遺跡内は何処も彼処も機械的だった。
自然の明かりとは違う、明滅するネオンの光が数秒感覚で壁を走る。

もしかしたら、ここは私の世界に一番近いかもしれない。
久しぶりに見る人工的な明かりに反射する床を見ながら、そんな事を考えていた。





「すまん。ここを治して欲しいんじゃが…」
「あ、うん」





ぼう、っとする私の顔を覗き込み、モーゼスは真新しい傷口を見せる。
魔物の爪に裂かれた彼の腕は軽傷ではあったが赤く腫れていた。

早く処置した方が良いだろう、そう思い私は手を伸ばす。





…―――お前の力は、人を癒す物ではない。





そしていつものようにブレスを唱えようとした時、
思い出してはいけない言葉が頭の中を走り、ピタリと体が止まった。





「…」
「…?シリア?」





石のように動かなくなった私の名をモーゼスは控えめに呼ぶ。
その声は間違いなく耳に届いていたけど、上手く反応する事が出来なかった。

何か返さなきゃ、じゃなきゃ心配をかけてしまう。
分かっているのに、喉から音が全然出てこない。





「…」





混乱する私の前、モーゼスは突き出した腕をスッと下ろす。
赤く腫れた傷が視界から消えたと同時、止まっていた時が刻々と動き出した。





「モ、モーゼス…傷は?」
「こがあなもん、舐めときゃ治る」





もしかして気を遣わせてしまったのだろうか。

申し訳なく顔を俯かせれば、モーゼスは「あー…」と言いながら頬を掻き
丸まった私の背中を優しく、二度叩いてくれた。





「まあ、その…なんじゃ」
「?」
が舐めてくれたら嬉しいんじゃがのう」
「…バカだ」





笑いながら冗談を言うモーゼスに、沈んだ心が軽くなる。

そして冗談でなく本当に傷を舐めようとするモーゼスの腕を無理矢理引っ張り
私は目を閉じゆっくりと口を開いた。





「ファーストエイド」





きっとこれくらいの治癒術なら大丈夫。
無理をしなければ新しい傷も増えたりはしないだろう。

淡い光がモーゼスの腕を包み込み、そしてゆっくりと消えて行く。
傷跡は未だ残っているものの、大分目立たなくなった。

ホッと安堵の息を漏らす私の横、モーゼスは瞳を輝かせ「凄い」と言わんばかりに笑う。
ウィルやノーマでも出来る低級ブレスに、何でこんなにも感動してくれるんだろう。





「すまんのう!」
「いーえ!」





お互いに笑うとモーゼスは「オッシャ!」と声を出し、腕を大きく振って歩き出す。

まだ役立たずじゃない、そう思うだけで気分が上がり、無意識にへへ、と笑みが零れた。

これから先もずっと、こうして皆を癒せたら良いな。
そんな事を思いながら、私は目の前を歩く上機嫌なモーゼスの背中を追った。









遺跡内の雰囲気がガラリと変わる。
だけど敵の気配は全くと言って良い程感じない。

入口にいた数人を除くと、遺跡内で出会った敵兵はゼロに近い。
どう言う事だろう、と首を傾げているのは私だけではなかった。




「入口の警備は厳重だったが、中はそれ程でもないな」
「…いや、そうでもないようだ」





大きな扉の前、セネルは拳を構えながら言葉を紡ぐ。

セネルの視線を追うよう自らの首を動かすと
道の先に潜んでいた巨大な敵の影に私は一歩後退した。

目の前でのそ、と地響きを立てながら近付いてくる敵は
私達の数倍も大きく、そして太かった。





「なるほどな…ヴァーツラフを守る門番っちゅうわけかい」
「気を付けろ、来るぞ!」





けたたましい声を上げこちらに向かい突進してくる敵に
セネルとクロエは立ち向かい、私達は慌てて後退をし詠唱を始める。

相手の強力な一撃にセネル達は耐えるので精一杯。
こちらからの攻撃はブレスのみと言ってもおかしくなかった。





「一気にしとめるしかないな…」





苦戦する前衛の姿を見てウィルは武器を構え直すと、私とノーマに軽い合図を送る。

彼の気持ちを察した私とノーマは互いに目を見合わせ強く頷いた。
そしてゆっくり、意識を集中させ湧き出る力を高める。




「ヴォルトアロー!」





バッと手を上げたノーマの爪は一層強く光り、敵の頭上に雷を落とした。
不意を突いた攻撃に敵はらしくもなくその大きな体をグラつかせる。





「スプレッド!」





痺れで思うように動く事の出来ない敵にウィルは追い討ちをかける。
水圧に耐えきれず身を屈めた相手にセネルとクロエは猛攻を仕掛けた。




「インディグネイション!」





間髪入れず降り注ぐ稲妻は濡れた敵の体を芯まで貫いた。

今までの訳も分からず撃ってきた感覚とは全然違う。

自分の意思で何処に当てたいかコントロール出来るし
威力の調整も上手く出来ている気がする。


ポッポの工房であの声を聞いてから、体の中で何かが変わったみたい…。


自分の中から湧き上がる力に呆然とする中、
弱る相手の体にセネルの拳がズン、と沈み減り込む。

敵は痛みに顔を歪め、痛々しい悲鳴を上げると重力に逆らう事なくその場に倒れた。

相手の呼吸は止まり、シン、と静まり返った広間に
誰かも分からない安堵の息が響く。





「よし、先に進むぞ!」





これ程強力な敵兵をここに配置したと言う事は
この奥にヴァーツラフがいる事は明らかだ。

傷を癒し、汗を拭って、私達はすぐに奥の扉へと向かった。
















…―――ドクン。

脈が早くなるのを感じる。
どうして、こうなっているんだろうと自分自身を責めた。

全てを知っていた。
分かっていた。

でも、結局何一つ変えられなかった。





「何じゃこりゃあ?」





最初に声を上げたのはモーゼスだった。





「まるで白くてでっかいのを、赤いツタが縛りつけてるみたい…」
「不思議な空間だな…」





ノーマの端的な説明はあながち間違っていない。

どんな材質が使われているかも分からない、赤いツタのようなオブジェ。
中央で輝く、白い球体。

それは丁度、人一人が入れる大きさだった。

…そう、人が一人。





「嘘だろ…」





球体を見るセネルから、漏れた声。
ドクン、とまた一つ大きく心臓が鳴って、貧血に似た症状が私を襲う。

…きっと、セネルも同じ。





「嘘に、決まってるよな…」

「嘘だろ、おい…!」

「こんな事、あってたまるかよッ!!」





球体を叩くその拳が赤く腫れあがる。

慌てて止めに入る仲間達を振り解き
セネルは何度も何度も球体を叩き続けた。





「待ってろ、今ここから出してやる…!すぐに出してやるからな!」





我を忘れ叫び続けるセネルを、ウィルとモーゼスは無理矢理球体から引き離す。
暴れる彼の横を通り過ぎ、ノーマはその球体へと近付いた。





「一体、何があるってのよ…」





光に反射する球体の中を覗こうと、ノーマは目を細める。
そして反射するガラスの中、うっすらと見えた人影に驚きの声を上げた。





「な、中に女の子…!?」
「何だって!?」





駆け寄り、信じられないと首を振るクロエの後ろ、
腕を掴まれ仲間に押さえられているセネルは声が上擦る事も気にせず叫んだ。

私達の目の前、深い深い眠りについている少女の名前を。




「ッステラァ!!」





突然の大声に怯み、ウィルとモーゼスはセネルの体から手を離す。
セネルは前のめりになりながら、再び球体へと近付いた。

長い睫毛、糸のような細い髪、白い肌。
水中の中で蒼く光る少女はとても美しく、そして幻想的だった。

それはとても、悲しい事なのに。





「セネル…」
「誰がこんな事を…」





ガラス越し、少女に触れようとセネルの手は愛おしそうに滑る。
私はそんなセネルを見て、自らの無力に拳を握った。

こうなる事は分かっていた。
きっと、もっと私が行動していれば解決出来た。

私がもっと早く歩いていれば、足を止めていなければ。
そんな後悔の念ばかりが浮かび、唇を噛み締める。





「私がやった」





背後から聞こえた低い声に、ビクリと体が跳ね、強張る。

返って来るはずのない返事に、セネルは目を見開きゆっくりと顔を上げる。
そして自らの眼前にいる男を睨み、その名を口にした。





「ヴァーツラフ…!!」





装置の影から姿を現した男…諸悪の根源であるヴァーツラフにセネルは殺意を向ける。
それは、私と初めて会った時の瞳に良く似ていた。





「娘が目覚めていれば再会の感激もひとしおだっただろうが…残念だったな」
「ステラに何をしたッ…!!」
「何もしておらん…娘は三年の間、ずっとその状態だ」





顎に手を当てやらしく笑うヴァーツラフ。
セネルの拳がギリ、と力を増した。





「生きてはいるが目覚める事もなく、そうして球の中にある」
「嘘だ…ステラは三年前のあの時…」
「死にはしなかった!生きたまま、我が軍の手に落ちたのだ!」





良くもそんな事を笑いながら…。

怒りが体から溢れてくる。
なのに足が震えて睨む事しか出来ない。

混乱や怒りが入り混じる私の目を見てヴァーツラフは笑っていた。





「アンタ最低だよ…!!」
「何とでも言えば良い、小娘」





もう我慢出来ない、と私の体は恐怖に打ち勝ち前へ進む。

今更後悔しても遅い。
なら私は、今私に出来る事をするだけだ。





「お前のようなヤツがいるから、ステラはァッ!!」





交わる拳、伸びる爪の軌跡。
青と赤が混ざり、ぶつかり合う度に火花が散る。

ヴァーツラフは強い。
想いだけで今の私達が敵う相手じゃないのは、分かってる。

じゃあ、私が今出来る事ってなんだろう。

怒りのままヴァーツラフに立ち向かい、無駄死にしていく事だろうか?
無駄死にを避け、ここでただ立ち尽くし時の流れを待つ事だろうか?


違う。


私がすること、それは。
仲間達を助ける事だ。

例えこの手が使い物にならなくても、ジェイの言う通り死んだとしても。
私は私が出来る事をするんだ。

そう、自らに言い聞かせるよう何度も頭の中で繰り返し
手に持つ杖をめいっぱい握り締めた。









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修正:11/12/11