「風が気持ち良い…」
「そんな事言っている場合じゃないだろ」
走り続けて火照った体を冷たい風が冷やしてくれる。
それが心地良くつい声を漏らしたが
呆れたように笑うセネルの言葉に、私はハッと肩を揺らした。
「そ、そうだよね」
「?」
「シャーリィが、大変なのに」
何だか急に申し訳なくなって、「ごめん」と頭を下げれば
セネルは何の事かと言わんばかりに目を丸くしている。
「…ああ、いや。そうじゃないんだ」
「?」
「…いや、はそれで良いよ」
「一人ぐらい、ゆっくりしてるやつがいないとな」
そう言ったセネルの笑顔の真意は分からなかったけど
私は彼の気遣いに「ありがとう」と返す。
瞬間、地面は大きく揺れ、ガタン、と音を立てて止まった。
どうやら目的の場所までは下りてきたようだ。
「行くぞ」
立ち上がり、手を差し伸べてくれるセネルに「うん」と返しその手を取る。
まだまだ先は長く、休んでいる暇はない。
早く、シャーリィに追いつかなきゃ。
疲労が溜まり痺れる足も、シャーリィの為ならすんなりと動いた。
魔物との戦いはモーゼスが入った事でとても楽になった。
スピード、パワー、命中率、どれを取っても中衛と言う同じ立場の私より勝っている。
槍は相手の急所へと確実に飛んで行き、仲間に誤爆する事もない。
何とも頼れる存在だ、と彼を見る私の存在に気付いたのか
モーゼスは槍を投げようとするその手を止めニッと笑う。
「モーゼス強い!」
「じゃろ?惚れ直したか?」
「あはは!んなわけあるか」
私の言葉に大袈裟によろけたモーゼスは
心臓を抑えて「グウ」と苦しそうに声を漏らす。
「凹む前に歩く歩くー」
「…凹ませとるんは誰じゃ」
拗ねる彼の言葉を敢えて無視し、私はその大きな体を引っ張り前へと進んだ。
最下層まで辿り着くと辺りの空気もガラリと変わる。
私達が歩く場所のすぐ横、何処から来てるかも分からない水が流れている。
巨大風穴内に吹く風が他と比べ冷たいのは、恐らくこの水が原因だろう。
滑らないよう恐る恐るその水面を覗いてみるが、底が全く見えない。
まるで底無しだ、と私は一つ身震いしゆっくりと水面から離れた。
「川の幅が広くなってきてるね〜」
「川?海じゃなくて?」
「…分かんない」
「そんなどうでも良い話は置いといて、さっさと行くぞ」
二人で目を合わせ首を傾げる私達にウィルは一喝入れるとスタスタと歩き出す。
私とノーマは「はーい」と気だるく返事をしてその後を追った。
最も、今の話を“どうでも良い”で済ませられない者が一名いるようだけど。
「クロエ?大丈夫?」
「え!あ…い、いや、平気だ…どうしてだ?」
「疲れてそうだから、何となく」
「べ、別に大丈夫だ。心配をかけて、すまない」
そう言いながら、クロエは水面をチラリと見て口の端をひくつかせた。
どうみたって大丈夫じゃないけど、
これ以上私が干渉する事をクロエは望んでいないだろう。
私は都合良く、クロエがカナヅチである事だけは知らないと言う設定を自分で作り
彼女に「行こ」と声を掛け先を行く仲間達の後を追った。
数メートル程歩けばすぐに開けた場所へと出る。
地下なのにやけに明るかったのはこれのせいか、と
誰もが視線の先にある工房らしきものを見て頷いた。
しかし何でこんな所に、と疑問に思い首を傾げたと同時
ウィルが今までにない程の大きな声を出し、とある方向を指差す。
「皆、あれを見てみろ!」
言われた通りの方向へ視線を向けるも、別に声を上げる程のおかしな点はない。
突然走り出すウィルに意味も分からずついていく。
そしてとある一点に近付いた時、やっとある違いに気付く事が出来た。
「巨大生物の骨が、こんなにもたくさん…!一体、何の骨だ!?」
興奮するウィルの姿に「まただ」と溜め息を零す私とセネル。
ノーマは「げ」と声を漏らし初めて見るウィルの姿に若干…いやかなり引いていた。
「まさか、これは…!信じられん!グランゲートの骨だ!!」
「グランゲートとは、確か…」
「万獣の王ゲートの陸生種!目撃情報すらほとんどない、幻の生物!」
「ご丁寧に説明どうも〜」
「で、いつ終わるのこれ?」と私の肩を突くノーマに
私は答えでもなんでもない「あー…」と訳の分からない返事をした。
「これだけの量の骨があれば、きっと全身の標本が手に入る…!」
「それがどうした」
「グランゲートの全身骨格標本など、世界中のどの博物館にもない宝物だぞ!!」
「…でも、こんなに持って帰れないと思う」
「ッ情けないぞお前達!!博物学の一大発見に立ち会っておきながら!」
ゲームをプレイしてる時は感じなかったけど、今直接目にして分かった。
こうして興奮状態になったウィルは誰よりも無邪気で、誰よりも子供なんだと。
「ゲートか…ワイも昔っから、ゲートに会いたいと思っとったんじゃ!」
「分かるか、モーゼス!」
「で、生きたグランゲートは何処じゃ?ワイは骨より生身が見たい!」
「…俺だって」
「ワイの一族に伝わる話じゃあ、聖爪術はゲートに認められる事で手に入るんじゃ!」
「グランゲートの生態を調べて、学会で発表したいものだ…」
何かをブツブツと繰り返すウィルと、ワクワク辺りを見渡すモーゼス。
「同じ話題で盛り上がってるよ〜で、実は全然話かみ合ってないよね」
耳元で囁くノーマに対し、私は「うん」と言葉を返し苦笑を零した。
「皆さん、良く来てくれたキュ!」
トタトタと聞こえる可愛らしい足音に振り返れば
私達のすぐ後ろ、ポッポが小さな両手を広げ出迎えてくれた。
「ポッポー久しぶり!」
「さんも元気そうで何よりだキュ!」
ニッコリと笑うポッポに私も満面の笑みを返す。
やっと私達の声が届いたのか
ウィルはハッと我に返り、いつものように眼鏡を上げ場を仕切り直した。
その突然の変わりように、二重人格である事を疑ってしまう。
「俺達の為に、ここで待っててくれたって?悪いな」
「ポッポこそ、皆さんの協力に感謝するキュ!」
「…協力?」
ウィルは目を丸くしポッポの言葉を繰り返す。
ポッポはニコッと笑うと、私達がここに来てすぐに目に付いた工房を指差した。
「ポッポの工房は、向こうにあるキュ!先に行って待ってるキュ!」
何を言っているのだろう、そう誰もが首を傾げる中
私だけはポッポの揺れるお尻を追いかけるよう工房へと向かう。
小さな扉を目の前に身を屈め進む。
入口は小さいが中は案外私達人間が立っても問題がない程の広さだ。
普通の建物と何一つ変わらない。
…が。
ふと視線を左に移せば、部屋の半分は占めているであろう潜水艦らしき物が目に入る。
それは水の上にプカプカと浮かび、ユラユラと揺れて
その動きを追うように皆は視線を上下させた。
「なんじゃいこのデカブツは」
「これが皆さんに乗ってもらう『ポッポ三世号』だキュ!」
「これが…って?」
「水の中なら、お任せだキュ!」
えっへん、と胸を張り自慢げに話すポッポ。
いつもなら可愛いと言える余裕があっただろうクロエは
その言葉を聞いた瞬間、サアッ顔を青くした。
「水の中ァ!?」
クロエらしくない声が工房の中にキーンと響いた。
驚き目を見開く仲間達の視線に気付くとクロエは一つ咳払いをし
かなり強張った表情でポッポに説明を求める。
「ポ、ポッポ…一体どう言う事だ?」
「皆さん、有人実験を申し出てくれたキュ?ポッポ、凄く嬉しいキュ!」
「ゆうじん…じっけん…?」
「…どうやら、話が食い違っているようだな」
穏やかではないセネル達の空気にたじろぐポッポは
ツツツ…と音も立てずに私の後ろへと回り込む。
私は怯えるポッポの頭をゆっくりと撫で
彼の代わりに疑問符を浮かべる皆へと説明を始めた。
「雪花の遺跡への入り口が地底湖の中あって、ポッポの潜水艦が必要って事だよ」
「ふむ…」
「だからポッポの実験に付き合う代わりに、私達も潜水艦を貸してもらうの」
「分かった?」と問うと、ウィルやセネルは察しがついたのか二度三度頷く。
ノーマとモーゼスも遅れて理解し、「なるほど」と言わんばかりに手を叩いた。
…一人、事の真意が分かったと同時に悲鳴を上げて取り乱してる子もいたけど。
「ジェイめ…!」
「どーどー、クロエ」
体をフラつかせガクリと膝を付き体を屈めるクロエの顔は
つい先程まで真っ青だったのに、今は怒りで真っ赤になっていた。
「一つ聞いて良いか?」
「キュキュ?」
「三世号と言ったが、一世号と二世号はどうした?」
「沈んで、大破したキュ!」
「ああ、私が一番聞きたくない言葉だ…!」
秘密を隠す余裕すらないのか、クロエは頭を抱え嘆く。
セネルはそんなクロエを心配そうに見つめながらも溜め息を吐いて
私は普段見れない怯えたクロエの姿を少しだけ「可愛い」と思ってしまった。
(きっと、本人に言ったら怒られるだろうけど)
「ポッポ、雪花の遺跡まで辿り付く成功確率は?」
額に汗を浮かべたセネルの問いに、ポッポは間髪入れずに笑顔で答える。
それが皆から笑顔を奪うと言う事も知らずに。
「ズバリ、一割だキュ!」
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修正:11/12/11