ドサリ、と何かが落ちた音だけが妙にクリアに聞こえた。
黒く変色した無音の世界に迷い込んでいた私は、再び現実へと引き戻される。
「……な…に…?」
何の音?何が起きたの?
戦いは終わったの?
皆は無事?
シュヴァルツは何処?
…私は、今どうなってる?
「…フ、ハハ……」
嫌な風が髪を揺らす。
生暖かく、息苦しい、そんな風。
「ハハ、ハハハハッ…!」
嗅ぎ慣れない匂いが鼻を掠めた。
瞬間、脳がグラリと揺れる。
ここへ来た時に嗅いだ、花の香りとは程遠い。
例えるならそれは…血、みたいな…。
「アハハハハハハハハッ!!!」
誰かが、笑ってる…?
セネル達が勝って、喜んでいるのかな?
いや、違う…もし、あるとしたら…。
その、逆…。
「素晴らしい!素晴らしいぞ!!」
この声、聞いた事がある。
ノイズが掛かり、上手く聞き取れないけど知らない人の声じゃない。
「見ろ、グリューネ!これが人を巻き込んだお前の罪だ!」
「ッ…シュヴァルツ…!」
「身動きも取れまい…助けられた相手に下敷きにされる等、とんだ笑い話だ!」
グリューネさんの声が聞こえた。
今にも消えちゃいそうなぐらい小さくて、何だかとても悔しそうだ。
じゃあ、…やっぱり…。
「これで世界は無へと還る…哀しみなどなくなる…
我等を苦しめたニンゲンは、滅びるッ!!」
笑っているのは、グリューネさんじゃない。
良く似ているけど、これはきっとシュヴァルツの声。
何だか、おかしい。
そこにいるシュヴァルツは、私の知っているシュヴァルツじゃない。
…まるで偽者だ。
「グリュー…ネ、さん」
「ッ…そなた…」
「悪い、今どく…」
ドサ、と何かが転がり落ちた音が聞こえた。
虚ろな瞳にぼんやりと映ったのは、赤い血溜まり。
その中に、一人の青年がうつ伏せに倒れている。
銀色の柔らかい髪が風に吹かれ靡いている。
私が大好きな、銀色の。
「セネ、ル……?」
名前を呼ぶ。
風に掻き消されてしまいそうな程の小さな声だった。
「…」
セネルが私の名前を呼ぶ。
いつもと同じ、優しい声で。
…腕を、伸ばしてるの?
「安心、しろ……す…ぐ、に…」
なんて言っているのか聞き取れない。
私が腕を伸ばせば触れられる距離にいるのか、それさえも分からない。
また、世界が暗くなる。
…また、視界が…閉じていく。
「無駄だ…子はここで等しく無に還るのだ」
「我の手で…私と、私の子の手で!!」
皆は、何処にいるんだろう。
ノーマの元気な声も、ジェイの溜め息も、モーゼスの陽気な笑い声も聞こえない。
聞こえない、何も聞こえない、見えない。
なら私がいるこの世界は、一体何処なんだろう。
「さぁ…下がりなさい」
「…」
「ここからは母の仕事だ」
優しい声だ。
私、この声を聞く為にここに来たんだ。
心臓がドクン、と強く脈打ったのは
きっと破壊の少女の気持ちが大きく揺れ動いたから。
でも、あれは私への言葉じゃない。
こんな形で聞きたくなかったと、柔らかな音色を破壊の少女が拒絶する。
「お前はもう何もしなくて良い…母を信じていればそれだけで…」
何か、凄く嫌だ。
腹が立つ、悲しくなる、どうしようもなく泣きたくなる。
「……ワタ、シ」
嫌だ、とシュヴァルツの声を拒絶すれば
今度はジリジリとノイズの掛かった声が聞こえた。
とても不快で、聞いているだけで吐き気がする。
「…何…?」
「…マダ…」
ああ、分かった。
不快に思う理由。
きっと、揺り籠に入った時から会っていたんだ。
私は、私の偽者に。
この声も、瞳も、姿形も
コイツの気配を感じた時から嫌で嫌で仕方がなかった。
「まだ…邪魔者がいる……ワタシの邪魔をする、ヤツが…」
湿った土の匂いが鼻を掠めた。
誰かが動く気配を感じた。
アイツが近付いてくる。
戦わないと。
そう思っているのに、体が全く動かない。
「…何をしている…」
アイツじゃない声。
それは微かに震えているようだった。
「見てない…アイツの…ワタシの血だけ、見て…ないの…」
ジリ、ジリ、とアイツの気配が近付いてくる。
恐らく、きっと…私を殺そうとしているんだ。
「…め、ろ…」
誰かがそれを制止する。
呼吸すらままならない状況で歌うかのように、必死に。
「止めろ…それは良い…」
シュヴァルツがアイツに手を伸ばしているのが見える。
…ううん、きっと見えたんじゃなくて想像したんだ。
でも、その想像は間違っていない自信があった。
「ドウシテ?」
「、…」
「人と言う人、全てを殺すんでしょ…?」
「ワタシとオカアサン、二人だけで良いって言ったでしょ…?」
何でアンタが、シュヴァルツの事を母親だと呼ぶんだ。
嫌だと言う気持ちがポツポツと心の中に広がった。
「…止めろ…殺すな…」
でももう、私は何処かで諦めていた。
嫌だと思いながら、この状況を打破する考えが何一つ浮かばないんだ。
もう、シュヴァルツとも話せない。
皆を助ける事も出来ない。
きっと偽者の私に、ズタズタに体を引き裂かれて、悔いを残して死ぬんだ。
「良い…止めるんだ…」
「後は我に…母に任せろ…」
「お前はもう何もしなくて良い…」
視界が更に暗くなる。
きっと、アイツの影だ。
すぐ近くにいる。
空気がピリピリ震えて、そう教えてくれた。
きっと、ここでもう終わり。
見えない事に怯える事もない。
不協和音に吐き気を覚える事もない。
誰かに迷惑を掛ける事もない。
「…頼む……聞いてくれ…」
諦めたくなんかなかった。
だけど、私分かったんだ。
「…ッ、お願いだ…」
何も変える事は出来なかったけど、
何も叶えてあげる事は出来なかったけど。
きっと今、シュヴァルツは私の中にいる“あの子”だけを想い
言葉を紡いでくれているんだって。
「…バイバイ、」
でも、やっぱりまだ夢を見てる。
ちゃんと、話をしたかった。
誰一人欠けていない世界が見たかった。
夢を…夢で終わらせたくなかった。
…もし、私が。
破壊の少女がこのまま消えていったら。
「…シュヴァルツは…悲しんでくれるかな…」
ドス、と鈍い震動が体に伝わった。
ドロドロと、生温い液体が体の外に溢れ
腹から下をベッタリと塗らす。
だけど痛みはなかった。
ドロドロと流れ出る血は止まらない。
なのに痛いとか痒いとか、寒いとか暑いとか、そう言う変化は一切なかった。
…死ぬって、こんなに安らかなものだったんだ。
何だか凄く、暖かい―――…。
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修正:14/01/19