空気がガラリと変わる。
外よりも少し肌寒い…そしてとても静かだ。

良く良く見れば道は一本ではなく、かなり入り組んでいるように見える。

こんな所で皆と合流出来るのだろうか、
そんな不安が頭を掠めた矢先、飛びっきり明るい声が辺りに響いた。





!」





声が聞こえた方へと振り返れば、こちらに向かい大きく手を振る人影が見えた。





「ノーマ!皆!」





返事をし、駆け寄る。
辿り着いた先には誰一人欠けていない皆の姿があった。

互いに顔を見合わせ、ホッと安堵の息を漏らす。
そして私はすぐさまに彼等に質問をぶつけた。





「シャーリィは…?」





作戦通りに進んでいれば、もう既に合流出来ているはずだ。

だけど皆の反応は余り思わしくない。
一瞬戸惑い、目を伏せ首を横へ振る。

言葉はなくてもその反応を見れば現状はすぐに把握出来た。





「でもシャーリィも毛細水道の中にいる」
「じゃあ奥に進めばきっと会えるね!」
「ああ、きっとすぐそこだ」





何だか不思議。

シャーリィがいない事に私が不安を感じて
セネルがそれを励ましてくれるなんて。

本人はきっと、気付いていないんだろうな。
以前よりずっとずっと、前向きになっている事を。















頼りない光が足元を照らす。
私は自らの伸びる影を見ながら、ただひたすら足を動かした。

ふと人の気配を感じ視線を上げれば
そこには剣を構え笑うヴァーツラフ軍の兵。

ソイツ等が狙っているのは私達ではない。
狙っているのは通路よりも奥、行き止まりの崖の上の広間―――…。





「シャーリィ!」
「フェニモール!」





逃げ場をなくしたシャーリィは敵に向かって大きく手を広げ
恐怖に怯える女の子を必死に守っていた。





「魔神剣!!」





走り出すよりも先にクロエがその場で剣を振り下ろし
兵士達の背中に衝撃波をぶつける。

兵士はいとも容易く倒れ、その場から動かなくなった。





「シャーリィ!」
「お兄ちゃん…!」





セネルの姿を見たシャーリィの顔が綻んでいく。
その瞳には、うっすらと涙の膜が張っていた。





「間に合ってよかった…降りられるか?」





私達がいる通路よりも高い位置にいるシャーリィに向かってセネルは優しく問いかける。

シャーリィはセネルの言葉に頷くと
もう一人の少女へと振り返り、促すように手を差し出した。





「フェニモール、先に下りて」
「嫌よ…だって、下にいるの陸の民じゃない…!」





「どうして敵の所へ行くのよ」、そう言って一歩後ずさる少女に
ウィルとクロエ、ノーマは首を傾げた。

会った事もない少女が自分達に向かって聞き慣れない単語を放っている。
首を傾げるのには充分な理由だ。





「敵じゃないわ。見てたでしょ?私達を助けに来てくれたんだよ」
「なら、あんただけ行けば良いじゃない…」
「そんな事、出来ないよ…さあ、フェニモール、早く…」
「ッ嫌だって言ってるじゃない!」





「陸の民を信用するくらいなら、死んだ方がマシよ!!」




度が過ぎるその言葉にセネル達は一斉に顔を顰めた。
それは例外なく、私もだ。





「…何それ」





死んだ方がマシって、そんな事あるわけ?

胃が、胸が、とにかく喉の下が無性にムカムカし
気が付けばガッと彼女達がいる広場の縁に手を掛けていた。





、何をしている!」
「無理矢理引っ張り下ろすの!」
「何を馬鹿なことを…!お前じゃ登れないだろ!」
「シャーリィやフェニモールにだって登れる崖だよ!?私だって登れるよ!」





私を制止するウィルに「なめんな!」と言葉を投げつけて、壁を蹴るようにして体を浮かせた。

逃げる事が出来ない状況の中、陸の民らしき人間が自分に近付いてくる。

フェニモールにとってはそれは完全なる恐怖でしかなく
頭上からは「ひっ…」と小さな悲鳴が聞こえた。





さん、無茶しないで下さい!」
「無茶なんてしてない…!」
「私達がちゃんと降りますから…!フェニモール、はや―――…」





「早く」と続くはずだったシャーリィの言葉が何かによって掻き消された。
誰が聞いても分かる、激流の音だ。





「な、なに!?水!?」
「いかん!のまれる…!」





慌てふためくノーマの声も、焦りを露にするウィルの声も
全てが水の音に掻き消され、姿すら遠くへ行ってしまった。





「う、わ…!」





流される仲間達の名前を声に出そうとした瞬間
足を掛けている縁にまで水がかかり、水圧で体が押される。

必死に耐えようと思えば思う程、手が汗ばんで余計に滑った。

握力も徐々になくなり、登るどころか降りる事すら出来なくなった私は
傍から見れば酷く滑稽に映っていただろう。





さん!」





上から差し出されたその手に、藁をも掴む気持ちで手を伸ばす。

シャーリィは意外にもその細い手で私の腕を掴みグッと上へ持ち上げた。

何処からそんな腕力が、と驚きながらも
私は必死に足を動かし、虫のように這い上がる。





「し、死ぬかと思った…!」
「わ、私もです」





さん、無茶をするから」、とホッと安堵の息を漏らすシャーリィの横、
私は今更になって体が震えた。

あんな激流に呑まれたら、きっと軽傷程度では済んでいなかっただろう。

でももう大丈夫だ。
私も、皆も、そして隣にいるシャーリィも。





「久しぶり、シャーリィ!」
「はい!」





シャーリィはパッと笑顔を作り強く頷く。
久しぶりに見たシャーリィの笑顔に、私は彼女の体をギュッと引き寄せた。

「く、苦しいです」と言葉にするも、シャーリィは私から離れようとはしない。
それがまた嬉しくて、私は彼女の髪に顔を埋めながらへへ、と声を出し笑った。

だが、どうも私の事を歓迎してくれない人が一人いるようだ。





「どうして、陸の民なんか助けるのよ…」





混乱しているのか、酷く声が震えていた。
震える腕で我が身を包み、フェニモールは私達からあからさまに距離を取る。





「フェニモール、さんは悪い人じゃないよ」
「陸の民に良い人なんかいないわ!」
「フェニモール…!」





差し伸べられた手を振り払い、フェニモールは私とシャーリィを鋭く睨む。

憎悪や殺意の篭った瞳に一度はたじろぐも
先程の彼女の言葉を思い出し、私はキッとフェニモールを睨み反した。





「私なんて助からずに、死ねば良かった?」

「ッ…そうよ」

「溺れて、もがいて、苦しくて、どんどん意識がなくなる人を
 アンタは『ああ良かった』って言いながら見下すんだ」

「…」

「良いご身分だコト」





彼女の震える手にグッと力が入る。
今すぐ私に飛びかかってきてもおかしくはない程、フェニモールは怒りに震えていた。





「…それはあんた達陸の民が、私達にやってきた事よ!」
「…」
「村を燃やして、大人からまだ喋れない赤ん坊まで、笑って殺したのは陸の民じゃないッ!」
「私はしない」





「その時に、私がそこにいれたら良かった」

「そしたら、私がそこにいたヤツ等全員、ブッ倒してあげたのに」





陸の民、と言う括りではなく極悪非道な連中全員。





「私はソイツ等とは違う」





下を流れる水は徐々にだが引いていく。

あれだけあった水嵩も今は数十センチ程度まで減っている。
これなら下りても大丈夫だろう、と私はスッと立ち上がり彼女達に手を伸ばした。





「奥に行こ!きっと安全なとこがある」
「は、はい」
「フェニモールも、早く」
「…」





返事はない。
代わりにフェニモールは目を伏せながらゆっくりと立ち上がり、微かに頷いた。





「…勘違いしないで」
「?」
「私は、シャーリィに着いてくだけだから…」





正にツンデレのテンプレと言わんばかりの台詞につい笑みが零れた。
「何よ」、と不貞腐れるその態度も正に王道。





「何でもない!」
「…変な人」
「…こっちに来てから良く言われる」





「自覚はあるけど、そこまで変人やってるつもりは―――…ッ!?」





「ないよ」、と続けようとした声が突然途切れた。
原因は、突如背中に加わった衝撃だ。





「い、たっ!」





グラリと体が大きく傾き、転落する私を見ていたのは
先程までそこにいなかったはずのワルターだった。

ならば当然、私の背中を押し出したのもワルター。

重力に逆らえる事も出来ず背中から落ちた私の体は
水嵩のないコンクリートの上へと叩きつけられる。





さん!?」
「それ以上近付くな、陸の民」
「それ以上って…!アンタ突き落としといて良くそんな事言えるよ…!」





幸い、打ち所が良かったのか痛みはそれ程感じない。
上半身を起こすと腰がズキリとする程度だ。

…最も、この世界へ来る前の私なら喚き騒いでいただろうけど。





「って言うか何!私何もやってないよ!」
「近くにいると、空気が汚れる」
「んなっ…!?」
「待って!」





カチンと来た、とは正にこの事を言うのだろう。

もう一度登ってその汚れた空気をアンタに吸わせてやろうかと立ち上がれば
シャーリィの大きな声が私達の間に割って入る。





さんの事、そんな悪く言わないで下さい…!」





正に救いの手とはこの事だ。
シャーリィの言葉を聞きワルターは一瞬目を見開くとその口を噤む。

私は「ありがとう」 と庇ってくれた彼女に対し声を上げようとした。
ただ、その瞳を見て気付いたのだ。

シャーリィにとっては、私もフェニモールも、ワルターも大事。
争いあって欲しくないから止めただけ。

私も、そう願っている。
だけど、それを皆が受け入れてくれる訳ではない。

…特に、ワルターは。





「離れろ、陸の民」
「…違うよ」
「貴様が二人を傷付けた」
「私が!?いつ!何処で!」
「過去で、現在で、未来でもだ」





悪くないヤツだって知ってる。
私は彼に対しこれっぽちも憎悪の気持ちを持てずにいた。

嫌いになれないから、私を嫌う目が耐えられない。

何で私が、そんな目で見られなきゃいけないんだろう。
何で私の言葉は、ワルターに届かないんだろう。

過去、水の民を傷付けたのは私じゃないのに。





「オウ、ワレ…なに人の連れいじめとるんじゃ」





突然スッと伸びてきた手は私の肩に巻きつき、体が自然と後ろに下がった。





「女子一人に三人とはようやるのう…男ならせめてサシで勝負せえ」





聞き覚えのある声に、匂いに、髪の色。

視界の端ではいつになく真剣な口元が映り
耳の下まである髪がユラリと揺れた。





「…モーゼス」





ぽたぽたと、モーゼスの髪から滴る水。
恐らく先程の激流に飲み込まれたのだろう。

流され奥を目指している最中にここを通りかかったのか、何にしろタイミングが良い。
その瞳はいつになく真剣で、何故だかとても心強かった。





「…ここから消えろ。陸の民」
「んなもん、言われなくても消えちゃるわ」





マントを翻しワルターは私達に背を向け歩き出す。
フェニモールは迷いもなくワルターの後へとついて行った。

シャーリィは私達とワルター達をを交互に見ると
申し訳なさそうに目を伏せ、奥へと姿を消していく。





「…すぐ迎えに行くから!」





消えていく背中に向けて、私は腹の底から声を出す。

シャーリィはその柔らかい髪を靡かせ、一瞬こちらを向くと
強く強く頷いて、口だけを動かした。

“お兄ちゃんを助けて”、と。










「久しいのう、





クカカ、と笑うその姿に、正直、言いたくはないけど凄く安心した。

本当は少し、泣きそうだったんだ。

ジェイが私を馬鹿にする時とは点で違う、ワルターの人を嫌う目。
あんな目を向けられたのは初めてで、どうして良いか分からなかった。

だからこそ、モーゼスの暖かい太陽のような笑顔に酷く安心する。





「…モーゼスが来てくれて良かった」
「偶然通りかかっただけじゃがのう!」
「それでも良いの」





きっと、空気がピリピリしてただけ。
次に会う時は、もっと上手くやれる。

ワルターも、フェニモールも、シャーリィも
いつか一緒に笑い合える仲間になれるはずだ。

私とモーゼスが、初めは敵同士であったのにこうして笑い合えているように。





「急ご!セネル達と合流しなきゃ!」
「ワイもか?」
「そう、アンタも!」





肩を抱くその手を払い、グッと掴んで水路の奥へと進む。
その手のぬくもりは私に勇気をくれた。

一人じゃない事がこんなにも良い事だって、ワルターにも教えてあげたい。
ただただそんな事を考えながら、私は薄暗い道の先を目指した。










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修正:11/12/10