戦いは何分、いや、何十分続いたのだろうか。

想像しがたい程の硬い皮膚はクロエの剣を弾き
確実に急所へ滑り込むジェイの刃もまるで効いていないように見えた。

物を見る瞳を潰したって、口の中の牙を折ったって
ゲートは威厳を保ち皆を待ち構えている。


それでも確実にダメージは与えられている。
仲間達はそう信じ、怯む事なく攻撃し続けた。


硬い皮膚に拳を減り込ませる毎に、セネルとワルターは顔を歪める。
ノーマやシャーリィも足がふらつき始め、疲労が目に見えて分かった。

皆こんなに頑張っているんだ。
想いが通じない訳がない。

グッと、一層強く絡めた手と手に力を入れれば
今までとは違う変化がその場に起きた。





「ハアァッ!!」





光る拳がゲートの皮膚を引き裂き、今までとは違う雄叫びが辺りに響く。
腕の関節まで減り込んだ拳にゲートは顔を歪め、辺りには紫色の血が飛び散った。





「ッ、どうだ…!?」





拳を引き、ゲートと距離を取るセネルの息は絶え絶えだ。
荒い呼吸だけが響き、辺りは静寂に包まれる。

苦しそうにもがいていたゲートの動きが止まった。
体から溢れ出る血とは非対称に、その瞳は穏やかだった。


その時、私はこう思った。
きっとゲートは、私達の気持ちを戦う前から受け入れてくれていたんだと。


ゲートは穏やかな瞳のまま、光となって消えていった。
まるで今までの全てが幻だったかのように、血痕すら残さずに。





「…終わった、か」
「…想いは、届いたのだろうか?」
「特に変化はないようですが…」





辺りは私達が来た時と何ら変わりがない。
だからこそ、仲間達も次々に疑問の言葉を口にするのだろう。

皆は首を傾げながら顔を見合わせ、嫌な沈黙が辺りを包んだ。





「…もしかして、失敗?」
「んな訳あるかい!!」
「だが、以前は爪が輝いた」
「どう言う事だ…?」





焦る仲間達を余所に、戦いを終えたワルターは輪を外れ私へと近付く。
疲れ切った体に手を伸ばすと、ワルターは文句も言わずに私の手を取ってくれた。





「キュ―――…」
「やめろ」





傷だらけの体に手を当て治癒のブレスを唱えようとする私に、ワルターは制止の声を上げる。
何だか怖いと思うくらい、低い声だった。





「滄我が私に力をくれてたら出来るかもって…」
「そう言う事じゃない」
「…?」
「…このくらい、大した事ない」





「でも」「だって」と私が反論する前にワルターはフイッと顔を反らし歩き出す。
人の行為をここまで無下に出来るのもワルターくらいだろう、と心の中で悪態をついた。

皆の輪の中に加わったと同時、キラキラと輝く海が視界を埋め尽くす。
言いようもない温かな感情が、体中に広がった。





「…皆の想いなら、伝わったよ」





穏やかな波の音を代弁するかのように漏れた声。
皆は驚き目を見開いて、私はそんな仲間達に笑顔を向ける。





「滄我、泣いてない」





「きっと笑ってる」なんて、私が言っても説得力はないだろう。
それでも間違いじゃない自信があった。





「雄大にして暖かな力…これが大いなる滄我の力なのですね…」





私に続き言葉を発したグリューネさんは、遠くを見つめ穏やかな表情を浮かべている。

どう言う事かとグリューネさんに声を掛けようとセネルが口を開いた瞬間
少し遅い変化が皆の体に現れた。





「…これは…!」





爪だけではなく、セネル達の体全体を包む暖かく優しい光。
それこそが大いなる滄我の力。





「体全体が、熱い…」
「だが、安らいだ気持ちになれる…」
「これも、滄我の力なんか…懐かしい感じじゃの」
「な〜んか、感覚がフワフワしてるね〜…」
「優しいのに、力強さも感じます」
「海に、抱かれているみたい…」





戦いの疲れすら吹き飛ばす滄我の力に最初は動揺したものの
内に流れる変化に慣れ、笑みを浮かべる仲間達。

一体それがどう言った感覚なのか、自分も味わってみたかった。

なんて、きっと過ぎた贅沢だ。
皆の笑顔が見れただけで満足なんだから、我慢しなくちゃ。


温かな空気の中、世界が急激な変化を見せる。


突如上空に現れた黒い光。
それは一瞬にして弾け、空を引き裂きもう一つの空間を作り上げた。





「なんじゃ、ありゃあ…?」





突然の出来事にポカンと口を開け情けない声を出すモーゼス。
そんなモーゼスをいつもは馬鹿にするジェイも、この時ばかりは余裕がないようだった。

分かっていたとは言え、実際目の当りにすると本当に声も出ない。
重圧に体が今にも崩れそうだ。





「あれは『時の揺り籠』です」





モーゼスの問いにグリューネさんが淡々と答える。





「時の始まりにして、終わりを告げる場所」

「そして今、シュヴァルツがいる場所です」





説明を催促する皆の視線に応えるよう、グリューネさんは言葉を続けた。





「時の揺り籠は、この世界とは別の時空間に存在しています」

「本来なら人の目に触れる事など、有り得ないのですが…」





説明している張本人ですら動揺が隠せていない。
事例のない出来事に柄にもなく焦りを感じているのだろう。





「それってつまり…!」
「滄我が俺達に道を示してくれたんだな」
「そうだね!」
「じゃったらやる事は一つじゃ!」
「今度はあたし等が応える番だね!!」





難しい顔をするグリューネさんの横、
皆はパアッと顔を明るくし興奮状態のまま言葉を発する。

その場で足踏みし早く早くと急かす者もいれば
ガッツポーズをし今の喜びを噛み締める者もいた。

そんな中浮いているグリューネさんと目が合い、肩を竦め笑った。
グリューネさんも丸くしていた目を細め、困ったようにクスリと笑う。

皆程喜びをめいっぱい表現する事はないけど、きっとグリューネさんも同じ気持ちなんだ。
だから私に笑顔を向けてくれたんだろう。





「力を貸してもらった責任は、必ず果たして見せる」
「うん、そうだね」
「滄我ー!ありがとー!」





大きく大きく手を振れば、滄我は波を立て返事をしてくれた。





「絶対、絶対シュヴァルツを止めてみせるから!」

「アンタの居場所も、ちゃんと守ってみせるから!」





力をもらったのは私じゃないけど、私だって皆と想っている事は一緒だ。

この世界を救いたい。
皆の笑顔が溢れる未来にしたい。

私だって、もうこの世界の一員で部外者じゃない。
力がなくたって、出来る事はきっと山ほどある。





「んじゃ、早速出発と行きますか〜!」
「あぁ!シュヴァルツを止めよう!」
「おー!!」





天高く拳を掲げ、私達は割かれた空を見つめる。
目の前に広がる闇を見て、恐れはなかった。

力強く一歩前へ踏み出せば、体が引き寄せられた気がした。

未来へと続く、『時の揺り籠』へと―――…。















引き寄せられた体は、一瞬無重力の空間に放り出される。
心の中を支配した感情は『気持ち悪い』だった。

吐き出す余裕すらない。
見えない重圧が息苦しい。

それでも意識は手放すまいと必死に抵抗していれば
フワフワ浮いていた足が地に着き、そっと目を開ける。





「ここが…時の揺り籠…」
「な〜んか、重苦しい感じだね〜」





私と同じ嫌悪感を抱いているのだろう、
ノーマは自らの体を抱き締めながら辺りをキョロキョロと見渡している。





「黒い霧に包まれた時と同じような不快感がありますね」
「黒服の女王蜂の腹の中じゃ、そんぐらい当然じゃろ」
「何が起こっても、不思議ではないな」





重圧にも負けずクロエは辺りを睨み、自らの腰にぶら下がる剣へと手を伸ばす。
一瞬の気の緩み、汗を拭う暇すら許されない状況で、皆は慎重に足を運んだ。





「これ以上先を行けば、もう元の日常に戻れる事はない…」





緊迫した空気の中、耳に届いたグリューネさんの声もまた緊迫したものだった。
皆は一斉にグリューネさんへと振り返り、グリューネさんは一人一人を順々に見つめる。





「戦いから身を引くのであれば、今が最後の時と―――…」
「ストップ」





グリューネさんの言葉を止めたのは、誰でもない私だった。





「変わらないよ」
「…」
「私達の気持ちは変わらない」





「何度聞いても変わらないなら、もう聞いたって無駄じゃない?」





ニッと笑う私の顔は、グリューネさんの金色の瞳にくっきり映った。

長い沈黙の後、何かを諦めたかのようにグリューネさんも笑った。
柔らかい笑顔は覚醒する前と何ら変わらない、心の底からの笑顔だ。





「もう、最後まで皆一緒だよ!」





絶対離れない。
離れたくない。

これが私の望んだ未来だ。





「…礼を申します」





グリューネさんは私達に対し何度目か分からない礼を言い、ゆっくりと頭を下げた。
皆は「良いから」と言ってグリューネさんに頭を上げるよう頼む。

時の揺り籠と言う重苦しい空間の中でもこうして笑っていられるのは
きっと仲間達がいるから出来る事なんだろう。

誰か一人欠けていたら無理な事だった。
何となく、そんな気がするんだ。

そんなとても温かい空気も、ガサガサと道の外れで揺れた草の音によってガラリと変わる。





「ッ、何だ…!?」





バッと音の聞こえた方へ振り返り、セネルは拳を構える。
完全にリラックスしていたノーマはビクリと体を跳ねらせてウィルの影へと隠れた。

シン、と静まり返るその場に再びガサガサと音が響く。
誰よりも先に反応したのはジェイだった。





「そこッ!!」





シュッと音を立て風を切り、苦無は真っ直ぐ揺れた草むらへと飛んで行く。

カッ、と苦無が地面に突き刺さる音が聞こえ、一層激しく草むらが揺れた。
その音は段々と私達から遠ざかる。まるで逃げているみたいだ。





「逃がすか…っ!?」





逃げる何かを追いかけようと飛び出したセネルは、大きな一歩を踏み出し止まった。

不自然に途切れた言葉の意味はすぐに分かった。

セネルの目の前に広がる黒い霧の壁。
それともう一つ、明らかな異常現象。





「なに…?この、匂い…」





何者かがいた草むらの方角から甘ったるい香りがする。
例えるなら色んな花の蜜をごちゃ混ぜにしたような、キツい香りだ。

だけど辺りをいくら見渡しても花一つ咲いていない。
例え一輪二輪咲いていた所でこんな強烈な香りは出せないだろう。

香りの原因は間違いなく草むらに隠れていた何者かだ。

一体何なんだろう、と目を細め黒い霧の壁、何者かが走り去った奥を見る。
一瞬、黒い髪らしきものが見えたがそれ以外は何も分からなかった。

…黒い髪って、誰…?





「ッ、何だこの霧の壁は…!」
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
「慌てないで下さい、この霧は他の物に変化しなさそうです」





姿を消してしまった何者かを追うよりも、皆は目の前の状況に精一杯だった。
当然と言えば当然であり、それが最善である事は分かっている。

だけど私は、あの人影の正体気になって仕方がなかった。





『ここから先の階層には、それぞれ魔物が一体ずつ待ち受けている』

『どうしても奥へと行きたいのであれば全ての魔物を倒し先へ進むが良い』





声と言うよりは、ノイズの掛かった不安定な音だった。
ギリギリ、ジリジリ、五月蠅くて耳を塞ぎたくなるような酷い音。

不協和音は私達にそれだけを伝え、霧と共に消えていく。

消えた壁の先には私達を導く光の輪があった。
私が探している『何者かの影』は見当たらない。





「何だったんだ、今のは…」
「シュヴァルツの言葉、でしょうか…」





目の前の問題が解決したと同時、また別の問題。
ただこれに関しては深く考えなくても良さそうだ。





「とにかく、一体一体倒しゃええって事じゃろ?」
「親玉と戦う前に雑魚戦か〜…ま、準備運動ってとこかな!」
「油断するなよ、ここにいる魔物は全て霧の力を持っているだろうしな」





余裕余裕と笑うモーゼスとノーマに注意をするウィル。
いつも通りのやり取り。違うのはこの異質な空間だけ。





「…じゃ、気を取り直して!」
「あぁ…行こう、皆!」





私達を待ち受ける光の輪の中に、皆は足を踏み入れる。
瞬間、ここへ来た時と同じようにフワリと体が浮いた。

きっと次に目を開ければ、また別の場所へと飛んでいるのだろう。
冷静に考える中、体にこびり付いた花の香りに眉を顰めた。

何だか、この香りは嗅いだ事がある気がする。
懐かしい、そう思う自分が気味悪い。


何か嫌だ、と香りを振り払うよう首を振る。


そしてゆっくりと、朦朧としながらも目を開ければ
私達の目の前には一匹の魔物が佇んでいた。










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修正:14/01/19