「…ん」
寒い、と眉を顰めて身震いを一つ。
薄手のシーツじゃ耐え切れない朝の冷気に目を開けゆっくりと体を起こした。
ぼう、とする私の目の前には既に出かける準備を整えたセネルが座っている。
…ただ、一点だけ昨夜と違う部分があった。
「何、その隈」
「…ほっとけ」
ぶすっとした態度。
でも、何かいつもより力無い。
「…昨日は迷惑掛けたな」
照れ臭そうに目を反らしてセネルは言う。
私は昨日の夜、熟睡してしまう前の事を思い出して「いえいえー」と軽く返事をした。
「美味しかったでしょ?」
「…」
「あれがただ牛乳と砂糖入れてあっためたものだなんて信じられないよねー」
「…そっちじゃないんだけど」
「へ?」
「いや、もういい」
セネルは小さくなるとふいっと目を反らし、その後何も言わなくなった。
私はただただ相手の意味不明な言動に小首を傾げる事しか出来なかった。
「二人とも、おはよう」
声が聞こえた方へと振り向けば、そこにはウィルの姿があった。
私達より遅く帰宅しヘトヘトなはずなのに
朝は誰よりも早かったのか、もう既にシャキッとしている。
朝のコーヒーを飲み干し、新聞も読み終わり、ウィルももう準備万端なようだ。
「クロエとノーマを既に呼んである。すぐに支度をしてくれ」
「…お、お風呂」
「……」
「入っていないのか」、と言わんばかりのしかめっ面。
そんなにキツく睨まれると、何も言い返せないんですけど。
「…急げよ」
「い、良いの!?」
「お前も一応、女子だからな」
「い、一応って…いや、でもありがと!」
「本当にすぐ出る!」とパタパタ走り出す私を見て
セネルは思いっきり溜め息を吐いていた。
ああもう人の反応なんぞ知るもんか、と脱衣所へ直行する私に対し
ウィルは何かを思い出したかのように「ちょっと待て」と制止の言葉を掛ける。
「今来ている服はカゴに入れておいてくれ」
「え」
「洗っておいてやった。あの服が良いんだろう?」
「脱衣所に置いてある」、そう付け加えると
ウィルは二杯目のコーヒーに口をつける。
初めは何の事やらと首を傾げるばかりだったけど
ウィルの言葉がカチ、とピースのように当てはまり一つの答えに辿り着いた。
「服、洗ってくれたの!?」
「そう言う約束だったろう」
「っ…ありがとう!本当にありがとう!」
「良いから、クロエとノーマが来るぞ」
「うん!ありがとう!ウィル大好き!」
「ッ!?」
そう言い残し、一目散に脱衣所へ走り去る私には
コーヒーに咽せるウィルの姿なんて見えている訳もなく。
「へえ…ウィルでもそう言う事に動揺するんだな」
「が唐突なだけだ…」
「…本当、そう思う」
「…?」
また、二人が私の悪口に近い会話をしている事にも全く気付いていなかった。
湯船に浸かっている時間はないと判断し、
私はシャワーで髪と体の汚れをしっかりと落とした。
…夢だけど、夢じゃないんだよな。
慣れない靴でたくさん歩いた事も、
見た事ない景色に戸惑った事も、
ここがゲームの世界だと言う事も。
全部が全部、現実の事なんだ。
だけど「疲れた」と弱音を吐いている時間はない。
こうしてる間にもシャーリィはきっと辛い目にあっている。
とにかく急がなきゃ、と私は髪も乾かさずに脱衣所に置かれた服を身に纏った。
太ももまで隠れる大き目のセーターに短いデニムスカート。
短剣の入っている筒を腰に巻きつけて、その服に合いそうなブーツを借りる。
鏡に映る自分を見て、何故か涙が出そうになった。
ウィルの気持ちは有難いが、もうあんなピチピチ全身タイツは着たくない。
着ろと言われたって着るもんか、と私は私自身に誓った。
「おはよ〜!!」
「ノーマー!おはよう!」
まるで家主のようにソファでくつろぐノーマに、私は思いっきり手を振る。
「あれ?服変えたんだ?」
「こっちが本当なの!」
「ふ〜ん」と興味なさげな返事をしながらも、ノーマは私の服を舐め回すように見つめている。
やっぱり珍しい物には目がないんだな、と思ったけど
ノーマに限らず、隣にいるクロエも同じように私の服をじいっと見つめていた。
「クロエもおはよ!」
「あ、ああ。おはよう」
ハッと我に返りゆったりと笑うクロエに私も笑みを見せる。
空いている場所にポスンと座り、隣で肘を付くセネルにも挨拶を交わした。
「セネルも、おはよ!」
「…?朝から会ってるだろ?」
「でも挨拶はしてなかった!」
あくまでマイペースな私にセネルは一度溜め息を吐き「そうだな」と言う。
「そうだな」って、それは挨拶じゃないんだけど。
むっとする私を余所に、ウィルは全員が集まったのを見計らい
昨晩調べた事と今後についての話を始めた。
「まず、昨日俺達を襲った奴等だが…統括している者の名は『ヴァーツラフ・ボラド』」
「大陸西部の軍事国家、『クルザンド王統国』の第三王子だ」
皆の顔付きが一瞬にして変わる。
ピリッとした緊張感につられ、私は知っている情報にゆっくりと頷いた。
「そのヴァーツラフの腹心が、トリプルカイツと呼ばれる三人の幹部」
「炎のブレスを得意とし、『閃紅』の通り名を持つメラニィ」
「変幻自在の戦いぶりで名高い『幽幻』ことカッシェル…コイツは昨日、が会った奴だな」
確認とも取れる言葉にもう一度頷く。
余計な事は言わず肯定の意を示せば、ウィルも一つ頷き話を再開させた。
「剛剣の遣い手、『烈斬』のスティングル。噂によると仮面の剣士らしい」
チラリと、誰にもばれないようクロエの様子を窺う。
クロエは拳を強く握り締め、歯を食い縛りウィルの話を聞いていた。
それもそのはずだ。
話の中心となっているのはクロエにとって祖国の敵なのだから。
「大陸での前線を放り出してまでここに来たがる理由があるとすれば…」
「…理由が、シャーリィだとでも言うのか…?」
「それは分からない」
一体何の目的で彼等が遺跡船に乗り込んできたのか。
私はそれを知ってはいるが、口に出して良いのか分からず目を伏せる。
長く続いた沈黙を破ったのは、またしてもウィルだった。
「俺達は、まだ知らない事が多い」
「…そう思ってだな、『不可視のジェイ』と連絡を取っておいた」
ウィルの言葉に自分でも驚くくらい体が跳ねる。
思い出してはいけない事を思い出し、サアッと血の気が引いていくのが分かった。
「…ジ、ジェイ?」
「遺跡船随一の事情通と名高い、情報屋だな」
「ならもう既に知っているかと思ったが」
「…あはは」
知っていますとも。
初対面でその『不可視』のプライドに傷を付けたんデスから。
「んじゃ、まずはその人に会うって事でオッケー?」
「ああ、もう既に指示がある。『内海港』に向かうぞ」
「分かった」
話がまとまった所で皆が同時にソファから立ち上がる。
「…変わったな」
「へ?」
「セネルだよ」
仲間達の背を追う私にウィルが小さな声で言葉を紡ぐ。
前方にいる仲間達には聞こえないくらいの、本当に小さな声。
「話を、しっかり聞いていた」
「…」
「昨日までは長話に付き合う余裕もなかったのに」
「…た、確かに…?」
「のお陰だな」
そう言って笑うウィルは先程まで真剣に話をしていた人とは別人みたいだった。
優しい笑顔にドキ、としつつも「評価高すぎ」と手を横へ振る。
「私、何もしてないよ?」
「何かしたから、変わったのだろう?」
「そう…なのかな」
「感謝するよ」
「お前なら出来ると思った」
そう言って、ウィルは優しく私の頭を撫でた。
私は本当に何もしていない。
それでもウィルが言うのならそうなのかな、と調子に乗ってしまう。
「…どういたしまして!」
人に認めてもらえた事が嬉しくて、私は子供みたいに大きな口を開けて笑った。
私がいる事に意味がある。
思い違いかもしれないけど、そう言ってもらえた気がしたから
私はずっと、この暖かいぬくもりを忘れないと心に決めた。
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修正:11/12/10