街に着いた頃にはすっかり日が沈み、夜を迎えていた。
街灯や家屋から漏れる光が暖かく夜の街を包み
昼とは違う美しさについ声が漏れる。
「皆寝床はあるか?」
「私は宿をとってある」
「あたしも〜」
「セネルとは?」
元々遺跡船に滞在すると思っていなかった私とセネルに寝床等ある訳がない。
言葉には出さなかったが表情には出ていたのだろう。
ウィルは「そうか」と一言呟き頷いた。
「なら俺の家を使え。部屋は空いていないがソファーなら使える」
ウィルが言い出してくれなかったら、私とセネルは野宿する所だった。
この世界のお金すら持っていない私には例えソファーだろうと何だろうと有り難い。
「俺は少しやる事があるから先に戻っていてくれ。これが鍵だ」
「あ、ウィル」
セネルに鍵を渡しその場を離れようとしたウィルを止める。
「何だ?どうした?」
「私、手伝おうか?」
ウィルだけに無茶させるのも気が引ける。
世話になりっぱなしも申し訳ないし、少しでも役に立てればと思ったけど
ウィルは私の申し出にしばらく黙りこむと、こそっと耳元で何かを囁いた。
「セネルの様子がおかしい」
ウィルの言葉にきょとんとしながらも、チラリと後ろを盗み見る。
そこにはウィルの言う通り、放心状態と言っても過言ではないセネルの姿があった。
「…原因は分かってるけどね」
「だからに頼んでいるのだ」
「…は?」
まだ何も頼まれていませんが?
…と突っ込みたくなったけど、ウィルの真剣な瞳を見てグッと飲み込む。
「…何すれば良いの…?」
「セネルが何かしでかさないよう見張っていてくれないか」
つまりウィルは『シャーリィを一人で追わないように見ていてくれ』と言っているのだろう。
ウィルの目を見ていれば、それくらいは言葉にされなくても理解出来た。
「ついでに元気付けてくれるとそれはそれで有難い」
「そ、それは保証出来ないよ!出来る事ならしたいけど…」
「なら出来るさ」
「何でウィルが自信満々なのさ」
「頼む」
「…それで恩返し出来るなら」
「でも出来なくても文句言わないでよ!」、と付け加えれば
ウィルは「すまない」、とだけ言って皆の元へと戻って行く。
私もその背中を追うように小走りで輪の中へ戻り、別れの挨拶を交わした。
ノーマは一人一人に向かってブンブンと手を振り
クロエはにっこりと穏やかな笑みを浮かべ、二人並んで宿へと向かった。
ウィルは一人別方向へと消えて行き、残されたのは私とセネルだけ。
夜の肌寒い風に身震いした途端、疲れがドッと押し寄せた。
「よし!じゃあ行こうか…って…」
パッと横を見れば、セネルの姿がない。
何処へ行ったのだろうと見渡せば、セネルは既にウィルの家へと向かい歩き出していた。
慌てて追いかけ横へ並ぶ。
だけどセネルは私に気付いていないのか、どんどんと前へ進んでしまう。
「置いてかないでよ」
「…」
何を言っても黙ったままのセネルの横顔をこっそり覗く。
顔色が悪い…瞳も虚ろだ。
…当たり前だよ。
大事な妹とまた、離れてしまったんだから。
もらった鍵でウィルの家の扉を開けると
セネルは電気も付けず一目散にソファーへと向かった。
「ちょっと!」
「…何だよ」
「まだ寝るな!」
早速寝転ぼうとするセネルを制止し、ひとまず座るように指示をする。
不機嫌そうに前髪を掻き上げるセネルを私は睨むように見つめた。
「そこで座って待ってて!」
「冗談だろ…早く寝たいのに」
「良いから!」
大きな溜め息も聞こえない振り。
負けるもんかと精一杯声を上げたけど、私だってそこそこ眠い。
「…分かったよ」
そう言うと、セネルは大人しくベッドの背もたれに体を預ける。
私は「よし」と一つ頷くとその足で台所へと向かった。
冷蔵庫、拝借しまーす。
勝手に冷蔵庫を開ける事に罪悪感はあるものの、状況が状況な為仕方がない。
私はゆっくりと目の前の冷蔵庫に手を掛けた。
中には生活に必要な食材や飲み物が置いてある。
出来合いの物ばかりだと思っていたけど、どうやらちゃんと家事をしているらしい。
「偉いなあ」、と思いながら中を見渡す。
チラッと目に入った薬漬けの瓶は、敢えて見なかった事にしよう。
「…あったあった」
独り言を呟きながら私は一本の牛乳瓶を取り出した。
ウィルの事だから賞味期限云々については大丈夫だろう。
量もこれなら充分だ。
牛乳を小さな鍋へと移し火にかけて砂糖を入れる。
固まらないようにゆっくりと混ぜて、丁度良い温度になるまで続ける。
私の様子が気になるのか、ソファに座るセネルはたまに頭を動かしこちらを覗き見ていた。
だけど決して目を合わせようとはしてくれない。
埋まりかけた距離がまた元に戻ってる事に寂しさを感じながらも
私は出来上がった物を二つのカップに移し、ゆっくりとソファに近付いた。
「ん」
項垂れるセネルの前にカップを置く。
もう一つは自分のものだ。
セネルはまるで毒物を見るかのような目でカップを見つめていた。
何て失礼な、そうは思いながらもカップに口をつけて紛らわす。
「…何作ったんだ?」
「ホットミルク」
「…何で?」
「アンタの為」
そう言って躊躇もせずセネルの横にドサリと座った。
ああ、久しぶりのフカフカに暖かい飲み物。
幸せ、本当に幸せすぎる。
「体がぽかぽかするし、カルシウムも取れるし!今のセネルにはピッタリだね!」
「…っ!」
「猫舌?」
「温めすぎだろ…」
そう言いながらもセネルは、何処か懐かしそうな優しい眼差しでミルクの波を見ていた。
「何思い出してるの?」
「ん、いや…」
「?」
「昔俺が落ち込んでいる時も、作ってくれた人がいて…」
それ、私が知らない事だ。
セネルの返事を聞いて内心ちょっとだけ驚いた。
当たり前だ。
ゲームの内容だけが全てじゃないんだから。
「それってステラさん?」
「!?」
セネルは驚いているのか、それとも怒っているのか
何とも言えない表情で私を見ている。
どうやら私の予想は当たったみたいだ。
「…何で、」
「この世界の事、知りたくなくても知ってるから」
「……悪い」
「えー何でセネルが悪いの?」
「どちらかと言えば悪いの私じゃん?」、そう言いながら笑って見せれば
セネルはふいっと顔を反らし、再びカップの中へと視線を戻した。
「ステラさんの事思い出してるセネルは、凄く良い顔してるね」
「……」
「ステラさんの為にも、シャーリィを助けなくちゃね!」
「…ああ、だから急がないと、シャーリィが…」
「急ぐより、まずは落ち着かなきゃ」
持っていたカップを置いてその震える拳を包み込む。
銀色の髪が大袈裟に揺れた。
「セネルが一人ぼけーっとしてても大丈夫!皆がいるよ!」
「…」
「だから今は急ぐ必要もないよ!」
「……」
「大丈夫!絶対に上手くいくから!」
「…どうして、そんな事言えるんだよ…!」
「何の保証もないくせに…!」
拳が震えてる。
拳だけじゃなくて、声も。
前髪から見え隠れする瞳は大きく揺れていて噛み締める唇は白く変色していた。
「…セネルだからだよ」
「セネルだから、大丈夫なの」
言ってやった。言い切ってやった。
「それとも私だから?」と付け加えニッと意地悪く笑う私を
セネルは目を見開いて見つめていた。
…―――大丈夫、落ち着いて。
…――――私が支えてあげるから。
…―――――大丈夫、セネルなら絶対できるよ。
…――――――私、信じてるから…。
「私、信じてるよ」
「…―――ッ!」
ガタン!と大きな音を立て立ち上がる俺を
は口を開け、呆けた顔で見ていた。
今にも出てきそうな嗚咽を堪え、震える手で自らの口を塞ぐ。
視界がじんわりと歪み、「今はダメだ」「止まれ」と必死に頭に訴えた。
出てきてはいけない感情が、流れ出る。
絶対に、出てはいけない感情が。
「…セネル、お腹痛いの?」
「…」
「牛乳、腐ってた?」
「…違う」
「別に問題ない…上手かった」
の顔が見れず、俯く。
いつものなら、どうしたとしつこく顔を覗こうとするのに
その時だけは「やっぱ?」と一言零し、カップに口をつけるだけ。
まるで心の中を見透かされているようだ。
こいつはいつも、覗かれたくないと必死に拒めば必要以上にこちらに近付かない。
…会ってから感じてた違和感は、これだったのかと確信した。
命を落とすリスクがありながらも他人を守る強さも
少しズレていて、素直な気持ちを思いっきりぶつけてくる所も。
「んー!何か飲んだら眠くなってきちゃった!」
お節介で、煩くて、気が散ると思い無視をすれば
どこか悪い事をした気がして良心が痛んで。
「私、お風呂は明日入る事にしてもう寝るねー」
面倒見が良くて、人を慰めるのが上手くて、何処か恨めなくて。
…何故か、“知りたい”と惹き込まれる。
「セネル」
ゴロン、と目の前のソファに寝転ぶと、は目を細めゆったり笑う。
「おやすみ」
いつもみたいに「変なヤツ」、と馬鹿に出来ればどれ程良かっただろうか。
今はその、マイペースで何考えてるか分からないお節介っぷりに
死ぬ程感謝出来そうだった。
「ッ…ステラ…!」
小さく漏れた俺の声は少女の寝息に掻き消され
思い出もまた、涙となり落ちていく。
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...
修正:11/12/10