「モーゼス、それ」
「あ?」





薄暗い道の中にポツポツと点在する頼りない光。

その光の横を通りかかる度、うっすら照らされるモーゼスの体の一部分が気になり
耐え切れず声を出した。





「肩…」
「オウ、これか?」
「いつ怪我したの?」





ジャラジャラと装飾品をつけているその身に
何重にも巻かれている包帯は隠し通すには無理がある。





「アジトで色々あった時じゃ」





「今は痛くもかゆくもないわ!」と言ってモーゼスは笑ったけど
何となく、私は気付いていた。

右の腕を振る時と、左の腕を振る時の間隔が違う。
明らかに怪我をしている方の肩を気遣っている。





「見せて」
「?」





立ち止まり、グ、とその腕を引っ張る。

そっと肩部に触るとモーゼスの体がピクリと跳ねた。
だけどモーゼスは「痛い」とも言わず笑って誤魔化すばかり。





「包帯ぐちゃぐちゃ…自分でやったの?」
「…そうじゃ」
「そうだよねーチャバがこんな下手なはずないもんねー」
「なんじゃと!」





アハハ、と笑う私にモーゼスは声を荒げ、予想と同じ彼の反応に私は一層笑う。





「ワレなあ、ワイをなんだと思って―――…」
「きゅあー」





そして一頻り笑い終わえた後、気の抜けた声でとあるブレスを唱えた。

何もない場所からポツポツと光が溢れ出し、モーゼスの肩を優しく包む。
そして光は数秒も経たぬ間に、音も立てず消えた。




「…何じゃ今のやる気のない声は…」
「良いから良いから!肩、ちょっとは楽になった?」





ポン、と問題の部位を軽く叩けば、モーゼスはきょとんと目を丸くする。

触られただけで嫌でも反応していた体が今は何ともない。
モーゼス自身、それを不思議に思ったのかぐるぐると片腕を回した。





「…治っちょる…」





唖然とする相手を目の前に、私は「フフン」と鼻を鳴らし胸を張った。

治癒術が使える。

この世界では然程珍しくない能力を目の前に、モーゼスはただただ興奮し声を荒げた。
まさかお前が使えたなんて、と言わんばかりにだ。





「凄いのう、!」
「でしょ!もっともっと褒めても良いよ!」
「治癒術も使えて、度胸もある!」
「へへー!」
「腕っ節も悪くない!完璧じゃ!」
「えーそこまでかなあ!」





「よっしゃ、決めた!ワレ、ワイの嫁に来い!!」
「良いとも良いともー!…って、は?





余りにも会話がスムーズに進んでいたので
その爆弾発言に気付かず私は肯定の意を示していた。

そしてそれを本気に取り、心底嬉しそうに頷くモーゼスを見て
サアッと体中の血の気が引いていく。





「い、今のなし!」
「なしてじゃ」
「気付かなかったの!だからなし!」





「誰がアンタの嫁なんて!」、そう付け加えて首と両手を思いっきり横に振る。

だけど誤解が解ける気配は一向にない。
むしろ逆に、その顔が寄ってくるのは何でデショウカ。





「ギャー!ストップ!ストップモーゼス!」
…」
「ちょっ…ナシって言ってるだろがあ!!
「グハァッ!」





私、本気でこんなに人を殴ったの人生で初めだ。

力を込めて放った拳はモーゼスの顎に見事にヒット。
倒れこむ相手を見て、私は一人ガッツポーズを取った。

ざまあみろ、と心の中で思ったのは勿論内緒。





「…?」





聞き慣れた声に顔を上げる。
倒れるモーゼスの奥に見えたのは、呆然とこちらを見つめるセネルの姿。

セネルだけじゃない。
ウィルとクロエ、ノーマも一緒だ。





「皆!」





久しぶりの再会に気が付いたら足が勝手に動いている。

そこにいた倒れる何かを踏み潰し、全力で。
踏んだ瞬間、変な声が聞こえたのはこの際お構いなしだ。





「良かったー!やっと会えた!」
「心配したぞ、
「本当だよも〜!相変わらず無茶するんだから!」





ギューッと強く抱きつくノーマに痛みを訴えるも苦痛ではない。
むしろもっとして欲しいとすら思った。





「…それで、何でモーゼスと一緒にいるんだ?」





ノーマと抱き合う私を見て、遠慮がちに声を上げるセネル。
「そう言えば」とノーマは私から体を離し、床に突っ伏せる男をじっと見つめた。





「途中で会った」
「ここまで一緒に来たのか?」
「一人よりは安全だよ?」





「多分」、そう付け加え数回頷けば
疑いの眼差しが何方向からも注がれる。





「モーゼスよりまずはシャーリィ!早く探さなきゃ!」
「『より』って何じゃ!『まずは』って何じゃ!」
「それだけ元気があれば大丈夫だね!」
「ちょっと待て」





ガバリと起き上がるモーゼスと私を交互に見て<、ウィルは眉を顰め眼鏡を上げる。





「まさか、モーゼスも連れて行くのか?」





皆、モーゼスを信用していない。

まだ彼等にとってモーゼスは“シャーリィを攫った極悪人”でしかない。
いくら馬鹿な私も、無茶を言っている事は重々承知していた。





「…そがあなもん、こっちからお断りじゃ」
「モーゼス…」
「ワイは、ワレ等じゃのうてに着いてく」
…は?





強引に引っ張られ、彼の腕が私の首に回される。
ぎゅうっと私を愛おしそうに抱き締めるモーゼスの言動に、私は声を荒げ反論した。





「な、何で私!」
が欲しい」
「何それ!人を物みたいに!」
「言ったじゃろ!」
「私も言った!一生アンタと結婚する気はないってね!!」





シン、とした空気の中木霊する声。
ハッと気付いた時にはもう遅く、私は重たい首をぐるりと回した。

セネルはぽかんと口を開け、ウィルは素行の悪い娘を見るようにこちらを睨んでいる。
クロエはその白い肌をほんのり朱に染め
ノーマは何が面白いのか、ニヤニヤと釣りあがる口元を手で押さえていた。





「なら、その気になるまでついてっちゃる」





モーゼスの能天気な声に肩がガクリと落ちた。

考えたい事は山ほどあったはずなのに、抗う気にもなれない。

一体、この後どうなるのか。
そんな事を考えるのも嫌になり、私は酷く重たい溜め息を吐いた。















嫌な無言が続いた。

何故、あんなにも色んな反応を見せたのに
皆は私とモーゼスの関係を聞いてこないのか。

いっそ、聞いてくれた方が否定がしやすい。

自分から「違うの!」なんて言い出したら照れ隠しだと思われるし
モーゼスはからは絶対に誤解を解こうとしないし。


…そう、問題はモーゼス。


とにかく、さっきからこの半裸が必要以上にベタベタとくっつき、ウザいのだ。





「モーゼス、ちょっと離れて」
「何でじゃ」
「何でも」





むすっとした声にぶすっとした声を返せば、今度は悲しそうな顔をする。
なんて扱いにくいんだこの男は…!





「ほんとにバカ山賊と結婚するの?」
「誰がバカ山賊じゃ!」
「そうだよ!誰がこんなバカ山賊と結婚なんか!」





先程からこんな会話の繰り返しでさすがのノーマもからかう気が失せたのか
つまんなさそうに頭の上に手を回して「ちぇ〜」とわざとらしく口を尖らせる。





「大体、私にだって相手を選ぶ権利はあるよ…!」
「何じゃその言い方」
「え、じゃあ選ぶなら誰を選ぶの?」





パッと顔を明るくし、ノーマはキラキラした瞳をこちらに向ける。

あからさまに期待してますと言わんばかりのその輝きに
私は「う、」と言葉を詰まらせてしまった。





「…まだ、選んでないけど」
「何じゃそりゃ…そう言うのは選んでる人が言う台詞!」
「良いじゃん!これから選べば!」
「ならワイにもチャンスはあるっちゅう事じゃな!」
「ないってば!!」





そしてまた、会話は初めから繰り返し。

薄暗く静かな洞窟の中、私達のやかましい声だけが辺りを包み
その後すぐにウィルの拳が飛んだのは言うまでもない。










「ねえ、ここおかしくない?」





不意に言葉を発した私に仲間達は同時に首を傾げた。





「何がだ?」
「何とは言えないけど…シャーリィの香りがする
うわ、マジ…?
「凄い嗅覚だな…」





スンスンと鼻を動かす私にノーマは若干引き気味だ。

セネルは私と同じように鼻を動かすけど
先程と変わらない匂いにただただ首を傾げている。





「ほら、こことか」





そう言って軽く、何の変哲もない壁をノックする。

ノックする度壁は僅かにだが浮き沈みをし
音はコンクリートが詰まってると言うには軽すぎる感じだ。

ビンゴ。
ニッと笑い、その壁を軽く押し横へと倒す。

そこに隠し部屋があった事に驚く者もいれば、私の観察力に呆然とする者もいた。
勿論、私はただゲーム画面を覚えていただけなのだけど。





「貴女達…」





開いた扉の奥、まず視界に入ったのは目を見開きこちらを見るフェニモールだった。

祈るように絡められた手と、涙の膜が張られた瞳。
それが恐怖を意味しているのか、安堵を意味しているのかは私には分からなかった。

扉の奥まで顔を覗かせれば、壁に寄りかかり蹲る男の姿が目に入る。





「ワルター…!」





部屋の真ん中から彼がいる場所にかけて、ポツポツと地面に落ちた血の雫。
状況が思わしくないと言うのはすぐに理解出来る。





「貴様等…」





声を絞り私達を睨みつけるワルターは荒い息を吐き顔を歪める。
私は殺意の篭った瞳を真っ直ぐと見据え、彼へと小走りで近付いた。





「待って、今怪我を…!」
「触るな!」





大丈夫、もう怖くない。
否定される事を怖がってたら、いつまでもワルターとの距離は縮まらない。

自らにそう言い聞かせ、私は血が流れ出るワルターの肩に手を当てた。





「キュア…!」





淡い光りが手から溢れて、傷口にゆっくりと浸透していく。

でも、全然足りたい。

塞がらない傷口からドクドクと血が流れ出す。
その苦しそうな吐息も治まる気配はない。

きっと傷口が思ったよりも深いんだ。

ならばもう一度、と肩に当てた手にグッと力を入れれば
小さな悲鳴がワルターの口から漏れ出した。





「キュアッ!」
「おいっ…何をして…!」
「駄目、まだ治ってないよ!」
「ッ止めろ…!」
「キュア!」





「ッ離せ!!」





渇いた音が辺りを包み、叩かれた手がジン、と痺れる。





「陸の民に借りを作る気はない…!」





叫ぶだけで苦しそうに息を吐き、肩を震わせるワルターはもう満身創痍だ。
出血が酷く、体が冷えてきているのかカタカタと震えている。





「止めない」
「ッ…」
「そんな姿見たら、止められる訳ないじゃん」
「…」
「それに私、陸の民じゃないし」
「何…?」
「スキあり!」





一瞬の隙を見せた相手に私はもう一度ブレスをかける。
だけど二回、三回とブレスをかけ直しても一向に血は止まらない。

一体どんな無理をしたんだろう。
シャーリィを守る為に、必死に戦ったんだ。

幼い頃からずっと、忠誠を誓ってからずっと、自分の事は後回し。
実際に会って見て、彼の決意の固さは本物だと知った。





「…止めろと言っている」
「止めないよ!止めたらワルターが死んじゃうじゃん!」
「それが貴様に関係あるとでも言うのか…」
「ある!あるったらある!」





もう一度、グッと肩を押さえた手を力強く掴まれる。
突然の出来事に怯む私に対し、間髪入れずワルターは声を発した。





「貴様、自分の手を見ろ!!」





とうとう出血多量で頭までおかしくなったのかだろうか。
ワルターの言葉は全くもって意味が分からない。





「何言って―――…」





「言ってんの」、そう繋げようとした言葉が途中で消えた。
不意に感じた、掌の痛みで。





「…?」





意識すればする程ズキン、ズキンと痛んで
少し風が吹けば、黙っていられないくらいの激痛が走る。

掌にはワルターの血が付いている。
それとは違う、誰かの血。





「…何?」





ゴシ…と、力を入れすぎないよう血塗れの手を袖で拭う。

掌を垂直に切るように浮かび上がる、大きな切り傷。
それを囲うように小さな傷もたくさんあった。

短剣で切ったと言うには切り口が汚く、紙で切ったと言うには傷が深い。
まるで見えない力で皮膚が引っ張られ、裂けたような傷だった。

いつからあるのかと思考を巡らすも、思い当たる節は見つからない。





「なんで…?」
「…慣れない術は、体を蝕む」





そう呟いたワルターの言葉を、私は充分理解しているつもりだった。

分かっていた。

ゲームの中でだって無制限に魔法を使う事は出来ない。
何かしらの代償があるのはウィルからも一度説明された。

でも私は出来た。

初めてセネルの傷を癒した時もモーゼスの肩を治した時も
…攻撃魔法も、全部出来たはずなのに。





「どうかしたか?」





背中から掛かる声にハッと我に返り、慌てて掌を隠す。
どうして隠してしまったのかは分からない。

でも、何となく嫌なんだ。

これっぽっちの、どうでも良い掌の傷なんかで心配させてしまうのは。





「な、何でもない」
「そうか…」
「でも、ワルターの傷が治らなくて…」
「…シャーリィは、何処だ?」





小部屋を見渡すセネルの瞳には不安の色が見え隠れする。

見慣れた妹の姿が見えず、額に汗を浮かべるセネルに
フェニモールとワルターはただ沈黙を並べた。





「シャーリィは、何処へ行ったんだ?」
「…」
「頼む、教えてくれ」





フェニモールはセネルから一定の距離を保ちながら彼の様子をチラリと見る。
そして震える手を胸にきゅっと当て、申し訳なさそうに言葉を紡いだ。





「自分が囮になるって言って、一人で飛び出して行ったわ…」





その言葉に、皆は驚き目を見開いた。





「いつ?」
「ちょっと、前…」
「なら、急げばまだ間に合う」





昔のセネルだったら、きっとフェニモールを責め立てていただろう。
「何でシャーリィを囮なんかに」、と。

でも今のセネルは違う。

セネルは何でシャーリィが囮になったのかをちゃんと分かってあげてるんだ。
シャーリィがフェニモールを助けてあげたいって思った、その気持ちを。





「ギート、ワルターを乗せてあげて」
「…一人で歩ける」
「無理だよ、乗って」
「…元々、貴様等と同行する義理はない」





そう言って自力で立ち上がってみたものの、ワルターの足取りは重く
壁を支えにフラフラと歩く姿はとてもじゃないが見ていられなかった。





「…じゃあ、私が担ぐ」





今にも転びそうな体を横から支えれば、文句を言おうとその口が開く。
私はそれを制止するよう言葉を発した。





「シャーリィ、助けたいんでしょ」
「…」
「ワルターが遅いと、シャーリィ助けられないんだよ」




「もう何も言わないで」、とキツイ口調で言葉を紡げば
ワルターは私の耳元で大きな舌打ちをし、それ以降は全く喋らなくなった。





「フェニモールも、行こ」
「え…?」
「良いよね?セネル」
「ああ」





「シャーリィも、お前の無事を祈ってるはずだから」





セネルはそう言ってフェニモールに優しく笑った。

フェニモール躊躇いながらも小さく頷き、一定の距離を保ちながら私達の後ろをついて来る。

辛そうな彼女を励ましたい。
だけどフェニモールにとって私の存在は恐怖でしかない。

無力な自分と一向に埋まらない距離を目の前に自己嫌悪に陥りそうだ。
…それでも、私達は進まなきゃいけない。

互いの目的である、シャーリィを助ける為に。










Next→

...
修正:11/12/10