やや塗装の剥がれた白いガーデンチェアに、ゆっくりと腰を下ろす。
ホッと息を吐き、背もたれへ体を預ける私を見て
隣に座るグリューネさんはただただ微笑みを浮かべていた。
「グリューネさん!」
「?」
「覚醒、おめでと!」
わー、と言いながら近所迷惑にならないよう手を叩く。
まだ子供だって起きている時間だ、真夜中と言うには早すぎる。
それでも穏やかな時間を過ごしたい、と思うのは横にいるグリューネさんのせいだろう。
いや、この場合は“せい”ではなく“おかげ”だ。
「私、自分ばっかで言えてなかったから!」
「…そうですね」
「記憶が戻って本当に良かった!グリューネさん頑張ったもんね!」
「…えぇ」
「でも、そなたはとても悲しそうな顔をしている…」
グリューネさんは月明かりを背負って
優しいとは違う、とても寂しそうな笑顔を私に見せた。
その表情、その言葉に拍手をする手がピタリと止まる。
行き場をなくした両手をゆっくりと下ろし、
無意識の内に皺が出来そうな程自らのスカートを握り締めた。
「…うん」
「私、嬉しいけど悲しいよ」
祝ったかと思えば悲しいと言う。
そんな矛盾した私を見て、グリューネさんは笑顔を消した。
「私、全部知ってるよ」
「…」
「シュヴァルツを倒せば、グリューネさんがどうなっちゃうか…とか」
「…そうですか」
目を伏せるグリューネさんを見て、胸がズキンと痛んだ。
だからこそ、自分がしようと決めた事を早く伝えたくて口を開く。
「でもね、グリューネさん!」
「?」
「私、シュヴァルツを助ける事にしたよ!」
大きく見開かれた金色の瞳に、私の満面の笑みが映った。
「破壊の少女にも、シュヴァルツにも、皆にも幸せになって欲しいから!」
「だから、私シュヴァルツの事説得しようと思うんだ!」
「今は汚い世界でも、こんなにも綺麗になれるんだって、
アンタの事愛している子がいるんだよって、
シュヴァルツが忘れている事、全部教えてあげるんだ!」
「もう伝えるって決めた!」と力説する私を見て
グリューネさんは徐々に表情を変えていく。
その金色の瞳が鋭く光っているのは、気のせいだろうか。
「シュヴァルツもグリューネさんも、幸せになれるんだよ!」
「…」
「だからもう戦う必要なんてない!二人ともいなくなる必要ない!」
「……」
「消えちゃうぐらいなら、二人とも一緒にいれば良い…グリューネさんも、そう思うよね?」
どんなに声を上げても、どんなに自分の意志をぶつけても
グリューネさんはただ目を伏せ沈黙を流すだけ。
そんな流れが変わったのは
私がグリューネさんに同意を求めた瞬間だった。
「…よ」
グリューネさんが私の名前を呼ぶ。
私はただ次の言葉を待ち、首を傾げた。
「それは、なりません…」
グリューネさんは真っ直ぐと私を見て、否定の言葉を口にした。
何で、と大きく目を見開く私の肩にそっと触れると
グリューネさんは子をあやすように目線を合わせる。
その金色の瞳には、私が驚き震えている姿が良く映った。
「そなたは禁忌を犯そうとしようとしているのですよ」
火照った体がスウッと冷える。
「わたくしとシュヴァルツは、対であり同」
「わたくしとシュヴァルツが同時に存在する事は、本来あってはならない事なのです」
ぼやけた視界でも、グリューネさんの表情だけはハッキリと見えていた。
私がゲームをプレイした時と同じ顔をしている。
凛としているその姿の裏、悲しみと苦しみを隠したあの表情。
「わたくしがシュヴァルツを倒す存在である事は、
そなたがどんなに努力をしても変わる事はありません」
「それはシュヴァルツも同じ」
「仮にわたくしがシュヴァルツと共に生きる事を選んでも
シュヴァルツは何の後ろめたさもなしに世界を滅ぼします」
「わたくし達は、わたくし達の存在理由をなくす事は出来ないのですよ」
自分が目指していた場所が音を立てて崩れた。
そんな気がした。
「ッ…諦めたら、終わりだよ」
「…」
「きっと、何かあるよ!二人とも一緒にいられる方法が!!」
「…いいえ、ありません」
「あるよ!!」
駄々をこねる子のように声を荒げ、諦めも知らずわんわんと喚く。
「仕方ないって諦めるのは、もう嫌なんだよ!!」
「…」
「もう、何もしないで見てるだけは嫌…!!」
「…そなたはもう、充分頑張ったではありませんか」
「頑張ってない!」
ここで諦めれば楽に過ごせる。
グリューネさんはきっと、ボロボロの私の体を見てそう言いたかったのだろう。
もう頑張る事は無意味だ。
もう傷付く前に寝た方が良い、と。
それでも私はただただ喚いた。
喋っていないと涙が出そうで、こうする事で自分の身を守ったんだ。
「まだ誰もしてない事なのに、何で無理って決めつけるんだよ!」
「…」
「誰が決めたの?誰がシュヴァルツとグリューネさんは一緒にいられないって決めたの?」
「…」
「無理って言うなら証明してよ!証明出来ないなら、私に証明させてよ!」
「…」
「何もせずに諦めるなんて、もうしたくない…!」
「私にだって、この世界に呼ばれた理由があるんだから!!」
気持ちの制御も出来ず、呼吸を荒くし吠える私を見て
グリューネさんは少し困ったような表情を見せ、小さく息を吐いた。
「…そなたは、何も変わらないのですね」
長い睫が微かに揺れる。
寒さに震えているのだろうか、そっと自らの体を抱き寄せるグリューネさんに
私は目を細め、荒れた呼吸を整えた後、静かに言葉を返した。
「…グリューネさんだって、変わってないよ?」
ソッとグリューネさんの手に触れた。
グリューネさんはもう一度睫毛を揺らし、ゆっくりと顔を上げる。
今日何度も見たグリューネさんの瞳。
月の光を吸い込んで、キラキラ輝いている。
「…そなたは、とても…とても、優しい子…」
グリューネさんは透き通った声で言葉を紡ぎ、私の髪をゆったりと撫でた。
何だかずっと、ずっと前にもこのぬくもりを感じた事がある。
気のせいでは済ませられない程、鮮明に覚えている。
本当に私の記憶なのかは定かではない。
ただ、この胸の中に広がる温かさは本物だ。
「…そこまで言うのでしたら、証明してみせなさい」
「え…?」
グリューネさんは私の髪から手を離し、厳かに言葉を発した。
「そなたが仲間を…シュヴァルツを想う気持ちを、明日わたくしに証明してみせなさい」
「そなたの想いが通じ、幸せな世界が生まれるのであれば、わたくしは何も言いません」
「わたくしの役目は、世界を守る事なのですから」
月の光を背負い私に語りかけるグリューネさんの姿は、本当に女神のようだった。
言葉の重みに体が押し潰されそうになる。
それでも私はこのチャンスを無駄にしない、と大した力の入らぬ手で拳を作った。
「うん、分かった」
「…」
「ありがとう、グリューネさん」
「礼を言われるような事はしていません」
「大好き!」
「…その言葉は受け取っておきましょう」
微笑む姿に、私もつられて歯を見せ笑う。
「受け取ってくれなきゃ怒るよ!」と言う私に対し
「ならば尚更」とグリューネさんは更に目を細めて笑った。
「グリューネさん!私、頑張るから!」
「…」
「絶対、シュヴァルツを止めて世界を守るから!」
「…えぇ…」
「そしたら、そしたら…!」
「グリューネさん、ずっと私達と一緒にいてね…!!」
ぼやけた視界が、ジワリと滲んだ。
その中でグリューネさんはとても綺麗に笑っている。
触ったらすぐに壊れてしまいそうな、美しすぎる、繊細な笑顔だった。
泣くのは嫌だ、と慌てて涙を拭う。
泣く必要なんてない。
自らの意志を貫き、願いを叶えれば泣く必要もなくなる。
だから私は、ただただ笑った。
震える喉から溢れる嗚咽も堪え、ヒクつく口角すら気のせいだと誤魔化して。
「…ありがとう、」
「そなたは、とても優しい子…」
グリューネさんの笑顔を見たら緊張の糸がプツリと切れて
ボロボロと涙が止まらなくなった。
悲しくないのに、辛くもないのに。
何でこんな風になっちゃうんだろう。
これは一体、誰の笑顔で誰の涙なんだろう。
分からない。
分からないけど。
こんな冷たい風が吹く夜、言葉とぬくもりで私を温めてくれるグリューネさんの存在は
なくてはならないものなのだと、私は改めて実感した。
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修正:14/01/18