「これでよし、と…」
「ありがと、クロエ!」
私達はあの場所を脱した後、帰らずの森へと辿り着いた。
未だ目を開けないセネルに対し、ウィルとノーマはブレスを唱える。
私はと言うと、クロエに手の傷がバレてしまい応急処置をしてもらった所だ。
「…強いな、は」
「え?」
「傷、痛かっただろうに…」
そっと、包帯の上から私の手を撫でるクロエの瞳は
まるでお母さんみたいに温かくて、つい涙が出そうになる。
「…それは、クロエも」
「?」
「クロエが強いのは、手が傷付いても剣を離さなかったからじゃない?」
「…」
「私も、そうなれたら良いな」
傷付いても、どんなにボロボロになっても
仲間達を助ける為に治癒のブレスを使いたい。
「そう思って、皆を助けたんだよ」と言うとクロエは優しく笑ってくれた。
だけど言葉とは裏腹、包帯に巻かれた手は痛みで物を持つのも精一杯だ。
こんな状態で森を抜けられるだろうか、そう思い目を伏せたと同時
セネルがガバッと音を立て半身を起こす。
「ステラァッ!!」
「ひゃあ!」
ノーマは尻餅をつき、バグバグ五月蠅い心臓を落ち着かせようと自らの胸に手を当てる。
「い、いきなり大声出さないでよ〜!」
「あ……ここ、は…?」
「モーゼスの話によると『帰らずの森』と呼ばれる場所らしい」
「帰らずの…シャーリィは…?」
途切れ途切れのセネルの質問に、端的に答えるウィル。
まだ意識がハッキリしていないのか、セネルは虚ろな目でゆっくりと辺りを見渡していた。
「…」
シャーリィの話題になった途端、辺りは静寂に包まれる。
その空気に全てを察したのか、セネルは「そうか…」と言って肩を落とした。
「…詳しい話は後だ。今は一刻も早くここから離れる事を考えよう」
「でも、よりによって『帰らずの森』だもんな〜…」
おっもい溜め息を吐くノーマに皆の視線が集中する。
ただでさえ空気が重いのに何事だ、とウィルは眉を顰めた。
「ここ、方向感覚が狂いやすくてさ〜」
「ふむ…」
「迂闊に入れば遭難必死!って、トレジャーハンターの間じゃ有名なんだよね」
「ンオ、それなら…」
「ワイ、道を知っちょるぞ」
「モーゼスが道、知ってるよ?」
私とモーゼスの声がピッタリと重なる。
これには言葉を発した私自身も驚いた。
「アジトを追い出されてからっちゅうもの、ワイ等はずっとこの森におった」
「そうなのか…」
「野営地もある。今では庭も同然じゃ」
モーゼスの言葉に嘘はない。
そう言わんばかりに強く頷く私に、モーゼスは歯を見せ笑った。
「ならばまずは山賊の野営地を目指そう。モーゼス、案内を頼むぞ」
「オウ、任せろ!」
頼られる事が嬉しいのか、モーゼスはニカッと眩しいくらい笑い
ギートを連れて森の奥へと進んでいく。
皆も、その背中を頼りに薄暗い道へと足を踏み入れた。
「…セネル、行こっ…!?」
ぽん、と軽く背中を叩けば、乾いた音が辺りに響く。
包帯を巻いた手がジン、と痺れ、痛みに声が漏れた。
ハッと我に返ったセネルは目を見開き、私の手を見つめている。
そして自分がしてしまった事の重大さに気付くと慌てて私に謝罪をした。
「わ、悪い…俺…」
「い、いや…私が無神経すぎた…かも」
「…」
「…いや、そんな事ないかも?」
「?」
「今のはセネルも悪いよね?」
「…ハハ」
場の空気を和らげようと言った冗談も、セネルには届いていない。
笑ってはいるが、それはちっとも私の好きな笑顔じゃなかった。
「…、ステラが…」
くしゃり、と自らの前髪を掴みながらセネルは声を漏らす。
震えていて、頼りなくて、でも間違いようのない彼の本音に私は耳を傾けた。
「…ステラが、生きていた…」
今にも泣きそうな声で、セネルはその名前を呼ぶ。
ズキ、と胸の奥が痛み自然と歯を食い縛る。
「ッ…俺は、どうすれば…」
弱音を漏らすセネルからは、彼女を想う気持ちが痛い程伝わってくる。
だけど同情だけはしたくなかった。
何故かそれ以上に、私はセネルに対し怒っていたんだ。
「クヨクヨすんな!」
「…」
「シャーリィとステラさんは、同じ所にいるって分かったんだよ」
「ッ…分かってるよ」
「じゃあ、二人とも助ければ良いだけじゃん!」
「私はそうしたいから、先に行く!」
「立ち止まってる暇があるなら、前を見て歩くよ!」
「セネルがこんなとこでクヨクヨしてる間に、私が二人とも、助ける…んだから…!」
あれ、視界が滲んでる。
喉がきゅっと絞まって、何だか上手く声が出ない。
「何で…」
「ッ…」
「何でが泣いてるんだよ…」
言われて初めて、私は頬を伝う温い水の存在に気付いた。
何一つ運命を変えられなかった。
誰一人救う事が出来なかった。
無力な自分への怒りに涙が止まらない。
泣いている暇はないって、自分に言い聞かせたはずなのに。
セネルが…、仲間がいると涙が出てくる。
「シャーリィ、泣いてた…!」
「…」
「ステラさんが、辛そうな声でアンタの事呼んでたのも私には聞こえたッ…!」
「…女の子、泣かせんな…!」
ド、と力無くその胸に拳を突きつけ、私は唇を噛み締める。
「…ごめん」
何に対して謝っているのかも分からないセネルの言葉に首を振る。
セネルはそんな私を見て、一度目を伏せるとぎゅ、と優しく手を取った。
握られた手が、包帯を通し伝わる体温に熱くなる。
その手はどんなに私が泣こうとも、遅れようとも
決して離れることはなかった。
「モーすけ、まだまだ続くの?」
「オウ。森は広いからのう」
「ウゲ…冗談でも聞きたくなかったよ…」
ハア、と重たい溜め息を吐くノーマは膝に手を当てガクリと肩を落とした。
心無しかいつもより顔色も悪い。
相当疲労が溜まっているんだろう。
「ノーマ…大丈夫?」
「う〜…〜…」
「後ちょっとだよ、頑張ろ!」
「も〜疲れて動けないよ…」
「ならば永久にここで休ませてやろうか?」
仲間ではない声に、体がビクリと跳ねる。
駄々をこねるよう首を横に振っていたノーマも、私と同じ表情を見せた。
ゾクリと寒気がし、恐る恐る振り返れば
ヴァーツラフの兵と、それをまとめる見覚えのある男の姿が目に入る。
「カッシェル…!」
慌てて武器を構える私達を見て、カッシェルはクッと喉の奥で笑う。
「セネル以外は片付けろとの仰せだ…やれ」
目を細め命令を下すカッシェルの言葉のまま
ヴァーツラフ兵は私達にジリジリと近寄って来た。
こんな疲労した状態じゃ、勝てるはずがない…!
「皆、走れ!!」
ウィルの声を合図に、皆はほぼ同時にその場から走り出す。
走る度、ズキリと足の裏が痛む。
だけど今転ぶわけにはいかない。
転んだら殺されるぞ、とまるで自分自身を脅すように私は脳に走れと命じた。
「逃がすな、追え!」
カッシェルの号令で数人の足音が増える。
だけど後ろを振り返る余裕はない。
ただただ私達は情けない姿を敵に曝しながらも、生きる道を進み続けた。
走り続けどのくらい経っただろうか。
もう随分と奥に進んだ気がする。
「ここか…皆、野営地はすぐそこじゃぞ!」
見覚えのある光景にモーゼスは表情を明るくし、道の先を指差した。
「ほんと?」と明るい声で聞き返すノーマに、モーゼスは「オウ!」と返事をする。
「野営地につけば一気に形勢逆転じゃ!」
私達を励ますように声を張り、モーゼスは再び走り出す。
何かに怯え唸るギートの頭をそっと撫で、眉を顰める私に
きっとモーゼスは気付いていなかっただろう。
「なんじゃこりゃ…!?」
野営地に辿り着いたと同時、モーゼスは声を上げた。
私はそれを遠くで「やっぱり」と思いながら見つめている。
…そう思ってしまう自分が、酷く嫌な奴に思えた。
「チャバ!皆!何処へ、何処へ行ったんじゃ!!」
焼け焦げた土、散らばる武器、倒れた木、荒らされた跡。
人の姿は見えず、いるのはモーゼスと共にここまで来た仲間だけ。
「ほう、ここへ出たか…つい最近も来た場所だ」
背後から聞こえた声に、体が無意識に跳ねる。
そこには狼狽える私達を見て目を細めるカッシェルの姿があった。
追いつかれた、どうしよう。
必死に思考を巡らす私の気も知らず、カッシェルは淡々と言葉を紡ぐ。
「ここにいたチンピラどもなら、全て俺が片付けた」
「将軍閣下のご命令でな…」
驚き目を見開くモーゼスはギリ、と音が鳴る程歯を噛み締め
私が見た事ない程の殺気を放ちカッシェルへと襲いかかる。
「貴様アァッ!」
聞いた事ないモーゼスの声色に、体が強張って動かなくなった。
怒りに我を忘れるモーゼスを慌ててセネルとウィルが止める。
その様子をカッシェルが予想通りだと言わんばかりに見つめていた。
「…」
私はその光景に気を取られ、もう一人の敵の存在に気付く事が出来なかった。
…私達の背後から、姿を現したスティングルに。
「う、うそ…挟まれちゃったよ…!」
カッシェルとは反対に、スティングルは多くを語らず私達をただただじっと見つめている。
「おのれ…!」
私とノーマを守るよう、クロエは構えた剣をスティングルへと向ける。
ノーマは私の体に縋るようくっつき、私はそんなノーマを自らの元へ引き寄せた。
「ヴァレンス家の一人娘が、大きくなったものだ…」
そして目の前の男は、何の脈略もない言葉を零す。
仮面の下でどんな表情を浮かべているのかは分からない。
だけどもその一言でクロエの肩が微かに跳ねた。
「なん…だって…?」
「あの時はっきり言ったはずだ。剣を握れば容赦はしないと」
クロエの声が震えている。
戸惑いを露にし、クロエは大きく目を見開くと
直ぐさま眉を吊り上げ、怒りのままに仮面の男へ言葉をぶつけた。
「その台詞、間違いない…お前が…!」
「お前があの、腕に蛇の刺青をした剣士かッ!!」
抑えきれない復讐心は、そのまま剣へと宿り相手へ矛先を向ける。
我も忘れ振り下ろしたクロエの剣を、スティングルはいとも容易く受け止め弾く。
そして自分より一回り以上小さい少女の身を軽く吹き飛ばした。
「クー!」
今にも泣き出しそうなノーマの声。
「おのれェッ…!!」
聞いた事もない、殺意に塗れたクロエの叫び。
「セの字、ウィの字!どけ!あそこにおるんは、子分どもの敵じゃぞ!!」
怒りは矛先を見失ったモーゼスは、見境なく辺りに叫び散らす。
ウィルとセネルはそんなモーゼスを止めるのに精一杯だった。
「セネル、貴様だけは殺さない。もう一度メルネスと会わせてやる」
「何だと…!?」
「貴様は姉共々、メルネスの力を引き出す触媒となるのだ」
「ッ…ふざけるな!」
「セネル、お前まで挑発に乗るな!」
爪を光らせるセネルを宥めながら、
ウィルはここから逃げ出す僅かな可能性を見逃すまいと目を光らせる。
「…さらばだ、ヴァレンス家の娘」
ス…と大きな剣がクロエの頭上に翳される。
ザァ、と木々が揺れた音を合図に、剣は振り下ろされた。
でも、彼女が赤い血に塗れる事はない。
「ッ…」
ジィン、と短剣を投げた手が痺れている。
剣を受け止める事は出来なくても、軌道を変えるくらいなら私にも出来た。
スティングルの大剣は私が投げた短剣にぶつかり
クロエの体から数センチずれた場所に突き刺さっている。
「…どう言うつもりだ、娘よ」
突き刺さった剣を抜き、スティングルはもう一度構える。
私はそんな男に対し、短剣も杖も構えず真っ直ぐと気持ちをぶつけた。
「クロエは、本気なの」
「…」
「人を殺す勇気のない奴が、人に覚悟なんて聞かないで」
大丈夫、怖くない。
自らに言い聞かすよう何度も頭の中で繰り返し、拳を握る。
「…馬鹿な事を言うな…!」
「…」
「そいつは、何の感情もなしに人を殺せる…ッ人殺しだ…!!」
「…違う」
「スティングルはクロエと違って、なんの覚悟もしてない」
「覚悟を決めた人間が、そんな顔するわけない」
最も、仮面に隠れた表情なんて見えるわけがない。
でも微かに感じるんだ。
剣を振り翳す度、スティングルの体から溢れていたのは“殺したい”と言う感情ではなく
何処か悲しく、寂しいものだと言う事を。
「本気になれないなら、クロエに剣を向けないで」
「今のアンタは、戦う価値もない」
私の言葉を合図にしたかのように、突如雷鳴が轟いた。
「今は撤退あるのみだ!分かったか!!」
ウィルの言葉を聞き、私はノーマの手を引っ張り走り出す。
「クロエも!」、そう叫ぶと呆然としていた彼女はハッと我に返り
自らの剣を拾って、悔しそうに歯を食い縛り駆け出した。
「あっちだ!走れ!!」
ウィルの指示にモーゼスは悔しそうに声を荒げ、ギートと共に敵に背を向け走り出す。
セネルもその姿を追うよう、私達と同じ方向へとその足を動かした。
「盾になる気か?」
一般兵三人、カッシェル、スティングル。
絶望的な力の差を目の前にしてもウィルは決して怯んだりはしなかった。
「貴様一人で、どうにかなると思っているのか」
「残念!二人だよ!」
「ッ!?」
圧倒的な戦力の差に油断したのか、カッシェルは自分に迫りくる短剣の存在に目を見開く。
慌てて避けはするものの、らしくなく体勢を崩し足をもつらせ
その余裕の笑みは一瞬にして崩れた。
私が仕掛けた攻撃に続き、ウィルは低級のブレスでカッシェルと他数人の兵の目を眩ませ
皆が駆けた方へと走り出す。
「…逃がさんぞ」
私達との距離を詰めるスティングの足元に、数本の短剣を投げつけた。
一瞬の怯みでも、逃げるには充分。
「無理だよ」
「アンタ、もう戦う気ないじゃん!」
ニィ、と唇で弧を描いた私にスティングルは何を思っただろう。
一瞬動揺を見せ、矛先を僅かに下へと向ける。
その隙を狙い、私とウィルは彼のすぐ真横をすり抜けた。
ただただ安息の地を求め、必死に足を動かす。
滑稽だと馬鹿にされても、私達は生きる為に必死に敵に抗った。
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修正:11/12/11