「クーリッジ、眠れなかったのか?」





内海港を目指す途中、前方で離すセネルとクロエの姿に目を向けた。
心配そうに様子を窺うクロエに対し、セネルは「ああ…」と面倒臭そうに返事をする。

…これの何処が変わったのか。

そう思いながらも観察を続ければ、セネルは大きく伸びをし会話を続けた。





「これくらい平気だ」
「そうか…」
「クロエこそ、疲れは取れたのか?」
「あ、あぁ…大丈夫」





…凄い。
セネルが会話出来てる…!

これは本当に凄い事だ!と一人ガッツポーズをし感動に浸っていると
「セネセネ〜」と能天気な声が聞こえハッと我に返る。

見れば二人の間にノーマが割り込み、ニヒヒと厭らしく笑いながらセネルを見つめていた。





「本当はに欲情して眠れなかったんでしょ〜?」
「なっ…!」
「ソファだもんね〜近いもんね〜」





「男の子としてはしょうがないよね〜」とからかうノーマに
何故かからかわれていないクロエが赤面している。

一方セネルは「うるさい」と一言言うとスタスタと先へ行ってしまった。





「…否定はしなかったね?」
だから何





頼むから私を巻き込むな、とオーラを放っているのにも関わらず
ノーマはお構いなしに私に近付いてくる。

とにかく逃げなきゃ、と走り出そうとする私を
ノーマは細身じゃ考えられないくらいの力で掴み阻止をした。

本当に何もないから、とひたすら言い続け喉はカラカラ、
港に着く頃には体が疲れたと悲鳴を上げている。

一方私を追い詰めたノーマは「ああ楽しかった」と言わんばかりにケロッとしている。
…いつか仕返ししてやる、と心に決めて私は皆の輪の中へと加わった。










港はウェルテスの街以上にガヤガヤと騒がしく人が多い。
こんな所で特定の人間を探すなんて、とても簡単な事じゃない。

ましてや、容姿を知らない情報屋を探すなんてほぼ不可能だ。
(勿論私は知っているけど)





「ウィルっち、次の指示はどこ〜?」





港のあちこちを見ながらノーマはウィルに声を掛ける。





「次の指示は聞いていない…ここでまた何かあると思うのだが」





そう言うと、ウィルまでノーマと一緒に辺りを見渡す。





「少し別の場所を探してくる」
「クーリッジ、私も行こう」





セネルとクロエは港の中でも一番の施設、酒場へと入って行った。
残された私達はどうする事も出来ない状況にただただボーっと立ち尽くす。

どうしようか、誰かがそう口に出しそうなくらいの時間が過ぎた時
ふと前を見れば、こちらに近付いてくる少年が一人。

…ジェイだ。





「あの…すみません」





前から来たにも関わらず、姿に気付いたのは少年がここへ来る三歩手前。
皆はそれを人混みのせいだと思っているようだったけど、私だけは違う。


…話しかける事が前提なのに、わざわざ気配を消さなくても…。


思ったけど、口には出さない。
むしろ出したら殺される。

何も言うなよ、と言うオーラが
その少年からジワジワと、私に向かってだけ放たれているのだ。





「ウィル・レイナードさんですか?」
「ああ、俺だ。…君は?」
「港で働いている者です。…これを」





そう言って白い手が差し出したのは、白い封筒。

ウィルはそれに見覚えがあるのか慌てて少年から受け取ると
綺麗に封を切り中を確認した。

私も邪魔にならないよう、脇からこっそりと手紙を盗み見る。





「…?」





一瞬我が目を疑い、強く擦ってもう一度見る。





「……あれ…」
「どうかしたか?」





目を擦っては見て、更に擦っては見てと不可解な行動を取る私に
ウィルは手紙から視線を外しそう問うた。





「いや、大した事じゃないんだけど…」
「?」
「ただ、ちょっと字が…」
「字?すっごい綺麗な字だよね〜」
「いや、それが…」





「読めないんだよね」





私の言葉にウィルとノーマはバッと顔を上げ驚き目を見開いてた。
近くにいるジェイも、あからさまな態度は取らないが微かに指先を動かす。





「不思議だね、話は出来るのに…」





今まで気付かなかった私も私だけど、本当に一文字も読めないのだ。
突然突きつけられた現実に、何となく今まで感じていなかった距離を感じた。





「ま、ま〜ま〜!話は出来るんだし良いじゃん!」





「ね?」と言いながらノーマは私の肩に腕を回してニッと微笑む。
ウィルもノーマの言葉に同調するよう頷いてくれた。

仲間の反応にホッと安堵の息を漏らすと「ごめんね」と言い話題を戻す。




「手紙、何て書いてあるの?」
「ん?あぁ…」





「『猛りの内海を越えた先にある、湖までお越し下さい』…だそうだ」





丁寧に読み上げた後、ウィルは手紙をたたみポケットへしまった。

ノーマは次の目的地が分かって安心したのか
さっきよりも元気良く「よっし!」と声を上げる。





「決定だね!早速レッツゴ〜!」
「待て。俺等には船がない」
「…なら、僕の船を貸しすよ」





ここだと言わんばかりに、優しい笑みを浮かべてジェイは言う。





「丁度、小型船の整備をしていた所です。どうしても必要なのでしょう?」





その笑顔は無邪気な少年そのもの。

彼の提案にウィルとノーマは互いに目を見合わせた後
人の良さそうなその容姿に騙され頭を下げた。

騙される、なんて言い方は自分で言っておいてちょっと酷い気がする。

自分の船を知らない人間に貸すなんて、きっとそう簡単には出来ない。
お仕事の為とは言え、こう言った気配りが出来るジェイはやっぱり優しいんだろうな。





「ならば、セネルとクロエを呼んでこないとな」
「じゃ〜あたし!あたしが行くよ!」
「頼む。俺とはひとまず先に船に乗せてもらおう」
「あ、うん」





言われるがままウィルの後へついて行き、
私達は小型船の近くで仲間の到着を待つ事にした。















揺れる波が太陽に反射してキラキラ光る。
海は私が住んでいた所よりもとても穏やかで綺麗だった。


このままずっと眺めていられたら良いのに。
…と、思っていたのはどうやら私だけのようだ。


クロエは出発してすぐに船酔い。
今はノーマに看てもらいつつ、キャビンで体を休ませている。

本当は私も行きたいけど、ノーマに
「クーは人がたくさんいると逆に気を遣うから」、
と言われ看病を任せる形になってしまった。

セネルとウィルは今後の事ばかりで、海なんて本当にどうでも良さそう。
こんなに気持ち良いのに、なんて勿体ないんだろう。










「すみません」





ふと、誰かが話す声が聞こえ視線を上げる。
そこには黙って突っ立っていたセネルに声を掛けるジェイの姿があった。





「…俺か?」
「はい、あなたです。…お兄さん、船の操縦はお手の物ですよね?」
「何で知って…」
「少しばかり疲れたので、操縦、変わっていただけます?」
「お前…確か…」





「良いですよね?…いつぞやの、お兄さん」





ジェイは、いつもみたいにニッコリ笑ってる。
セネルの表情は見えなかったけど、何となく空気が変わった。





「お前、この前…!」
「セネル、俺からも頼む」
「なっ…!ウィル…!」
「疲れたら俺が変わろう。だからひとまず、操縦はお前がやれ」
「…分かったよ」





ジェイとセネルの間にウィルが入ると
握り締められたセネルの拳がゆっくりと解かれていった。

会話は聞こえなかったけど、チラッと見えた横顔はとてつもなく不機嫌だ。

船の操縦者がジェイからセネルへと変わり、その横でまるでセネルを見張るようウィルが立つ。
一体何が起きたのだろう、と首を傾げつつも然程興味が沸かず、私は一つ欠伸を零した。


そしてゴロンと甲板に寝転がり、空を見上げる。


海とは違う空の青と、流れる白い雲。
その流れを追っていると、自然と目蓋が重くなる。

きっと、すぐに忙しくなる…なら休める時に休んでおこう。
少なくとも、今なら休んでいても皆に迷惑は掛からない。

そう思い、ふっと目を瞑り意識を手放しかけた瞬間
目蓋の裏を通して、辺りが暗くなるのを感じる。


太陽が雲に隠れただけかな。
いや、もしかしたら一雨くるのかも。


色々と憶測はしたけど、目を開ければ分かる事だと閉じた目をもう一度開く。
だけどそこには、私の予想を遥かに超えた現実が待ち構えていた。





「こんにちは、お姉さん」
「…う、わ!?」





目を開ければ、私を覗き込むように見つめるジェイの姿。
逆光からその表情は伺えなかったけれど、ゾクリと寒気がし勢いよく起き上がる。

ザッと這うように距離を置き、バグバグ鳴る心臓を押さえる。
ジェイはニッコリ、背後にある太陽よりも眩しい笑顔を私に見せた。





「隣、良いですか?」
「う…」
「良 い で す よ ね ?」
「…ど、どうぞ」





こんな怖い笑顔が世界に存在していて良いのだろうか。
口には出さなかったけど心からそう思った。





「この前の話の続きをしましょうか」





私の隣に座り足を投げ出すジェイの横顔は
笑顔からコロッと真面目な表情へと変わる。

風に靡く黒い髪は私よりサラサラで艶々してて、凄く綺麗。

大きな瞳が数回瞬きし、柔らかそうな唇が滑らかに動く。
誰もが見惚れるその容姿に私も例外なく虜になった。





「やっぱり可愛い…」
「聞いてました?僕の話」
「あ、いや、聞いてるよ!」





冷たいジェイの声に大袈裟に体を跳ねらせ、慌てて答える。
ジェイはそんな私に気遣う事もなく、捲し立てるよう会話を続けた。





「知っているんでしょう?僕の事」
「…知らないです」
「とぼけても無駄ですよ」
「本当に、分からないよ」
「…嘘だ」





かわそうと思ってもすぐに突いてくる。

余裕のある相手に対し、私はとにかく焦っていた。
この猛攻を掻い潜る言い訳を探す為、必死に思考を巡らせる。





「ち、直感!」
「…はあ?」
「直感で知ってるの!」





突拍子のない答えにジェイの気の抜けた声を出す。
なんか意外、と笑いそうになるのを必死に堪えた。





「真面目に答えて下さい」
「真面目だよ!大真面目!」





今度は目を見て、はっきりと言ってみせた。
私相手に芝居をするのも疲れたのか、ジェイは呆れた瞳でじとっと私を見ている。





「…直感で何処まで分かるんですか?」
「全部!」
「僕の事も?」
「それは教えない」





シー、と口元で人差し指を立てればジェイは一瞬目を細め
苛立ちを露にした後溜め息を吐く。





「…もう良いです」





疲れた、と言わんばかりに立ち上がるジェイに
私は「あれ?」と声を漏らす。





「もう追求しないの?」
「貴女に追求するだけ無駄と言う事が分かりました」
「…暴力に出るかと思った」
「何か言いました?」
「い、いえ何も!」





やっぱり、ジェイはジェイだ。

物分かりの良さが他の皆とは比べ物にならない。
モーゼスと比べればそれこそ天地の差だ。

もう一度溜め息を吐き、ジェイは躊躇いもなしに私から離れて行く。
去って行く背中を見て、私は何か言わなきゃいけない気がして慌てて声を掛けた。

…それが一番、ジェイがして欲しくない事だって事も忘れて。





「ジェイ!」
「ッ!?」





名前を呼び、止める。
無視をされないようにと、出来るだけ大きな声で。

そして自分がやってしまった事に気付き「あ」と声を上げた時にはもう遅く
ポケットに入るジェイの手がギリ、と何かを掴むよう動いた。

ぽかんとした表情でこちらへ振り返るセネルとウィル。
キャビンから顔を出したノーマはキョロキョロと瞳を動かし辺りを見渡す。




、今『ジェイ』って言った〜!?」





ノーマが言葉を発した刹那、ブチッと何かが切れる音がして
私の方へと振り返るジェイの顔は、酷く引きつっていた。

ジェイはカツカツと靴音を鳴らして私に近付くと、胸倉を掴む勢いで顔を近付け
先程よりも、もっともっと低い声で私に言葉を投げつけた。





「余計な事を…!」
「ご、ごめんなさ…」
「僕が欲しいのは謝罪じゃないんですよ…」





そのポケットに入れたままの手が、凄く怖い。
なんて反論する事も出来ず、降参の意を示すよう両手を前に出し顔を背けた。

だけどジェイはそんなんじゃ許してくれない。





「それなりの理由があるんですよねえ?名前を呼んでまで僕を止めた理由が…」





マジギレと言うのは、正にこう言う事なんだろう。

親や先生に怒られるのとは訳が違う、
殺意の篭った瞳に私は涙を溜め引きつった笑顔を返す事しか出来ない。

とにかく早く宥めなきゃ、と慌てて言葉を紡ぐ。
今度はちゃんと、ジェイの質問に答える形でしっかりと。





「お、お礼を言いたくて…」
「…はい?」
「さっき、押せ押せで追求しないでくれたから」
「…」
「だから、本当、ありがとう」





相手を逆撫でしないよう深々と頭を下げた。

よし、これで大丈夫!、と頭を上げもう一度ジェイの顔を見る。
だが予想に反して、ジェイは思考が停止しているのか瞬き一つしていない。





「あれ、ジェイ?」
「…」
「おーい、ジェイー?」
「……もしかして、それだけですか…?」
「あ、うん、そう。そうなんだ」





「ちゃんと言っとかなきゃと思って」、そう笑い頬を掻けば
さっきよりも大きなブチッと言う音が耳元でハッキリと聞こえた。





「信じられない…」
「え?」
「冗談じゃないですよ!貴女のせいで僕の計画が台無しだ!」
「わ、私のせいって…!」
「意味の分からないお礼一つで計画が潰されたらたまったもんじゃない!!」
「い、意味分からないって何さ!私にとっては重要な事なんだから!」





ギャーギャーワーワー騒ぐ私達に
真意の追求も出来ずセネル達はただただ目を丸くしていた。

呆然とする仲間達にも気付かず
私は「分からずや!」と声を荒げジェイに反論し続ける。

その間、何回かジェイの名前を呼んだけど
当の本人がブチ切れているのはどうやらもうその事ではなかったらしい。

結局、私達の言い争いは論点を大きく外れながらも
目的地である猛りの内海まで続いた。










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修正:11/12/10