戦いは呆気なく終わった。

私を含め六人。
人数差がここまで合っても、ヴァーツラフに勝つ事は出来なかった。

仲間達は崩れ落ち、体の痛みに嗚咽を漏らす。
そんな中私は目を閉じ、意識を杖の先へと集中させた。





「レイズデット!」





これが、私が出した答えだ。

戦ったところで目の前の敵にはきっと勝てない。
私が一人加わった所で、状況は変わるわけがない。

ならきっと、これが正解なんだ。
皆の体を癒し、悔しさに歯を食い縛りながら逃げるのが、正解なんだ。

意識を取り戻した仲間達に声を掛け、彼等の小さな傷を一つ一つ癒していく。
逃げる為に使う足は、神経質だと言われるくらいきっちりと確認した。

ウィル、ノーマ、モーゼス、クロエと近い順にブレスをかけ
残りは後一人、とセネルの元へと走る。

掌が、熱い。
感覚がなくなってきてる。

それでも迷っている暇はない、と倒れ込む彼の横に屈み
微かに上下するその胸へと自らの手を翳した。





「ッう!?」





瞬間、手の甲を襲う痛みに私は顔を歪め悲鳴を上げる。





「い、た…!」





すぐ横に立つ男、ヴァーツラフは
私の手の上へその足を勢いよく下ろし、セネルの体ごと押し潰そうとする。

成人男性の全体重など支える事も出来ず、
セネルの胸とヴァーツラフの足の間に挟まれた手からは大量の血が噴き出した。

これ以上の力で押し潰されたらセネルが危ない。

これが火事場の馬鹿力と言うものだろうか。
私は自分の持てる力全てで、ヴァーツラフの足をほんの数ミリ宙へと浮かせた。




「ほお…中々やるなあ、小娘…」





手をどかせば、セネルが死んじゃう。
焦る私に対しヴァーツラフはニヤリと笑うとグリ、と足を捻る。




「ッ痛…!」





もう、痺れて手が動かない。
体も、既に限界が来ている。

朦朧とする視界に、大きな手が伸びてくる。
その手は抵抗出来ない私の胸倉へと伸び、そして引き上げた。


喉が絞まって、息が出来ない。


浮いた足で必死に抵抗しようとしても、その足は虚しく宙を蹴るばかりで
胸倉を掴む手に爪を立てようとしても、思うように力が入らない。

ヴァーツラフはそんな私を滑稽だと、心底楽しそうに笑っていた。





「所詮、こんなものか…」
「ッ…離して…!」
「?」
「離してって言ってんの…」





「ああ、私まだこんなに喋れるんだ」と自らに感心すると同時
「アンタ、キモイんだよ」と付け加え、笑ってやった。

自分にまだこんな余裕があったなんて、驚きだ。





「無駄な虚勢を…カッシェル!!」





突如部下の名前を呼んだヴァーツラフは、それと同時に私の体を勢いよく投げる。

吹き飛んだ私を受け止めたのは名前を呼ばれた張本人、カッシェルだ。
支える、とは程遠く乱暴に私を拘束すると、手に持っていた短剣を私の首に当てる。

ひんやりとした感触に、体が強張った。
だけど私は、笑ってなきゃ駄目なんだ。

…だって。





「お兄ちゃん…!!」





トリプルカイツに連れて来られたシャーリィが
今にも泣きそうな声を出し、泣きそうな瞳でこっちを見ているから。





さん、皆さん…!何て酷い事を…」





痛みに顔を歪める私を、真横にいる男は楽しそうに笑って見ている。
ああ、本当に趣味の悪い奴ばかりだと私は心の中で吐き捨てた。





「メルネスの娘よ。貴様が兄と慕うこの男、助けたくば封印を解け」
「…」
「状況が理解出来ていないか?ならばその小娘から手始めに―――…」
「い、いや…止めて下さい…」
「声だけか?口だけか?ああ、そうだな」





「兄だ妹だ言っても、所詮は血の繋がらぬ間柄…助ける義理等、ないのだな」





クッと喉の鳴らしたヴァーツラフの言葉に皆が驚き目を見開く。

静まり返った空気の中、荒い呼吸だけが辺りを包み
「今、何て…」と誰が発したかも分からない声がポツリと落ちた。





「何だ?何も知らなかったのか?」

「メルネスの娘に、兄等おらぬ」

「肉親と呼べるのは目の前の!眠り続けている姉だけだ!!」





一体、コイツは何がそんなに楽しいんだろう。
その笑い声、凄い不愉快。





「おおっと…何もするなよ娘」





瞳の色を変えた私の首をカッシェルが掴む。
無意識に漏れた声は、自分のものじゃないみたいに弱々しかった。

ハッと我に返ったシャーリィは苦痛に顔を歪める私を見ると
その潤んだ瞳を大きく見開き、そして伏せる。

私はその顔を見たら、何が何でも声を絞らなきゃって思ったんだ。




「ッ…血が繋がってなくたって、命かけて助けるよ…!」





不愉快な高笑いが止まった。





「もう一度、アンタがセネルに指先一本でも触れたらありったけのブレスを撃ってやる…!」





驚き見開かれた瞳が、殺気の篭った瞳に変わり
先程まで弧を描いていた唇は、今は血が出そうなくらい噛み締められていた。

ああ、侮辱された事が悔しいんだ。
何て単純な男、と私は自分の立場も忘れ口の端を吊り上げる。





「人質取るなんて姑息な手段しか出来ないアンタの体なんて、ボーンって吹き飛ばしてやるよ!」

「クルザンドの王子様は卑怯な真似しか出来ないんだね」





アハハ、と笑い必死に体が震えるのを紛らわした。

頭がおかしくなった訳じゃない。
ただ、この人達を守らなきゃ私の意味がないから。

死ぬ気で、全部やらなきゃまた後悔をしちゃうから。




「言ったな小娘…」
「…」
「まずはお前から粉々にしてやろう…体中の骨と言う骨を全てな」
「ッ止めて下さい!!」





「上等」、そう言おうと口を開いた刹那、シャーリィは私の前で両手を広げる。





「封印を解けるかやってみます!だからどうか、皆さんの命だけは!!」





声が震えている。
一体シャーリィは今、どんな気持ちでその言葉を紡いでいるのだろう。

…そんなの、背中を見れば分かった。
私と同じなんだ。

皆を救いたいって、それだけなんだ。





「…良いだろう。カッシェル、準備にかかれ」
「ハッ」




そう言ってカッシェルは私の体を合図もなしに突き飛ばす。
あ、と気付いた時には体は大きく傾き、ドサリと音を立てその場に崩れた。




「…シャーリィ」





それでも私は、必死に口を動かした。





さん…」
「…に来るから」
「、…え…?」





「絶対、また助けに来るから」





はあ、と荒い息を吐きながら私はシャーリィに笑顔を見せる。





「シャーリィ…大丈夫」

「大丈夫だよ…」

「助けてくれて、ありがとう」





掠れた声を絞り出し、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
シャーリィは私の言葉に目を見開き、そして小さく頷いた。

そして彼女は、自らが球体へと押し込まれる間際
口だけを動かしてこう言ったのだ。

「信じています」、と。


















「水を注ぎこめ」





ヴァーツラフの声を合図に、大量の水が球体の中へと注ぎ込まれる。
瞬間、水に濡れたシャーリィとステラの髪は蒼く美しく輝いた。





「嘘…ほんとに光ってるよ…!」
「“輝く人”…か」
「やっぱり嬢ちゃんは、メルネスじゃったんか…」





球体から目を離す事も出来ず、ただ思い思いに言葉を口にする仲間達。
すぐ隣、疲労から体を起こす事も出来ないセネルは唇を噛み締め拳を握った。





「いいぞ、もっとだ!内なる力を呼び覚ませ!!」

「今こそ封印を解き放つのだ!」





大きく手を広げるヴァーツラフの背中からは汚い感情が溢れ出る。
自らの利益の為にたくさんの人を傷付けたのに、罪悪感なんてこれっぽっちもないんだ。





「ち、ちょっと…!リッちゃん、苦しんでるじゃないよ!」
「いかん!海水が混じったか…!」





音を立て流れ込む水の中でシャーリィは自らの首に手を当てもがき苦しむ。
私達はそれを止める事も出来ず、ただ見つめる事しか出来なかった。





「止めろヴァーツラフ!海水はシャーリィの体に毒だ!」
「苦しいか?ならば死に物狂いで何とかしてみせろ!!」





まるでヴァーツラフの言葉を合図にしたかのように
シャーリィの体はガクンと下がった。

波に身を任せゆらゆらと揺れるだけで、シャーリィはピクリとも動かない。
光の反射で息をしているのかも分からなかった。

そんな彼女の姿を目にし、ウィルは眉間に皺を寄せノーマはバッと口元を手で押さえる。
クロエは自らの武器を強く握り締め、セネルはシャーリィの名前を叫んだ。


瞬間、球体の中はより一層強く光を増した。


海の蒼とは違う、暖かいオレンジの光だ。
その光はどんどんと輝きを増し、とうとう部屋全体を白く染めた。





「いいぞ、この反応を待っていた…!」

「遺跡船に眠る究極の兵器、とうとう手にする時が来た!!」





昂る気持ちを抑える事も忘れ、ヴァーツラフは叫んだ。

高らかな笑い声が聞こえたと同時、ガラスが粉々に砕け散る音が部屋中に響く。
突然の出来事に仲間の誰かは悲鳴を上げ、事態は私達を更に混乱へと陥れた。

恐る恐る目を開ける。
そこには地に伏せるシャーリィとステラの姿があった。

ガラスが砕け散る音と言うのは恐らく彼女達が入っていた球体が割れた音だ。
辺りに散らばるガラス片がキラキラと、場の空気も読まず煩わしい光を放つ。

封印が解かれた。
誰に訊かずとも、私は気付いてしまった。




「…そいつ等全員、始末しろ」





混乱し、立つ事も出来ない私達の前でカッシェルとスティングルが武器を構えた。
何とかしなきゃと手に力を入れるも、立ち上がるだけで精一杯だ。

それでも逃げなきゃ。
ここから皆で、生きて出なきゃ。





…―――セネル…。





儚げな声が、頭に響く。





…―――…セネル…。





目の前に横たわる青年の名前を一心に呼ぶ声の主を、私は良く知っている気がした。





「何だ、あれは…」
「シャーリィの、テルクェスか…!?」





突如目の前に出現したオレンジ色のテルクェスに辺りはどよめき出す。

シャーリィ?…ううん、違う。
この暖かくて優しい光は、ステラさんだ。

テルクェスは迷うことなく一直線に倒れるセネルの元へと飛んで行く。
意識を朦朧とさせる青年を優しく包むと、光は私達を導くようゆっくりと移動した。





「あれは…脱出口か!?」





光が目指す先には穴がある。
何処に通じているかも分からない、人一人入れる程度の幅の穴。

飛び込む事に恐怖はあった。
だけどここで何もせず立ち止まるよりも生き残れる可能性はある。

なら迷う必要は何処にもない。
私は自らの力を振り絞り、光を追うようにその穴へと飛び込んだ。





暗く、暗く、先はいつまで経っても見えてこない。
ただ落ちて、落ちて、落ちていく。

悔しい。
辛い。
悲しい。

落ちて行く自分の無力さに涙が出た。

泣いている場合じゃない。
私は、こんなに涙を流せる立場じゃない。

ここを通り、無事に地上へ出て皆の姿を見る事が出来たら笑顔になろう。
それしかもう、私に出来る事は残っていないんだから。










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修正:11/12/11