「…、はあ」





隠し小部屋からどれだけ歩いただろう。

足がガクガクして、真っ直ぐ歩けているのかも分からない。
汗塗れの背中にくっつくセーターが気持ち悪い。





「ッ…」
「あ、ごめん。痛む?」
「……」
「支えるの下手って言わないでね…これでも必死なんだ」
「何も言っていない」
「いいえ聞こえましたー」





「アンタの空気が言ってる」、そう言って笑う私に対しワルターは終始無言。
…冗談も通じないのかこの男は。





「……」





ふと視界に入った自らの手を恐る恐る裏返す。
掌に出来た大量の傷から溢れる血は止まり、既に乾いていた。

動かす度に傷口が開いたり閉じたりする。
血が出ていないとは言え、何か気持ち悪いのだけは確かだ。

でも、我慢出来ない程じゃない。
杖を握って振り回す事も、短剣を投げる事もまだ出来る。

不便な事なんて何一つない。
まるで自分に言い聞かせるよう、私は同じ言葉を何度も頭の中で繰り返した。










辺りが少しだけ明るくなり、疲労から無意識に下がっていた顔をゆっくり上げる。

出口が見えた。
そこへ向かう敵兵とシャーリィの姿も。





「シャーリィ!!」





ビクリ、と大きく体を跳ねらせシャーリィはこちらへと振り返る。





「お兄ちゃん…!」





不安と安堵の色が入り混じる瞳を潤ませ、シャーリィはセネルを呼ぶ。
その隣にいるトリプルカイツの一人、メラニィはチッと舌打ちをした。




「アンタ等、まだ生きてたのかい…つくづくしぶとい奴等だねえ」





メラニィはシャーリィの腕を掴み、自らの方へ引き寄せた。





「シャーリィ、今助け―――…!?」





身を翻し私達に背を向けるメラニィを追い掛けようと走り出したその瞬間
ズン、と大きく地面が揺れた。





「ひゃああっ!」





振動に耐え切れず尻もちを付くノーマのすぐ横には
人の数倍、数十倍大きい魔物の姿があった。

慌てふためく私達の姿を見てメラニィは口の端を吊り上げると
自らの部下とシャーリィを引き連れ、毛細水道を後にする。





「畜生!」
「コイツの頑丈さは半端じゃない…メラニィめ、厄介な置き土産を…!」





ジョウサイガメ。
その名の通り、甲羅の部分が城塞のような形をしていて
スピードは遅いが防御力が異様に長けている魔物。

メラニィは敢えてこの魔物を選んだのだろう。
殺す為、と言うよりは私達を足止めする為に。





、ワルターとフェニモールを安全な場所へ」
「うん!」





剣を構え、私の一歩前へと出たクロエの言葉に従い
私は魔物の攻撃が届かない岩場の陰にワルターを降ろす。

痛みに顔を歪めるワルターの横、フェニモールは体を震わせ目を瞑っていた。





「オウ、ワレ等!さっさとこがあなヤツ片付けえや!」
「言われなくても分かってる!!」





煽るモーゼスの言葉を合図に、仲間達は一斉に動き出す。

セネルは敵の正面へ突っ込み、ジョウサイガメの顔面を殴る。
クロエは背後に回り、隙のありそうな場所を攻めた。





「ッ…」





腰の筒から数本短剣を取り出し相手にぶつけるも
私の攻撃では全くと言って良い程ダメージを与えられない。
恐らく“何かが当たった”と言う事にすら、魔物は気付いていないだろう。

このまま戦いが長引けば皆の命が危ない。
実際、その硬い甲羅に拳を叩き付けるセネルの手には血が滲んでいた。





、ブレスを使え!!」





何とかしなきゃ、と焦る私にウィルは叫ぶ。
その横顔には余裕はなく、とても冗談だとは思えなかった。




「ブ、ブレスって回復?」
「違う!攻撃だ!」
「こ、攻撃って…!」





だってあれは、と続きを紡ごうとするも
喉が恐怖に震え、上手く言葉が出てこない。

回復なら今まで何回もやった。
だから何も怖くない、慣れている。

でも、あれは違う。

もし、私が攻撃を外したら?
もし、その外れた攻撃が皆に当たったら?

想像しただけでゾッとする。
焦げ臭い肉の匂いを思い出し、恐怖に言葉が出なかった。

…でも。





「頼む!早く!」
!あたしからもお願い〜!」





「もう体がもたないよ!」、そう言ってブレスを撃ち続けるノーマを見て
ギュ、と杖を持つ力が強くなる。

例え仲間を傷付ける可能性があっても、それを仲間が望んでる。





「お前なら出来る!」





その言葉、信じても良いんだ。
自分が傷付く可能性よりも、私の事を信じてくれるんだ。





「分かった…!」





杖の先に付いている赤い宝石が、私の意思と共鳴しパアッと光り出した。

体が熱い。
あの時とは少し違う、不思議な感覚。

何だか今なら、大丈夫な気がする。




「ッインディグネイション!!」





高々と杖を上げ、その呪文を口にすれば
杖を飾る宝石が今までで一番強い光を放った。

雷雲が立ち込め、一本の太い雷が魔物の体をズン、と貫く。
雷鳴に混ざり聞こえる魔物の絶叫は辺りの空気をビリビリと揺らした。




「…、馬鹿な」





未だ実感がわかずぼうっとする私の背後で、誰かがそう呟く。





「何故、そんな高度な術を使える…」

「中級の回復術すら使えない貴様が」





ゆっくりと声がする方へと振り返れば、ワルターは目を見開き私を見ていた。
ワルターの言葉を聞き、フェニモールまでも「え?」と声を漏らす。

正直、そんなのこっちが聞きたいよ。





「自分でも、良く分からないんだ」
「…」
「でも、内緒にしてね」





「私が怪我してる事は」、と付け加え笑うとワルターはフイッと顔を反らす。
そんな彼の態度に私は都合の良い解釈をし、「ありがとう」と押し付けるように言った。





凄いじゃん!」
「う、わ…!」





元気いっぱいに声を上げ、私の胸に飛び込んできたノーマは
これ以上ないと言う程の満面の笑みを浮かべていた。





「やったな、





額に浮かぶ汗を拭い、私の肩を叩いたセネルの手はあちこち傷だらけだった。

それでも痛がる素振り一つ見せず、私が無事にブレスを撃てた事を
セネルは我が身のように喜んでくれる。





「…怪我、治すね」
「ん?…ああ、悪いな」





肩に乗せられた手を、そっと取る。





「ファーストエイド」





下級のブレスではあるけど、痛みを和らげる事くらいは出来るはず。

淡い光は傷口に染み入り、腫れた拳を元の状態へ戻していく。
輝きが止まると、セネルは手を握ったり閉じたりと繰り返し、私に笑みを向けた。





「サンキュ」
「んーん!どういたしまして!」





後ろ手に回した掌がズキリと痛む。

…いや、きっと気のせい。
痛い“かも”、なんて考えるから痛むだけ。

セネル達の痛みに比べたら、こんなのへっちゃらだ。





「とにかく急ごう!シャーリィを追わないと!」
「ああ!」





勢いよく外へと走り出す仲間達の背中を見つめる。
ボタ、と掌から何かが滴り落ちたのを、私は「汗だ」と思い込んだ。





「ワルター、立てる?」
「…」
「フェニモールも、行こう」
「…」
「もうすぐ、出口だから」





シン、と静まり返る空間に私の声だけが響き、途端に虚しくなる。

私は小さく息を吐き、ワルターの体をゆっくりと起こして
フェニモールに目配せをし、仲間の後を追った。















「クソッ…!」





外へと出てまず耳に飛び込んだのはセネルの声。

拳を強く壁に叩き付け、悔しそうに歯を食い縛る。
言葉はなくても、そんなセネルの状況を見て私は全てを理解した。


…また、間に合わなかった。


手を伸ばせば触れられる距離にいたのに。
私はやり場のない怒りに拳を震える程強く握り締めた。

そんな絶望的な空気が漂う中、トタトタと音を立て何者かがこちらに近付いてくる。





「みなさーん!」





手を振りながら近付いてきたのはモフモフ族三兄弟の長男、キュッポだった。

私達の元まで来ると「無事で良かったキュ」とホッと安堵の息を漏らすキュッポ。
追い詰められていた気持ちが、ほんの少しだけ楽になった。





「キュッちん!リッちゃん何処行ったか知んない?」
「ジェイの話だと、『雪花の遺跡』に向かったらしいキュ!」





そう言ってキュッポは「あっちだキュ!」と四時の方向を指差す。
まだ希望はある、とキュッポの言葉に瞳を輝かせ、私達は互いに見合い強く頷いた。

目的地は決まった。
ならばすぐに出発だと向きを変えた私達を誰かが控えめに制止する。





「、あの…」





ほぼ同時に振り返る私達を見てビクリと体を揺らすも
フェニモールは真っ直ぐに私を見て頭を下げた。





「…私…?」
「助けてくれた事には、礼を言います。…ありがとう」





まだ恐怖が完全に抜け切っていないのか、ある程度の距離はある。
それでもその言葉が聞こえない程の距離ではなかった。





「お、お礼なんて言って良いの?」
「はい…?」
「だって、何もやってないし」





私がやった事と言えば、ただ怒鳴って、怒らせて、怯えさせたくらい。
フェニモールを助けたのは、私じゃなくてセネル達。

じゃあ何故、と小首を傾げる私をフェニモールはジッと見つめ会話を続けた。





「…別に貴女じゃなくても良いけどワルターさんの怪我を治そうとしてくれてたし…」
「う、うん…それは人として…」
「…ここまで連れてきてくれたのも、貴女だし…」
「…そう、なんだ」
「……」
「えへへ」
「か、勘違いしないでよ!別に私は、貴女を認めた訳じゃ―――…」





「フェニモール!」





真横から聞こえる大声に肩をビクつかせたと同時、ドン、と誰かに突き飛ばされる。





「おぉっと」





倒れる、と強く目を瞑り痛みを覚悟するもいつまで経っても痛みはない。
恐る恐る目を開ければ、そこには傾く私の体を支えるモーゼスの姿があった。





「あ、ありが…」





顔を上げ、モーゼスを見る。
すると出るはずだった言葉が不自然に途切れた。

私を突き飛ばした張本人であるワルターを見つめるその瞳には怒気が篭っている。
モーゼスらしくない、冷徹な眼差しだ。





「ワ、ワルターさん…!」
「、来い!」





黒い翼で空を飛び、フェニモールの体を不思議な力で宙へと浮かせる。

未だ傷口が痛むのか、ワルターは苦痛に顔を歪ませる。
それでも彼は決してその事を口にはしなかった。




「ま、待って」





声が上ずる程必死な事に自分自身驚いた。
でもワルターが私の言葉を聞いてくれる訳がない。

力を使うだけでも相当辛いはずなのに、一体彼はそこまでして何から逃げているんだろう。
分かりきった答えを聞く事も出来ず、私は伸ばした手を引っ込め強く握った。




、大事か?」
「あ、うん…平気」





ワルターとフェニモールの姿が見えなくなる程遠くへ行った時
モーゼスは自らの手中にすっぽり納まる私に安否を確認する。

何だか不思議。

さっきまでワルターの事を捕って喰おうかと言うくらい冷たい目で見ていたのに
コロッと変わって私に笑顔をくれる。





「治療したにお礼一つなし、しかも突き飛ばすなんて超ヤなやつ!」
「いやいや!結局治せなかったし」
「…でもさ〜」
「きっと、二人とも安心出来る場所に行きたかっただけだよ」





「大丈夫」、と言って笑う私に
「あたし、二人の心配なんてしてないよ」、とノーマ頬を膨らませ言う。





が頑張ったのに、認められてないのが何か悔しいだけ」





思いもしない彼女の返事に、上手く言葉が返せない。

…知らなかった。
こんなに心配されているなんて、ちっとも。





「とにかく、キュッポの言う通り『雪花の遺跡』に行こう」
「ヴァーツラフの本隊もいる所だ。間違いはないだろう」





セネルとウィルの言葉に反対する者は誰もいない。
私達は改めて次の目的地を確認し、歩調を合わせ前へと進む。

…はずだったんだけど。





「…で、だ」





いざ歩き出そうとした時、セネルはジトッとした瞳で振り返る。





「お前、いつまでついて来る気だ?」





その瞳は私に腕を回し我が物顔でその場に居座るモーゼスへと向けられる。

呆れているのか怒っているのか、何とも言えないセネルに
モーゼスもガラ悪く「あぁ?」と不機嫌な声で返事をした。





「ヴァーツラフのやり方が気に食わんだけじゃ」
「なら、俺達と一緒に行く必要はないな」
「ワレについて行っとるんと違う。について行くだけじゃ」
「迷惑だ。帰れ」
「あ?もっぺん言ってみい」
「いや、本当迷惑」
「……」





「冷たいのう」、と擦り寄ってくる顔を無理矢理どけて
腰に回された手の甲を思いっきり抓るとモーゼスは大袈裟に悲鳴を上げる。

助けてくれた事にはお礼も言ったし、これとそれでは話が別だ。





「モーゼス」





抓られた手の甲に息を吹きかけているモーゼスに、私は改めて言葉を紡いだ。





「セネルね、妹の為に頑張ってるんだよ」
「…妹?」
「シャーリィって、セネルの妹なんだよ!」
「…」
「家族愛って、素敵だよね」





嫌に“家族”と言う単語を強調してみせれば、モーゼスの表情は見る見る内に変わっていく。

じ、と黙り顎に手を当て何かを考え数秒後
モーゼスはセネルにゆっくりと近付くと、スッと手を差し出した。





「家族の為ならワイも協力しちゃる。ワレとは一時休戦じゃ」





いや、チョロすぎだろ。
そうは思ったけど、敢えて口には出さなかった。

掌を返す相手にセネルは一瞬たじろぐも、相手をキッと睨むと迷いもなくその手を弾いた。
冷徹なセネルの態度にモーゼスは声を荒げ、仲間達はそんな光景に深い溜め息を吐く。

ちぐはぐな私達五人が笑顔を浮かべ談笑する姿を見るのには
何だかもう少し時間が掛かりそうだ。










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修正:11/12/11