『雪花の遺跡』を目指し、再び山を迂回する。
「ッハァ…」
目的地に着いた頃には喋る事も出来ない程呼吸が荒く、体が悲鳴を上げていた。
「警備が厳重だな…」
「ハァハァ…」
「でも前進あるのみ!行け、モーすけ!」
「ハァハァ…」
「って、何でワイだけなんじゃ!」
「ハァハァ…ハァ」
「、少し落ち着け」
警備員の死角にぎゅっと密着していると、私の荒い呼吸が嫌でも耳に入るらしい。
セネルは私の背中を軽く擦ると、人差し指を口に当て静かにするよう促した。
「い、いや…!ホント、こ、呼吸が!」
「どうしてバカ山賊が、皆さんと一緒にいるんです…?」
苦しい、と涙目で訴えかけようとする私の声を、聞き覚えのある声が掻き消す。
仲間達は目を丸くし、声が聞こえた方へと一斉に視線を向けた。
そこには仲間達同様、新たな仲間モーゼスを見て目を丸くするジェイの姿がある。
「ジェイ…どうして此処に?」
「何故って、作戦は二重三重に考えておくものでしょう?」
「何…?」
「皆さんが毛細水道で失敗したら次はこう言った話になると予測していましたし」
皮肉たっぷりのジェイの言葉に、セネル達は怒るどころか目を輝かせた。
「ならすぐに教えてくれ!」
「…では、僕の情報にどれだけ払う覚悟がおありですか?」
慌てて声を上げたセネルに向かい、ジェイは問うた。
不意を突くその質問に、皆は一斉に黙り込む。
「所持金全部でどうだ?」
「全部と言ったって、どうせ大した額じゃないでしょう?」
「じゃあ、一体どうしろって言うのさ」
やれやれ、と私達を嘲笑するジェイにノーマはむっと眉を吊り上げる。
私はそんな彼女を横目に、ゆっくりと、正直な気持ちをジェイへと伝えた。
「私の命、あげるよ」
ピクリ、とジェイの瞳が微かに動く。
彼の目の中に映る私は、とても自分とは思えない冷静な表情をしていた。
「…本当に良いですね?命より高い物何てありませんよ?」
「大丈夫。私は賭けるよ」
「皆は分からないけど」、と付け加え仲間の様子をチラリと窺う。
皆は私の視線に気付くと、間髪空けずにゆっくりと頷いた。
私達の覚悟を知ると、ジェイは無言で手に持っている地図を広げた。
「ここは地上にある入り口の他に、もう一つ潜入経路があります」
「何と!」
「でも、その潜入経路の入り口がここから離れてましてね」
「それがここです」、とジェイが指差した場所は
確かに雪花の遺跡からはかなりの距離がある場所だった。
地図の縮尺は分からないが、雪花の遺跡が東の端にあるのに比べ
ジェイが指差す場所は丁度遺跡船の真ん中。
「かなりの距離があるな…」
「はい。ここにある『巨大風穴』と呼ばれる遺跡の一番奥に潜入経路があります」
手短に説明を済ませるとジェイは地図をたたみ、皆を見つめ直し言葉を続ける。
「実は皆さんの事だから、きっと情報を買って下さると思いまして
ポッポを現地に行かせてあるんですよ」
「なので、そちらではポッポの指示に従って下さい」、そう言うと
ジェイはポケットに手を入れ、壁にもたれ掛かり私達を促すよう進行方向へと目線を向ける。
「ありがとう、助かった」
「世話になったな」
「命をいただいたんです。これくらいはお安いご用ですよ」
セネルは手短に礼を言うと、誰よりも早く目的地へと歩き出す。
その後を追うよう、ウィルもジェイに感謝の意を見せ巨大風穴へと向かった。
二人と同じようにクロエとノーマも歩きだし、
唯一ジェイに不満を見せるモーゼスは、ドスドスと拗ねた子供みたいに歩きその場を後にする。
「さん」
私も早く行かなきゃ、と一歩前に足を踏み出した時
すぐ隣にいるジェイから不意に呼ばれピタリと止まった。
「ん?」
「この会話の流れも、直感で知っていたと言うんですか?」
「…何が?」
「先程、僕の情報に迷わず貴女は“命”を売ると言ったでしょう」
ジェイの言う通り、確かに話の流れは知っていた。
でも、だから答えたと言う訳ではない気がする。
「うーん…」と唸りながら、私は自分自身に答えを問いかけた。
中々答えを出さない私に苛々しながらも、ジェイはただ黙って待ってくれている。
「…こっちの世界の文字が読めないって、前言ったよね」
「ええ」
「信じ難いですけど」、と付け加えるジェイに私は一つだけ頷く。
「私、本当はこの世界にいちゃいけない存在なんだ」
「…」
「本当はこの世界にいないって事は、死んでても良いって事だよね」
「だから、何でも命がけでやるの。ここにいる人達の為なら」
「皆の為なら、ちょっと怖いけど頑張らなきゃって思うんだ」
「元々ない命なら、捨てる覚悟でぶつからなきゃって思うじゃん?」
フッと、自然に笑って見せればジェイは驚き目を見開いた。
見慣れないジェイの表情に「何かついてる?」と頬を触るが勿論何もついていない。
あれ、変だな、と体のあちこちを触る私を見てジェイは一つ大きな溜め息を吐いた。
「…すみません、長引かせて。どうぞ行って下さい」
「うん、じゃあまた後で!」
「また“後で”ですか?」
「だって会うでしょ?」
「知ってるよ」、そう付け加えて私はジェイに手を振り走り出す。
仲間達の姿は既に遠くだ。
早く追いつかなきゃ、と懸命に自らの足を動かした。
「…どうして、あんな事」
ポツリと、雨粒程の声量で無意識に言葉が流れ落ちる。
いつものように冗談と言ってへらへら笑って見せるかと思った。
「元々ない命なら、捨てる覚悟でぶつからなきゃって思うじゃん?」
そう言って笑って見せた彼女の表情を、僕は初めて見た。
今にも泣きだしそうな潤んだ瞳をゆっくり細め、眉を下げ
精一杯、何かに耐えているような彼女の笑みに、らしくもなく動揺した。
僕がどんなに酷い事をしても、酷い事を言っても
決してあんな悲しそうな顔はしなかったのに。
…そんなに悲しそうに笑うなら、言わなければ良いのに。
「ッ調子が狂う…!」
その言葉の真意は、自分にすら分からない。
チッと舌打ちを一つ零し、嫌な物を取り払うよう首を振り
僕は次の作戦の為にとその場を後にした。
道なりに沿って歩き続けること数十分
緑の多い風景の中に赤い遺跡の壁が現れた。
整備された道が途切れ、不思議な形をした遺跡の前
何処か入口も分からず仲間達はぼう、と立ち尽くす。
「露滴碑版!」
さあどうしようかと首を捻る仲間達の中、誰よりも先に声を上げたのはノーマだった。
「ろてき…?」
「元創王国時代の記録を刻んだ、特殊な碑版の事だよ」
「これこれ」、と言って私達を手招くノーマにゆっくりと近付く。
「しかもここにあるのは、そこらの露滴碑版とは違うんだ」
「どう違うんだ?」
「話すより試した方が早いっしょ」
そう言うと、ノーマは碑版に向かって手を当てた。
「遺跡の扉開ける時みたく手当てんの」
「ふむ…」
「ほら、皆も!」
ノーマに習い皆が一斉に手を当てたと同時、
碑版は強く光り出し、地面がグラグラと大きく揺れる。
突然の揺れに驚く仲間達を余所に、ノーマが満足気に「よし」と口にした。
「最初にこうしとかないと、途中で下りられなくなるらしいんだ」
「なるほど…下に通じているわけか」
「そゆこと!んじゃ、レッツゴー!」
高々と拳を上げるノーマに私も「おー!」と拳を突き出す。
そして、私達が立つ地面は何度か激しく揺れると
ゆっくりと遺跡の中へと降りていった。
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...
修正:11/12/11