私達はどんどんと森の奥へと進んでいく。

進めば進む程神秘的な世界が瞳の中に飛び込んでくる。
キラキラと輝く光景に私は胸を躍らせた。

こんな所、元いた世界だったら来るのにいくらかかるんだろう。
それをタダで見れる私って、幸せなのかもしれない。





「…何ニヤニヤしてんだよ」





隣で溜め息を吐くセネルの姿も全然気にならない。
今の私には邪念と言うものは何もなく、とても清らかな気持ちだった。

そんな事を考えている刹那、大きな地響きが耳に飛び込んでくる。

皆は同時に体を跳ねらせ、すぐに武器を取り出し辺りを見渡した。
そして身構える私達の耳に次に届いたのは、知らない女の子の叫び声。





「わ〜!!どいてどいて〜!!!」





横道から私達を遮るように現れた女の子は
バタバタと走り、荒々しく息を吐く。

そして武器を構える私達と目が合った瞬間
その場で足を動かしながら、両手を上下に振り大きな声で言葉を発した。





「ちょっと!ちょっと!そこの人達!!」





とにかく早口で、誰から見ても慌てているのが良く分かる。





「ちょっと!お願いだから助けて〜!!」
「何でお前を助けなければいけない」




ウィルの冷徹な一言に女の子はムッと眉を吊り上げる。





「おっきな蜘蛛に追いかけられてるの!か弱い女の子を見捨てる気!?」
「…どっかの誰かさんみたいだな」
「聞こえてるっての!」





呆れるセネルを肘でどついて、パタパタと動く女の子をじっと見る。

…間違いなく、この子も知ってる。
テイルズオブレジェンディアに登場する女の子。

…―――ノーマだ。





「あ〜もう!追いつかれた…!あんた達のせいだからね〜!!」





ビシッと私達を指差し、女の子はまた道の奥へと逃げていく。

地響きの正体は彼女の言っていた大きな蜘蛛だと言うのがすぐに分かった。
逃げる彼女の後を人間の数十倍もある大きな蜘蛛が通り過ぎる。





「く、蜘蛛…!デカ…!」
は虫が苦手か?」
「苦手得意じゃなくて、誰でもビックリするよ!」





ウィルの質問に答えるのもいっぱいいっぱい。
初めて見る大きな魔物に腰が抜けそうになった。

そんなやつに追いかけられてあんなに元気だなんて、ノーマは本当に凄い…。





「しかし、今のは一体なんだったんだ…」
「クリスタラチュラだな…見た目は恐ろしいが性質は温和で、普通人を襲う事はない」





ぽかんと口を開けるクロエにウィルは淡々と口を動かす。
私とセネルも黙ってその説明を聞いていた。





「…ただし、自分の巣に立ち入る者以外に関して…だがな」





呆れ溜め息を吐くウィルに私達三人は同時に首を傾げる。





「クリスタラチュラは光る物を集める習性があってな…トレジャーハンターが良く痛い目に遭う」
「つまり、あの少女も?」
「恐らく、な…キンキンと煩い少女だった」





素直なウィルの感想にセネルは遠慮なく頷く。
私もつい頷きそうになったけど、ぐっと堪えた。

そんな私達の反応にクロエは一瞬困ったような笑みを浮かべた後
キッと森の奥を睨みつけるよう見つめる。





「とにかく、後を追いかけよう。放ってはおけない」
「…なら、一緒に行くのはここまでだ」





見開かれたクロエの瞳がセネルを捉える。





「俺はシャーリィの方へ向かう。あの女に興味はない」
「き、興味の問題ではないだろう!何て器量の狭い男なんだ!」
「お前がお節介すぎるんだ」
「ま、まあまあ!」





このままではマズい、と口を挟むが睨み合う二人の気迫に一瞬怯む。
それでも負けじと私はなるべく明るい声で会話を続けた。





「ど、どうせ奥に行くのは一緒じゃん!ね、ウィル?」
の言う通りだ」
「シャーリィを助ける事を目的にして、あの子の事も気にする!」





「それで良いでしょ?」、と問いかけてみても二人からは返事がない。
助けるようウィルを見つめるとその広い肩を竦め、溜め息を吐いた。

根本的な所で相手を信用出来ていないセネルと人を信用しすぎているクロエ。

これくらいのいざこざは当たり前なのかもしれない。
現状の和解を半ば諦めながらも、私達は再び奥を目指し歩を進めた。





「…私が間違っているのか?」





雨音程の小さな声に顔を上げれば
何とも言えない表情を浮かべながら肩を落とすクロエが目に入る。

私はゆっくりとクロエへ近付き、その背中をポンと押した。





「どっちも間違ってないよ」





そう言って笑って見せればクロエは驚いて目を見開く。

その揺れる金色の瞳を綺麗だなあ、と見つめていれば
クロエはゆっくりと目を細め「ありがとう」と笑った。















そろそろ出口が見える頃だろうか。
そんな事を考え出した時、道の奥から何処かで聞いたことある声が響く。





「あ〜〜〜〜!」





パタパタと忙しなくこちらに向かってくる女の子は、やっぱりさっきと同じ子だ。
私はそれを嬉しく思ったけど、思いっきり顔を顰める者もいる。





「あんたら!」





こっちの姿に気付いた女の子は地団駄を踏みながら怒声を上げる。





「酷いよ、あんたら!ど〜してさっき助けてくれなかったの!?」





「ひどすぎ!世知辛すぎ!」と文句を垂れる女の子にウィルは小さく溜め息を吐く。
そんな些細なやり取りが面白く、つい笑ってしまいそうになるのを必死に堪えた。





「それを言うなら、何故お前は魔物に追われていたのだ?」
「…ギク」
「大方巣を荒らしているところを見つかったのだろう?」
「え、え〜…それは〜その〜」
「図星か」
「分かりやすいやつだ」
「本当に!」





呆れる三人とは別に、私はクッと笑いを堪えながら声を出した。

ノーマは本当の事がバレればバレる程汗を垂らし
言葉を返せなくなるとまたジタバタ暴れ出す。

その動き一つ一つがユニークと言うか何と言うか、実にノーマらしい。





「だ〜も〜!可愛い女の子が困ってたら、普通何とかしよ〜って思うじゃない!」
「思わない」
「即答かよ!冷たいなあ、もう!」





ノーマはシクシクとわざとらしく泣き真似をした後
ハア、と大きく溜め息を吐き今までにないくらいの落ち着いた表情をする。

その表情に三人は小首を傾げ、私は嫌な予感に汗を流した。





「まあいいや。もう遅いし」
「え?」





確かめたくはなかったけど、私はこの寒気の原因を知るべく後ろを向く。





「み、皆…後ろに…!」





グロテスクなフォルムと怒りに満ちた瞳に、鳥肌が止まらず声が震えた。
三人は私が指差す方へ首を動かすと、慌てて武器を構える向きを変える。





「クリスタラチュラか…!」





こんな距離じゃ逃げられない。
覚悟決めて、戦わなきゃいけない時が来た。





「結局こうなるのかよ!」
「とにかく戦うぞ!も気をつけろ!」
「う、うん!」





皆の光る爪に反射してクリスタラチュラの背中の水晶が薄く輝く。
綺麗だと思う余裕はなく、大きな足と目が不気味に動く度足が竦んだ。


その姿をしばらく追っていると、ある事に気が付いた。


クリスタラチュラはセネル達の速い攻撃についていけていない。
追いついたとしても必ず目で見てから攻撃をしているようだ。

不意を突くウィルのブレスにも弱く、
どちらかと言えばきっと耐久に特化した魔物なのだろう。

なら狙うべき個所は、鍛えようのない柔らかい箇所。





「…よし」





小さく、まるで自分を勇気付けるよう声を出し、腰の筒へと手を掛ける。
短剣を一つ取り出すその手は自分でも分かるぐらい震えていた。

相手の固い体を叩き続けるセネルの拳はそろそろ限界だろう。
大きなダメージを与えられるのはウィルのブレスくらいだ。

このまま長期戦が続けばこっちが不利になる。
ならば、と短剣を持つ手に力を入れた。

良く目を凝らして、近接するセネルとクロエとクリスタラチュラの間を確認して
一瞬の隙間に、持っていた短剣を勢いよく滑り込ませる。





「ッ…!」





短剣は敵の赤い目へと一直線へ飛んでいく。

それは唯一クリスタラチュラが防御する事の出来ない箇所。
短剣は見事にセネルやクロエを避け、クリスタラチュラの目へと命中した。

痛々しい雄叫びが水晶の森全体に響き渡る。

ボタボタと流れる何色とも言えない血を見て
私は罪悪感でいっぱいになった。





「よし!後少しだ!」





よろめき後退するクリスタラチュラにクロエは最後の一振りを翳す。
ハッと、声を上げたのは私とウィルだった。





「こ、殺しちゃ駄目!」
「殺すな!」




クロエの剣は相手を切り裂く寸前でピタリと止まる。
同時に拳を構えていたセネルも何事かと私達の方へ視線を向けた。





「クリスタラチュラは自分が負けると思ったら巣に帰る習性がある!
 だからもう放っておいても平気だ!」





その言葉の通り、クリスタラチュラは自らの足で
水晶の森の奥深くへと姿を消していく。

去っていく魔物の背を見て、 セネルとクロエは武器を下ろした。

背中の水晶は欠け、私達が立つ場所には痛々しさを物語るクリスタラチュラの血が残る。





「…ごめんね」





小さく、誰にも聞こえないように言葉を漏らした。

きっとセネルの元に届いていたら
「甘い」と言われ、また冷たくされるだろう。

でも、この罪悪感に慣れるにはもうちょっとだけ時間がかかりそうだ。





「ありがと〜みんな!あたしの為に戦ってくれて!」





何処からともなく現れたノーマは、私達に賞賛の拍手を送る。
私はその拍手を素直に喜ぶ事が出来なかったけど、「あはは」と笑ってみせた。





「誰のせいでこうなったと思っている」
「それにお前の為じゃない」
「全くだ」
「アハハ!ほんとほんと!」
「だ〜も〜!さっきからあんた等冷たすぎ!」





あの人助けが生き甲斐なクロエですら溜め息を吐いている。

そんな扱いを受けてもノーマはケロッとしていて
その大きな大きな瞳を輝かせて言葉を紡いだ。





「三人は爪術士で!一人は観察力有り!そんなに強いなら早く言ってよ!」





三人はまるでノーマの喋る言語が分からない、と言わんばかりに目を反らす。
私もただただ笑うだけで精一杯。

こんだけ邪険にされているにも関わらずあのテンションを保てるなんて
正直尊敬に値する。





「決めた!あんた等、あたしの仲間にしたげるよ!」
「は?」





無い胸を張るノーマの言葉に三人は驚き目を見開いた。





「うん、良いよ!大歓迎!」
はあ!?





パッと手を広げてノーマの案を快く受け入れれば
周りからは「信じられない」と言わんばかりに声が上がる。

ノーマはキラキラと瞳を輝かせて、私はそんなノーマにうんうんと頷いた。
もちろん、周りの目は反対の色一色だったけど。





「何でアイツの仲間にならなきゃいけないんだ」





誰が見ても分かるぐらい不機嫌なセネルは
ノーマが仲間になる事にとにかく反対らしい。





「だって、女の子一人は危ないし…」
「もう一回助けた、それだけで別に良いだろ」
「…でも、一人でここまで来れる子だよ?」
「…」
「相当の実力がある子だって私は思うんだけど、間違ってるかな?」





他の皆の意見も聞きたくて、私は一人一人の様子を窺う。

ウィルは顎に手を当て目を閉じている、どうやら何かを考えているらしい。
クロエは「確かに」、と首を縦に振った。

セネルに関しては何も言い返せないのか黙ったまま。
私を睨む瞳だけは相変わらずだ。





「…お前、名前は?」
「あたし?ノーマ・ビアッティ!」





「何を隠そう、凄腕のトレジャーハンターよ!」





誇らしげに胸を張る彼女を見てウィルは「そこまで聞いていない」と呆れた溜め息を吐く。

クロエはノーマのテンションに慣れ始めたのか
そんなやり取りにクスクスと笑みを零していた。





「…とにかく、森を抜けるまでは同行しよう」
「え〜抜けるまで?随分素っ気なくない?」
「目的地はお互い奥に進むと言う事で間違っていないだろう?」
「いや!絶対に仲間になってもらうんだから!」





我侭な態度が癪に障ったのか、ウィルは目を細める。

その拳がギリギリと握り締められているのを見て、
私はぽんぽんと大きな背中を擦った。

ウィルの限界が近いって分かると、こっちがヒヤヒヤしてしまう。





「…とにかく、先に進むぞ」





もう付き合ってられない、と言わんばかりにウィルはスタスタと奥へと進んでいく。
ノーマはその背中を追い「仲間になってよ〜!」としつこいぐらいに勧誘していた。

クロエはそんな二人を見守るようゆったりと歩き出して
残された私とセネルの間には嫌な沈黙が広がる。

さて、ここにいるもう一人は
一体どうしたら機嫌を治してくれるのだろうか。





「…意味が分からないな」
「あ、私もそう思う!」
「…アイツじゃなくて、お前がだよ」
「へ?」





またいちゃもんをつけられた、そう思ったと同時に
私の何処に意味の分からない行動があったのかを思い出そうと思考を巡らせる。

私はセネルにそんな事を言われるような行動を取ったつもりはない。
ただクリスタラチュラと戦って、ノーマの案に乗った、たったそれだけ。





「お前が一番反対すると思ってた」





何で?、そう聞く前にセネルの真っ直ぐな瞳に言葉が詰まる。





「アイツのせいで魔物と戦うことになった」

「アイツのせいで魔物に深手を負わせた…傷付ける必要のない魔物を傷付けた」

「…それを一番気にしてるのは、お前だろ」





「なのに何で仲間にするなんて言ったんだ」、
そう続けたセネルの問いへの答えは、時間がかかるものではなかった。

傷付けたくはなかった。
きっと今も、私達のせいでクリスタラチュラは痛みにもがいている。

でも、セネルが言っている事はきっと違う。





「…もし、魔物を傷付けたくないって我侭言って私が動いてなかったら、
 セネルもクロエも、ウィルもノーマも傷付いた」





大きく見開かれたセネルの瞳の中に自分がいる。
私を見たまま、セネルは固まって動かない。





「私、馬鹿だけど“誰が何より大事なのか”、理解してるつもりだよ」





きっと私が取った行動は正しかった。
そうは思わない人がいても、私は私の正しいを貫き通しただけ。





「分かったら、もうノーマの事悪く言わないで!」
「は…?」
「これから大事な仲間になるんだから、仲良くしようよ!」
「…本気で言ってたのかよ、あれ」





「俺は反対だからな」、そう言うとセネルは仲間の後を追い歩き始める。

セネルの歩幅はいつもよりほんの少し狭く
もしかして私に合わせてくれてるのかな、なんてちょっと期待してしまう。


その背中はきっと知らないんだろうな。
いつかノーマが本当に信頼出来る子になるって事を。

それを知った時、いつか言ってやろうと思う。
「私が言った通り、良い子だったでしょ!」って。

そんな日が来るのが本当に楽しみだ。
私は誰にもばれないよう、こっそりと笑みを零した。










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修正:11/12/10