「うわあ…」





崖から見下ろせるウェルテスの街は
つい感嘆の声を上げてしまう程綺麗だった。

家の間を縫うように流れる川がキラキラと陽の光に反射している。
まるで街全体が輝いているようで、無意識の内に「凄い…」と声が漏れた。





「船の上なのに、街まであるのか…」
「船の上?」
「…は知らないのか。ここ全体が遺跡船と言う船の上なのだ」
「あ…そうだった…あ!いや、そうなんですね」
「…?」





ゲーム画面で見ていたものを遥かに凌ぐ光景を前に
そう言った設定全てを忘れていた。

愛想笑いを浮かべればウィルは怪訝な顔でこちらをじっと見つめる。
そんな顔をされたら、更に笑う事しか出来なかった。





「かつて遺跡船は古代文明の王国が栄える地だった」

「名を、元創王国と言う」

「その元創王国を治めていたのが、メルネスと呼ばれる人物だ」

「…その言葉に聞き覚えはないか?」





どちらかと言えばそれはセネルに向けられた質問だ。

場違いな空気に一歩下がる。
隣に立つセネルは眉を顰めウィルを見ていた。





「……ない」





愛想のない返事を一つ返し、セネルはついっと顔を反らす。





「…大体、この遺跡とメルネスには関係があるのか?」
「ある。これだけの船を自在に操れたそうだ…舵も持たずに、な」
「…」
「シャーリィが狙われてたのは、メルネスの末裔だと見なされたのだろう」
「なんの根拠で」
「…」





「光の柱立ち上がりし時、メルネスは再び蘇らん」

「そう言った言い伝えが残っているのだ…俺も最初は目を疑ったよ」





何だかセネル、凄く辛そうだ。

自分の妹が良い意味でも悪い意味でも“特別な存在”と言われている。
誰だって気分の良いものではないだろう。





「…っくし」





重たい沈黙の中、不意にゾクゾクと寒気がし
空気も読まず、我慢出来なかったくしゃみが出てしまう。

視線がバッと私に集まり「しまった」と心の中で声を漏らす。
私は申し訳なく顔を俯かせる事しか出来なかった。





「…行くか」
「そうだな」
「ごめんなさい…」





こんなギスギスした感じでこれから上手くやっていけるのだろうか。
そもそも、これからってどのくらいの期間なんだろう。

等と色々な事を考えている内に、気が付けば街並みはすぐ近くまで見えていた。















「ようこそ、灯台の街『ウェルテス』へ。中々の活気だろう?」





人が多く道はガヤガヤと騒がしかったけど、決して嫌な感じではない。

住民達が楽しそうに会話をし、どっと笑いが溢れる。
ここの街は本当に平和なんだな、と見ているだけで分かった。





「ウィルさん、良いところに!すぐ来てくれ!」





知らない男性がバタバタと慌しく来たかと思えば大きな声でそう言った。

ウィルはそれに慣れた対応を返している。
きっと普段からそう言う仕事が多いんだろう。





「街の中心に噴水広場がある。セネルとはそこで待っていろ」





「はーい」、と素直に返事をした私とは別に
セネルは「山賊のアジトの場所を教えていけ!」と吠えた。

だがそれも虚しく、ウィルは名も知らない男性と一緒に私達の前から消えてしまう。
私達は見た事もない街にポツンと取り残される形となった。





「…広場、いく?」
「…」





何となく寂しそうな背中に声を掛けてみれば
返事はなく、代わりにきっついくらいの睨み。

う、とその鋭い眼光に言葉を詰まらせれば
セネルは目的地が同じなのに私を置いて先へと進んで行ってしまった。





「…おそろし」
「何か言ったか?」
「いえいえ、何も!」





普通に話しかけた分には全く反応しなかったくせに
小さく小さく呟いた声にはちゃっかり反応する。

刺々しいなあ、と今度は心の中で呟いてみたが
今の状況ならそんなの当たり前。

セネルの焦りを責める権利は私にはない。
それが人として当然の反応だ。










迷いながら何とか辿り着いた噴水広場。

街の中心である広場にはたくさんの人が屯している。
とても待ち合わせに使えるような状態ではない。

こんなに人がいてウィルは私達を見つけられるのかな、
とか考えている内にセネルは噴水の縁にドカッと座った。


たった数分前辿り着いたこの街にもう馴染んでいる。


さすがだ、と思いながらその姿を見つめていれば
セネルは私の視線に気付いたのか、少しだけ自分の体をずらし隣を空けてくれた。





「…座らないのか?」





そして、ぼーっと突っ立ってる私にそう問うてくる。





「座ってもよろしいんでしょうか…?」
「は?」
「や、良い…じゃあ、座らせてイタダキマス」





もうこの空気止めてくれ!と心の内で叫びながらも
私はセネルが作ってくれたスペースに腰を下ろす。

いや、正確には下ろそうとした。










「こんにちは、お兄さん。灯台の街は初めてですか?」










スッと割り込むように私とセネルの間に立つ細い体。
白い肌に、透き通った声。
テレビ画面の中にいるその子に、私は何度ももだもだした経験がある。





「ジェ―――…」





嬉しさの余り、私はここに来てから何度もしている失敗をまた繰り返そうとする。

あぶねー!と自らの口を自らの手でバッと覆い、出掛けた言葉を飲み込む。
そして話す二人の前でニコニコと終始笑みを浮かべ誤魔化してみせた。


…―――けど、相手が悪かった。


モーゼスならきっとここまで苦労しなかっただろうし
セネルやウィルでもここまでの恐怖はなかった。

一瞬、セネルから外されたジェイの瞳には光がなく
人当たりの良かった笑顔がすうっと消えていたのが私には分かったのだ。

だが次の瞬間にはジェイは私に向かいニッコリと愛想良く笑っている。
私はその笑顔に胸の鼓動が早くなるのを感じた。





「そこのお姉さんは?」
「え、」
「変わった服を着てますね…って、ビショビショじゃないですか…」





水分を吸い込み色が変わってしまっている服を見てジェイは私との距離を縮める。
ポケットから出てきたのは丁寧に折られたハンカチで、ジェイはそっと私の服を拭いてくれた。

セネルは相手を警戒し私とジェイから離れる。
ジェイはセネルのそんな行動に笑顔で返事をする。
私はその細い指を口も閉じずにじっと見つめる。

ちくはぐな三人の行動に周りはどう思ったか知らないけど
とにかく今私の瞳にはジェイしか映っていなかった。





「優しいね…!」
「そうですか?」
「そこの男は私が濡れてても心配もしてくれないんですよ」
「おい…」
「本当の事じゃん」
「…へえ」





「ところで、お姉さん」





「へ?」、と返事をし顔を上げれば
私の肩を持つ左手と、ハンカチを握り締める右手が驚くくらい強まった。

突然の事に身をひこうと思ったが、ジェイの力は思った以上に強い。

さっきまであんなに穏やかだったのにどうして、とただただ混乱する。
訳が分からず逃げ出す事も出来なかった。





「ち、ちょっと…!何…!」
「何で僕の名前を知っている」
「はあ…!?」
「とぼけないで下さい…さっき呼びかけたでしょう?」
「し、知らない…!」
「貴女何者ですか?大陸の人間ですか?誰からその情報を手に入れた」
「い、一辺に聞かれても…!っいた…!」





持たれた肩が、とても痛い。
な、何で私ばっかりこんな目に…!





「おい」





混乱する頭でも、その声だけはハッキリと聞こえた。

私の肩を持つジェイの手を、グッと掴む誰かの手。

顔に影が掛かり、ふっと瞳を上げれば
そこには鋭くジェイを睨むセネルの姿があった。





から離れろ」





グ、と握られたジェイの細い手首が白くなる。

折れてしまわないかと相手の心配をする私を余所に
ジェイはセネルの言葉に案外すんなりと従いその手を離した。





「へえ…さん、って言うんですか」
「聞こえないのか?離れろって言っている」
「嫌だなあ、お兄さん。本気で怒っちゃったんですか?」
「…」
「…でも、すぐに吠える人間程弱いんですよね」
「ッ何…?」
「握力はあるみたいですけど」





締められた手首を擦りながら
ジェイは誰から見ても分かる程、大袈裟に溜め息を吐く。





「僕の見込み違いかな…もっと戦い慣れているように見えたんだけどなあ…」
「…何なら、試してみるか?」
「ええ、良いですよ」





ニィッと笑ったジェイの顔は、さっきまでの営業スマイルとは随分掛け離れていた。





「ただし、お一人で」





そう言い残すと、ジェイはまたニッコリと可愛らしく笑う。
そして驚き目を見開く私達を残し、その細い足で地を蹴り木の上へと消えていった。





「おい、待て…ッ!?」





その姿を追おうとしたセネルの後ろには、また別の男の姿があった。

やけに露出が多く、派手な配色の服を着た男は
ジェイとは違う満面の笑みを浮かべセネルの肩を叩く。

私はまた懲りずに目の前にいる男の名前を口に出そうとしたが
次の瞬間、その男は私の目の前から姿を消していた。





「ヨウヨウあんちゃん、ここの街の掟は知ってるかい?」
「ッ気安く触るな!」





会話すら成されていない二人の姿に失礼ながらも溜め息が出た。
もう色々な事がいっぺんに起きて突っ込むのも疲れた。





「ち、ちょっと…やめなよ」
「五月蠅い!先に手を出してきたのはそっちだ!」
「肩叩かれただけじゃん」
「っお前も俺の邪魔をする気か…!」
「や、八つ当たりかよ!」





ギャーギャーまるで犬のように吠えるセネルに私も堪忍袋の緒が切れた。
最も、元々心が広い方ではなかったけど。





「カーチス!ほら起きて!セネルなんてちゃちゃっとやっつけてよ!」
「む…ん、うむ!」
「ッ…良い加減にしろ!!」





光る拳がそのままカーチスの顔にクリーンヒットする。
その映像は私の瞳にスローモーションで再生された。

ものすっごい、もう言葉では表せないくらいのカーチスの酷い顔を見て
「ああ、セネルってやっぱり強いのか…」と確信する。

セネルはその光る拳を今度は私に向けようとしている。
そんな彼の姿を見て、私は今までにない程の速さで頭を下げたのだった。















「…何の騒ぎだ」





のびているカーチスとイザベラさん、怯える住民。
拳を握りギョロリとウィルを睨むセネルと
噴水の縁に座り「あ」と気の抜けた声を漏らす私。

その光景を見れば誰であろうと、事の原因は私“達”だと言う事に気付くだろう。





「…黙ってついて来てもらおうか」
「ふざけるな…!早くシャーリィを追わないと!」
「良いから…」










「黙ってついて来い」










そう言ったウィルの瞳は先程私達を案内してくれた人物とは思えない程鋭く光った。

セネルはそんなウィルの姿に驚き目を見開くが慌てて拳を構える。
だが次の瞬間には彼等がぶつかり合う間もなく、勝敗が明らかになっていた。

突然、セネルの頭上から雷が降り注ぐ。

ビリビリと激しい音が耳に届いた時には
セネルは私の横で倒れ、完璧に気を失っていた。





「…はついて来てくれるな」
「も、勿論」





街に来てから大した時間は経っていない。
だけど状況は目まぐるしく動き、私の頭はもうパンク寸前だった。

でも何となく分かる…いや、今のブレスを見て確信した。

私の前を歩くウィルのその大きな背中について行けば、きっと何の心配もいらないと。










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修正:11/12/10