開いた口が塞がらない。
意味が分からなすぎて心臓がバクバクしてる。

確かに私は部屋の中で寝ていたはずなのに
気が付いたらゲームの世界に迷い込んでる。

じゃあ、これは夢…?





「なんだお前は!突然出てきて、シャーリィに何するつもりだ!!」





夢にしては色も匂いも、感覚だって凄くリアル。
こんなリアルな夢、見た事ない。





「セネル…?」





声が聞こえた方へと瞳を動かせば
私を睨む青年の姿がそこにはあった。

銀色の髪に碧の瞳、しまいには爪まで光らせている。
それは私の知っているゲーム、テイルズオブレジェンディアの彼と全く同じだった。

…勿論、隣にいる男性も誰か知っているわけで…。





「ウィル…」





名前を呼ばれた二人は私と同じように大きく目を見開く。

こんな些細な相手の変化すらハッキリ見えるなんて、もうこれは夢なんかじゃない。
そう思ったら、少しだけふらりと眩暈がした。





「貴女は何者なんだ」





丁寧な言葉遣いにも感じたけど凄く棘がある言い方。
こちらを不審者として見る、嫌な視線。

ウィルとセネルが私を警戒しているのは誰が見ても明確だった。





「あの、私怪しい者じゃなくて…!」





続きの言葉を紡ごうとした時、
それは上空から聞こえる荒々しい翼の音と気配に邪魔された。

私はその音の出処を辿るよう、自然と顔を空へと上げる。





「あ…」





そこにはターバンの内から見える金色の髪を風に揺らし
私達を睨みつける黒い羽を持つ青年がいた。

この人も、私は良く知っている。










「見つけたぞ、メルネス」










彼が言葉を発した瞬間、私の隣で倒れていた女の子がフワリと浮いた。


連れ去られる…!


そう思ったら体が勝手に動いていて
私は熊のように、浮きかけたその子の体に覆い被さった。

多分、周りの人間には酷く滑稽な姿に見えたと思う。





「まっ…待ってよ!いきなりそれはないんじゃないの!?」
「貴様には関係ない」
「だからって、やって良い事悪い事があるだろ!」
「良いから早くそこをどけ…」
「無抵抗の女の子連れ攫うなんて、アンタ変態か!
「っ…!この…!」





ハッと気付いた時にはもう遅く、男は私に大きく手を振り被っていた。

ここでは私の知ってる常識は通用しない。
状況が状況なら、戸惑いもなく男が女を殴る。

ぶたれた痛みを想像したら体が震え、ギュッと目を閉じた。


やられる…!


それでもシャーリィからどけば連れ去られてしまう。
ならいっそのことぶたれてしまった方が数倍マシ。

私はただ潔くその時を待った。





「…?」





だがいつまで経ってもその手が私に振り被る事はない。
うっすらと、恐る恐る目を開けた。

瞬間、代わりに聞こえたのはキーンとするくらいの大きな声。

さっきまで視界にいたワルターはもういない。
その代わり、私に向かってグルグルと唸り声を上げる狼の姿がそこにはある。

吐息すらかかりそうなその距離に私は短く悲鳴を上げた。





「どうやらこいつが、例のメルネスとやらか?」





ビクリと体を震わせ顔を上げれば、そこには満面の笑みを浮かべる赤い髪の半裸の男がいた。

ああ、コイツも知っている。
さっきまで私がブラウン管越しに見ていたあの男と一緒だ。





「ギート!!」





男は自らが手懐ける狼の名前を叫ぶ。
それをすぐに理解したのは、恐らくこの場にいる私だけだっただろう。





「な、なに」





ギートと呼ばれた狼は牙を剥き出し私を睨む。
瞬間、捕って喰われる事を覚悟した。

ゲームの中ではあんなに可愛かったのに、今はもう恐怖しかない。





「ちょっ…待って、待って!」
「怪我しとうないならはよどけ」
「ど、どかない…!どくわけないじゃん!」
「…だそうじゃ、ギート」





コイツ、こんな悪い顔をしてたんだ。
そう思った瞬間、お腹に鈍い衝撃が加わった。

ぐ、と声が出る間もなく体中を駆け回る痛みに
私は体勢を崩しそのまま泉へと体を浸す。

痛かったり冷たかったり、もう何て叫べば良いか分からないながらに
ギートに体当たりされたお腹を擦り、二度咳をした。


顔を上げればそこにいるはずの少女がいない。
ハッと走り去る狼の姿を追えば、その背には項垂れるシャーリィの姿があった。





「ッモーゼス!その子を連れてっちゃダメ!」





満足気にギートを撫でるその男の名前を腹の底から呼んだ。
瞬間、男はピクリと指先を動かしパッと私の顔を見る。





「ワレ、なんでワイの名前を…」





うわ、二度もやっちまった!と心の中で思いつつも今はそんな事を気にしている場合ではない。
とにかくシャーリィを助けなきゃって事でいっぱいいっぱいだった。





「「いいから離せって言ってるんだよ!」」





二重に聞こえたのは私の声とセネルの声。
どうやら同じことを叫んだらしい。

しかしその制止も役に立たずモーゼスはくるりと後ろを向き
その足で地面を蹴り、走り出そうとしていた。





「嬢ちゃん!今度会うた時にワイの名前を知っちょる訳、聞かせてもらうぞ!」
「ちょっと…!待ってって言ってるじゃん!」
「行くぞギート!」
「っおい!人の話聞け!アホ、馬鹿、変態!
あぁ!?…まあ、良いわ。さらばじゃ!」





叫びも虚しく、モーゼスは森の奥へ姿を消した。

取り残された私自身も相当虚しい感じではあったが
とにかくいっぱいいっぱいで羞恥を感じる余裕はなかった。

黒い翼の青年はチッと短い舌打ちをして空高く飛んでいってしまう。
敵と言う存在が消えた時、私は自分が震えている事にやっと気付いた。





ここ、本当にゲームと全部一緒…。





ガタガタと震えている体を誰かに触られ、ビクリと跳ねた。

パシャリと水音を立て慌てて振り返れば
先程からずっとそこにいたであろう、ウィルの姿がある。





「すまない、何も怖がらせようとしている訳ではないのだ」
「…」
「少し同行願いたい…良いな」
「…はい…」





ああもう夢なら醒めて、と私はまだ現実を直視する事が出来ず
ただただ流されるように返事をした。





「それよりも今はシャーリィだ。眼帯をした男に心当たりはないか?」





そ、それよりもって…。
セネルの性格は知っているが、ここまで徹底的に無視をされると少しばかり傷付く。





「奴はモーゼス・シャンドル。札付きの山賊だ」
「何処へ行った?」
「間違いなく奴のアジトだろう…山をいくつか越えた先の高台にある」





モーゼスが走り去った道を険しい顔つきで見つめるセネルの前に
ウィルがスッと体を挟む。





「こっちだ、ついて来い」





私と話す時と顔が違う。
きっとセネルの格好や体つきを見て私よりは「人間に近い」と判断したのだろう。

セネルの態度もだけど、ウィルのそう言った細やかな部分で
私は何となく、また、ちょっとだけ傷付いた。





「俺はウィル・レイナードだ」
「…セネル・クーリッジ」





二人は自己紹介が済んだ後、ほぼ同時に私の方へと振り向く。

泉のど真ん中でぼうっとその会話を聞いていた私は
集まる視線にハッとし慌てて声を上げた。





、です」





ぎこちない自己紹介ではあったけど
セネルとウィルは私に対して深く突っ込みはしなかった。

いや、今は状況が状況だからこそ長話を避けているに違いない。
きっと後で嫌と言う程聞かれると思う。

覚悟しなきゃ、と私は濡れた服を軽く絞り、歩き始める二人の後へついて行った。





私達は街を目指した。

その間ウィルは一言も言葉を発しなかったし
セネルも何も言わず、仕方なさそうにウィルの背中を追うだけ。

私もそんな二人について行くので精一杯だった。


夢なら醒めてと思ったけど、醒めないで欲しいとも思った。


形はどうあれ、今私は大好きな人達の傍にいる。
触れようと思っても触れる事が出来なかった人達が目の前にいる。

これって実は凄く幸せな事なんじゃないのかなって、
こんな状況の中邪念ばかりを抱きながらその背中を見つめていた。










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修正:11/12/10