外部からの冷気に身震いを一つ。

ゆっくりと起き上がり、眠気眼を擦って辺りを見渡した。
皆の姿がない…どうやら私が一番遅かったみたいだ。





「起こしてくれれば良いのに…」





ポツリ、と誰にも聞こえない声で文句を垂らし、慌てて身支度を始めた。
軽く髪を梳かし、服の皺を直し、それから顔を洗う。





「…」





水を掬う掌を見て、動きが止まる。

昨日出来た傷が、残っている。
でも昨日より数があからさまに少ない。

人の体って、たった一日でこんなにも再生しちゃうんだ。
意外、と感心したその時、頭が痛くなる程の耳鳴りに顔を歪める。





…―――破壊の少女よ…。

「ッ!?」





痛い、耳を押さえたと同時に声が聞こえ振り返る。
だけどそこには誰もいない。

どうやら声は直接頭に響いているようだった。

耳鳴りが治まらい…頭が、痛い。





…―――治癒術は危険だ…それ以上、使うな…。

…―――今回は、たまたま運が良く助かっただけ…。





…コイツ、ジェイと同じ事を言っている。





…―――お前の力は、人を癒す物ではない。

「…どういう…事…?」

…―――分かっているはずだ。





…―――治癒術を使う度に傷付く自分の体…。

…―――それとは反対に、強い力…。





ズキズキ、頭が痛い。
私、コイツの声が苦手だ、と改めて気付く。

この世界に呼ばれた時と同じ声。
あの時は意識していなかったけど無機質で、怖くて、何か嫌。

生きている人の、音色じゃないみたい。





…―――お前の力は、人類を滅ぼす為にあるのだ。





「ッうるさい!!」





一際大きな耳鳴りに頭が酷く痛んで
手の届く場所にあった椅子を振り上げ、床へと叩きつけた。

バキッ、と音を立て木製の椅子は崩れていく。
叩きつけた床が凹み、一部形が変わっていた。





、どうした!?」
「ッ…」





工房に駆け付けた仲間達の声にハッと我に返る。
ボロボロになった椅子を持ち、髪を振り乱し荒い息を吐く私に皆は目を見開いていた。





「あ、私…」





声が消えた。
頭痛も治まる。

ただ自分の行動が理解出来ず、混乱だけは消えない。
苛々しているから、痛かったから、どんな理由であれこんな事をしたなんて信じられなかった。





…―――お前の力は、人類を滅ぼす為にあるのだ。

「…何でも、ない」





脳内でリピートする言葉を掻き消すよう頭を振った。

きっと、気のせい。
あんな声、聞こえなかった。

疲れているだけ。
問題なんて、一つもない。





「ご、ごめん。椅子壊しちゃった」
「…ポッポならそれくらいすぐに直せるので、ご安心を」
「任せるキュ!」
「…ありがとう」





滅茶苦茶な行動だと皆に呆れられる事は多々あったけど
それでもちゃんと、自分なりに考えてここまで来ていたつもりだった。

初めてだ。
自分の意思とは違う事を、我も忘れやってしまったのは。





「それよりも、準備が出来たのなら一刻も早く出発した方が良いと思いますよ?」
「そうだな…大丈夫か?
「うん、平気!」





もう考えるのは止そう。

私はもう一度強く頭を振ると、皆に今出来る精一杯の笑顔を見せる。
安堵の息を漏らす仲間達の姿を見て、私のちっぽけな悩みは空へと消えた。















工房から出ると、一番に潜水艦が目に飛び込んだ。
先端には昨日私達がゲートからもらった角が付いている。





「後は操縦者の腕次第ですよ」
「セネセネ、任せたよ!」
「ああ!」
「それと、特別な情報を教えましょう」





仲間の数人が乗り込んだ時、ジェイは思い出したと言わんばかりに声を上げる。
仲間達は一度ピタリと止まり、ジェイへと視線を向けた。





「まあ、大した情報ではないのですが」
「?」
「向こうに着いたら、星印のついた壁を調べて下さい」
「星印、か…。了解した」





艦内からウィルが短く返事をし、皆もそれに強く頷く。
全員が乗り込んだのを確認し、私もいざ、と足を踏み出した。





「う、わ…!」





いや、正確には足を踏み出そうとしたその時、誰かに強く引っ張られた。

一体誰が、と考えるまでもなく答えは出ている。
私の背後にいたのは、唯一潜水艦に乗り込んでいなかったジェイだけだ。

ジェイの体温で掴まれた手首がひんやりする。

「なに?」と声を上げてみるもジェイは私の手を離そうとしない。
私の手を、正確には掌をジッと見つめ難しい顔をしていた。





「…不思議ですね」
「へ?」
「一日で、ここまで治るものなのか…?」





「あんなに血が出ていたのに…」、と独り言をブツブツ呟くジェイ。

どうしたんだろう、とその目の前で軽く手を振ってみると
ジェイはハッと我に返り、強く掴んでいた私の腕をパッと離す。





「すみません、どうぞ」
「ど、どうぞって!何か行きづらいよ…!」
「別に大した事じゃないですよ」





自分で止めたくせになんて素っ気ない。
笑顔で「じゃあね」くらい言ってくれれば良いのに。

不満たらたらに眉を顰める私にジェイは小さく息を吐く。





「それでは、また」





そして別れの挨拶を口にした。





「…あ!」
「?」
「初めてだ!」
「…はい?」





潜水艦に乗り込もうとした最中、ある事に気付き振り返る。
中で待機する仲間の一人にぐいぐい体を引っ張られながら、私はジェイに笑顔を向けた。





「ジェイが私に挨拶したの、初めて!」





続けて「それじゃ!」と付け加え、私は潜水艦に乗り込み
窓から「またね」と口だけを動かしジェイに手を振る。

そんな私を、ジェイはただぽかんと口を開け見つめていた。















「よ〜し!セネセネ、出発しんこ〜!」
「なすのおしんこー!」
「止めろ。力が抜ける」





まともなツッコミが返って来た所で、ふう、と一息吐いて辺りを見渡した。

ジェイと別れてからどれくらいの時間が経っただろう。

辺りは青と言うよりも黒に近い。
時折窓の外に見える深海魚はギョロリと目を動かし、私達を物珍しそうに見つめていた。





「セネセネ!横に大きな魚がいるよ!」
「真横は壁じゃ!ぶつけんな!」





セネルは仲間達の言葉と自らの腕を頼りに巧みに潜水艦を操縦する。
こんな暗い世界を自由に動き回れるなんて、セネルは魚より凄いかもしれない。





「セネルって潜水艦の操縦も出来るんだね」
「少しだけどな。この潜水艦の操作にも慣れてきた」
「そんなすぐに分かるもんなんだ?さすがだ―――…」





ミシ





「…―――ね?」





笑顔を浮かべた瞬間、聞いた事ない音に自らの言葉が遮られる。

気のせいかな、と会話を再開させようとした時にまたミシリ。
何だろう、と首を傾げまたミシリ。

定期的に私達の耳に届くその音は、数を重ねる度に段々と大きくなっていった。





「…ミシミシ言う音が聞こえるんは、ワイの空耳かの?」
「私にも聞こえるけど」
「…な〜んか、足元がべちょっとしてる気が?」
「…何故、水浸しなんだ?」





隣に座るクロエが、真っ青な顔を更に真っ青にし
自らの足元に溜まる水を見つめる。

習うよう視線を下げれば、ユラユラと揺れる水面にハッキリと自分の顔が映った。

どう言う事だろう、等と考えるまでもない。
正に今、この潜水艦が―――…。





「水没しかかってるな…」





ポツリ、と一言冷静に呟いたセネルの言葉に私達は顔を見合わせる。
そしてすぐにノーマは立ち上がり潜水艦を操縦するその背中に声を荒げた。





「し、しかかってるって!どうすんのさ!?」
「もっと出力あげんかい!」
「とっくに最大だ!」





「目的地もすぐそこにある!」、セネルはそう言うと操舵輪を掴む手に力を入れた。





「ク、クロエ!とりあえず椅子に乗って!」
「み、みず…ミズ…」
「高い所にいれば、ギリギリになっても大丈夫!例えセネルが死んでも!
「馬鹿言うな!」





水が嫌いな訳でも、泳げない訳でもない。
ただ、自分がいる場所が海底へ沈むとなれば話は別だ。

とにかくクロエだけは安全な場所へと椅子の上に立たせ、自らも椅子の上に乗った時
窓から水面を挟み建物の壁らしき物が見えた。


後はここを浮上すれば、雪花の遺跡。


もう祈るしかない、とギュッと目を瞑り手を絡ませ、私は運命に身を委ねた。















「助かった…」





ポッポが作ってくれた潜水艦は
私達を陸まで導いた後、海の底まで沈んでいった。

スリルを超えたスリルを味わい
散々ではあったけど無事に雪花の遺跡へと辿り着けた事にホッとする。





「皆無事で良かったね!」
は俺を殺そうとしてたけどな」
「してないよ!ただクロエを守っただけ!」





胸を張る私に、「どうだか」とセネルは一つ溜め息を吐く。

操舵輪から離れる事の出来なかったセネルの疲労は皆以上だ。
冷え切った体を擦り、はあ、と息を吐き手を擦る彼にそっと近付く。





「…?何だ?」
「お疲れ様と、後、ありがと」





セネルの冷えた体にそっと触り、そして擦る。
ちょっとは暖かくなるかな、と思ったけど最早摩擦でどうにかなる問題でもないだろう。





「気持ちだけ受け取っておく」





それでもセネルは笑ってくれる。
私もそれが堪らなく嬉しく、満面の笑みを見せた。

そしてゆっくりと辺りを見渡す。

雪花の遺跡。
私がまず一番に気になったのはすぐ下の地面だった。





「妙にツルツルしちょるのう…」
「本当だ。ガラスか何かなのかな?」





モーゼスと一緒にツルツルとした地面を触って材質を確かめる。

これが古代の文明で出来た物なんて考えられない。
私の世界では屋根一つ作るのに何百年ってかかったのに。






「ん?」
「地面に反射してパンツが―――…」
うわあああ!もっと静かに教えてよ!!」





ご丁寧に反射する地面を指差すモーゼスに
私は大声を上げ立ち上がり、太腿でスカートの中をガードする。

焦る私に対しモーゼスはクカカと声を上げて笑う。
その明らかに“確信犯です”と書いてある顔を、思いっきり抓ってやった。





「…ここは、本当に雪花の遺跡なのか?」





下らない言い合いをする私達に一つ溜め息を吐くと、仕切り直すようにウィルが声を上げる。
その問いに答えたのは意外にもノーマだ。





「間違いないよ。床も壁も白いし」
「?」
「『雪花の遺跡』って呼び名の由来は、何処も彼処も白いからなんだよ」





壁、床、扉全てを指差し説明するノーマに皆は納得、と一つ頷く。





「とにかくシャーリィを連れ戻し、ここから脱出する方法を考えねばならん」
「ああ」
「ここからが本番だ。気を引き締めて行け」





ウィルの言葉に頷く仲間達はゆっくりと息を吸う。。
そして目の前の扉にしっかりと手を掛け、雪花の遺跡へと進んだ。










扉の奥、広間へと出る。
遺跡の中は外以上に近代的で、真っ白な世界に目がチカチカした。





「…ジェージェーが言ってた星印って、あれ?」





ノーマが指差す先の壁には言葉通り小さな星印。
自然に出来たとは思えないマークに私達はゆっくりと近付いた。

「星印のついた壁を調べろ」、と言うジェイの言葉を思い出し辺りを探るが
怪しい物は何一つなく、押しても引いても、辺りを必要以上に歩いても何の変化はなかった。





「ノーマ、蹴っちゃえ!」
「オッケー!!」





もう面倒、と声を上げた私にノーマは「やっと許しが出た!」と言わんばかりに足を振り上げる。
ガン!と音を立てた壁は上部へスライドし、私達の前には新たな扉が出現した。

「ざっとこんなもんよ!」と胸を張り、ノーマは躊躇する事もなく隠し扉に手を掛ける。

敵がすぐ近くにいるにも関わらず全く恐れないノーマの背中を見る。
私は「さすが」と心の中で呟きその後を追いかけた。










扉の先は、一言でいえば“外”だった。

久しく浴びていなかった気がする陽の光に目を細め
視界いっぱいに青い空と木々が映りこむ。

やっぱり外は良いなあ、と陽の光を浴びほのぼのとする私の横
モーゼスはううん、と顎に手を当て声を漏らした。





「こん場所、見覚えがあるような気がするのう」
「気がするんじゃなくて、この場所って…」





ガクリ、と肩を落とすノーマの言う通り、見覚えがある“気”がするだけではない。

正に今私達が立つこの場所は、ジェイの情報を命で買った場所だ。
つまり、要約すれば雪花の遺跡の入り口。





「…まんまと実験に使われたな」
「ジェイらしいね」





ウィルの言葉に、私は苦笑しつつ答える。

クロエに至ってはフルフルと拳を振るわせ
涙目を隠すように顔を俯かせ怒りを我慢していた。

良く頑張ったね、辛かっただろうに、と言う意味合いでポンポンと軽く背中を叩くと
その潤んだ瞳が私を見つめ、余りの可愛さにキュンとなる。





「だがまあ、これで脱出経路は確保出来た。改めて、雪花の遺跡内に侵入しよう」





誰よりも早く気持ちを切り替え遺跡内へと戻るウィルの背中を黙って追う。

ここまで来たら、あと少し。
早く、シャーリィの元に行かなきゃ。

今はそれだけを考えて、私は一歩一歩、しっかりと歩を進めた。









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修正:11/12/11