「実は山賊のアジトにクロエ・ヴァレンス嬢が向かっているらしい」





街から山脈までの移動中、ウィルが話す言葉に耳を傾ける。





「ヴァレンス嬢…?」
「ああ。歳はの一つ上だったかな」
「…一つしか違わないのに、一人で行動してるの?」
「まあな」




「強いのは確かなのだが、無茶をするお嬢さんなんでマダムミュゼットも心配しているんだ」





ハア、と溜め息を吐き頭を抱えるウィルの姿はやはり父親と重なる。
私も無茶をすればこんな風に思われるのだろうか、とクスリと笑った。





「喋ってる暇はないぞ!魔物だ!」





前方を歩くセネルの声にハッと体を強張らせた。

そこにいたのは幼い熊と小さな鳥。
確か名前はリトルベアとチュンチュンだ。

くりくりした目が可愛くて、威嚇のポーズもちっとも怖くない。
ああ、何で初戦が可愛い系のモンスターばかりなんだ。





「…」




でも魔物は魔物、可愛いからと言ってなめてかかればきっと痛い目に遭う。

だけど体が動かない。

襲われて怪我をするのが怖いわけじゃなった。
…この手で殺めてしまうのが、怖いのだ。









「片付いたか?」
「まあな」





そして、私が怯え固まっている間に戦いは終わっていた。

魔物はスカルプチャとなりセネルの手の中にいる。
そしてスカルプチャにならなかった物は、そのままの姿を残し“死”を迎えていた。





「…ごめん、ちょっと私、治癒のブレスの方頑張っても良いかな…?」





戦闘が終わり再び山脈を目指し歩こうとした二人の足が止まる。
私を見る四つの目はどれも見開かれていた。





「何故だ?その『だーつ』と言うもので戦うのでは?」
「そう、なんだけど」





ウィルの正論に言葉を詰まらせる。

「怖い」、なんてとてもじゃないが言えなかった。

だってここの世界の人達にとってはこれが普通で
魔物に情けをかければ怪我をするって良く知っている。

なのに「魔物を殺したくない」何て言えば、きっとウィルもセネルも怒るだろう。





「足手まといになるなら置いていくぞ。その方がシャーリィを助けやすい」





セネルの言葉もまた正論で、言い返せる言葉が見つからない。

やっぱりこの世界で生きる為には敵を殺すしかないのかな。

そんな事を考えながらふと視線を上げれば
セネルの腕にある大きな切り傷が目に入る。





「セネル、それ…」





見てるこっちまで痛くなりそうなその傷は
先程戦ったリトルベアの爪にやられたものだろう。

セネルは私の心配そうな顔を見るとチッと舌打ちをして
さっと腕を隠し再び山脈へと向かおうとした。





「ま、待って!」





それを私は、何か出来る訳でもないのに止めてしまった。





「何だよ」
「…」





痛々しい切り傷から鮮血が垂れる。
私はその傷を癒したいと言う一心で傷口に手を当てた。

こう言う時、ゲームの中では呪文を唱えていた。
後、きっと傷を治したいと言う気持ちも大事。

何をすれば正解なのかは分からないけど
私はそっと目を閉じて、自分の手に意識を集中させた。

何となく熱が手に集まっていくのを感じ、ゆっくりと口を開く。





「痛いの痛いの飛んでけー」
「…はあ?」





呪文は、本当に私流。
とにかくきっかけになれば何でも良いのかなと思った結果がこれだ。

大して考えていない言葉も呪文の代わりにはなったのか
私がパッと手を振れば何処からともなくキラキラと光が溢れる。

光が消えた時、セネルの傷口は薄い線が一本残っている程度で
流れ出ていた血も止まり、裂けていた皮膚も目立つ物ではなくなっていた。





「…」
「……」
「…で、出来ちゃった」
「…」





阿呆面で呟く私以上にセネルは目を見開いている。

そして数秒の沈黙を挟んだ後パッと私の手を振り払い
セネルは再び山脈を目指し足を運び始めた。





「私もついてって良いかな?」
「…勝手にしろ」
「ありがと!」





無愛想な返事だったけど、何となく認めてもらえた気がして嬉しかった。

これで魔物と戦えなくても皆の役に立つ事が出来る。
その事実にホッと安堵の息を吐き胸を撫で下ろした。





「凄いな。まさか治癒のブレスが使えるとは…」
「ね!自分でもビックリ!」
「頼りにしてるぞ」
「っうん!」





ウィルの微笑みに私も満面の笑みを返す。
そして意気揚々と胸を張り、再び山脈へと足を動かした。





…―――何故だ、何故破壊の少女に治癒術が使える…。





頭の中でうっすら聞こえた声。
それは私がこの世界に来た時に聞いたあの声だ。


何を思ってるか知らないけど、アンタの思い通りにはさせないよ。


誰かも分からない声に返事をする。
勿論声には出さず、心の中でだけ。

そしてそれ以降、その謎の声は聞こえなくなった。





「ウィル!ウィルは怪我してない?」
「ああ、大丈夫だ」
「セネルは!?セネルまだどっか怪我してない!?」
「うるさい…そんなに俺に怪我して欲しいのかお前は」
「んーん?別にー!」





はしゃぐ私にセネルは溜め息を吐く。

そして「もう平気だよ」とヒラッと動いた彼の左手を見て
私は込み上げる喜びを隠す事が出来なかった。

何となくだけど、その背中で「ありがとう」と言ってもらえているような気がしたから。















山賊のアジトへ向かう為、必ず越さなければいけない霧の山脈。

その名の通り視界は霧に遮られ、数メートル先も分からない。
そこに道があるのか、何がいるのかさえも。


でも、ここを通らなければシャーリィの元へは行けないんだ。


ただシャーリィを助けたいと言う気持ちが
自然と恐怖を掻き消してくれてた。





「凄い霧だね…」
「はぐれるなよ」





無愛想な声と足を動かす音が前から聞こえる。
それに習うよう私もゆっくりと足を動かした。

ここでは目よりも耳を頼りにした方が良さそうだ。





「…あ、そう言えばヴァレンス嬢って」





「どんな子なの?」、そう付け加えようとした時言葉が止まった。

クロエの話題を出した事に大した意味はない。

私は既に彼女がどんな容姿でどんな性格なのかを知っている。
だけどセネル達にその事は話していない。

ならば後々余計な事を口走っても誤魔化せるよう、先にクロエの話を聞いておこう。
自然な話題だし、きっと怪しまれる事もない。

そう思い私は口を開いたのだが、周りからは何の反応もない。
…それ所か、さっきまで聞こえていた足音さえ聞こえないのだ。





「…あれ?」

「セネル?ウィル?」





返事はない、ただただ孤独。
そう感じた時、サアッ血の気が引いた。





「…も、もしかして」





早速迷子…?

いくら耳を澄ましても二人の声は聞こえない。
代わりに聞こえた魔物の雄叫びに自然と体が強張った。

私一人じゃ魔物とは戦えない…こんな視界の中じゃ尚更。

大声で助けを求めたいけど、もしその声に魔物が反応したらどうしよう。
そんな事を巡り巡って考えていたら声を出す所か一歩も動けなくなっていた。





「…どうしよう…」





その場に蹲り、膝を抱える。
必死に搾り出した声もガタガタに震えていた。

ああ、きっとこのまま動けず魔物達に襲われて
骨まで美味しくいただかれるんだ。

こんなとこで私のレジェンディアの物語が終わってしまうなんて。
まだジェイとイチャイチャもしてないのに。





「…あのー」





こんな事になるならもっとセネルにもベタベタしておくんだった。

あれが最後のチャンスだと分かっていればもっと触っていたのに。
そうしたら未練も残さず逝けただろうに。





「おーい」
「ああ…ワルターの美顔ももっと拝んでおけば…」
「…?」
「よくよく考えたら私ここに来て何したんだろ…」
「…あの、ねえ」
「変だの何だの悪口言われたぐらいじゃない…?」
「…悲しんでるところ、悪いけど」





「そんな所に蹲って、どうかした?」





埋めてた顔に影が掛かる。
頭上から聞こえてきた声は、セネルやウィルのものではない。

「ゴロツキか!?」と勢いよく顔を上げれば
私は見開いていた目を更に大きく見開いた。

微かに揺れる緑色の髪に、女の私から見ても大きい瞳。
この世界で会ったのは初めてだけど、私はこの人を知っていた。

…―――チャバだ。





「具合でも悪い?大丈夫?」
「…」
「顔色も悪い…待って、確か薬草が…」
「あ、いや…違うんです…」
「?」
「仲間とはぐれて…」





申し訳なさそうにこちらが言えば
チャバは薬を取ろうとした手をポケットから出す。

誰かに会えた安心と、これからどうなるか分からない不安に駆られ
事の経緯を説明する事が出来なかった。

今は敵同士である私達とモーゼス。
きっと「メルネスであるシャーリィを助けに来た」なんて言ったらチャバも私の敵になってしまう。





「そうなんだ…それは大変だ」





同情なのかもしれないけど、チャバのその一言は私を安心させる。
人がいるってこんなに心強いんだ、と改めて知った。





「そうだ、アニキの所に来なよ。連れてってあげるから!」
「…へ?」





自分でも驚くくらい、気の抜けた声が出る。
多分心の底から出てきた素直な反応だ。

呆然とする私を余所にチャバはニコニコしていた。
嘘偽りのない笑顔を前に、私はただ黙って目を丸くする事しか出来ない。





「大丈夫!別に変なところじゃないからさ」





チャバが言うアニキの所と言うのは
正に私達が乗り込もうとしている敵の本拠地だ。

わざわざ敵地に一人ノコノコ行く馬鹿が何処にいるのだろう。

…でも此処でジッとしているよりは安全だし
後々セネル達と合流できる確率も高くなる。

なんてうだうだ考えてはいるが、
生きる為には彼について行くしかないのは初めから理解していた。





「…じゃあ、お願いしても良いですか?」
「勿論」





そう言ってチャバはニッコリ笑う。
太陽みたいに暖かい笑顔だ。





「あ、オイラチャバって言うんだ。よろしく」
「うん、よろしく」





「知ってる知ってる」と思いながら私も笑う。





「私、です」
ちゃん?」
「よ、呼び捨てで良いよ?何かもやっとする!」
「い、いや!呼べないって!」





照れてる、って分かるくらい顔が真っ赤。
でも「ちゃん付け」は何だかくすぐったい。

それを素直にチャバに言えば「何で?可愛い名前なのに」と普通に言い返してきやがった。

正直そんな事を言う方が恥ずかしいんじゃないかと思ったけど
これ以上突っ込めばこっちまで火傷しそうだと察し、黙って彼の言葉に頷いた。





「じゃ、行くか」





そう言ってチャバは躊躇いもなく私の手を引く。

ああ、このチャバの優しさを一片でも良いからセネルに分けてあげたい。
何て、本当はセネルも優しい奴なんだけど。

そんな事を考えながら私は引かれるがままに歩を進め、山賊のアジトへと向かった。















奥に進むにつれて霧はどんどんと深くなる。
視界は真っ白、頼れるのは聴覚と私の手を握るチャバの手だけ。





「もうすぐ着くよ」





私の不安に勘付いてか、チャバは一言そう言った。
私はそんな彼の優しさに「ありがとう」と返事をする。

…こんなに霧が深くて、セネル達は大丈夫かな。

自分の身すら守れないのに人の心配なんて、って言われるかもしれない。
だけど無事に合流出来る事を願わずにはいられなかった。





「アニキ、今帰ったよ」





大きな砦の入り口を潜り、チャバはそのまま奥へと進んで行く。

中は思ったよりもシンとしていた。

だけど何となく分かる。
薄暗い部屋の中から、何人かが私の事を見ているのを。

暗闇の中に光る鋭い眼光に、無意識の内にチャバの手を強く握り締めていた。





「安心して、敵じゃないから」
「あ、うん…」





私の気持ちを察してか、チャバは微笑みながらそう言った。

とは言え、知らない人間(多分男)大勢に
ジロジロ見られるのは余り良い気がしないんだけど…。





「アニキ、道に迷っちゃった子がいるんだ!街まで送ってあげなよ!」





「ええ、モーゼスが送るの」、と心の中で突っ込む私を余所に
チャバはモーゼスがいるであろう部屋の扉を二、三度叩き大声を上げる。

聞いた事のないチャバの大きな声に体がビクリと跳ねた。
そして返ってきたのは、そんなチャバの声よりも更に大きなモーゼスの声。





「じゃかましい!ワイは今メルネスと話しちょるんじゃ!」





ビリビリと鼓膜を揺らす程の大きな声に咄嗟に目を閉じる。

扉越しなのに良くもこんな大声が出せるものだと感心する私の横
頼りない灯りに照らされるチャバは何だか悲しそうだった。

「ごめん」と私にしか聞こえないくらいの小さな声を聞いて何かがプツッと切れた。
そして瞬時にチャバの手を離し、目の前の扉を思いっきり叩く。





「早く出てこいって言ってんだよ!!」
「え!?」
「アンタが何してるかとか関係ないんだよ!」





言いたい事を言いたいだけ言い放つ私に対し、チャバは驚き目を見開いて狼狽えていた。

それもそうだ。

きっとチャバにとって私は「道に迷ったちょっとおっちょこちょいの可愛い子」、
程度にしか映っていなかったのだろうから。





「それから―――…ッ!?」





反論してこない相手に再び言葉を投げつけようと拳を振り上げれば
ガチャリと音を立て目の前の扉が開く。

扉へと叩きつけようとした手はスカッと空を殴りつけ
私の体は反動に耐え切れずそのまま前へと倒れた。





「ッわ…!」





転ぶ、と思った時扉を開けた張本人の手が私の腕を掴む。
無理矢理引き寄せられ、背中に手を回され、体の節々にゴツゴツしたものが当たった。





「…それから、なんじゃ?」





思ったよりもずっと近くから聞こえた声にハッと顔を上げれば
私を睨むかのように見つめるモーゼスがいる。

怖くなんか、ない。

そう自らに言いきかせ、私は相手の体をドンと強く突き放し
負けじとキッと睨んでやった。





「…それから、家族が帰ってきたらまず『おかえり』でしょ」





少しだけ、本当に少しだけ「怖い」と思った。

周りは私の敵ばかり。
そして私はその親玉に真正面から喧嘩売ってる。

いつ殺されてもおかしくない状況に、強く握り締めた拳が震えた。





「ック…!」





だけど私の予想と反し、モーゼスは目を細め喉を鳴らす。

何がおかしいのだろう、そう思い口を開こうとすれば
それは大きな大きな笑い声に掻き消された。





「クカカ!威勢の良い嬢ちゃんじゃのう!!」





加減をつけずに背中をバンバンと叩く相手に
私はただ固まるしか出来なかった。

さっきまで睨まれていたのに今度は笑われてる。
正直訳が分からない。





「気に入ったわ!」
「ど…どうも」
「嬢ちゃん!名前は?」

、か…良い名前じゃ!」
「ちょっと前にどっかの誰かさんにも言われた」





私達を見てクスクスと笑うチャバをチラリと見る。
私の視線に気付いたチャバは「やっぱりアニキもそう思うよね」と嬉しそうに言葉を紡いだ。

ああ、やっぱりここも同じ。
何だか凄く暖かくて、安心出来る。





「しかし何じゃ、良く見ればあん時の嬢ちゃんじゃのうて」
「へ?」
「一度会うたじゃろ!なんじゃ、確か輝きの泉で…」
「そ、そうだっけ」
「あん時は確か…そうじゃ!何でワイの名前知っとったんじゃ!」





「思い出した!」と、わざとらしくモーゼスは言う。
でもきっとコイツの場合は百パーセント本気だ。

いっそ忘れてもらっていた方が好都合だったのに。
そんな事を思いながらも私は頭の中で必死に言い訳を探した。





「…ほ、ほら!モーゼスって有名じゃん!」
「なんじゃって…?」
「知ってるよ!凄く強い山賊なんでしょ?」
「…」
「見ただけで何となく『この人だ!』って思ったんだ!」
「…ほうかほうか!ならええんじゃ!」





こんな言い訳が通じるなんて…やっぱりコイツ馬鹿なのか。

悪態をつきながらも正直「助かった」とホッとした。
そして、何てちょろい奴なんだとも思ったり思わなかったり。





「アニキ大変だ!良く分からない奴が三人、急にアジトに入ってきやがった!」





和やかな空気の中、山賊の下っ端らしき人物がバタバタと現れる。
モーゼスとチャバは彼の言葉にキッと顔つきを変えた。

良く分からない奴が三人。
恐らくセネルとウィル、クロエだろう。

皆の安否が分かり、その場にいる者の中で私だけがホッと胸を撫で下ろす。




「…
「ん?」
「ちいとばかし、メルネスと話しといてもらってもええか?」
「え…私?」
「オウ」
「う、うん…大歓迎!」





「うし!」と、モーゼスは歯を見せ笑い私の頭をガシガシ撫でる。
さっきチラリと見た真剣な顔つきがまるで嘘みたいだった。





「ええか!部屋からは絶対出んな!」
「分かってるよ!」
「オウ!」





モーゼスは私が行くべき扉を指差し砦の入口へと向かう。
私はモーゼスが指差した扉を見つめる。

どうして部屋にいるよう指図されたのかは分からない。
でもこの扉を隔てた場所にシャーリィがいるんだ。

なら私は進むしかない。

そう思いながら、私はゆっくりと目の前の扉に手を掛けた。










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修正:11/12/10