沈黙の流れる世界にグズ、と鼻を啜る音が響く。

泣いてちゃ駄目だ、いつまでも落ち込んでちゃ。
しっかり、前を見なくちゃ―――…。

きゅ、と手中にある羽根を強く握り
私はゆっくりと、これから先にあるであろう未来を見据える。

瞬間、それを邪魔するみたいにプツンと何かが切れて
世界がグラリと、大きく揺れた。

目の前に広がっていた世界が、壊れていく―――…。















バキバキと木々が折れる音が聞こえ、大地が裂ける。
時の揺り籠は崩壊へのカウントダウンを始めていた。





「ち、ちょっと…!これってヤバいんじゃないの!?」
「シュヴァルツの消滅に伴い、時の揺り籠も無に還るのです」





激しい揺れに足を取られる事もなく、グリューネは凛とそこに立っている。

セネル達はグリューネのそんな姿に一度は見惚れるものの、
自らの置かれている状況を理解しハッと声を荒げた。





「ッじゃったら、早う脱出せんと!!」
「あぁ、急ごう!」





フラつきながらも出口を目指すモーゼスを先頭に
仲間達は空間の裂け目から時の揺り籠を脱した。

列の後方にいたワルターは身動きの取れないを抱き上げ
黒い翼で空を飛び、最小限の動きで外へと出る。





「……」





落石、地割れ、次元の歪みが段々と大きくなる。
そんな中、一人慌てる事なくグリューネは空を見上げた。

金色の瞳に映る綺麗な青空。
言葉に表せない美しい混色が瞳の中に生まれる。





「…終わったのですね……」





たった一言、先へ行ったセネル達には聞こえぬ声で
グリューネは微笑みながらそう言った。

そしてゆっくりと息を吸い、皆の後を追うよう次元の隙間へと向かう。

崩れる世界の中、一人悠々と歩くその姿は何処か寂しく見えた。















揺り籠から外へと飛び出せば
帰りを待ちわびていたと言わんばかりの光がセネル達を射す。

作り物ではない空の青さ、眩しい太陽の光。
所々に生えた露を纏う草と名も知らぬ花、珊瑚色の大地。

そして光に反射し、宝石のようにキラキラと輝く海。

自分達の守った世界が、こんなにも輝いている。
セネル達は言葉を交える事も忘れ、ただただ世界を見つめた。





「…消える…」





ポツリ、と雨音程の声を零したセネル。
皆はその言葉に導かれるよう顔を上げた。

空に浮かぶ時空の裂け目は徐々に小さくなり形を失う。

つい先程まで自分達がいた場所の唯一の入口が閉じ、消えた。
まるで夢だったと思ってしまう程、何の形跡も残さずに。





「シュヴァルツの呪縛が消えたようですね…」





空を見つめるグリューネの言葉を聞き、セネル達は小さく小さく息を吐く。
それはきっと、世界を守ると言う大役を果たした事への安堵の息なのだろう。





「…終わったんだな…」





今一度確かめるよう言葉を口にし、傷だらけの拳を見つめるセネル。
ウィルはそんな彼にゆっくりと近付き、優しく肩を叩いた。

お互い、何だか不自然な笑顔だ。

長い戦いの間、常に緊張しっぱなしで笑顔を作る事も忘れてしまったのか。
変に筋肉が引き攣って、口角がひくつく。

長い長い沈黙が広がった。
世界を祝福する爽やかな風は、今の仲間達には冷たすぎた。





「…グリューネさん」
「…」
は、どうなる…」





口にするのを躊躇っていた疑問を、セネルはグリューネへとぶつけた。
疑問、と言うよりは再度確認、と言った方が正しいのだろう。

ワルターに抱かれ深い眠りにつく少女を直視出来ず
セネルは真っ直ぐにグリューネを見つめ答えを待つ。

グリューネの答えはもう決まっていた。
それは戦いへ挑む前と変わらない。





「…言ったでしょう。世界が消えようと消えまいと、彼女は死ぬ運命だと…」





厳しい言葉とは裏腹、グリューネの声も微かにだが震えている。

淡々と真実を述べるのは、そう言う立場にいるからだ。
グリューネ自身も少女がいなくなる事を受け入れたくないのだろう。

彼女を見つめるセネルには、グリューネの感情が手に取るよう分かった。





「ックソ…!」





現実を突きつけられたセネルは、やり場のない怒りを鎮める為に地面を蹴る。
余計無力さを感じるその行為に、グシャリと自らの髪を掴んだ。





「……だけど」





重苦しい空気の中、再び口を開いたのは意外にもグリューネだった。

彼女は後ろめたさも感じながら、
何かを決心したかのように真っ直ぐと仲間達を見つめる。

きっと、その場にいる誰もが思っただろう。
流れが変わった、と。





「…一つだけ、方法があります」





先程よりも大きな声で、全員に届くようグリューネは発音する。

その瞳を見れば、グリューネの言葉が嘘ではない事がすぐに分かった。

一筋の希望を見つけ目を見開くセネル達の返事を待たず
グリューネは時間の流れを恐れるよう矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。





「あなた方の元から彼女がいなくなる…その現実を覆す事は出来ません」

「ですが命だけならば、まだ助ける事が出来るのです」





海風がグリューネのヴェールを大きく揺らす。
セネル達は返事をする事も出来ず、ただただ呆然と立ち尽くす。





「意味は分からなくても良いのです…ただ、これだけを考えて下さい」

「二度と彼女に会う事は出来ない…けれど、彼女に生きる道を与える事が出来るのです」





「最も、彼女と二度と会う事が出来ないのであればそれはあなた方にとって“死”と同じですが」、
そう言うと、グリューネは口を閉じそれ以上の発言を止めた。

「意味は分からなくても良い」、その言葉を素直に受け入れる事が出来ず
セネル達は互いに目を合わせ首を傾げる。

だがそれすらも時は許してくれない。
こうしている間にも少女の呼吸は徐々に浅くなっている。





「…もう、時間がありません」
「…」
「わたくしはあなた方の決断に従います」





“命だけなら助かる”
“彼女に生きる道を与えられる”

ならば迷う必要はない。

ただ一つ、グリューネの言葉選びだけは引っ掛かるが
仲間達は互いの目を見て強く頷き、ゆっくりと口を開いた。





「…分かった」





グリューネは真っ直ぐ、青年の瞳を見る。





「俺達から、離れても構わない」





躊躇いのないその瞳に、グリューネは内心驚いていた。

意外な言葉が返ってきた訳ではない。
セネル達ならばそう言うと察していた。

ただ涙も流さず、真っ直ぐに現実を受け入れるその姿を見て
知らぬ内にこんなにも人は強くなっていたのだと感心したのだ。





が何処かで生きている…それだけで良い」

「…もう、誰かが死ぬところは見たくない…」





力強く握り締められた拳が震えている。
やり場のない気持ちを堪えるのに必死なのだろう。

自らの弱さを認めながらも、後悔のない選択をする。
これが人の在るべき姿なのだとグリューネは悟った。





「あたしも賛成!」





ぴょん、と大きく跳ねて元気いっぱい声を上げたのはノーマだった。





「だって、には生きてて欲しいしさ!」





ノーマは真っ直ぐにグリューネを見つめ声を張る。
“親友”を失くす寸前だと言うのに、その笑顔は輝いていた。





「あたし等とお別れしたって、生きてるなら希望はある!」

「あたし、絶対、ぜーったいにを見つけてみせるよ!」





「エバーライトと同じようにね!」、そう言ってノーマはニッと笑い空を見た。
まるでトレジャーハンターとしての新しい目標を見つけ心躍らせているようだ。

だけど本当は違う。
今にも泣き出しそうな気持ちをグッと堪え、笑顔を繕っているのが嫌でも分かった。

きっとノーマは、本気でいなくなった親友を探すだろう。
だがグリューネが放つ重たい空気に、既に勘付いているのだ。

どんなに探したって、二人とも生きていたって
これから先一生、二人が出会う事はない、と。





「…他の者は?」





グリューネはノーマから視線を逸らし、辺りに立つ他の者にも答えを促す。

言葉はそれぞれではあったが、全て賛成の意見だった。
誰からも否定の言葉はなく、グリューネはそれに安心しつつも胸の痛みに目を伏せる。

そしてゆっくりと、少女を抱える青年の元へ近付いた。

ワルターは少女を祭壇の中心に寝かせる。
黒い髪と赤く染まったドレスがフワリと広がった。

蒼白い肌、乾いた唇。
冷たい指先、浅い呼吸。

経った数日でこんなにも変わってしまった少女の姿を見て
シャーリィとクロエは自らの肩を抱き寄せる。





「……」





息を吸う音が聞こえ、ゆっくりと目蓋が上がる。

もう目は開かない、後は深い眠りに堕ちていくだけだとと思っていた少女が目を覚ました。
まるで奇跡を目の当たりにしたかのようにセネル達は驚き目を見開く。

だけど当の本人は当たり前の事だと言わんばかりに再び息を吸い
ゆっくりと、虚ろな瞳で自分を覗く仲間達を見渡す。





「…ごめ、ん……」

「結局シュヴァルツ、助けられなく…て…」





へらり、と力無く笑いは言った。





「ッ良いんだ…そんな事気にするなよ…」
「や…わたし、言いだしっぺだし…」
「…」
「皆、頑張ってくれたのに…ごめんね…」
…!」





ひゅう、と彼女が喉を鳴らす度、仲間達の瞳に涙が溜まる。

我慢できず彼女の名前を呼んで飛び出したノーマに対し
はまたゆっくりと視線を動かし、笑った。





「…ノーマ…?」





「何処?」と彷徨うの手を、ノーマはぎゅうっと強く握る。





「…な、に…?」





に伝えたい事はたくさんある。
だけど何一つ伝える事は許されない。

そんな状況にぼたぼたと涙を零し、ノーマは首を横へ振った。





「ノーマ…どうしたの…?」
「ッく…ふっ…!」
「シャーリィ…?」





あらゆる所から聞こえる嗚咽に、は狼狽えるばかりだった。





「どうしたの…?何か、皆変じゃない…?」
「…そんな事ないぞ…」
「ちょっと…何で嘘吐くのさ…」





「シュヴァルツの事は残念だけど…私、後悔してないよ…」

「皆がいてくれたから…世界を守れたのも皆のおかげだから…」





「そう、だよ…皆、世界を救ったんだよ…?」





「空はこんなにも青くて、

 雲はこんなにも綺麗に流れて、

 風はこんなにも爽やかに吹いている…」





「なのに、どうして皆は泣いてるの?」





はあ、と息を吐く彼女は苦しそうに顔を歪めながらも笑っていた。
空に掛かる虹を指差して、誰よりもこの世界を愛しそうに見つめて。

どうしてこの幸せを共有出来ないのだろう、と首を傾げ
「どうしたの」「何で」と質問を繰り返す彼女にゆっくりとワルターが近寄る。

目に掛かる髪をそっとどかせば、の視界にはくっきりと綺麗な空が映り込む。

細かな事に気付きワルターが気を遣う。
それに対してが「ありがとう」と言う。

そんな何気ない日常の一コマがそこにある。
それはとても喜ばしい事であるはずなのに、同時に儚い事だと言う事に気付く。

ワルターは一つ頷くと、にバレないよう瞳を反らした。
は「素直じゃないなあ」と笑って、再び大きく息を吸う。





「私なら、大丈夫だよ…」

「もうシュヴァルツとは会えないけど、皆がいるから…」

「寂しくない…だから笑ってられる…だから皆も、笑ってよ…」





は何度も何度も繰り返す。
皆の笑顔が見たい、と風に掻き消されそうな声で何回も。





「…馬鹿野郎…」





言葉を発しながら、セネルは膝を折りの手をぎゅっと握る。
冷え切った手を温めるように包み込み、そしてが望んでいる笑顔を見せた。

きっとの目が完全に見えていれば、その笑顔が嘘だと言う事に気付いただろう。
ぼやける視界では正確な判断も出来ず、はセネルが本当に笑っていると錯覚する。





「ほら、皆泣いてなんかないだろ」
「えー…本当かなあ…」
「嘘なんかつくかよ…ッなあ」





仲間と話せる事が嬉しいのか、は先程よりも良く喋る。

セネルは涙が零れる寸前パッと顔を上げ仲間達に答えを求めた。
唐突に話の振られた仲間達は一度肩を跳ねらすも、現状を把握しすぐに言葉を発する。





「そ、そうだな…」





沈黙を流すまいとウィルが慌てて声を上げた。
戸惑う瞳とは別に、ウィルは無理に口角を上げ必死に笑顔を作っている。





「新しい洋服も買ってやらなきゃ、な」
「え、あ…じ、じゃあ!その後にピクニックしよ〜よ!」
「…良いですね!私、張り切ってお弁当作ります!」
「オウ!チャバ達も集めて、盛大にやろうや!」
「…余り煩いのは、好きではないのだがな」
「そう言いつつ、いつもワルターは付き合ってくれるな…ッ」





涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らしながら精一杯の笑顔を見せるノーマとシャーリィ。
いつもと同じように笑うモーゼスの拳は爪が白くなる程強く握られている。
ワルターとクロエはから視線を逸らし、声だけはいつも通りにと嗚咽を抑えた。

別れが迫っていると理解していない
皆の言葉一つ一つに笑い、「やった」と嬉しそうに返事をする。

そしてふと何かに気付いたのか、カク、と首を動かし言葉を繋げた。





「…ジェイ、は…?」





声が聞こえない事を不思議に思ってか
は何処にいるかも分からない少年の名前を呼び笑みを浮かべる。

一人輪から外れ背を向ける少年は
の問いかけにピクリと指先を動かした。

一瞬目を見開き、嗚咽が漏れるのを恐れ唇を噛み締める。
隙間から漏れる息を呑み込み、名前を呼ばれた少年はグッと拳を握り口を開いた。





「ッ…付き合いますよ…」





声を頼りに首を動かし、はジェイの後ろ姿を見つけると
「ありがと」、と言って嬉しそうに笑った。

感謝の言葉が重く圧し掛かる。
ジェイは苦しそうに顔を歪め、自らの胸をギュウ、と締め付けた。
この胸の痛みは決して悲しいからではないと、自らに言い聞かせるように。





「…もう、別れを惜しんでる暇もありません」





グリューネは生気を失いつつあるへ、ゆっくりと近付く。

はグリューネの言葉に首を傾げ「何を言っているの?」と言いたげな瞳を向けた。
グリューネは無垢な少女の瞳から逃げるよう目を反らす。





「…来なさい、シャドウ」





のすぐ脇に膝を付き、その胸の上に手を翳す。
何処からともなく吹く風の正体は、恐らくグリューネにしか分からないだろう。

彼女の掌には常人には見えない黒色の光。
それは横たわる少女の髪色とよく似ていた。

そしてグリューネはゆっくりと息を吸い、セネル達が聞いた事もない呪文を唱える。
何処か懐かしい、そして切ない歌のように。

…―――その、透けてしまった体で、精一杯に歌った。










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修正:14/01/19