相当深く潜っただろう、と顔を上げたと同時、外に通じる階段を見つけた。

地上からの光に皆の顔はパアッと明るくなり
やっと外に出れると言う開放感から足取りも軽くなる。





「やっと外だー!」





階段を登り外へ出れば、頭上には雲が流れる晴天の空が―――…





「…ない」
「まだまだかかりそうだな」
「嘘…」
さん、落ち込まないでほしいキュ」
「もうちょっとで、地上に出れるキュ!」





元気付けてくれるキュッポとピッポに「ありがとう」、と返事をし皆の後ろをトボトボと歩く。
いや、正確には歩こうとした、だ。





「な、なに!?地震!?」





急に地面が揺れ、ノーマが驚き声を上げる。
突然の出来事に私達は体勢を低くし地震が治まるのを待った。

数秒経ち、揺れが徐々に治まってくる。
余震の心配もないと分かると、皆はゆっくりと立ち上がり辺りを見渡した。





「こんな所でも地震が起きるのか…」
「地震じゃないキュ!長長悪魔だキュ!」
「ナ、ナガナガアクマ…?」





「変なネーミング」、とノーマが声を漏らすと
キュッポとピッポはそれ所ではないとあたふた体を動かし始めた。





「長長悪魔は恐ろしいヤツだキュ!」
「そうだキュ!長長悪魔のせいでキュッポ達は村を移転する事になったんだキュ!」
「ふむ…その長長悪魔と言うのは、どう言う魔物なのだ?」
「今、まさに!」





「皆さんの後ろにいるキュ!!」





叫びにも似たキュッポの声。
それと同時に自分の体を覆うように、大きな影が被さる。

急に視界が暗くなった、そう感じると同時、嫌な予感に汗が伝った。





「ま、まさか…」





ギチギチと音を立てながら振り返り、ゆっくりと視線を動かせば
そこには正しく、ピッポ達が言う恐ろしい魔物の姿があった。

毒々しい色、皺くちゃの皮膚。
そして、その体に無数に付いている唇と歯。





「うわ、わ、わ…!」
「皆さん、早くこっちに逃げるキュ!」
「き…気持ち悪い!気持ち悪いー!!」
「良いから走れ!!」





グイ、と半ば乱暴に腕を引っ張られ足がもつれる。

今ここで転べば間違いなくあの魔物に接触する。
殺されると言うよりも、あのグロテスクな体に触れる事が何よりも嫌だった。


とにかく今は逃げる事が先決だ。
私は足の疲れも忘れ、とにかく全速力で前へ進んだ。

…でも、そう簡単に敵は私達を逃がしてくれない。





「ッ行き止まり…!?」





私達の目の前に立ちはだかるのは赤い扉。
その扉にはドアノブが存在せず、一見模様の描かれた岩の壁だ。

すぐ後ろにはあの長長悪魔が迫っている。

私の手を引っ張っていたセネルは一つ舌打ちをすると
クロエの名前を呼び、敵の足止めをし始めた。





「今の内に早くそこを開けろ!」
「あ、開けろったって、あたしとウィルっちだけじゃ!」
「ッシャーリィ!」





ハッと気付きその名前を呼べば
恐怖でカタカタと震えていた少女はビクリと大きく体を跳ねらす。

瞳には涙が溜まり、今にも腰が抜けそうだった。
私はそんなシャーリィを無理に引っ張り、扉の前へと駆け足で連れて行く。





「手、伸ばして!」
「え?」
「こう!こうやって、早く!!」





私が両手をグ、と伸ばす姿を見て
シャーリィは混乱しながらも自らの両手を突き出す。

それと同時、赤い扉は眩しいくらいの光を放った。

眩しさに目を瞑り、そして開いた時には扉は姿形も消えている。
眼前に広がるのは青々とした木々だった。

いとも簡単に開いた扉を見てノーマは「どうして、」と一つ言葉を零す。
だけどそれを説明している時間はない。

私は足止めをしてくれているクロエとセネルに声を掛け
シャーリィを安全な場所へと避難させる為一足早く地上へと出た。





「皆、早く!!」





外へと一歩足を踏み出した途端、長長悪魔の様子が変わった。
苦しそうに体を捻らせ、苦痛から叫びを上げている。

そんな姿を見て一度は何が起きたか分からなかった仲間達も
相手の隙にもう一度武器を構え直し走り出した。





「どうやら、日の光に弱いらしいな…!」
「ならば今しとめるぞ!」





先程の強さとは一転、長長悪魔は大分参っているようだった。
回復も上手く回っているし、長期戦であってもこれは勝てる。

そう確信した時、私は仲間のある異変に気付いた。
味方と敵の間、クロエが地面に剣を突き刺し蹲っているのだ。

様子がおかしい、と慌てて駆け寄るとクロエは苦しそうに胸を押さえ悲痛に声を上げている。





「ッく…!」
「クロエ!?」





蹲るクロエの顔を覗けば、その異変はすぐに分かった。
目が充血していて、肌が薄く変色している。
それは、私が良くゲーム内で目にしていた毒の症状に似ていた。





「大丈夫!?」
「も、問題ない…!」
「体も震えてる…待って…!」





無理に動こうとするクロエを制止し、私は必死に毒を治す方法を考えた。

最悪な事に私の手元には毒を治す道具はない。
あるのは敵を攻撃する為の短剣だけ。

でもブレスは使える。
攻撃のブレスは余り使いたいくないけど、治癒術であれば問題ない。
そう信じ、クロエの腕を掴む手に力を入れた。

毒を、毒を治す魔法…!
なんだっけ、どうするんだっけ…!





「ア、アンチドート!」





必死に考え、搾り出した答えだった。
そしてすぐに気付く、「ああ、これゲームが違う」、と。

ただ私の想いが伝わったのか、突然現れた光はクロエの体を包み
クロエの症状は見る見る内に消えて行く。

「出来た」、と呆けている私を置いて
クロエは「助かる!」と礼を言い再び仲間の元へと戻って行った。





「…結果オーライ?」





まぐれであってもとにかく助かった。
ホッと安堵の息を漏らすと同時、長長悪魔の大きな悲鳴が空気を揺らした。

長長悪魔はクロエの一振りを最後に体をふらつかせ、ズシンとその場に崩れ落ちる。
辺りを舞う砂埃に目を細め、私はその光景を見つめていた。


辺りがシン…とする。
長長悪魔の息を吸う音は聞こえない。


勝てた、生き残れた。
誰もがそう確信した時、岩場に隠れていたピッポ達が顔を出す。






「やっぱり皆さんは本物の戦士だキュ!キュッポの目に狂いはなかったキュ!」





嬉しそうにダンスするキュッポにセネルとシャーリィは肩を並べ笑っていた。

クロエも頬を朱に染めて、そのダンスに釘付けだ。
勿論私も、キュッポの可愛い容姿にたまらず声を上げる。

でも、そんなキュッポの可愛さに気付かず別の物に魅了されている者が一人。





「大陸にも環形動物は多いが、ここまで巨大化する種は初めてだな…」
「おーい、ウィルさーん」
「ああ、折角なら生け捕りにすれば良かった…なんて勿体ない事を」
「…」
「いや、しかしまだサンプルは取れる…血液と皮膚と、それと…」





長長悪魔を舐めるように見て「凄い」と言うウィルの感性は良く分からない。

私ならこんなのが道端にいたら確実に失神する…。
凄いなんて正気の沙汰じゃない、と溜め息を零し辺りを見渡した。


キュッポとピッポは私達を外まで案内すると洞窟の奥へと戻って行った。
最後まで律儀にお辞儀をする二匹にセネルとシャーリィは笑みを浮かべながら手を振っている。

一方、クロエとノーマは一雨来そうな曇った空をジッと見つめていた。
クロエの横顔は少し寂しそうで、何となく声を掛けてはいけない気がした。





そして私は一人、輪から離れ崖から下を見下ろした。





未だここがゲームの世界だと言う事が信じられない。

こんなにもたくさんの事が起きたのに未だ実感が沸かないなんて、と一人笑う。
もうそろそろ慣れても良い頃なのに、まだ少し手が震えていた。

でもきっと、その内慣れる。
ううん、慣れなきゃ、この環境に。

拳をギュッと握り、すうっと深呼吸をし気合を入れる。
そして仲間の元に戻ろうと体の向きを変えようとした時―――…

…―――ゾクリ、と寒気がした。





「ッ…!?」





いつの間にか眼前に、見た事ない男がいる。

緑色の髪、口元を覆い隠す鉄のマスク、手中で妖しく光るナイフ。
相手の細い瞳の中に映る私は驚き目を見開き震えていた。


カッシェル…!


相手が誰か把握した瞬間、体がズンと重くなる。
恐怖に体が動かなくなり、震えた唇を動かすだけで精一杯だ。





「よく気付いたな…」
「ッ…!シャーリッ…!?」
「でも、遅い」





「早く逃げて」、そう手を伸ばし走り出した時にはもう遅かった。

ヒュッと風を切る音がすぐ耳元で聞こえる。

背後から襲いかかる敵の気配を無視し、なりふり構わず走ろうとすれば
ドッと脳が揺れ、そのまま前へと倒れこんだ。

感じた事のない衝撃に息が詰まる。
痛みを我慢して背後に視線を向ければ、カッシェルが手刀を構えていた。

いや、正確には構えているのではなく既に私に打ち込んだ後なのだ。





!?どったの!?」





伏せる私に気付いた仲間達が何事かと駆け寄ってくる。
カッシェルは既に何処かに隠れた後だ。

ぐらぐら頭が揺れる。
首の後ろがジンジンと痛い。

痛くて、喉が震えて、声が出ない。
「来ないで、危ないのはシャーリィだ」、そう叫びたいのに。





「ッ…!」
!今手当てを…!」
「ち、が…!」
「喋るな、まず呼吸を整えてから…」





「……リィ、が…!」





私の体を揺するウィルにしか聞こえないくらいの小さな声。
それが今出せる精一杯の声量だ。

だけどウィルは察しが良い。

驚き見開いた目をバッと上げると、私を回復するより先に辺りを見渡した。





「そんな、馬鹿な…」





私が倒れて、皆が駆け寄って来るまでに掛かった時間はたった数秒。

たった、たった数秒で助け出した仲間がまた連れ去られた。
叫び声も相手の足音も聞こえない、鮮やかとも呼べる程の完璧な技で。





「シャーリィ…!何処だ、シャーリィ!?」





シャーリィの名前を叫び、辺りを見渡すセネル。





「ッシャーリィ…!」





来た道、これから行く道、空の上、崖の下。
どこを見てもシャーリィの姿はなく、また敵の痕跡もない。





「そんな…いつの間に…」
「…ツラフ」
「…?」
「ヴァーツラフの軍の、ひと、り」





やっと声を絞り出す事が出来た私は、事を簡潔に説明する。

シャーリィを探すセネルの目が大きく見開かれ
握られた拳がギリ、と更に力を増した。





「ヴァーツラフ軍、だと…?」
「山賊のアジトを襲った、赤い軍団と一緒の奴等」





クロエは私の言葉に納得するも驚きを隠しきれていない。
ノーマは状況がつかめず「何?何なの?」と疑問符を浮かべていた。





「…やはり、シャーリィが狙いだったのか」





ウィルの冷静な反応に私は一つ頷いた。
セネルは唇を噛み締め、揺れる瞳で離れてしまったぬくもりを探している。

…当たり前だよ。
やっと日常に戻れる、そう思った矢先にまた連れ去られるなんて。

私がもう少し強ければこんな事には、と後悔の念が取り巻く。
過ぎた事を後悔しても何も始まらないと言うのに。





「…とにかく、まずは街に戻り情報を集めよう」
「……」
「セネル、良いな」





ウィルの言葉に皆は黙って頷いた。
その場で項垂れる、たった一人を除いて―――…。










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修正:11/12/10