「感じよ、我の力を…我を満たす人の力を」
突如訪れた地響きに、セネル達は体勢を崩した。
「な、何だ…!」
「地震!?」
大地の唸る音に狼狽えるセネル達を
シュヴァルツは冷静に見つめている。
シュヴァルツの手の上には視界には納まりきらない程の大きな球体。
その球体は人類の嘆きを濃縮し、禍々しい光を放っていた。
「ああ…人の力が我に流れて来る…」
地響きに紛れ、クスクスと笑う女の声がセネル達の耳に届く。
驚き見開かれたその瞳には、彼女の言う“人の力”と言う闇が映っていた。
「人の、力…?」
「…人々の不安を煽り、力を吸収したのでしょう」
「人々って…まさか、街の人の事か!?」
「えぇ…恐らく、この揺れは地上にも伝わっているはず」
常に冷静であったグリューネの頬に一粒の汗が伝う。
つまり現状はそれ程深刻だと言う事だ。
「喰らえ…これが人の嘆き、哀しみ、憎しみ…
この世界がある事により生まれた、負の力だ…」
シュヴァルツが手を振り下ろしたその瞬間、
禍々しい光は勢いをつけセネル達を襲う。
咄嗟の判断が出来たのはやはりグリューネだけであり
球体がセネル達に当たる寸前、光の防壁を作りそれを防いだ。
「っく…!」
防壁に当たろうと球体の勢いが治まる事はない。
その勢いがグリューネを押し潰すのも最早時間の問題だ。
「グリューネ、もう足掻くな…我に敵わぬ事、承知だろう」
「おのれッ…シュヴァルツ!!」
球体は勢いのまま地面を削り、嵐を起こす。
グリューネの足元は深く抉れ、立つ事すら困難な状況へと変わる。
「何故、子等は妨げるのだ」
「これで滄我の願いも、成就されるであろうに」
抗い続けるグリューネに対し、シュヴァルツは呆れにも似た声を漏らす。
人を嘲るような言葉に誰よりも早く反論したのは、セネルだった。
「ッふざけるな!滄我はそんな事、これっぽっちも望んじゃいない!!」
ザッと地を蹴り、セネルはグリューネの横へと並ぶ。
そしてその手にありったけの力を込め、禍々しい球体を前へ押し出した。
球体の勢いが弱くなる。
きっと、セネルの持つ滄我の力が嘆きの力を掻き消したのだ。
「ッ…良い加減、目覚ませ!!シュヴァルツ!!」
蒼の光はより一層輝きを増し、黒に塗れた辺り一面を包み込む。
禍々しい負の力は光に呑み込まれ、徐々にその形を崩していく。
最後には滄我の力に押し負け、ガラス玉のように粉々に砕け粒子となって消えていった。
「…何故、邪魔をする…」
まるで雪のように、黒い粒が辺りを舞う。
幻想的ではあるが、とても綺麗だとは言い難い光景だった。
「我が…我等が、何をしたと言うのだ…」
怒りに唇を噛み締め、わなわなと体を震わせるその姿は
最早神とは言える者ではなかっただろう。
「…この子は、何もしてないと言うのに…!」
怒りに満ちた彼女の声に反応するよう、世界は更にと黒く染まる。
風もないのにシュヴァルツの髪は大きく揺れ、
その体からは大量の霧が放出されていた。
「何で邪魔をするかだって…?」
「そんなの、決まってるだろ?」
拳を握り構えるセネルに、恐怖や迷いはない。
「お前を、助けたいからだ!!」
ただ真っ直ぐな気持ちを声にし、勢いのまま一歩前へ踏み出し相手へ駆け寄る。
向かいくる相手をシュヴァルツは鎌を構え迎えた。
激しくぶつかり合う音を合図に、再び神との戦いが始まった。
敵も、味方も、理性も、善悪も、真意も、何一つとして必要ない。
ただただ己の信念がぶつかり合うだけの戦い。
右手が弾かれたのなら左手を。
避けられたのであればすぐさま追撃を。
セネルは攻撃の手を止める事はなかった。
殺すつもりはない、ただ相手を怯ませる為に何度も何度もぶつかっていく。
だが、決定的な違いはすぐに見えてくる。
“止めよう”と“殺そう”とでは、明らかに力の差があると言う事を知るのだ。
「……くどい…」
拳を受け止めた女はポツリ、と雨音程の小さな声で言葉を奏でる。
瞬間、ザワザワと音を立て黒い霧が女の体を中心に集まり始めた。
「ちょ、ちょっと!まただよ!?」
「別に待ってやる筋合いなんぞないわ!!」
「確かに、モーゼスさんの言う通りですね!」
霧の力を吸収するシュヴァルツの足元に槍を投げつけるモーゼス。
怯んだ隙にジェイは相手の体目掛けて苦無を投げた。
シュヴァルツ自体に大したダメージはないが
集まり始めた霧がグラリと揺れ拡散したのが分かった。
それはシュヴァルツが動揺していると言う明らかな証拠だ。
「っそこ!」
シュヴァルツの動揺をすぐさま察知したジェイ。
今度はシュヴァルツではなく、もう一人の敵へと苦無を投げる。
「、オノレ…ッ!!」
歯を剥き出し怒るシュヴァルツは、その勢いのままセネルの体を遠くへ吹き飛ばす。
目にも止まらぬスピードで、苦無よりも早くモノクロの少女へと近付いた。
だが二度も同じ手が通用しないのはセネル達も百の承知だ。
素早く動くシュヴァルツの動きを止めたのは低級のブレス。
詠唱もなしに襲いくる雷や氷の柱にシュヴァルツは足を取られ速度を落とす。
苦無は弾かれる事なく、真っ直ぐに的へと向かっていく。
ぼうっと立ち尽くす少女は、眼前に苦無が迫っていると言うのに
一歩も動こうとしなかった。
「……」
当たる。
誰もがそう思った瞬間、少女の体に変化が起こった。
苦無が刺さる寸前、一部分のみを気体化させ
少女はその場から動く事なく苦無を避けたのだ。
「なっ…」と声を上げ驚き見開くジェイはすかさず苦無を構え直す。
が、それとほぼ同時、シュッと風を切る不気味な音がその耳元で響いた。
「…」
腰の筒から数本の短剣を取り出した少女は、迷いもなくそれをジェイに投げつけたのだ。
その間、きっと一秒もなかっただろう。言葉にするなら“刹那”が正しい。
ツゥ…、と音もなく白い肌に浮かび上がる赤い切り傷。
何時攻撃されたかも理解出来ていないジェイは目を見開き自らの頬を触った。
「…見た目と似つかず、随分と動きが速いですね……」
相手の容姿に騙され油断していた。
ジェイはそう言わんばかりに舌打ちをし、自らの服で頬を拭う。
「確かに、とは思えん速さじゃ!」
「馬鹿モーすけ!あれはじゃないんだって!!」
「だが形があれだと、どうも気を抜いてしまう」
「ワルターまで…」
不利な状況にも関わらずいまいち気が引き締まらない仲間達に対し
クロエは口元に手を当て困ったように笑った。
相手の動きは理解した。
ならばもう遠慮する事もないだろう。
「それでも俺達は、戦うまでだ…!」
もっと慎重に、力を合わせれば出来る。
互いの目を見て強く頷く。
そして再び、シュヴァルツと偽者の少女に向かって走り出した。
「ッ…邪魔だ、ドケッ!!」
「どかない…お前が目を覚ますまでは!!」
我武者羅にセネルへと攻撃を仕掛けるシュヴァルツは、最早別人だった。
「ッシュヴァルツ、聞いてくれ!!」
相手の攻撃を防ぎながら、セネルは声を上げる。
「俺達のこれまでの時間は、無駄なものなんて一つもなかった!」
「お前から見れば、俺達はちっぽけな存在かもしれない…!
自分の弱さに屈して、逃げ出す事だってある…!」
グ、と拳に力を入れ相手の攻撃を押し返す。
また少し、場の空気が変わった。
「そうです…でも、辛い事もあるから、悲しい事もあるから
だから幸せを感じる事が出来るんです!」
シャーリィの髪が淡く光る。
霧に塗れた世界が、少しずつ明るくなる。
「苦楽を共にするから、ワイ等は分かり合う事も出来たんじゃ!」
「僕達の作り上げた気持ちまで無駄なものだったなんて、言わせてたまるものか!」
勢いよく投げた槍が偽者の少女を掠める。
先程と同じよう一部を気体化させた少女は、モーゼスの攻撃を無効化した。
だがその時には既に、ジェイが背後へ移動した後。
少女が振り返るよりも、体を気体化させるよりも先にその苦無を皮膚に滑り込ませ
ナイフを投げていた彼女の利き手を切り落とした。
「失敗をして、心が傷付き、現実から逃げ出してしまう。
そんな弱さを持ったのが人間なんだろう!」
充満する霧を集め回復を図ろうとする少女に無数の雷が落ちた。
「けどね!あたし等はそうやって、転んで起きてを繰り返しながら
一つずつを学んでいくんだよ!」
着実に弱まっていく少女の姿を見て、シュヴァルツは力任せに鎌を振るい走り出す。
それを止めたのは地面から突如現れた氷柱だ。
「仲間と手を取り合いながら、私達は学んでいく!
だからここで終わる訳にはいかないんだ!」
怒りに狂う相手に向け、クロエは勢いよく剣を振り下ろす。
初めて手応えがあった、と感じる程相手は苦しそうに顔を歪めた。
「意外と悪くないぞ、この世界も…俺が生きていて良かったと思うぐらいにはな」
シュヴァルツの猛攻を防ぐセネルの拳に、ワルターの拳が重なった。
二人分の力はシュヴァルツの体を押し退け弾き飛ばす。
まさか押し負けるとは思っていなかったのだろう、
シュヴァルツは小さな悲鳴を上げ唇を噛み締めた。
「皆さん、わたくしの詠唱が終わるまでシュヴァルツの足止めを!」
勝てる、そう確信したグリューネは大きく息を吸い詠唱を始めた。
地面が光り、ヴェールが揺れる。
グリューネの体から溢れ出るその力に、仲間達も息を呑んだ。
「…―――小さき子よ」
柔らかな唇は、まるで子守唄を奏でるよう滑らかに動く。
「滅びの本懐を遂げるか…」
聞きたくない、と言わんばかりに攻撃を仕掛けるシュヴァルツを
セネル達は渾身の力を振り絞り阻止をした。
利き手を失い短剣を投げる事も儘ならなくなった偽者の少女は
虚ろな瞳でゆっくりと杖を構える。
させまい、とジェイが少女に奇襲を掛ければ
少女は油断していたのかカランと音を立て杖を落とした。
それでも全く焦らないのは、感情と言うものを持っていないからだろうか。
ジェイはそれを薄気味悪いと思うと同時、同情した。
「天界の審判、ここに呼び覚まさん」
暖かい風が頬を掠める。
空気の変化を感じ取った仲間達は一度敵との距離を取り
全てをグリューネの一撃に賭けた。
音を立て暗雲を割き現れた眩い光は
目にも止まらぬ速さで一本の柱となり、そして。
「…―――ゴッドブレス!」
少女の頭上へ、容赦なく叩きつけられた。
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修正:14/01/19