、思った事を口にし思った表情を作れば良いだけ。

そうすればきっと、テューラも―――…





「どういたしまして、





…―――私と同じように、笑ってくれるから。










Next→

...
修正:14/01/18