「…ここまでの敵は、全て倒したようです」
ぼうっとした意識の中、グリューネさんの声が聞こえた。
ダークセネル、ダークシャーリィとの戦いから数えて、魔物の数は七匹。
皆は構えていた武器を下ろし、ホッと一息吐くと前を見る。
「恐らくこの先にシュヴァルツがいるでしょう」
私達の前に佇む光の輪が今までと違う事はすぐに分かった。
独特な雰囲気を放つ地獄への入口を前に、皆は怖気付く事もなく大きく頷く。
「行くぞ」
ザッと音を立て歩き出すセネルを追うよう、皆が一斉に前へ出る。
「だ、大丈夫?」
「ん?」
「疲れて、ない?」
「今までずっと、戦ってきたから」と付け加え彼等の顔を覗く。
ぼんやりした視界の中、皆が笑っているように見えたのはきっと気のせいじゃないだろう。
「皆グー姉さんの言葉聞いたら、疲れなんか吹っ飛んじゃうって!」
「…?」
「だって、やっと最後まで来れたんだよ?ようやく終わるって思うと、もう一踏ん張り出来るじゃん?」
「それは違うでしょう」
「ここで終わりじゃなくてここからやっと始まるんですよ…僕達の本当の戦いが」
そう言って目の前の光を睨み付けるジェイの手は
ポケットの中の苦無をずっと握り締めたままだった。
それは皆同じ。
剣を鞘に納めながらも腰から手を放そうとしないクロエ。
いつでも槍を取り出せるよう背面に手を回すモーゼス。
皆はもう止まる気なんてない。
ただ一直線に前を向いている。
なのにどうして私は、走る為の足を止めてしまってたんだろう。
「俺達はいつでも行ける」
「セネル…」
「お前に任せるよ、」
ぼやけた視界の中で、セネルは優しく笑っている。
いつもと変わらない、いつも私を支えてくれたあの笑顔。
「…止めて、ごめんね」
「行こう、皆」
自分の足で立つ事も、自分の目でハッキリと物を捉える事も出来ない。
拳を握り、天高く掲げ決意を示す事すら出来なくなってしまった。
それでも決して折れる事のない意志を瞳に宿し、前を見る。
未だ動く頬の筋肉を使い、強気な笑みを浮かべながら。
「皆でシュヴァルツを止めよう」
もう分かっている、と言わんばかりに仲間達は頷き再び歩を進める。
一歩、その光の輪に足を踏み入れれば
何処からともなく香る花の匂いに意識がグラリと揺れた。
ここまで来れた。
やっと会えるんだ。
この想いを伝える前に気を失う訳にはいかないんだ。
私がここへ来た理由を果たすまでは、絶対に。
どれ程光の中にいたのだろう。
気付いた時には仲間の手を離れ
トサッと柔らかい音を立てその場に崩れていた。
「…ッ……」
体に力を入れてみるも動く気配はない。
唇の隙間から虚しく吐息だけが漏れる。
とにかく息をしなきゃ、と当たり前の事を思い空気を吸い込めば
脳がグラリと大きく揺れた。
「…な、に…」
今まで通ってきた場所とは明らかに違う。
倒れた私を受け止めた、あの柔らかい音の原因は何だったのか。
ふと視線を落とせば、そこには極彩色が広がっていた。
この、匂い。
「何だ、これ……」
仲間達の声がすぐ近くから聞こえる。
きっと、私と同じ事を思っているんだ。
「…、色が……」
赤、青、緑…黄色にオレンジ。
世界中の色と言う色が集まり、ごちゃごちゃに入り混じる。
私の世界には、綺麗なソレがとても汚く見えた。
「ッ…」
汚い世界を拒絶すれば、それを許すまいと強い香りが鼻を掠める。
吐き気を覚え歯を食い縛り喉を締め、衝動に抗った。
気のせいじゃない。
物の輪郭が分からなくても、この匂いと色で全てを察する。
「…これって…何なのさ…」
「花畑…?」
ノーマの疑問にシャーリィが答える。
最も、答えた本人も動揺は隠せていなかった。
シャーリィの答えは正解だ。
色が散りばめられたここは花畑以外の何物でもない。
春を感じさせる桃色の桜に、夏を感じさせる蒼い葉が茂る樹。
秋を思わせる紅く染まった葉に、冬を思わせる雪に圧し潰された芽。
私達が足を付いているこの地を埋め尽くす、花と言う花。
そして、丘にポツンと立つ歪んだ赤い屋根の家。
それを脳が認識したと同時、ドクン、と心臓が壊れるくらい強く脈打った。
「人の子よ…何をしにきた」
それは敵の気配を察知してか。
「結末の見えた闘いに、何故その身を投じる…何を追い求める」
それともまた別の感情か。
「シュヴァルツ…」
姿を現した女性の名前を、セネルは動揺を隠さぬまま音にする。
だけどそれも一瞬、セネルは相手を見つめ動揺を掻き消し、自らの想いを口にした。
「俺達はこの世界に生きている…この身で戦うのは当然の事だろ」
シュヴァルツから溢れ出る殺気に押し潰されそうになりながらも
セネルは彼女の問いに自らの意志をぶつけた。
「…愚かな事よ」
仲間達の強い意志を、シュヴァルツはたった一言で切り捨てる。
「愚かなんかじゃない!私達は誰一人として、自分の選択に後悔したりはしない!」
「そうそう!それに悪いけど、あたしら負ける事はぜ〜んぜん考えてないからね!!」
「僕達は勝つ為に来たんです。負ける為でも滅びる為でもない!」
「そうだ!俺達は勝ってみせる!」
「勝って、お前を止めてみせる!シュヴァルツ!!」
何だか、皆の声が凄く遠い。
「…我を止めるだと…?」
まるで、何かに反響しているみたいだ。
私の耳まで、真っ直ぐに飛んでこないのはどうしてだろう。
「グリューネ、何を考えておる」
「……」
仮面の奥の鋭い瞳がグリューネさんを捉える。
グリューネさんは何も言わぬまま、真っ直ぐと前を向いていた。
サア、と草木を揺らす生温い風が吹く。
その度に、私の体が熱くなる。
「…そなたの子が、望んでいる事をしようとするまでです」
「我の子だと…?」
「ええ…」
「…どう言う事だ」
「望んでいるのですよ…破壊の少女が」
「そなたとわたくし、そして人々との共存を」
熱くなっている体も、グラグラと揺れる脳も、ドクドク五月蠅い心臓も、
きっと私だけのものじゃない。
今この現状に不安を覚えているのは、間違いなく破壊の少女だ。
「…グリューネよ、自らの使命も忘れてしまったのか」
「そなたは自らの子の想いすら忘れている」
淡々と交わる会話を聞き、意識が少しだけ戻って来た。
そうだ。
私が止めなきゃいけない。
私しか、止める事が出来ない。
「我が子の願いは、我の願いと同じ」
なのに体が。
「共存など望んではいない…我が子はこの世界の終焉を願っているのだ」
体が、全然動かない。
ただ首を振れば良いだけなのに、節々が軋み、痛みに吐息が漏れる。
「…ッ、は…」
言葉を紡ごうと口を開いても、声にならない声が落ちるだけ。
シュヴァルツの名前を呼ぶ事も、皆の視線を集める事も、何一つ出来ない。
無力な自分に苛立ち拳を握る事も出来ず、
私は鮮やかな花々に顔を埋める事しか出来なかった。
「弁えよ、人の子よ…世界を救い共存を望む、それは我と対立するに充分な理由」
「話し合い等もはや無意味だ…“止める”覚悟しかないのなら自ら終焉へ向かうと同じ事…」
「正義を貫き死する事を望むなら、我が終焉へと世界よりも先に案内してやろうぞ」
そう言ってシュヴァルツが手を上げれば
何もない空間から音もなく黒い霧が現れる。
話し合いに持っていくのは今の段階では不可能と考えたのか
仲間達は一度顔を見合わせ、各々武器を取り出した。
「皆、気をつけろ…来る!!」
セネルの言葉を合図に神との戦いが始まる。
眩い閃光に目を細め、力と力のぶつかり合いに吹き飛ばされそうになるのを必死に耐えた。
耐える私に気付いたワルターは、いつものように安全な場所へと運んでくれる。
突然体を動かされ、グラグラと大きく脳が揺れ、治まりかけていた吐き気が込み上げた。
「………」
何かしなきゃ、そう思うのに体が言う事を聞いてくれない。
熱い、寒い…体が震える。
朦朧とした意識の中、この花の香りに惑わされているのだろうか。
何処からともなく視線を感じるんだ。
丘に佇む家の歪んだ扉に、内側から手を掛けるよう細い指先が見え隠れする。
ぼやけた視界の中、両手十本の指だけは何よりもハッキリと見えた。
…扉の奥から覗く、赤い二つの点も。
「……だ、れ…」
雨音よりも小さな私の声に応える者は誰一人いない。
ああ、何でだろう。
心臓が、泣いてるみたいに五月蠅いよ…。
Next→
...
修正:14/01/19