「グ、アァ…!!」
少女が垂直に落とした短剣は、倒れるモーゼスの右腕に刺さる。
走る痛みに耐えきれず、悲痛な叫びが聞こえた。
「ッ…」
軽やかに走る姿に魅了されてか、ジェイは息を詰まらせ少女の瞳に囚われる。
零に近い距離の中、少女はモーゼスにやったと同じようにジェイの腹部に短剣を刺し
驚き見開く彼の心情も気にせずグルリと刃を回した。
慌てて詠唱を始めるノーマ、ウィル、シャーリィが一言発するよりも先に詠唱を開始し
雷鳴を轟かせ吹雪を起こし、世界を炎で埋め尽くす。
「ッ貴様…!」
黒い翼を巧みに使い、不規則な攻撃を繰り出すワルターにも顔色一つ変えず
空を飛ぶ男目掛けて短剣を投げる。
短剣はいとも簡単に黒い翼に突き刺さる。
まるで初めからワルター本人ではなく、翼を狙っていたかのように鮮やかに。
バランスを崩したワルターにすかさず駆け寄ると
少女は躊躇する事なくその首目掛けて短剣を振った。
「このッ…!」
その短剣がワルターの首を刈り取るよりも早く
背後からクロエが剣を振り下ろす。
少女の体は真っ二つに割れた。
だがクロエの表情は全くと言って良い程手応えを感じていない。
少女は真っ二つになった体の半分を使い
驚き目を見開くクロエの手をブレスで焼いた。
悲痛な声と肉の焼けた匂いに怒りと恐怖で体が震えた。
少女は動かなくなったクロエを見ながら
先程殺し掛けていた男を身動き出来ない程蹴り倒す。
…倒された仲間の数は、七。
その数を、コイツは経った数分、いや数秒で積み上げた。
「ッ…クソ…!」
悲痛な仲間達の声が耳に届く度、体がカッと熱くなる。
例え目の前の少女が愛する人と同じ姿形をしていたとしても
殺したいと思う程、強い怒りが心の中を支配した。
後一歩でも、アイツが動いたら飛びかかる。
相手がこちらを殺す気でくるなら、本気で行かなきゃ駄目なんだ。
そう覚悟し、まるで獣のように相手を睨む俺の前、スッと静かに手が伸びた。
「シュヴァルツ!今すぐ止めさせなさい!!」
俺を庇うよう敵との間に立ちはだかり、声を上げたのはグリューネさんだった。
冷静な判断の元、グリューネさんは微笑み続けるシュヴァルツへと言葉を投げる。
「何故止める必要がある…人の子は、我の大事な子を傷付けたのだ…」
「目を覚ますのです!このまま事が進めば、後悔するのはそなたであろう!」
「愚かな!後悔するのはお前等ダッ!!」
不気味に笑い続けていたかと思えば、今度は空気が揺れる程の怒声を上げる。
その姿は正に狂っているとしか言いようがなく、自然と身を引いていた。
そして、ハッと気が付いた時には悪夢が再び始まっていた。
「ッグリューネさん!」
俺は目の前にいるグリューネさんの手を掴み、加減もせずそのまま後ろへ引っ張った。
突然の事態にグリューネさんは驚き目を見開き
抵抗する間もなくバランスを崩しドサリと地面に倒れる。
数秒の間も空けず、先程グリューネさんがいた場所に短剣が滑り込む。
そこには偽者の少女の姿があり、髪を靡かせ俺達を見つめていた。
「…」
少女はすぐに短剣を構え直し、地面に倒れ込むグリューネさんに近付いた。
不自然に揺れながら近付く少女の姿を、グリューネさんは目を細め見つめている。
倒れ込むグリューネさんと少女との距離がゼロに等しくなった時、
少女は垂直に短剣を持ち、妖しく光る刃の先端をグリューネさんの心臓に合わせた。
少女が手を離せば、グリューネさんの胸に短剣が突き刺さる。
それが分かった時、再びドクンと心臓が鳴った。
「さよなら…」
それが攻撃の合図だと分かった時、体中の血の気が引いた。
今から反撃しようにも、少女の攻撃からは逃げられない。
このままアイツが短剣を離したら、グリューネさんまでが怪我をする。
いや、怪我で済めば良い方だ。
最悪、きっと。
どうなるって…。
「ッグリューネさん!!」
咄嗟の判断だった。
最悪の状況を考えたら、体が勝手に動いていた。
さっきみたいに体を引っ張るか?いいやそれも間に合わない。
なら俺が攻撃をするしかない…でももし避けられたらどうなる。
…いや、あるじゃないか。
一番簡単で、グリューネさんを確実に救える方法が。
時の流れが、とても遅く感じた。
少女が自らの手の中にあるナイフを落とし
グリューネさんは覚悟を決めたかのように目を瞑る。
ゆっくり、ゆっくり落ちるナイフを見て、俺は自分が思ったまま―――…
「っ…!」
…―――グリューネさんの体の上に覆い被さった。
見開かれたグリューネさんの瞳に、俺の顔がくっきり映る。
瞳の中の俺は何故か笑っていて、「大丈夫」とグリューネさんに言っていた。
魔法が解けたみたいに、時の流れが早くなる。
背中に走る激痛。
生暖かい液体が体を伝い、グリューネさんの服を赤く染める。
刺さった短剣が、誰かの力によってより深く刺さる。
突っ張った腕から力が抜けてガクリと体が崩れた。
これから反撃だってのに、腕に力が―――…。
「セネルちゃんッ!!」
グリューネさんが俺の名前を呼ぶ。
何だかその呼び方、凄い懐かしい。
「グリューネ、さん…」
「ッ…なんて馬鹿な事を…!」
自分が組み敷いている女性は俺に対し怒声を上げる。
別に怒らせる訳じゃなかったのに。
「仲間を庇うのの、何処が馬鹿な事なんだ…」
急所は外れているんだ。
大丈夫、まだ動ける。
守らないと。
「グッ…!!」
短剣が更に奥深く刺さり、グルリと刃が回る。
耐え切れずぼたぼたと口から血液が零れた。
「まだ、だ…」
立ち上がろうと腕に力を入れれば
気持ちが空回りしドサリとその場に倒れ込む。
ああ、もっと後先考えていれば良かった。
俺がもしここでやられてしまえば
グリューネさんは俺の下敷きになって身動きが取れなくなる。
そんな事、良く考えれば分かる事なのに。
やっぱり俺は無力だ。
仲間一人助ける事も出来ずに、我武者羅に飛び出て自分の死期を早めて。
の約束すら、碌に守れなくて―――…。
「、…」
こんな時に何を思ったのか。
俺は霞む視界の中、一人の少女を探した。
手頃な岩に寄りかかり、項垂れる少女が息をしているのかは分からない。
そう言えば、長らく喋っていない気がする。
は大丈夫だろうか。
まだ意識はあるだろうか。
もし意識があるとしたら…まだきっと諦めていないよな。
「ま、だ…」
まだ、諦めない。
こんな惨めな姿、に見せられない。
「ッ負けるかよ…!」
待ってろ、。
どんなに力の差があったとしても
気持ちだけで勝ってみせる。
お前の願いは、必ず俺が―――…。
Next→
...
修正:14/01/19