と離れてから、もう一時間は経っているだろう。

そろそろ迎えに行くか、と彼女達がいるはずの建物へ足を運べば
数メートル離れている地点からとても幸せそうな笑い声が聞こえた。





「テューラ今私の事呼び捨てにした!」
「えっ…ええ!?私そんな事してませんよ!」
「したよ!『どういたしまして、』って!!」
「き、気のせいでしょ!?変な事言わないで下さい!」





もう随分と時間が経っているのに、何故変わらず騒げるのだろうか。
本当に女とは不思議な生物だ、そう思いながら建物の外壁へ背中を預ける。





「……」





騒がしいのは好きじゃない。
それでも騒いでいるのがだと知れば、それ程苦痛ではなくなった。

ギャーギャー五月蠅い声が、何だかとても心地良い。





「もう、しつこいですよ!止めて下さい!!」





中の空気が少し変わった。

「ぎゃあ!」と女らしくない声が聞こえ
ドスン、と何かが落ちた鈍い音が辺りに響く。

どうやら、心地良いと言っていられる程穏やかではないようだ。





「あ…ご、ごめんなさい!つい!」
「うわーんテューラに落とされたー!もうちょっと労わって!」
「す、すみません…!…って、私は悪くないでしょう!?」





会話の流れからして、がまたテューラをからかい怒らせたのだろう。

テューラはの体調がおかしい事を知っている。
そんなテューラが痺れを切らす程の悪乗りだ。相当酷かったに違いない。





「これ以上貴女に付き合ってられません!」
「うわ!酷いよ!さっきまで付き合ってた奴が言う台詞とは思えないね!」
「なっ…!?あ、貴女って人は…!!」
「冗談だってー!だからそんなに怒らな―――…」





「最ッ低!!もう出てって!!」





まるで付き合っている男と女の会話だな、と溜め息を吐けば
またらしい品のない声が聞こえる。

これ以上テューラの手を煩わせる訳にもいかない。
そろそろ迎えに行くかと閉じていた目を開け、ぎょっとした。





「いったー…」





目の前の地面に女が転がっている。
それが自分の仕えている人間だと思うと、頭痛がした。





「ち、ちょっと!転がってる人を更に転がすってどう言う事だよ!?」
「自業自得ですよッ!これだから貴女は…!」
「これだからテューラは!」
「あぁもう!良いからさっさと此処から出てって下さい!」





「私はもう貴女に全てを託したんですから、貴女は責任持って早く行動して下さいよ!!」





そう言うとテューラはフン、と鼻を鳴らし
転がるを跨いで自らの住処へ戻っていく。

バタン、と扉が壊れる程の大きな音が里に響いた。
あれ程の力が出るのだ、ただの村娘にしておくのは惜しいとすら感じる。





「…」
「……」





は自分で起き上がる事も出来ず、まだ地面の上に転がっている。
きっと俺が起こさない限り、ずっとこうしているのだろう。

…ニヤニヤと、気味が悪い程の笑みを浮かべながら。





「…そろそろその顔、止めたらどうだ」





数秒、数分経っても未だ仰向けに倒れニヤニヤするに対し
俺は居た堪れなくなり声を掛けた。

ハッと笑顔を崩し俺の方を見るとは「あ」と声を漏らす。
そしてコロコロと一転二転し、俺のすぐ足元まで近付いた。





「ワルター、いたんだ!」
「お前が出てきた時にはもういたんだがな」
「全然気付かなかった!ワルター影薄いから!」
「お前の頭が弱いからじゃないか?」
「なんだとー!」





と何の捻りもない不服の声を上げるに対し、俺は溜め息を吐くので精一杯だ。
ただその輝く瞳を見ていると、どうも悪い気はしない。





「…良い事でもあったのか?」





何となく、を取り巻く空気が「聞いて」と訴えかけているような気がして
俺はそれに抗う事なく言葉を紡ぐ。

するとは更に瞳を輝かせ、パアッと太陽みたいに明るい笑顔を浮かべると
「あのねあのね!」と小さな子供のように今までの事を話し始めた。





「テューラがね、私に“希望”をくれたんだよ!」
「…そう言えば、奴の誠名は“ウェルツェス”だったな」
「うん、そう!“ウェルツェス”!」
「だからそんなに騒いでる訳か」
「うん、うん!!」





何度も何度も、首が折れてしまいそうな程頷き「分かってくれた」と嬉しそうに笑う。

その笑顔を見て、やっぱり俺の行動に間違いはなかったと確信する。
ここに今日を連れてきた事は、俺が為すべき事だったのだと。





「私今、ここに来れて本当に良かったって思ってるよ!」
「そうか…」
「ワルターは?お魚、食べれた?」
「……まぁな」





本当は食べていない。
むしろ食をする気分にもなれない。

それでも俺が嘘を吐き小さく頷けば
はまた幸せそうに「良かったね!」と笑う。





「互いの用事が終わったのならここにいる必要もないな」
「え?」
「最近、日が落ちるのが早い。早めに戻っておいた方が良いだろう」
「何で?」
「……何?」





転がる少女の腕を掴み、なるべく優しく抱き起こし体を支えてやる。
そんな中為された会話は、どうも噛み合っていないように感じた。

既に里の門へと目を向ける俺に対し、は何故だか居座る気満々だ。
互いが互いを不思議だと言わんばかりに目を細め、首を傾げる。





「もうちょっといても問題ないじゃん」
「…用事がないのにいる必要が何処にある」
「うーん、ちょっと散歩!」
「暗くなったらあの眼鏡が心配する」
「ワルターがいるんだよ?心配なんてする必要ないよ!」
「……」
「まだ空も青いし!夕方になってからそう言う心配しなよ!」





俺を見る瞳が「もう少しここにいたい」と訴えている。
俺はいつもこれに負け、結局は少女の言う通りに行動してしまうのだ。





「…好きにしろ」





負けを認め溜め息を吐けば、「やった!」と跳ねた声が上がる。

そうして、らしい眩い笑顔を見せるのだ。

この笑顔が見れるならば何でも良い、と
俺は少女の体を支え、目的地も決まっていないのにゆっくりと歩き出した。










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修正:14/01/18