「この世界の人間じゃない…?」
セネル達が扉の鍵をモーゼスから取り戻すまでの間
私はシャーリィにこれまでの経緯を語った。
「自分でもここにいる事にビックリしてる」
「知らない間に来たんですか…?」
「うん、気が付いたらシャーリィの横にいたの」
「あの泉のね」、と言って笑ってみせたけど
シャーリィはちょっと、いや、かなり驚いているようだ。
もうこのリアクションを見るのも、何だか慣れてきた。
「…さんは、やっぱり強いですね」
「?」
「目が覚めて知らない場所にいたら、きっと怖くてたまらないのに」
そう言って自らの肩を抱く少女を見て
私は「そうなのだろうか」と自分自身に問い掛けた。
「…知らない場所じゃなかったからかな」
「え?」
「少しだけ知ってたの、ここの事」
「たくさんの自然と、活気溢れる街と…後美味しそうなパンと、それから色々」
「良い人がたくさんいるって事も知ってたんだ」
シャーリィのきょとんとした瞳に映る私はいつもより穏やかな表情をしていた。
「どうして」と言いたげなシャーリィに私はゆっくりと笑う。
「実はシャーリィの事もちょっと知ってたんだ」
「え?」
「凄くお兄ちゃん想いの良い子って」
ニヤニヤとセクハラまがいな笑顔を浮かべれば
シャーリィの顔は林檎みたいに真っ赤になる。
可愛い、と思った時には自らの欲を抑えきれず、
私は思いっきり両手を広げてシャーリィに飛びついていた。
「え?あ、あの…!さん!」
「ごめんー!ついシャーリィが可愛くて!」
「そ、そんなことないです」
シャーリィが首を振る度に甘い香りが鼻を掠める。
その金色の髪に顔を埋めればシャーリィは余計恥ずかしそうに体を捻った。
何だこの状況、と自分自身に突っ込みながらも
私はこの感触に病み付きになっていた。
「…、」
辺りの空気が変わるのを体の奥底で感じる。
ザワザワと胸騒ぎがして、気が付けばシャーリィの体をギュッと強く抱き締めていた。
こうしてのんびり出来るのは今だけだと知っていた。
そしてこれから先、何が起きるかも。
「さん…?」
急に態度を変えた私の名前をシャーリィは不安げに呼ぶ。
私はただ黙って耳を澄ませた。
ザワザワと、数人が忙しなく走る音が聞こえる。
いや、数人どころかきっと数百だ。
それはアジトで何かが起きている事を強く物語っていた。
「…大丈夫…もうすぐセネルが来るから」
セネルが来る前にもう一人、シャーリィを守る為の騎士様が来るのも私は知っていた。
一人でシャーリィを守れる自信はない。
だけど時間稼ぎくらいなら私にだって出来るはずだ。
心臓が五月蝿く鳴って、緊張から頬に汗が一つ伝った。
「さん、一体何が…」
シャーリィが言葉を発した瞬間
鼓膜を裂くぐらいの大きな音が部屋中に響き渡った。
「ッ来る…!」
正面の窓ガラスが突然砕け散り、私達のいる元まで破片が飛んでくる。
咄嗟にシャーリィを庇うよう窓側に背中を向ければ
服の薄い素材を破き、背中に痛みが突き刺さった。
「さん!?」
大丈夫、ただの掠り傷だから。
そう言う余裕は既になかった。
だって、もうすぐ目の前に。
「…見つけたぞ、メルネス」
シャーリィを私達から引き離そうとする奴がいるのだから。
「どけ、陸の民…貴様に用はない」
「…やだ」
意味をなくした窓の近くに、私が良く知っている青年の姿がある。
床に散らばるガラスを踏みしめる小さな音。
彼が近付く度、私の心臓はドクンと跳ねた。
「…女だからと手加減はしないぞ」
「…」
「…もう一度言う、命が惜しければそこをどけ」
「こっちだって何回だって言ってやる」
「嫌だってね!」
自らの声を合図にし、密かに握っていた短剣を相手の顔目掛けて投げ放つ。
可愛いモンスターには一切手が出せなかったのに
シャーリィを守る為ならそれも乗り越えられた。
目の前にいる青年を殺す覚悟がある訳ではない。
本当ならば攻撃なんてしたくなかった。
短剣を投げる事が出来たのは
「ワルターならこんな威嚇程度の攻撃、当たるはずがない」って
分かっていたからかもしれない。
矛盾しているのは自分でも良く分かっている。
「…」
そして予想通り、ワルターは私の投げた短剣を冷静に避けた。
避けたと言うか、私が「外していた」の方が正しいだろう。
頬を掠め、風に靡く金色の髪がパラパラと切れて落ちていく。
だけどワルターは顔色一つ変えなかった。
「…ワルターは、メルネスを守るんじゃないの?」
私の言葉に睨む目つきが変わる。
本当に微かだったけど、私にはその感情の流れが分かった。
「ッ!?」
そう、それが。
警告から、殺気に変わったのが。
「さん!?」
気が付いたら目の前にワルターがいて
その手の一振りで、自分の体が真横に吹き飛ぶ。
横腹に激痛が走り「殴られた」と思った時には
壁に叩きつけられ、体の反対側にも衝撃が走った。
「ッ痛…!」
痛くて悲鳴も上げられない私の名前をシャーリィが必死に呼ぶ。
ハッとし、霞む視界で見たシャーリィとワルターの距離はもう少ししかない。
「メルネスを“守れなくて”残念だったな…陸の民」
殺気の篭った声、嫌味ったらしい言葉。
アンタ、何も分かってない。
痛みのせいで何一つ言葉に出来なかったけど、目の前の男をキッと睨む。
体が、動かない…!
ワルターの気持ちは知ってる、でもシャーリィを守りたい。
強い意志はあるのに、結局何も出来ない私自身に一番腹が立った。
「シャーリィ!!」
悔しさに拳を握り締めたと同時、バン!と勢いよく開いた扉。
そこには武器を構えるセネルとウィル、そしてクロエの姿があった。
「これは…!?」
「お前は、輝きの泉にいた空飛ぶ男…!」
部屋の状態にウィルとクロエは驚き目を見開いた。
割れた窓、部屋中に散らばるガラス片、所々に落ちる血の雫。
部屋の中央にはこの状況に怯えるシャーリィとそれを見下ろすワルター。
そしてそのほぼ直線状に位置する私。
「ッセネル!シャーリィが…!」
立ち尽くすセネルに、今自分が出せる最大限のボリュームで言葉を投げる。
セネルはハッと体を跳ねらせた後にワルターに向けて拳を構えた。
構えた拳は既にボロボロ。
きっと扉を叩きすぎたのだろう。
それでもセネルは弱音を吐かない。
シャーリィのピンチに痛みも忘れ、セネルはワルターを強く睨む。
「邪魔をするな…」
ワルターが言葉を紡いだと同時、シャーリィの短い悲鳴が辺りに響いた。
全員の視線が集中した先には
薄いシャボン玉のような膜に閉じ込められたシャーリィと
背中に黒い翼を生やしたワルターの姿がある。
「ッシャーリィ!?」
不思議な力に拘束されてしまったシャーリィの体は彼女の意思を無視し
セネルの元から逃げるよう遠くへと飛んでいく。
「ックソ…!」
突然の事に動揺しながらも、セネルは再び拳を構えワルターに襲いかかる。
だけどワルターの体は既に部屋を離れ
割れた窓からセネルの拳が届かない宙へと移動していた。
「ッワルター…!待って…!」
まだ、体が痛い。
ヒリヒリしてるような、ズキズキしてるような
自分の体がどうなってるのか分からないけど、殴られた所が熱い。
でも、どうしてもワルターを止めたかった。
「シャーリィ、返して…!」
どんなに自分の気持ちを言葉にしても、きっと今のワルターには響かないだろう。
だけど何もしないよりはマシ。
そう思ったら、手は自然と彼へと伸びていた。
「…ほざくな」
また顔つきが変わる。
どうやら私はワルターを怒らせるのが大の得意みたいだ。
最も、今の状況ではそんな事何一つ誇れないのだけれど。
「ッ待て!!」
制止の声も聞かず、ワルターは背を向けその場を離れていく。
地上から数百メートル、ワルターは遠くの海へと飛んで行った。
私達は成す術もなく、ただその姿を部屋の中から見る事しか出来ない。
無力さを痛感すると共に、また体中に痛みが走った。
ワルターの言動一つ一つが心身に突き刺さる。
言葉にはしなかったけど、ここを立ち去る時の瞳は
「元々メルネスは我等のものだ」と言っているようにすら見えたんだ。
Next→
...
修正:11/12/10