村を出て数分後。
私は地獄を見る事になるなんて思いもしなかった。





「迂回するなんて聞いてないよ…!」




地図で説明された時は数分かければ着く程度の距離だったはず。
ところが数分、数十分経っても目的地は山に囲まれて見えやしない。

疲労が溜まり、歩幅はどんどんと狭くなる。
気が付けば私と仲間達の間にはかなりの距離が出来ていた。





「ああ、空飛んで山を越えられたらなあ…」
「死ねば飛べるんじゃないですか?」
「…冗談きつ…」
「案外本気ですよ?だってほら―――…」





さんの真横に、大きな魔物が」





前を行くジェイは、振り返りもせずに淡々と言葉を紡ぐ。

私はその言葉に「へ?」と短く声を漏らし
暗くなる視界に、ビクリと大きく肩を震わせた。

ポタポタと、自分の頭上より高い位置から唾液が落ちてくるのは何でだろう。

恐る恐る顔を上げれば、そこにはジェイが言った通りの“モノ”がいた。





「ッ…!」





竦む足をグッと地面につけて、振り上げられた相手の爪を杖で防ぐ。
ガンッ!と鈍い音が響いて杖を持つ手がジィン、と痺れた。

大きな魔物は自らの体重でグッと杖を押し、私の体ごと潰そうとする。





「い、たた…!」





攻撃に耐えながらもほんの一瞬の隙を狙い
私は自らの腰にぶら下がる筒へと手を伸ばした。

相手が自分を押し潰すよりも早く、敵の急所を狙い短剣を飛ばす。

荒々しい雄叫びを上げて怯む魔物の目の前を私は猛ダッシュで通り抜け、
仲間達が待つ場所まで全力で駆けて行った。

クロエとノーマは全力で駆ける私に何かしらの恐怖を感じたのか、道を作るよう私を避ける。

駆ける私の目前にいるのはウィルだ。

ああ、もうこの際オヤジでも良い!、そう思いながら
私はその大きな体にポスンと自らの身を投げ出した。





「わー!パパ怖かったー!」
「…何故だか全くもって嬉しくないな」
「オヤジあたしもー!」
「おいこら、ひっつくな!」





十六の娘に抱きつかれ焦りを見せるウィルは
予想以上に可愛くて若々しい。





「案外まんざらでもないんじゃないのッ…!?」





ただ、からかうのだけは止めておけば良かったと
あの強烈なゲンコツを喰らってから後悔した。

クロエとセネルは笑いを堪えながらその身を震わせて
ジェイは「この先不安だ」と言わんばかりの溜め息を零す。

そんな他人事のようなジェイの反応を見て、私はキッと眉を上げた。





「ジェイ!」
「はい?」





再び歩こうとするその体を引っ張って、首を傾げる相手を睨む。





「ジェイなら私の事助けられたのに、何で助けてくれなかったのさ!」
「貴女の戦力チェックです」
「んなっ…!」
「しかもこれで、僕の戦力まで知っている事が分かりました」
「……」





「計算通り」と言いたげに笑うとジェイは私の手を払い、またスタスタと歩き出す。

私はと言えば自分の馬鹿さ加減とジェイの意地の悪さに
払われた手を引っ込める事も出来ず、虚しく立ち尽くすだけ。





「ほら、早く行くぞ」





そう、冷たく私に言い放つセネルに気分は更に落ちていく。





「人が落ち込んでるの見てて楽しい…?」
「何言ってるんだ。待ってやってるのに」
「…?」
「また魔物に襲われないように、近くにいるよ」





そう言ってセネルは笑った。
屈託のない、微塵も邪気を感じない、純粋な笑顔だ。





「…ありがと」





意外、そう思いながらも感謝の言葉を伝えれば
セネルは「気にするな」と言い歩き出す。

私を待つ、と言いながらもとても追いつけないスピードでスタスタと。





「い、いや!それ意味ないから!」
「あ、ああ…」





たった数秒で数十メートル離れる相手とどう一緒に歩けと。
全力で突っ込む私にセネルは「悪い」と言ってピタリと立ち止まる。


歩き、追いつき、良かったとホット胸を撫で下ろし
じゃあ行こうか、と顔を上げればセネルはやや前方に。


追いついて、離れて。
離れて、追いついて。


「これ何の遊び?」、不意にそう突っ込もうとした時
目の前にいるセネルが堪えきれず息を噴出した。





「っく…!」
「…何」





セネルは肩を揺らし、遠慮なしに笑い出す。
不機嫌な声を出せばそれすらセネルのツボだったのか、その笑い声は激しさを増した。





「いや、水晶の森と変わってないなと思って…」
「ああ!セネルがね」
「違う、お前がだ」
「水晶の森の時もスタスタ先行ったのはセネル!」
「鈍いのは
「…」
「俺、間違った事言ってないよな?」
「…くそう…!」





悔しくて地団駄を踏む私と、お構いなしに笑い続けるセネル。

もう一人で行ってやる、と不機嫌なまま足を動かそうとしたその時
目の前からスッと差し出された手に少しだけ体が跳ねた。





「ほら」





また、セネルは私に手を差し伸べてくれる。

水晶の森の時は無理矢理だった気がするけど
その手のぬくもりだけは変わらない。





「…やっぱり、セネルは変わったね」
「?」
「凄く優しくなった」





「あの時も優しかったけど」、と付け加え差し出された手を取りぎゅっと握る。





「早く、シャーリィ助けなきゃね!」





私がこんな所で疲れている訳にはいかないんだ。
セネルにとっては、大事な人が大変な目に遭っているんだから。

私がしっかりしなきゃ、皆に迷惑が掛かる。

それだけはしたくない、そう思うと自然と足の疲れは取れ
長い長い道のりも、スルスルと歩けた。










「……」





笑いながら歩く二人の姿をジェイはただただ黙って見つめていた。





「あれあれ?ジェージェーの事気にしてんの?」
「…さっきも思ったんですけど、“ジェージェー”って僕の事ですか?」
「もっちろん!で、どうなのよ?」





ニヤニヤしながらノーマはジェイの反応を待ち
ジェイは溜め息を吐きながらノーマの問いに仕方なく答える。





「自分の事を知られているんですよ?そりゃ気にしたくもなります」
「え〜それだけ〜?」





面白くないと言わんばかりに、ノーマはつまらなさそうに声を漏らした。

笑ったと思えば不機嫌になったり、そしてまた笑ったりするの姿を
ジェイはチラリと盗み見をし、まるで独り言のように呟く。





「まあ、変な人だとは思いますけどね…」
「ああ。それは俺も同感だ」





独り言にしては大きな声に、ウィルは強く強く頷いた。
クロエは苦笑し、ノーマは真顔で「あ〜…」と何かに納得し、声を漏らす。





「でも、は変じゃなきゃじゃないから」





そんな会話が繰り広げられているとは露知らず
はセネルの横をいつものように鼻歌混じりで歩いている。

そんな姿に、仲間の誰もが小さく溜息を吐いたのは言うまでもない。










「やっと追いついた…」
「大丈夫か…?かなり疲れているようだが…」
「あ、全然平気!」





心配そうに私の顔を覗くクロエに迷惑は掛けまいと
その場で軽く二、三回飛び跳ねる。

ブーツ越しに伝わる振動に足の裏がジンジンする。
それでも弱音は吐くまいと笑顔を見せた。


私達は難なく毛細水道の入口付近へと辿り着く。

辺りに人の気配は感じない。
どうやらまだ敵の部隊は来ていないようだ。





「それでは、作戦の説明をします」





緊迫感の増した空気の中、ジェイはゆっくりと、手短に作戦の流れを説明し始めた。





「まず、ウィルさんとノーマさんは
 僕が合図をしたらありったけのブレスを隊列の先頭にぶちかまして下さい」

「ウィルさん達が行動を開始したら、キュッポ達も間髪入れずに
 反対側の崖から、一斉に大声を上げて」

「セネルさんとクロエさんは、あらかじめ物陰に隠れていてもらいます。
 僕が煙幕玉を投げつけたら、シャーリィさんの身柄を確保し毛細水道の中へ」

「その後は『毛細水道』に入り、中の非常通路を使って逃走して下さい。
 ウィルさん、ノーマさん、さんも騒ぎに紛れ後に続いて下さい」





それぞれ役割を説明され、皆は力強く頷く。
しかしジェイの言葉をいくら頭の中でリピートしても、私の役割が見当たらない。





「ジェイ、私は?」
「貴女は何もしなくて結構」





満面の笑みを浮かべながら胸にグサッと来る言葉を平気で言ってみせるジェイに
私は反論の言葉が見つからない。

確かに、私がブレスを撃てばシャーリィを傷付けてしまう可能性がある。
セネルやクロエのようにテキパキ動ける自信もない。

元々この作戦は私がいなくても充分に成り立っている。
ジェイはきっとそこまで計算して考えていたんだ。





「じゃあ、モフモフ族の皆と一緒に、大声をあげる仕事をやらせてもらいます…」
「ああ、それはピッタリですね」





刺々しいと言うか、冷たいと言うか黒いと言うか。

ジェイの言葉に傷付きながらも反対側の崖へと移動する。
トボトボ歩く私をモフモフ族の皆は暖かく受け入れてくれた。





、一緒に頑張るキュ!」





拳をグッと握るキュッポを抱きしめたい衝動に駆られるもググッと堪え、笑みを返した。










緊迫した空気の中、時間は刻々と過ぎていく。

敵がいつ来るか分からない緊張感に汗が噴き出る。
下から吹きつける風が汗を冷やし、体が震えた。

いつまでこの状況が続くんだろうと思った瞬間
遠くから風に紛れ、ガラガラと荷馬車を引く音が聞こえた。


敵が来た。


咄嗟に顔を上げて反対側の崖にいるジェイを見ると、ジェイはゆっくりと頷く。
スッと静かに上げたその手が、始まりの合図。





「五…四……」





ジェイの口元と指を見て、自分も心の内でカウントダウンを開始した。

崖下にはもう既にヴァーツラフ軍の兵の姿とシャーリィが乗る護送車が見えている。
もうすぐ、もうすぐと焦る気持ちを押さえ、ゆっくりと数を減らしていった。





「三…二……」





いち、とその口が動きかけた瞬間、
ジェイの声でも仲間の声でもない大きな音が辺りを包んだ。










「ウオオオッ!!」










何重にも重なる大きな声。
突然の事にビクリと肩が跳ね、心臓が飛び出すかと思った。

私はゲームの記憶を頭から引っ張り出し、現状をすぐに理解する。





「撃て撃て撃てーッ!!」





目の前にはボウガンを持った山賊が数人。
それを仕切るのは見覚えのある人物。

彼の鼓膜を破くくらいの大きな声、初めて聞いた。





「ヒョォオオッ!」





崖下には叫ぶモーゼスとギートの姿が見える。

果敢に攻める兵士をいとも容易くギートが跳ね除けて
モーゼスの槍は、雨のように敵陣へと降り注いだ。





「ッオイ!ラッコなんか連れてきたのは誰、だ…って…」





慌てふためくキュッポとポッポを彼は睨むように見て声を上げた。

その声は段々と萎れ、私と目が合うと完全に止まる。
大きく見開かれた緑色の瞳には私の顔がくっきりと映っていた。





ちゃん!?」
「チャバ、久しぶり!」
「久しぶり…ってそうじゃなくて!何でこんな所に…!」
「シャーリィを助けに来たの!」





まさか会えるなんて、そう言って笑う私に対し、チャバは少し困ったように微笑む。





「相変わらず、無茶してるんだ」
「んーん!今回は完璧なサポーターがいるから大丈夫なの!」
「はは、そうなんだ」





優しく、暖かいチャバの笑顔につられ、私はもう一度笑った。





「でも、ごめんねちゃん。今は話せる状況じゃないんだ」





再会の挨拶を終えるとチャバは一瞬にして表情を変え、山賊の仲間達に指示を飛ばす。

これ以上は邪魔になるだけだと理解した私はその場をそっと離れた。

チャバと話をしている内に、ジェイの作戦は全て計画通りに進んでいていた。
崖の下は白い靄に包まれ、混乱する兵士の声が何重にも聞こえる。

呑気に崖下を見る私の姿に気付くと、ジェイは眉を顰め溜め息を吐いた。




「貴女、皆さんにおいていかれてますよ?」
「あはは、そうみたい」
「…笑ってないで、追いかけたらどうです?」
「そうなんだけど」





「ジェイにも挨拶しなきゃって」





そう言って笑ってみせるとジェイは大きな瞳を丸くした。
肩が丸くなって、緊張が解けたのが見て窺えた。





「たくさんお世話になったから」
「…」
「ありがとうと、後ちょこっとごめんね?」
「…もう少し真剣に謝って欲しいですがね」
「まーまー!そう言う細かい事は置いといて!」
「細かいって、貴女―――…」





「また、後でね!」





そう言って私はジェイに手を振り走り出す。

目指すは崖下、毛細水道への入口。
幸い私は誰にも気付かれずに入口へと潜り込むことに成功した。

さすが私、と全く根拠のない自画自賛をしながら
皆がいるであろう、毛細水道の奥へと進んだ。















「…“後で”って」





「また会う事になるのか」、と気が付けば僕は彼女の言葉を鵜呑みにし溜め息を吐く。
信憑性なんてまるでないのに、何故だか本当の事のような気がして気が落ち着かなかった。

彼女の言葉をすぐに“嘘”だと言えない瞬間がたまにある。
それはきっと、彼女自身が彼女の言葉に自信を持っているからだ。

そう遠くない未来、また僕と出会うきっかけがあると言う事を。





「…馬鹿山賊と言い、さんと言い、調子が狂う…」





ザワザワと騒がしい乱闘の中、零した声と舌打ちは空へと消えた。










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修正:11/12/10