「興奮状態のセネルがカーチスを襲って、その後色々ありあのような状態になりました」
「…何だか怪しく聞こえる説明をありがとう…」





ひんやりと伝わる鉄の感触に、何処からか漏れてくる冷気。
薄暗い灯りの中、鉄格子を隔てて私はウィルと会話している。

セネルは未だ目が覚めず、私の隣で完全に伸びきっていた。





「…嘘吐くなよ」





と思ったら、いつの間にか目を覚ましていたようだ。

ゆっくりとその体を起こし、肩や首を回す。
まだ痺れが残っているのか、余り本調子のようには見えなかった。





「…カーチスとか言う奴を挑発したのはコイツだ」
「したっけ?そんな事」
「なるほど…も関わっているのか」
「し、してないよ…!セネルが嘘ついてる!」
「ついていない!」
「良いから、お前達少しは落ち着け」





ウィルは大きな大きな溜め息を吐き頭を抱える。
最も、そうさせている原因は私達なんだけど。





「少し頭を冷ませ。またしばらくしたら来る」
「ふざけるな!早くシャーリィを追わないと…!」
「そんな状態で行っても何も出来ん」
「何だと…!?」
「…的確な情報を集めてくる。その間にお前が出来る事は何もないだろう」





何となく、それはウィルの気を遣った嘘だと勘付いた。

山賊のアジトの情報はもう既に集まっているけど
敢えてセネルを落ち着かせる為に時間を作ったんだ。





「勿論、もな」
「…はい」





…でも、何で落ち着いている私も同罪なんだろう。

声には出さなかったけど、うだうだうじうじ私が考えている間も
セネルは鉄格子をガンガン叩き、ウィルに向かって叫び続けている。

ウィルはそんな状態のセネルと私を二人きりにして地下牢から姿を消した。





「……」
「…」





シン、と静まり返った牢の中で小さな舌打ちが反響し聞こえる。
私に向けられた背中は誰がどう見ても不機嫌だと分かる空気を放っていた。

怒らせた原因は私にもあるのだろうけど
やっぱりそれ以上に早くシャーリィを助けたいと焦っているんだろう。





「あのー」
「…」
「セネル?」
「…何だよ」
「さっきの事なんだけど」





そう言うと、少しだけピクリと体が動く。
銀色の髪が、微かにだが震動で揺れた。





「さっき、名前呼んでくれてありがとう」
「…は?」
「私がジェ…あ、いや、噴水広場で絡まれた時、呼んでくれたよね?」





って言ってくれて、ありがと」





素直に嬉しくて、とにかくお礼が言いたくなった。

本当に些細な事なんだけど
ここに来てから一度もセネルには名前を呼ばれていなかったから。

正直、この先もずっと仲間として見てもらえないんじゃないかって不安で仕方なかったけど
ただ名前を呼ばれたと言う単純な事でも、何となく距離が縮んだような気がしたのだ。





「…その前に、あのガキから助けた事に礼を言えよ…」
「ああ、そっか!じゃあそっちもありがとう!」





「忘れてた!」と言わんばかりに付け加えてみせれば
セネルは訳が分からないと言った表情を浮かべる。

そんな姿が何だかおかしくて目を細めて笑えば
セネルも、不器用ながらに笑ってくれた気がした。





「お前、変わってるな」
「あはは、結構言われる」
「…俺も一個、礼を言わなきゃな」
「へ?」
「…シャーリィの事助けようとしてくれただろ」





「驚いた…知らない人間の事、命がけで守れるんだって」





薄暗い灯りの中で細かな表情までは読み取る事が出来なかったけど
出会ってから今まで、こんなに穏やかなセネルの声を聞いたのは初めてだった。





「礼言うよ…ありがとう」





俯き頬を掻きながらぎこちなくそう紡いだセネルに
やっと、普通に話せたと感じる。





「照れてる!可愛い!最高!」
「…やっぱ変わってる」
「何とでも言えば良いさ!今私は幸せだから!」
「…別にそれはどうでもいい」
「なにを!?」





私の声に返事はない。
楽しい会話もここで終わりか、何でここで終らせるんだと小さく突っ込む。

それでも薄暗い空間に慣れた私の目は、その碧色に輝く瞳を正確に捉えた。
私を見る目が少しだけ変わった、その綺麗な色の瞳を。















私とセネルが牢にいた時間は十分、二十分…いや、三十分くらいだったかもしれない。

薄暗い中ぼけーっと過ごす私と
イライラと小さな牢の中を行ったり来たりするセネル。

あれ以降会話はない。

優しく見えた瞳とは裏腹、セネルは私の会話に無関心であり
私も無関心な相手に話しかける根気が切れた、それだけだ。





「…少しは落ち着いたか?」





カツン、と地下牢に響く靴音。
ふと階段の方へと目をやれば、そこには私達を牢屋へ入れた張本人の姿があった。





「ッオイ!早くここから出せ!」
「分かった分かった…全く、全然落ち着いてないな」





溜め息を吐きながらウィルは南京錠の鍵を外す。

またセネルは飛び出て行っちゃうのかな、とその光景を後ろから眺めていたが
私の予想は外れ、セネルは開く扉をただじっと見つめていた。

「おぉ…」とその姿に感心しながらも
慌てて自分も立ち上がり牢屋の外へと脱する。





「この街を統括しているお人に、外出の許可をいただいた」
「許可…?」
「何故か保安官を任されていてな…ついでにお前達のお守りの仕事もいただいたよ」
「…」
「何にしろ、まずはアジトに向かう準備だな」





ウィルは「ついて来い」と言い私達の一歩前を歩く。
その後をセネルがついて、セネルの後を私がついて。

決して横並びにはならないこの距離が私達の心の距離なんだな、と
寂しく思いながらも一歩一歩階段を登った。















「さて、と」





ウィルの一言に私達の足は止まる。
そしてウィルは私達の方へと体を向けた。

誰も座ろうとせず三人でテーブルを囲んでいる状態に違和感を覚えながらも
私とセネルはウィルの言葉を待った。






「あ、はい」
「いくつか質問したい事がある」





ウィルの言葉を聞き、私は二人と出会った時の事を思い出した。

ウィルはまだ覚えていたのだ。
私が会った事もない二人の名前を呼んだのを。





「…まず、年はいくつだ」
「じゅ、十六です」
「十六で一人旅か?その割には武器も持っていないようだが…両親は何処にいる?」
「に、日本…デス」
「…ニホン?」





怪訝な顔をし、ウィルは一度セネルへと目配せする。

セネルは首を傾げる事でウィルに返事をし
ウィルもそれにつられるよう、顎に手を当て必死に記憶を辿っていた。





「聞いた事がないな…」
「凄く遠いんです、多分この世界には無いかなって…」
「…ならば、そこからどうやってここに?」
「目が覚めたらいました」





ウィルの驚いた顔から視線を泳がせれば
セネルの「コイツ頭おかしいんじゃないか」みたいな顔が視界に入る。

…ああ、さっきの笑顔は一体何処へやら…。





「ええっと、別世界と言うか…魔物がいなくて、ここよりちょっとだけ便利で…」
「ふむ…」
「空気が汚くて、自然が少なくて、後それから…」
「何だか平和か平和じゃないのか分からんな…」
「それでも故郷です」





「出来る事なら帰りたいなあ、とか」と控えめに付け加える。

無理を言って困らせる事はしたくなかった。
自分自身、頑張ってどうにかなるものじゃないって何となく分かってたから。





「どうやって帰るかは…分からないと言ったところか」
「うん」





一言返せば数秒の沈黙が流れる。

黙り続けるウィルの表情を見て凄く不安になった。
そして私を睨むように見つめるセネルの視線も。

…ここに置いていかれたら、どうしよう。





「…もう一つ、良いか?」
「あ、はい!」
「何故俺達の事を知っていた」





きっと本題はここ。
ウィルとセネルが知りたいのは私の素性よりも自分達の情報源だ。

何て言おう、と考えて間が延びるのも不自然だし
かと言って本当の事を口に出せば完全に頭がおかしい女になってしまう。

数秒、数十秒、私は今までにないくらい頭をフル回転させ
上手くこれからも貫き通せそうな理由を考えた。










「…予知夢!」










そして出た答えが、これ。
もう我ながら馬鹿ではないかと、とてつもない後悔が押し寄せる。





「どんな夢を?」
「えっと、これから起きる事とか、セネルとウィルの名前とか…」
「この後起きる事とは?」
「山賊のアジトに行く、ってとこまでです」





一瞬、セネルがこちらに体を向けた。
恐らくシャーリィの安否を知りたいのだろう。

だけどここで全てを説明すればセネルは間違いなくこの家を飛び出してしまう。
それだけは止めなきゃ、と私は唇を軽く噛んだ。





「…何となくは分かったが、結局謎だらけだな」
「あはは…私もそう思う」
「ウィル、そんな女置いてさっさと山賊のアジトに行くぞ」
「そ、そんな女って…!」
「良いから落ち着け」





ウィルの溜め息に、「う」と言葉を詰まらせる。
セネルはそんな私を見てツンと顔を反らし、私は彼の露骨な態度に少しだけイラッとした。

少しは分かり合えたと思ったのに、結局何も変わってないんだ。





「…とにかく、
「あ、はい」
「体が冷えただろう?ひとまずだが、この服を使ってくれ」





苛つく私とセネルにもう一度溜め息を吐き、ウィルが出してきたのは
レジェンディア特有のあのピチピチ素材の服。

思わず「うわ…」と言ってしまいそうなのを必死に堪えた。

体が「全身タイツは嫌」と拒絶している。
恐らくそれは顔にも出ていただろう。





「…き、着なきゃダメですかね」
「気に入らないか?」
「いえ…ぜ、全然…」
「…しばらくしたら、新しいのも買ってやる」
「あ、いや!」
「?」
「せ、洗濯が終わるまでにしてクダサイ…」





「私、この服凄く気に入ってるんです」とビチャビチャに濡れた服を指差せば
ウィルは深く追求しようとはせずに、ただ「そうか」と返してきた。

たった数日でもこの服を着なければいけないなんて
そんな拷問に私は耐えられるのだろうか…。





「それと、こっちに武器がある」
「…武器…?」
の世界に魔物はいないかもしれんが、こっちにはわんさかいるからな」
「…」
「何が合うかはお前自身が一番分かるだろうし、適当に選んでくれ」




「手入れを怠っている物ばかりだがな」、そう付け加え
地下牢に比較的近い部屋の扉が開かれる。

中は埃っぽくて、蜘蛛が巣を作る程放置されていたようだった。

戸惑ってしまうくらいの豊富な武器の種類に
私に合う物が一つくらいは落ちてるんじゃないかと微かな期待が生まれる。

RPGゲームには必須の剣や杖の他にも
どういった用途で使うか分からない物もあった。

そんな中、とても地味だったけど
武器を扱った事のない私にも使えそうなものを一つ見つける。





「これ…」
「それか…?俺はイマイチ使い方が分からないのだが」





私が手に取った物を見て怪訝な顔をするウィルとは違い
私にはその武器の使用方法がすぐに分かった。

普通の短剣と比べると刃が細く鋭い。
“切る”為に作られたとは思えない形状を見て私はキョロキョロと辺りを見渡す。

壁にかかる丁度良い的を見つけ、私は一本、筒の中からその短剣を取り出した。

構えはそっと握る程度、そこからクッと多少の力を入れて手首を曲げれば
短剣は真っ直ぐとその的へ吸い込まれるかのように飛んで行く。

尖った剣先はトン、と的の深くまで突き刺さった。





「ほう…なるほど、投げて使うものだったのか」
「私の国に“ダーツ”って遊びがあるんです。的に当てて得点を競うような…」
「ふむ」
「結構そう言うのやってたんで」





そう言って一つ笑みを零し、私は筒の付いたベルトを腰へと巻き付けた。

筒の中には五十本の短剣が入っている。

それが多いか少ないかは分からなかったが
今後補充出来る事も考えれば今はそれくらいで充分だ。





「あと、これ」





そう言って立てかけてある武器の中から一つ選んだのは、何の変哲もない木製の杖。





「ブレスも使えるのか?」
「あ、いや…ちょっと『使えたらなあ』と言う願望と言うか」
「…」
「…ダメですかね?」
「いや、そんな重たい武器でもない。持って行くと良い」
「あ、ありがとうございます!」





何となく相手の表情を窺い「ダメかな」と思っていたけど
ウィルはアッサリと了承してくれた。

「好きなのを選べと言ったのは俺だしな」、そう付け加えウィルはゆったりと笑う。
そんな些細な言葉でも私は嬉しく、同じように満面の笑みを返した。










「…遅い」





もう我慢出来ないと言わんばかりの不機嫌な声に
私は一言「お待たせ」と返す。

ぶすっとした顔が上がり私と目が合った時
セネルの碧色の瞳はまん丸になった。





「…服」
「は?あぁこれ…貸してもらった」
「……」
「…似合わないなら似合わないって言ってくれた方が傷付かないんだけど」
「…普通に見れる」
「それが一番傷付く!」





もらった杖でコツンと軽くその頭を叩く。
「って!」と小さな悲鳴を上げ、セネルは自らの頭をゆっくりと擦った。

そしてそのままの姿勢で動かなくなったものだから
私は「ヤバイ」と心の中で勘付く。

シャーリィが大変な時にこんな軽いノリで接したらきっとセネルはブチ切れる。
コツンじゃすまない、顔を何発か本気で殴られる事を覚悟した。

だけどセネルは私に何も言わず、俯いていた顔を上げ
一瞬だけ顔を合わせた後、そのままスッと離れていく。





「…なにあれ…」





情緒不安定なのは分かるけど
せめて何かしらの反応があった方がこっちも楽なのに…。






「あ、はい!」





準備が終わったのか、奥の部屋から出てきたウィルは
右手に武器、左手に地図を持ち私の名を呼ぶ。





には辛いかもしれないが、これから元の世界に戻れるまで同行してもらう」
「、え」
「出来る限り危険な目には合わせない。その代わり“未来が見える”その力を俺達に貸してくれ」
「…ウィル…さん」
「敬語も敬称もいらない。仲間だからな」





そう言って微笑むウィルの表情が自分の父親と重なった。

…やっぱり、早く帰りたい。

自然と杖を持つ手がギュッと強くなる。
やっと、今自分の眼前に広がる現実が見えた気がした。





「うん、ウィル!よろしく!」





「セネルもね!」、そう付け加えれば
既に扉の前にいた青年は返事もせず外へと出て行く。

まだチグハグだけどきっと大丈夫。
私の知っているこの人達は、とても頼りになる凄い人達なんだから。

何処からか沸き上がる自信にもう一度笑みを零し、
私はセネルを追うよう外の世界へと飛び出した。










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修正:11/12/10