光の柱は、少女の体を貫いた。
地面が抉れ、突風が吹き荒れ
血の代わりに大量の霧が噴き出す。
「…凄い……」
グリューネさんの力を目の当たりにし、シャーリィは率直な感想を述べた。
口には出さなかったけど、俺も同じ事を思っている。
目がチカチカする。
呼吸をする事さえ忘れていた。
心臓が未だに五月蠅く鳴っている。
今までこんな凄い人と行動を共にしていたなんて信じられない。
そんな事を、クレーターとボロボロになっている少女を見て思った。
…ボロボロになった、少女の姿…?
「ッ…アイツ、生きちょるぞ…!」
モーゼスの言葉を聞き、自分が見ているものは幻でないと気付く。
足を片方失くし、頭や頬が酷く抉れているにも関わらず
残る片目がギョロリと俺達を見つめる。
瞳が動く…?
あんな状態になっても意識があるのかよ。
「嘘でしょ…何で倒れないのさ…!」
「元々はシュヴァルツの感情であり、実態するものではないですからね…」
「…彼の言う通りです」
醜いものを見るよう顔を歪めたジェイの横、
あれ程の攻撃をしたと言うのに、呼吸一つ乱さずグリューネさんが並ぶ。
「あれはシュヴァルツの負の感情であり、人ではありません」
「だからこそ、あんなになってもまだ立っている事が出来るのです」
体の約半分を失くした偽者の少女はユラユラと揺れながらその場に佇んでいる。
片足しかないのに何故立てるのか、何故血が流れていないのか。
そんな疑問は最早無粋だ。
「わたくし達が出来るのは、少女を傷付ける事…
一時的にシュヴァルツの負の感情を弱める事しか出来ません」
「結局、彼女を消す事が出来るのはシュヴァルツ自身のみ」
「…最初からわたくし達には“手を貸す事しか”出来ないのですよ」
言葉を紡ぐグリューネさんの瞳に哀れみの色がに満ちている。
手を貸す事しか出来ない…。
シュヴァルツ自身が負の感情に勝たなきゃ、の願いも叶えてやれない…。
そんな絶対的不利な状況で、どうすれば相手に想いが届くのだろうか。
諦めた訳ではないが、これだと言う打開策がすぐに見つからない。
「…先程と少し状況が変わったな…」
「ウィル…?」
「見てみろ、シュヴァルツの様子がおかしい」
ボロボロになった少女から目を離し、シュヴァルツへと視線を向ける。
俺はその姿を見て、驚き言葉を失った。
「…ァ…、あ…」
ギュウ、と爪が白くなる程の力で自らの頭を抱え
ユラリユラリと大きく体を揺らしている。
少しどころの変化じゃない。
表情一つ変えず、悠々としていたシュヴァルツはもういない。
「…何なんだ」
この、異常なまでな恐怖は。
「ワ、レの…たしの、私の子がッ…!!」
カラン、と音を立て落ちる鎌。
「何故、何で…こんな事、にッ…!!」
ハア、と荒い息を吐き出しながらシュヴァルツは震える。
仮面の隙間から流れる透明な液体は、多分俺達が良く知っているアレなのだろう。
…泣いてる、のか…?
「…やはり、駄目なようですね」
「、え…?」
状況が呑み込めない今、たった一言返す事で精一杯だった。
「霧が晴れません…シュヴァルツの負の感情が」
「…」
狼狽える俺に対し、グリューネさんは受け入れ難い現実を口にする。
グリューネさんが言った通りだ。
の形をした霧は回復する様子もないが消える様子もない。
それはつまり、シュヴァルツの気持ちに変化がないと言う事だ。
「…ロセ……」
白い指先がピクリと跳ね、赤い瞳がゆっくりと動く。
「コロセ…殺し、て…しまえ……」
残る左手で、少女は一本の短剣を握った。
「お前を苦しめた人間を…ハハをクルしめたニンゲンをッ…!!」
ギョロリ、と動いた赤い瞳は相変わらず何を考えているか分からない。
だけど無気力だった先程までとは、放たれる空気が違う。
「な、何か更にヤバい状況になっちゃった…!?」
「いえ…こうなる事は始めから予想出来たでしょう」
「ハッ!上等じゃ!」
俺達との距離を測るよう、少女はジリジリと動く。
ただ突っ立っているだけじゃない…今度こそ間違いなく本気だ。
アイツはシュヴァルツの命令に従い俺達を殺そうとする。
そんな相手に誰よりも早く武器を構えたのはモーゼスだった。
「避けるだけしか脳のない奴に、ワイが負けるなんぞ有り得なッ…!?」
手に持った槍を投げようとアクションを起こしたと同時
トン、軽やかな音を一つ立て少女は俺達の視界から姿を消した。
そして再び姿を現した時には、モーゼスからほぼゼロに等しい距離にいる。
顔と顔がくっつきそうなその距離に、モーゼスの言葉は不自然に途切れ
次にはドス、と鈍い音が辺りに響いた。
「ッ、グ…!」
「…」
くぐもった声の原因は、腹に刺さった一本の短剣だ。
短剣を刺したのは偽者の少女だと、容易に理解出来る。
「…おそいね…」
少女は初めて声を出す。
ああ…声までそっくりだ。
「そうだ、殺せ、殺してしまえ!!人と言う人、全てをッ!!」
シュヴァルツの言葉に一つ頷くと、少女はモーゼスの腹から短剣をズルリと引き抜く。
苦痛に顔を歪めるモーゼスをジッと見つめた後
もう一度同じ傷口を目指し短剣を振り翳した。
「ッええ加減にしろ!!」
二度も同じ手はくらわない、とモーゼスはその手を弾く。
少女は反動から大きくよろめき、バランスを崩した。
それでも少女は顔色一つ変えない。
倒れる事に寄り自分が劣勢になる事になんの焦りも感じていない。
むしろそれすらも好機に変えようと、短剣の構えをくるりと変える。
「何やってるんですか貴方は!」
それに一早く気付いたのはジェイだ。
風よりも早く仲間の元に駆け寄り、偽者の少女との距離をグ、と縮める。
手中にある苦無が妖しく光り、
手を伸ばせば容易く少女の背中に刺さると言う距離まで来た時だ。
「ッ…!?」
少女の瞳がギョロリと動き、標的を変えた。
モーゼスを狙っていた短剣の矛先は百八十度向きを変え
走り寄るジェイの肩に音を立て掠める。
掠めた程度で済んだ事に誰もが胸を撫で下ろす。
それは恐らく、襲撃を受けた本人が一番思っていた事だろう。
だが偽者の少女は、そんな些細な隙すら見逃さない。
少女は短剣を誰に当てようとも考えず投げ捨て、空になった手で拳を作ると
その容姿からは考えられぬ力で、血が滲むジェイの肩部に衝撃を与えた。
「なっ…」
思いがけない攻撃を防ぐ暇もなく、ジェイの体はガクリと崩れた。
彼女の戦術は短剣とブレスのみ。
そう勘違いしていた時点で、不利な状況を作っていたんだ。
「ち、ちょっと、急に強くなってるよ!?」
「…あれが、シュヴァルツの負の…力…?」
「…ッ強い…!」
肩を押さえ、屈辱的だと言わんばかりに相手を睨むジェイと
止まらぬ自らの血に戸惑うモーゼス。
経った数分の間に仲間の二人が深手を負った。
あんなボロボロな状態の少女に、だ。
赤い瞳がギョロリと動く。
その瞳は間違いなく俺を捉えていて、頬に嫌な汗が一つ伝った。
「…ころ、せ…殺して、しまえ……」
カチャ…と音を立て、少女は一本の短剣を取り出す。
そんな些細な行動にすら、心臓がドクンと大きく鳴った。
「…何もかも……まえ…」
「殺してしまえ…全て、殺してしまえ……」
「…何もかも…世界ごと…全てを…!」
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修正:14/01/19