…―――大シャコ貝に乗った気でいるキュ!





「そうは言われても…」





ポッポに言われた事を思い出し、一つ溜め息を吐く。

だけど私よりも重く深い、絶望的な溜め息を吐くクロエを見ていると
何だか溜め息をする事すら申し訳なくなった。





「一割…いちわり…」
「大丈夫だよ!角さえ手に入れば問題ないからさ!」
「見つからなかったら…?」
「私が守る!」





そう言って胸を張れば、クロエの表情が少し変わった。
彼女の微かな変化に首を傾げれば、クロエは恥ずかしそうに自らの頬を手で包む。





「す、すまない…私と言う事が取り乱して…」
「あはは!やっと気付いた?」
「あ、ああ…のお陰だ」





「大丈夫」「問題ない」、とまだ自己暗示が必要なようだけど
クロエは少しだけ元気を取り戻したようだった。










ポッポが言うには三世号に乗って無事に雪花の遺跡へと辿り着く確率を上げるには
雄々しきもの、ゲートの角が必要らしい。

ここはゲートの墓場と言われていて、たまに生きているグランゲートも姿を現すが
決して刺激はしていけないと念も圧された。

角は王冠のような形をしているからすぐ分かる、と言っていたけど
それらしい物は一向に見つからない。

探すのを諦め始め、しゃがむのも面倒になり足で骨をどかそうとしたその時
まだ何もしていないにも関わらずウィルから怒声が飛んでくる。





!貴重な骨を足蹴りするな!!」
「し、してないよ!まだ!」
「する気があっただと!?」
「ええ!ウィルは何に怒ってるのよ!!」





「訳分からん!」と叫んでみたものの、ウィルは骨探しに夢中なのか返事すらない。

骨も見つからない、ウィルには怒鳴られる、
踏んだり蹴ったりで凹み気味の私を「よしよし」と撫でるノーマ。

ノーマの優しさに甘えぎゅ、とその体を抱き締める。
何だかパワーがもらえた気がして「よし!」と気合を入れると、私は再び骨探しに精を出した。










「ノーマ!!」





一つ一つ、念入りに骨を探す私の耳に焦るセネルの声が届く。

振り返れば腰を抜かし慌てるノーマと、槍を構え目を輝かせるモーゼスが視界に入った。

そしてその奥、陰った場所には巨大生物…グランゲートの姿がある。
鋭い牙を剥き出し威嚇するグランゲートの前、ノーマはその恐怖から動けず体を震わせている。

だがそれ以上に気になったのは、
そのグランゲートに対し槍を投げようとしているモーゼスの存在だ。





「モーゼス、ストップ!!」
「ワイは聖爪術が欲しいんじゃ!ワレに勝てばくれるんか!?」
「くれないよ!良いから武器下ろして!バカー!」





モーゼスの興奮は頂点まで達しているのか、全く私の声が届いていない。

そして私の忠告も聞かず、モーゼスは勢いよくその槍をグランゲートへと放った。
グサ、と音を立て槍はグランゲートの硬い皮膚を破り突き刺さる。

雄叫びを上げ、グランゲートはドクドクと血を流しながらその牙をモーゼスへと向けた。


もう、収拾がつかない…!


仲間を助ける為にグランゲートへ走り出した仲間達とは逆に、
私はポッポがいる工房へと向かい駆け出した。










「ポッポ!!」





扉を勢いよく開け、その名を叫ぶ。
狭い工房の中響き渡る私の声にポッポは驚きながら「キュ?」と声を上げた。

いつからいるのかは分からないけど
椅子に腰掛け何事かと言いたそうに私を見るジェイの姿もある。

だが挨拶をしている暇はない。
とにかく今の現状を、と私は慌てて口を動かした。





「い、生きたグランゲートがいて!モーゼスがゲートを怒らせちゃって!」
「キュキュ!?」
「急いで止めなきゃ!ポッポならゲートと話せるよね!」
「任せるキュ!すぐ行くキュ!」
「全く、あの馬鹿山賊は…」





潜水艦の点検をしていたポッポはピョンと飛び降り
私と扉の隙間を縫って外へと走る。

私もその姿を追うよう、再び元の場所へと向かった。










辿り付いた時には、既に何もかもが遅かった。





「…ハアッ…」





荒い息を吐きながら、眼前に広がる光景に目を見開く。

仲間に散々責められたのか、先程まで元気だったモーゼスは
ボロボロになりうつ伏せで倒れていた。

仲間達の更に奥には、グランゲートが血を流しながら荒い息を吐き蹲っている。

まだ攻撃されると思っているのか
ゆっくりと近付く私を警戒し、その首を思いっきり振っていた。





、まだ危険だ…!」
「…大丈夫」





嫌がるグランゲートの体を横からそっと撫で、傷口を触る。

触れるだけでも痛いのか、悲鳴を上げてまた暴れ始めるグランゲートを見て
じんわり、瞳の奥が熱くなった。





「ごめんね…」





少しだけ、力を入れて傷口を押した。
紫色の血が、鱗の隙間から流れ出る。





「キュア」





優しく暖かな光が手から溢れ、グランゲートの傷口を徐々に癒す。

大きな体に出来た無数の傷は、一回回復するだけではどうにもならない。
未だもがき苦しむグランゲートに、私は「もう一度」と魔法を唱えた。

しばらくするとゲートはとても気持ち良さそうな声を出し、体の力をすうっと抜いた。
そっと手を離せば傷口は綺麗に閉じていて、ほぼ目立たない状態まで治っている。





「良かった…」





安堵の息を漏らし、その皮膚を優しく撫でれば
ゲートはグルグルと甘えるような声を出し、私の体に頬を寄せた。

瞬間、ズキリと酷い痛みが掌に走る。
まさか、と恐る恐る覗き込めば、私の掌にはベッタリと血が付いていた。

グランゲートの血と混色し、どす黒くなった色を見て痛みは余計に増した。

ワルターの時とは違う。
袖を拭いて傷口を確認する勇気がない。





、どうかしたか?」





きっとズタズタに切り裂かれているであろう掌から目を離し、私は仲間達に笑顔を見せた。





「な、何でもない!」





決してその掌を仲間に見せまいと、後ろ手に隠し激痛に唇を噛み締めながら。










「雄々しきものよ、平穏な時を妨げた事、深くお詫び申し上げるキュ…」
「……」
「それはそうと、角もらっていいキュ?」





何とも軽いポッポのノリに、仲間達の肩の力がドッと抜ける。

そんなんで良いのかと言わんばかりの眼差しがポッポの背中に注がれるも
ゲートの横顔を見る限り、会話は成立しているようだ。





「何で言ってるの?」
「『重いから切って欲しい』らしいキュ!」
「やった!」
「それと、『お嬢さんありがとう』って言ってたキュ!」
「…、え」




ポッポの言葉にその場にいる全員が固まった。





「…傷付けたのに?」
「雄々しきものは、死が近い自分の為必死になってくれた事にお礼を言いたいんだキュ」
「…」
「『放っておいてもなくなる命なのに』って雄々しきものは言ってたキュ」





「治してくれた事じゃなくて、命を敬うさんの気持ちが嬉しかったんだキュ」





ポッポの言葉を真実だと判断する材料は私にはないけれど
ゲートの優しい眼差しを見れば、それが決して嘘ではないと言うのが分かる。

信じて良いのかな。
私がやった事、胸を張って良い事なのかな。

そんな私の気持ちもお見通しなのか、ゲートはゆっくりと目を細め頷いた。
まるで人みたいな、繊細な動きをするんだな。





「どういたしましてって、伝えて!」
「キュキュー!」





ゲートの言葉に、体の痛みなんて何処かへ吹っ飛んでしまった。

人に感謝されるのって、やっぱり凄く気持ちが良い。
私は抑える事も出来ない感情を垂れ流しながら、力いっぱいゲートをぎゅっと抱き締めた。










工房へ戻る途中、モーゼスの傷をほんの少しだけ治してあげた。

勿論、手は出さなかった。
いや、出せなかった。

傷付いた掌を隠すよう、両の手で杖を掴む。
杖なんて持っていなくても出来るのに今更、と思われないようになるべく自然に。

モーゼスはすうっと力を抜いて大きく息を吐き、「楽になったわ」と笑顔を零した。

掌の傷はどうやら誰にもバレていない。
私はモーゼスに「良かった」と言い、安堵の息を漏らした。















「皆さん、どうも」





工房に着くや否や、疲れ果てた私達を迎えたのは笑顔のジェイだった。





「ジェ…」
「ジェイ!」





改めて挨拶しなきゃ、とその名を呼ぼうとした私の声を遮ったのはクロエだった。
正にその形相は鬼のよう。





「水の中を進むなんて、聞いていなかった!」
「言っていませんよ?」
「なっ…!?」
「でも、命を賭けて下さいと申し上げました」





「クロエさん、頷いていたじゃないですか」、
そうキッパリ言ってのけるジェイにクロエは「う、」と声を詰まらせた。

言い返せる言葉が見つからないのか、クロエはガクリと肩を落とし
「そうだった…」と負けを認める。

私はそんな弱々しいクロエを励ますよう優しく肩を叩いた。





「改造には、どれくらいかかるのだ?」
「一晩いただければ」
「ならば、しばらくは自由時間だ。各自好きに過ごすが良い」





まさかそんな言葉がウィルから出てくるとは、と
その場にいる全員が目を見開き発言した本人を見る。

そしてワクワクしながら誰よりも先に工房の外へ出て行く彼を見て
またもや全員が「そう言う事か」と察し溜め息を吐いた。





「セの字、地底湖で泳ぎ勝負じゃ!」
「ああ、良いぞ。負けて後悔するなよ」
も来んかい、ワイのカッコええとこ見れんぞ!」
「後で行くよ!」





ウィルに続き工房を後にする二人を「頑張って」と見送り
その後をついて行くノーマとクロエにも「先に行ってて」と手を振った。

既に改造作業に取り掛かるジェイとポッポの様子を窺いながらも
取り残された私は潜水艦に身を隠すようゆっくりと屈む。


ここならきっと、ジェイにもポッポにも見えていない。


そっと揺れる水面に手を伸ばし、掌にへばり付く血を洗い流そうとしたその時だった。





「海水で洗うんですか?」
「うん……、って…」





背後、それもすぐ近くから聞こえる声に、ピタリと体が止まる。
揺れる水面には驚き目を見開く私と、その様子を窺うジェイの姿が映っていた。

突然声を掛けるなんて、驚いて落ちでもしたらどうしてくれるのだろうか。
…いや、それよりもまずい事が起きている。


ジェイに、ばれてる。


ずっと隠していたはずの、私の掌の傷が。





「傷は海水に沁みます。そちらの水道でどうぞ」
「…ありがとう、ございます」
「…いいえ」





掌を隠すよう包み込み、ジェイが指差す方へそそくさと移動する。
ジェイはそんな私の不可解な行動を無言で見つめていた。





「…にしても、普通爪術を使ってもそうはなりませんよ」
「へ…変、だったりして」
「変ですね」
「だ、断言止めてよ!」
「だって変ですし」





喋りながらも充分に漱ぎ、傍に置いてあるタオルを借用しゆっくりと手を拭いた。

傷口が無数にある。
大きいのから小さいの、深いのから浅いの、数えきれない程大量に。

血は止まったものの、その傷口を見ているだけで何だか寒気がした。




「…今は手だけで済んでますが、今後もっと酷くなるかもしれませんね」
「うん…」
「…出血多量で死ぬ可能性も出てきます」
「死ぬ…?」
「先程の血の量、異常です。とても手から出る量とは思えません」
「…」
「…?」
「それも、良いかな」





ただ自然に口から漏れて、外へと出てしまっただけ。
その言葉に深い意味はなかった。





「…?」




だけど返事がない。

どうしたのだろう、とゆっくり振り返れば
ジェイは私に背を向けて、黙々と潜水艦の改造作業へと取り掛かっている。

これ以上邪魔をするのも悪い。
私はそっと立ち上がると真っ直ぐに工房の扉へと向かった。





「そろそろ行くね!お邪魔しました」
さん」
「?」
「嫌なら無理しない方が良いですよ」
「…うん、してないよ?」
「…」





何を言っているんだろう、と小首を傾げる私に対しジェイは沈黙を返す。
そして今度はハッキリと、私が分かる言葉を使いジェイは会話を再開させた。





「…正直、そんな顔を見せられるとムカつきます」
「…は?」





何それ。
…可愛くないってこと?





「…申し訳ないです、生まれつきで…」
「分かってないみたいですけど…まあ、いいですよ」





ジェイはそう言うとヒラヒラ手を動かし目も合わせず私を見送る。
そんな彼に対し私も手を振り、「じゃあね」と言って工房を後にした。










「お、やってるやってる!」
「もう十五回目。全部セネセネが勝ってるよ」
「さすがだね!」





ノーマの横に腰を下ろし、泳ぐ二人の姿を見る。

その後三回程続いた戦いはどちらからともなく自然に終わった。

ふう、と息を吐き陸に上がるセネルはまだまだ余裕、って顔をしている。
一方モーゼスはと言うと陸に上がるのも精一杯と言った感じだ。





「二人ともお疲れ!」
「サンキュ」





持っていたタオルをセネルに渡す。

久しぶりに満足行くまで泳いだからか
セネルは気持ち良さそうに顔を拭いて笑顔を見せた。





「ほら、モーゼスも」
「オウ…」





大の字に転がるモーゼスの体にもう一つのタオルを投げつければ
ダラダラ面倒臭そうに手が動いて、仕方なく自分の体を拭き始める。





「……」





しかしまあ、何だろう。

滴る水がそこまで気にならないのか
二人は顔や体は拭くものの、髪は完全にほったらかし。

ぺったり肌につく長い髪をかき上げ、額を露にする二人に自然と声が出た。





「おでこ…!」
「?どうかしたか?」
「初めて見た!」
「はあ?」





「何言ってんだ」、と苦笑するセネル。
額が出ているからだろうか、その笑顔はいつもより幼く見える。





「モーゼスも!」
「あ?」
「髪、結べるんだ!」
「結んどると違う、絞っとるんじゃ」





セネルよりも髪の量が多いモーゼスは
髪を後ろへと引っ張り手で束ね、水分を含む髪をグッと絞る。

何回も何回も雑巾みたいに髪を絞るモーゼスは面倒臭そうに声を上げたが
私は一生乾かなければ良いのにと邪な事ばかりが頭に浮かんだ。





「水も滴る良い男…」
「なんか言ったか?」
「ううん!別に!」





涎が垂れそうになるのをグ、と堪え笑みを向ければ
セネルはまた「変」と言って笑う。





知らなかった。
人って、髪と体を濡らすだけでこんなにエロいんだ…!




息を荒くする私に対しノーマとクロエは怪訝な視線を送る。

「ああ、ジェイも連れてきて水にぶっこみたい」と言う衝動を必死に抑える。
でもきっと、間違いなくこの場にいたら叩き込んでいただろう。





「二人とも濡れてるし、風邪ひく前に戻ろうか…」
「心なしかが一番疲れてるようにも見えるんじゃが」
「アンタ達がカッコ良すぎるから…」
「ば、馬鹿言うなよ」





照れるセネルと笑うモーゼス。
今の状態じゃこの二人は何をしても文句の付け所がない。

カッコイイ通り越して、美しいと賞しても良いくらいだ。


これ以上見てると自分の精神がもたない、と
私は二人に服を乾かすよう指示し、工房へと戻った。


ウィルはまだグランゲートの骨と戯れていたいらしく
邪魔をするのも悪いし先に仮眠を取る事にする。





ジェイに会い、シャーリィを助ける為毛細水道を抜け
巨大風穴を通り、グランゲートと戦った。

工房に戻り端に寝転んだ瞬間、溜まった疲労がドッと体に圧し掛かる。


…―――本番は明日。


今は力を蓄える為にも、早く疲れを取らなきゃ。
そうして、意識は段々と、暗い暗い底へと堕ちていく。










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修正:11/12/11