陸に着く。
まだイライラしている。
道を歩く。
まだイライラしている。
モフモフ族の村に着く。
まだイライラしている。
「ジェイ、ごめんってば…」
「…まあ、どのみち正体はばらすつもりでしたから」
「そんな事言って、まだ根に持ってる」
「では代償として、貴女が僕を知っている理由を明確に説明して下さい」
「無理」
何週も何周もしている私達の会話に
周りの皆は聞き飽きた、とげっそりとしている。
ジェイはそんな周りに目をやると大きく溜め息を吐いて
私に向かいニッコリと、嘘の笑顔を見せた。
「もう良いです。本当に怒っていないですから、ご心配なく」
「絶対嘘だ…」、そうは思ったけどここで本音を言えば先程の繰り返し。
「…ありがと」
ここでの失敗はいつか巻き返そう。
そうすればジェイも本当の笑顔を見せてくれるはず。
ポジティブに考え笑顔を見せれば、ジェイは目を見開き瞬きをする。
だがすぐに私からふいっと目を反らし、村の奥へと歩いて行ってしまった。
「わ〜!ホタテがいっぱい!」
「本当…可愛い…」
モフモフ族の“村”と言うだけあって、住民はジェイ以外全員モフモフ族。
ノーマもクロエも、勿論私もモフモフ族の虜。
じめっとした敷地にあるその村はまるで楽園だ。
「…ところで皆さん」
先を行くジェイが、再びこちらを振り返り私達を見る。
「そのお連れのお嬢さんは誰です?」
そう言うと、ジェイは掌でとある方向を指した。
その方向は間違いなく私の方だ。
「…です」
「知ってますよ、馬鹿にしてるんですか」
「だ、だって私の方指して…!」
「貴女じゃなくて、その後ろ」
そう言うと、皆の視線は私から私のやや後方へと集まった。
後方から呼吸が聞こえる。
モフモフ族でも私達の呼吸でもない、潜むような小さな呼吸。
そこにいたのは私とウィルしか知らない、幼い女の子だった。
姿がばれたと分かると大きな瞳に涙を溜めて
自分に集まる視線を振り解こうと、私達から距離を取る。
「ハリエット…!?」
目を見開き、ウィルは震えた声で少女の名前を呼んだ。
「…何故こんな所に…!」
「ずっと船の下に隠れていたみたいですね」
「何…?」
「僕等が船に乗る前に忍び込んでいたのでしょう」
淡々と説明するジェイの言葉に動揺を隠し切れないウィル。
その様子を見て頭に疑問符を浮かべる仲間達。
「…んで、結局誰なのよ?」
ノーマが覗き込むよう少女に近付くと、少女は警戒しまた一歩後退する。
「レイナードの知り合いか?」
少しでも警戒を解こうとクロエは身を屈め少女に向かい微笑んだ。
だが警戒は解けず、少女はモフモフ族三兄弟の三男、ポッポの後ろに隠れ
こちら…正確にはウィルを潤んだ瞳で睨み続けていた。
「…俺の娘だ」
険しい表情のままウィルは言う。
皆が驚き目を見開く中、私は彼の背中をじっと見つめた。
「止めて」
「今更、父親面なんてしないでよ」
初めて少女は声を出す。
その言葉はナイフよりももっともっと鋭い。
「犯罪者のくせに!!」
大きな瞳からボタボタ涙を零し、少女は声を絞り出す。
慌てて手を伸ばしてみたものの
少女は私達の間を縫って村の奥へと走り去って行った。
横にいるウィルの表情は複雑に歪んでいて
何と声をかけたら良いのか分からず、ただ虚しく伸ばした手を引っ込める。
こう言う状況になるって分かっていたのに、結局何も出来なかった。
「…とにかく、今はジェイに頼んだ依頼の方が先だ」
「…追いかけなくて良いのか?」
「俺にその資格はない」
そう言うとウィルは皆の輪から外れジェイに案内を催促する。
ジェイは小さく頷くと「こちらです」と先頭を歩き出した。
何も出来ないと分かっていたけど、その背中を追ってしまう。
「大丈夫だよ」、と軽々しく言う事も出来なければ
誰かを責めて同調する事も出来ない。
「…お前は、知っていたんだな」
ただ隣を歩く私を見て、ウィルは優しくも悲しい笑みを浮かべた。
「…知らないよ」
「…」
「知ってたのは子供がいて、実はウィルが二十八歳でハリエットが九歳な事くらい」
「意外か?」
「んーん」
「会った時からお父さんっぽいなあって思ってたから、全然」
本当の事を言って笑ってみせれば、ウィルも複雑そうに笑う。
きっと、今私に出来る事はこれだけだ。
それをウィルが良しとするかは分からない。
だけどただ黙って隣にいるだけで少しでもウィルが楽になれば。
それで仲間が笑ってくれるなら、ずっとこうしていたいと思ったんだ。
「さてと…」
村の奥地にある家に辿り着き扉を開ければ
ジェイは早速と言わんばかりに声を出す。
「いただいた依頼状によると、皆さんが知りたい情報は
“ヴァーツラフの所在とその目的”、でしたね?」
喋りながら絨毯の上に座るジェイに習い、皆は輪になって座った。
「シャーリィが無事かどうかも、教えてくれ」
「それは依頼状になかったけどなあ…」
「…分かる範囲で良いんだ」
「…まあ、今回は特別に」
そう言うと、ジェイは手に持っていた地図を地べたに広げた。
「現在、ヴァーツラフの本隊はこの辺りに野営しています」
スッと細く白い指がとある一部分を指す。
地図上で言うと、中心よりやや東に当たる場所だ。
「シャーリィさんはヴァーツラフ軍の別働隊に護送されて、今この辺りを移動中です」
次にジェイの指が示したのは本隊がある場所よりも北東の位置。
大陸の切れ目か川か、分からないけどその付近を移動しているらしい。
「ちなみに僕達がいるのは、ここですね」
シャーリィが護送されている場所から西に行った所。
私達が今いるモフモフ族の村は本隊と別働隊の間に位置しているみたいだ。
「本隊と別働隊は、この位置で合流する気でしょうね」
「本隊は今何をしているんだ?」
「『雪花の遺跡』に入ったようです」
ジェイの説明を真剣に聞くクロエの横
ノーマは「なんと!」と大きな声を上げ目を見開いた。
「ノーマ、知っているのか?」
「トレジャーハンター泣かせの有名な遺跡の一つだよ」
「知らないの?」と言わんばかりに声を上げたノーマは
首を傾げる皆に対し簡潔に説明をした。
「あたしの聞いた話じゃ、一番奥まで行った人はまだいないんだって」
「ノーマさんの言う通りです」
「『雪花の遺跡』は入り口のみならず、中にも封印が施されているんですよ。
その厳重さから、遺跡船の重要な秘密が眠っていると噂されています」
「シャーリィさんの力を使って、遺跡の秘密を手に入れる…」
「おそらくそれが、ヴァーツラフの狙いでしょう」
憶測とは言え、ジェイの言っている事は理にかなっている。
セネルもそれを理解しているのか、何か吐き出したい気持ちを我慢しながら口を噤んだ。
「秘密とは一体何なのだ?」
「憶測ですが、ヴァーツラフの祖国で起きている戦争と絡んでいるのでしょう」
「戦争…?」
「戦争の勝敗に影響を与える程の兵器が眠っていたとしても不思議じゃありません」
“戦争”と言う言葉にクロエはそわ、と体を動かし
セネルは事の重大さに顔色を変える。
「どうすれば良いのかな?」
「そこは皆さんで考えて下さい。僕の仕事はここまでです」
「ジェイが一番良い作戦を考えられるのに?」
「意外とさんの足りない脳で考えた作戦が上手くいくかもしれませんよ?」
「…意地悪いなあ」
「何か言いました?」
もう関係ない、と言わんばかりにジェイは肩膝を立てそっぽを向く。
それでもこの場から離れようとしないのはジェイの優しさだ。
「ジェイの力があれば、全部上手くいくのに…」
「…」
「ジェイが考えた作戦なら、絶対成功するって知ってるのに…」
「、……」
「ジェイがやってくれなきゃ私も皆もキュッポ達も悲しむの―――…」
「ああ、もう!分かりましたよ!」
チッと舌打ちをするとジェイは真正面にいる私をギロリと睨む。
私はそれに怯む事もなく、心の中でガッツポーズをしながらニッと笑った。
「作戦は僕が考えます。ヴァーツラフを止められる方法を」
「良いのか…?」
「良いですけど、そこの人の口を塞いで下さい」
「不愉快です、本当に」、その言葉が嘘か本当かは私には分からない。
…―――だけど。
「ジェイならやってくれると思った!」
そう笑いかけた時、彼が一瞬見せた罰の悪そうな顔はやっぱり優しい証拠。
「別働隊が本隊と合流する前に奇襲をかけましょう」
数分時間を置いた後、ジェイは私達に作戦の説明を始めた。
「切り立った崖に挟まれて、軍の行動が著しく制限を受ける地点があります」
再び地図を取り出してジェイはある位置を指差す。
それは先程シャーリィがいると言った所からすぐ近くの場所だった。
「ここで奇襲をかけます。その後の説明は現地で行いましょう」
短時間で考えたと思えないくらいジェイはテキパキと動き
まだ地図を見つめる皆を置いて立ち上がる。
「僕は先に現地へ向かいます。皆さんもすぐに準備を」
「じゃあ一緒に行く!」
「は…?」
地図をたたみ元の場所へと戻すジェイの手が止まった。
「信じられない」、と言わんばかりの軽蔑にも似た瞳がこちらに向く。
「何で貴女と…」
「あ、じゃあ皆で行く?」
「…一人で行くって選択肢はないんですか?」
「うん」
当然、と言わんばかりに首を縦に振ればジェイは酷く顔を歪ませた。
「何かおかしい事言ってるかな」、と付け加えると小さな舌打ちが返ってくる。
「分かりましたよ…一緒に行けば良いんでしょう」
渋々だけど了承してくれたジェイに「ありがとう」と言えば
わざとらしい溜め息だけが返って来る。
「もう余り時間がありません。のんびりしないで下さいね…特にさんは」
名指しの注意に「う、」と声を詰まらせるも
ジェイはそんな私すら無視して誰よりも早く家を出た。
置いていかれた私達も慌てて立ち上がり、家の外へと向かう。
「皆さん、力を合わせて頑張るキュ!」
パープの音を響かせ、片手を上げるピッポに
ピースサインと笑顔を送り、その場を後にした。
「」
買い出しや武器の整備等、各々が準備に取りかかる。
何もする事がなくジェイの家の前で一人待つ私に
最初に声を掛けてきたのはウィルだった。
「ウィルおかえりー」
「これをやる」
「?」
様々な道具が入る袋の中から、ウィルはある物を取り出して私に渡した。
「…杖…?」
「ああ。一応持っていた方が良いだろう」
鉄で出来た、それ程長くない杖だった。
先端にダイヤ型の赤い宝石が付いていて
日の光もないのにそれはキラキラと輝いている。
普通の杖に比べると小さくて軽いが、決して脆いと言う訳ではなさそうだ。
「RPG中盤と言わんばかりの杖だね…」
「何か言ったか?」
「ううん、何も!」
「気に入らないのなら今からでも取り替えて―――…」
「ち、違うよ!」
「ありがとう!大事にする!」
使う事は極力避けたい。
でもこれから先、持っていなきゃいけない時が来る。
自分の身くらい、自分で守れるようにならなくちゃ。
「そう言ってまた壊すなよ」
「もう壊さないよ!」
「…なら良いがな」
ウィルはそう言って、空を見上げた。
いや、正確には空じゃなくてジェイの家の二階だ。
光の反射で良く見えないけど、部屋の中には一人の女の子がいる。
窓から私達の様子を窺っていたのか
慌てて動く人影にウィルは目を細め眉を顰めた。
「大丈夫?」
「ん?あぁ…多分平気だろう…」
「ハリエットじゃなくて、ウィルがだよ」
「…余り大人を甘く見るなよ」
「平気だ」と言って、ウィルはもう一度窓を見る。
窓際にはもう影はなく、声や物音も聞こえない。
大丈夫かな、ともう一度顔を覗く私の気配に気付いたのか、
ウィルは一つ咳払いをするとガラリと雰囲気を変え話題を反らした。
「それはそうと」
「?」
「ジェイに迷惑を掛けるなよ」
「…掛けてるつもりはないんだけど…」
「折角協力してくれているのだからな、少しは控えろ」
「分かってるよ…」
誰もジェイに迷惑を掛けたくて無理難題を押しつけている訳じゃない。
「けど、」と言葉を繋げる私をウィルはただじっと見ていた。
「ジェイにしか出来ない事だから、ジェイに頼んでるの」
本人がいたら「知った事か」、とまた怒られるかもしれない。
でも、本当にそうなんだ。
ジェイは同い年とは思えないくらい全てが長けている。
「それに可愛いし、カッコイイし、美人だし…」
「…」
「出来る事なら一秒でも長く一緒にいたい気持ち、分かるでしょ!」
「分かりたくないですよそんな物」
勢いに圧されたじろぐウィルからではなく、背後から声が聞こえる。
そこには何か汚いものを見るかのような視線を私に向けるジェイの姿があった。
更にその後ろにいるセネル達はポカンと口を開けている。
「…、ジェージェーの事褒め殺す程好きなの?」
「めっちゃ!むっちゃ!」
「本当勘弁して下さい」
怒気を超え殺気すら感じる声色が溜め息と共にその口から零れ出す。
その呆れる表情や仕草にすら品を感じた。
「…それはそうと、準備は出来ているんですか?」
「ばっちり!ほら!」
「…」
そう言って手に持つ杖を掲げて見せれば
ジェイは意外だと言わんばかりに目を丸くした。
「驚いた…まさか爪術士で、しかもブレス系とは…」
「違うよ?」
「じゃあ、何で杖なんて」
「内緒!」
そう言ってニッコリ笑ってみせると、今までで一番大きな舌打ちが私の耳に届く。
それから村を出て目的地を目指し歩く数分の間
ジェイが私の事を無視し続けたのは言うまでもない。
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修正:11/12/10