「ッハァ!!」





相手の体に拳を叩き付け、弱った所を投げ飛ばす。
背後からは爪術を唱える声が聞こえ、ブレスが容赦なく魔物を追撃した。


そんな繰り返しをもう、何回続けただろうか。


きっとこれが、六匹目だったはずだ。
いや、敵の数なんて最早どうでも良い。

ただ、俺達が一番気になっているのは―――…





「………」





…―――微かな吐息を漏らしながら俺達を岩場の影から見守る、の姿だった。















こんな場所に不自然に建てられている歪んだ家。
私にはそれが何なのか、何となく分かった。

作ったんだ…あの子が悲しまないように、偽物の街を。
ない知識を必死に、必死に掻き集めて。

岩に減り込み入る事の出来ない家。
人一人歩けない狭い道。
川や水車すらグニャリと歪み、全ての物が機能していない世界。





「……」





そんな歪んだ世界に足を踏み入れた時から、体が急激な変化を見せている。

重圧に耐えきれず、グッと喉が絞まり息が止まる。
奥へ進む毎に、記憶が飛び飛びになり体がだるくなる。

何となくで済まされていた変化が、どんどんと目に見えるようになってきた。





「…手が…」





自分の手に力が入らない。
地面に落ちた杖を拾おうと腕を伸ばすも、スルリと抜けてしまう。





「、動かない…」





カラン、と音を立て落ちる杖が、無力な自分と重なった。

気分が悪い、と言っていた皆も今は普通に戦えている。
おかしくなるのは私だけ。

…―――また、私だけ。





「ッ…違う」





こんな事、考えちゃいけない。
唇を噛み締め、嫌な感情を振り払うよう首を振る。





「皆、辛いのは一緒だ」





もう、こんな考えはよそう。

皆、たくさんの試練を乗り越えてきた。
何不自由なく暮らしていた私には、正にこの状況が試練なんだ。

乗り越えなきゃ。





「終わったぞ、





頭上から聞こえた声に導かれるよう顔を上げる。
そこには血塗られた手を私に差し出すセネルの姿があった。

連戦で疲れているにも関わらず、いつも戦いが終われば私に笑いかけてくれる。
そんな優しさに胸がジィンと熱くなった。





「…っと、悪い。こんな汚い手じゃ触れないな」
「そんな事、ない!」
「?」
「ありが、と」





慌てて血を拭おうとするその手に向かい、私は腕を伸ばす。

手首から先、ダラリと垂れた私の手ではセネルの手を握る事は出来ない。
だけどセネルは私の気持ちを理解するとホッと息を漏らし、体を引き上げてくれた。

力の入らない体を、もう抱き締めていると変わらない程強い力で受け止めてくれる。
申し訳ないと思う半分、それが嬉しいと言うのも確かな気持ちだった。





「辛いか?」
「それはこっちの台詞だよ」
「…?」
「何もしてない私より、ずっと戦いっぱなしのセネル達の方が心配」
「…気にするなよ、そんな事」





「お前にはシュヴァルツを止めるって大事な役目があるんだ。今疲れられたら困るんだよ」





そう言って私の背中をぽんぽんと叩くセネルの優しさに頬が緩んだ。
気遣いだろうと本心だろうと、そう言ってくれた事が凄く嬉しい。

「ありがとう」と言うとセネルは一つ頷き、私を支えたままゆっくりと動く。
そのぬくもりに私の嫌な感情は全て散り、とても温かい気持ちになった。

何だか、暖かすぎて寝ちゃいそうだ。















「…敵の気配が止んだな」
「えぇ、ここまでの敵は全て倒したようですね」





グリューネさんの言葉を聞いた瞬間、ノーマはドサリと音を立て座り込む。
安心しきったノーマにつられてか、クロエもゆっくりと剣をしまい息を吐いた。





「ここで少し休んですぐに行こう。相手は待ってくれないんだ」





ならば早速、とモーゼスがドカリとその場に座る。
それに釣られて皆が皆、ゆっくりと腰を下ろした。





「悪い、もう一度座るぞ」
「うん!ちゃんと話聞いてたから、だいじょぶだよ」
「…そっか」





大丈夫、と言いながらも虚ろな表情を浮かべている。
人の言葉を聞き取るのもいっぱいいっぱいに見えた。





、眠いんじゃろ?」
「眠くないよー元気元気!」





ただただ不安になる俺とは違い、モーゼスはを茶化すように言葉を投げかけ笑う。
もダラリとした手を上下に動かし、必死に自分が元気だと言う事をアピールしていた。

それでも、目に見えて分かる変化に俺の焦りは募るばかりだった。

の死が目前に迫っている。
それがここに来て、痛いぐらいに分かった。

相手にはもう、待つ気がないんだ。
街に戻る余裕すらない。





「きっと、もうすぐシュヴァルツのところに着くよ!」

「頑張ろう、ね、皆!」





そう言って笑うの姿を見たら、疲れなんかすぐに吹き飛んだ。

変に力んでいた拳がフッと緩くなり
ガチガチに固まった顔の筋肉もいつの間にか解れている。





「あぁ…行こう」





大した休憩を挟んだ訳でもないのに、皆はすぐに立ち上がり前を見据えた。

疲労と隠す事は出来ないけど、皆の瞳はしっかりと前を見ている。
それはきっと、俺と同じでから元気をもらったお陰なんだろう。

俺達は互いに目を合わせ、頷き
何度も見ている光の輪へと足を踏み入れた。















景色は変わらない。
だけど別の場所に飛んだ事は分かった。

敵の出現に備え隊列を整えようと、仲間達は各々動き出す。
そんな中、グリューネさんは前へ出て、大きく両手を広げると言う不可解な行動を取った。





「グリューネさん…?」





突然の行動に動揺を隠せず、名前を呼ぶ。





「嘆きの力の集中を感じます」





グリューネさんの言葉を合図に、何もなかった場所からブワリと音を立て霧が噴き出した。
突然の出来事に皆は驚き目を見開いて、武器の矛先を霧へと向ける。





「またこれかい!芸がないのう!!」





休憩を挟み余裕が出来たのか、モーゼスはハッと鼻で笑いながら槍を構えた。
だが、そんなモーゼスの笑みが絶えるのにそれ程時間は掛からなかった。





「何、だと…!?」





ブワリと音を立て霧が晴れる。
私達の目の前にいたのは、見覚えのある青年と少女だった。

モノクロの体から濃霧を放ち、赤い目をギョロリと動かし
恨めしそうにこちらを見つめる彼等に私達は言葉を失う。




「これは…」
「昔の、私……?」
「それに俺、か…」





まるで私達と敵の間に一枚の鏡があるようだ。
体の揺れ、羽根ペンの握り方までそっくり。





「自分を見るって言うのは、気分が悪いもんだな」
「…」
「シャーリィ、大丈夫か?」





目の前にいる青年に溜め息を吐き肩を竦めたセネルの横には
明らかに動揺を見せ震えるシャーリィがいる。

それでもシャーリィは泣き言一つ零さず、ゆっくりと頷き前を見据えた。





「大丈夫…私はもう、以前の私じゃないもの」

「滄我に取り込まれて、弱さに逃げ込んだ私は、もういない」





羽根ペンを構え、シャーリィは敵の赤い瞳を見つめる。
シャーリィの影は本物のシャーリィに習うよう武器を構えた。





「向こうもヤル気じゃのう、こいつは楽しめそうじゃ!」
「そんな呑気な事言ってる暇ないでしょう…来ますよ!」





そう言って走り出したジェイを狙い、詠唱もなしに雷が降り注ぐ。
ジェイじゃなければ喰らっていたかもしれない詠唱の速さに、ゾクリと鳥肌が立った。

今まで戦ってきた霧の魔物と訳が違う。
偽者であっても、やっぱりセネルとシャーリィは強い。





「すぐに片付ける」
「、うん」





敵の視界に入らぬ岩場の陰に私を下ろし、セネルは戦う皆の元へと戻って行った。

拳と拳がぶつかり合う音が聞こえる。
炎が燃え盛る音、大地が裂ける音、風が吹き荒れる音。
仲間の声すら掻き消え、戦いが優勢に動いているかも分からない。





「…大丈夫、勝てる」





セネルとシャーリィが偽者に負けるはずない。
今までだって、そうだったんだから。

私はギュッと目を閉じ、強く祈った。
この祈りが、少しでも皆の力になるようにと。










「…お前、こっちに来れば楽になるって知ってるんだろ?」





乱闘の最中、耳元で聞こえた無機質な声に拳が止まった。

距離を縮めてきた相手をガードしようとした瞬間の出来事に
俺は目を見開き動揺を露にする。





「世界が終われば、人は死ぬ…皆同じとこに行けるんだ」
「…何の事だ」
「分からないのか?」





「ステラとも、とも、ずっと一緒にいられる」





俺と同じ顔をした男が、赤い瞳を細め面白そうに微笑んでいた。





「幸せだろう?幸せだと思わないか?」
「……」
「もう誰かを失って悲しい想いをしなくて良いんだ」





「気付いてるくせに…気付いてるから、こうやって俺が出てきたんじゃないか」





ここにいる俺は、今の俺の負の感情だ。
昔の俺よりも浅はかで、どうしようもなく弱くて、屑同然の俺。





「ッ…ふざけるなよ!!」





声を荒げ、拳を後ろへと引く。
相手はすかさず殴られると察し、遠くへ飛んだ。





「そんなの分かってる!お前の言う事なんて、何回も何回も考えたさッ!!」





消えかけていた光をもう一度爪に灯し、再び相手との距離を詰める。
目の前にいる俺は無表情で拳を避け、無機質な瞳で俺を見ていた。
無駄な抵抗をし続ける、ちっぽけな男を見るような瞳で。





「だけど、俺にはそんな事出来ないって、お前だって知ってるだろう!?」





隊列を崩した俺を止めようとする仲間達の声が聞こえる。
それでも熱くなった体は止められなかった。





「もう決めたんだ!もうそんな悲しい考えは止めるって決めたんだ!!」
「…」
「…ッ思ってるんだよ、あいつ等が二人とも!!」





「命を犠牲にしてまでこの世界を多く残してくれたステラも!」

「一緒にここまで歩いてきて、シュヴァルツを止めようって言ったも!」

「この世界が大切だって、この世界を守りたいって、そう思ってるんだよッ!!」





ガッ、と拳が深く減り込む。
相手の体は、案外アッサリと崩れ落ちた。





「世界を滅ぼして二人とずっと一緒にいれても、何も嬉しくない!!」

「ッこの世界じゃなきゃ、ステラもも笑ってくれないんだ!!」





二人が好きだと言ったこの世界に残ると決めた。
例え二人がいなくても、二人が残したいと願ったこの世界が好きだと気付いた。

いっそ自分も死んでしまえば。
そう考えていた俺は、もういない…いちゃいけないんだ。





「俺は、この世界を守る…!!」

「お前に何を言われたって、それだけは変わらない!」





一際眩い光が爪に灯る。
歪んだ世界を白い光が包み込んだ。

光に包まれた偽者は別段苦しむ事もなくその姿を溶かす。
残る瞳は、ほんの少し悲しそうに見えた。





「俺は“お前”を受け入れながらもここにいるんだ…いたいと思ってるんだ」

「今なら何だって受け止められる。今までだって、そうやって強くなってきたんだから」





トン、と相手の胸があるであろう場所に拳を突きつける。
偽者はまるで眠るように目を閉じ、光の中に埋もれて消えた。





「今も昔も、馬鹿だな俺は…」





粒子になり天へと昇る霧の見つめ、俺は微笑む。
胸の真ん中、この温かい気持ちは間違いじゃないと確信する事が出来たから。















「ねえ、止めたら?」





遠くで詠唱をする“私”の声が聞こえ、羽根ペンを動かす手が止まった。





「こんな所まで来なくても、貴女の願いは叶うんだよ?」





こんなにも距離があるのに、まるで耳元で囁かれているみたい。
動揺を隠せず震える私を、彼女は薄気味悪い笑みを浮かべ見つめていた。





「私の、願いって…?」
「…知らないはずないじゃない」





こんなか細い私の声でも、相手にはハッキリと聞こえているみたい。
偽者の私はクスリと笑うと、瞳を細めやらしく笑った。





「お兄ちゃんを独り占めにする…そうでしょ?」





一瞬、息が止まった。
ドクン、と大きく体が揺れる。





「どうせは死ぬんだよ?」
「っ…」
が死ねば、お兄ちゃんを独り占めする事が出来る」





「世界が壊れるまで…それはとても短い時間だけど
 私がずっと望んでいた“お兄ちゃんの彼女”になれるの」





「それって凄く、幸せな事じゃない」、そう言ってクスクスと笑う私。

私、そんな事を思っていたの?
心の隅で、そんな酷い事を考えていたの?

これは本当に、私の薄汚い気持ちなの?





「…ッ」





ううん、違う。

姿形は同じであっても、これは鏡じゃない。
今目の前にいる、この瞳に映っている私は、私じゃないんだ。





「…幸せになんて、なれる訳ないよ」





カラン、と音を立て羽根ペンが地面へ落ちる。
笑っていたもう一人の私は眉間に皺を寄せ、怪訝な表情を浮かべた。





「だって、そうでしょ?」





カツ、カツ、と音を立て私はもう一人の私へ近付く。
先程まで余裕の笑みを浮かべていたもう一人の私は、私が一歩前へ出る度後退した。





「…私がお兄ちゃんの横にいても、お兄ちゃんは笑ってくれないんだもの」





ビクン、と大きく跳ねる体。
昔の弱かった私と同じ反応。

だから私は、その時私が一番して欲しかった事を彼女にした。
お兄ちゃんにしてもらえた事と、同じ事を。





「お兄ちゃんが笑ってくれない、お兄ちゃんが幸せじゃない…そんな場所にいたくない」

「…良い女なら、好きな人の幸せは、祈ってあげなきゃ」





細い体を壊さないよう、だけども力強く抱き締める。
赤い瞳が大きく見開かれ、その唇から吐息が漏れた。





「…それに、ね」





体の奥底から、滄我の力が溢れ出る。
ほんのちょっとの、怒りを混ぜて。





を邪魔者扱いする人は私が許さない…例えそれが、過去の私でも」





溢れ出る力は光となり、過去の私を温かく包み込む。
赤い瞳に溜まった涙が零れ落ち、頬を伝い地に落ちた。





「もうそんな私はいないよ…お兄ちゃんもも大好きだから」

「だから貴女は、もう苦しまなくて良いの」

「貴女が思っていた事も間違いじゃないって、今の私なら受け止められるから…」





悔しくて泣いているんじゃない。
消えるのが嫌で泣いているんじゃない。

私が以前流した涙と一緒。

ただただ、一人でいるのが寂しかっただけなんだ。
一人になるのが嫌だったんだ。

だから、このぬくもりの温かさに涙を流したんだ。





「貴女も、私を受け止められるよね…?」





例え偽者の私であっても、この涙だけは本物だ。





「大切な人を想う気持ちは、私も貴女も一緒なんだから」

「お兄ちゃんの幸せが、私達にとっての幸せなんだから…」





ぽた、ぽた、と涙が落ちる度、彼女の体は霧となり消えていく。
抱き締める事の出来た姿形は、もう半分以上なくなっていた。





「貴女は一人じゃない…私には支えてくれる人がいるから…」





空へ昇って行く粒子をそっと両手で包み込む。
包んだ霧を胸に当て、幸せを噛み締めるよう目を閉じた。

こんな温かい気持ちになれたのは、のお陰なんだよ。
もう一人の私にも、この気持ちが伝わるように。





「シャーリィ」





声が聞こえた方へ振り向けば、そこには私の見たかった笑顔のお兄ちゃんがいる。
そしてその横には、今のお兄ちゃんを、私を支えてくれたの姿。





「シャーリィもセネルも、かっこ良かったよ!」

「ちゃんと見えてなかったけど分かってるから!二人が、凄い頑張ったの!」





疲れているはずなのに、は屈託のない笑みを浮かべ、私を「凄い」と言ってくれた。





「…やっぱり、私が大好き」
「へ?」
「ううん…行こう?」





「早くこの世界を救わなきゃ!」





そう言って笑みを見せれば、はきょとんと目を丸くした後に
「うん!」と元気いっぱいに返事をする。

私がどれだけの事を尊敬しているかなんて
はこれっぽっちも分かってないんだろうな。

でも、そんなだから私は好きになれたのかもしれない。
そんなだから、お兄ちゃんと一緒にいて欲しいと思ってるんだ。

ずっと一緒にいれたらなんて、もう過ぎた贅沢なのは分かってる。
だからこそ、幸せだって気持ちとは裏腹に胸の隅っこが軋むんだ。

この笑顔がもうすぐ消えると言う現実が頭の中から離れてくれない。
それでも前を向いて、走らなきゃ。

それがの願いでもあり、お兄ちゃんの願いでもあり、私自身の願いなんだから。










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修正:14/01/19