「後もう少しだ」、そう言ったウィルの言葉を信じて私達は突き進む。
だけど、現実はそんなに甘くない。
「はあ〜!やあっと森の外に…に…って、ええ!?」
前を歩くノーマが、声を上げビタッと止まった。
セネルとウィル、そして横にいるクロエとモーゼスも皆だ。
「やっと来たかい…遅かったねえ」
何故止まったのか、なんて
目の前にいる女の姿を見れば、教えてもらわなくても分かった。
疲れ果てた私達を見てクスクス、と笑うメラニィの後ろにはヴァーツラフ兵と魔物が数体。
つい先程、私達が苦戦した魔物が何体もいる…それだけ状況は絶望的だと理解した。
「あたしら、もう終わりだよ!こんなの、絶対絶対かないっこない!!」
悲痛に喚くノーマをメラニィは腕を組み見つめ、そして笑っていた。
私が嫌いな、人を見下す笑顔だ。
何がおかしいんだよ。
そう、相手に食いかかろうとしたその時だ。
「ッ…!?」
ガクン、と体が大きく揺れ、反射的に吐息が漏れた。
何事かと慌てふためく私達に説明もなしに、地面は低い音を立てグラグラと揺れる。
立つ事すらままならなくなった私の目に映ったのは、
湖の中央、突如姿を現した塔の姿だった。
ゲームで見るよりも遥かに大きく遥かに高い塔に、私はただただ絶句する。
驚き声を出す事も出来ない状況でも、頭は瞬時に状況を理解した。
…あれが、艦橋…。
ゆっくり、整理するよう頭の中で言葉を転がす私の腕を突然誰かが掴む。
驚き声を上げようとする口をグッと塞がれ、嫌だと振り解こうとする私に向かい
口を塞ぐ張本人、セネルはシーッと人差し指を唇に当てた。
戸惑う私の手を取り、セネルは何処へ向かうかも説明せずに走り出す。
私と同じ、海を呆然と見つめるメラニィと兵士の視界に入らないよう、身を屈め。
逃げなきゃいけない事は分かっていた。
でもどうして逃げなきゃいけないんだろうとも考えていた。
どうして堂々とする事も許されないんだろう。
私達は悪い事、何一つしていないのに。
気持ちとは裏腹に動く現状に悔しくて涙が出そうになった。
だけどとにかく走り続けるしかないのだ。
私達が生き残るには、もうこうするしかないのだから。
「もう、逃げても無駄だって…」
「諦めるな!」
敵の目を欺き走り続けた私達は、道の途中足を止めた。
痛い、とノーマは目を潤ませ繰り返し自らの体を擦る。
活を入れるウィルもらしくなく呼吸を乱し、垂れる汗をグ、と拭った。
もう精神的にも体力的にも限界だ。
これ以上逃げ回る事は出来ない。
流石にここまでくれば、と顔を上げるセネルがピタリと固まる。
何事かと振り返る私の目に映ったのは道の先から現れたヴァーツラフ兵の姿だった。
「クソォッ…たかが三人くらいなんじゃ!」
「いや、後ろにもまだいる!」
「おのれ…!」
敵は五人、数では有利であっても私達に戦える力は残っていない。
ストローを回すノーマは体をフラフラ揺らし
武器を持つクロエとモーゼスの手はカタカタと震えていた。
絶望的、正にそんな状況に誰もが諦めの色を示したその時
状況は目まぐるしく変化する。
前方にいるヴァーツラフ兵が私達に向かい剣を振りかぶったその時だ。
ドン、と体を大きく揺らし、兵士は重量に逆らう事なく倒れていく。
指一本相手に触れていない私達は何事かとただ口を開けてその状況を見るしか出来なかった。
「…なにが起きた…?」
クロエの問いに正確に答えられる者はいない。
ただ、唯一考えられる事柄と言えば“仲間割れ”だろう。
後列にいた二人のヴァーツラフ兵が前列にいるヴァーツラフ兵の首を剣の柄で殴ったのだ。
脳が揺れ、短い悲鳴を上げたヴァーツラフ兵は起き上がる気配がない。
「諸君等を助けたのは、変装した私の部下だ」
落ち着いた声に、皆は武器を構えるのも忘れ呆然と前を見る。
金色の髪に、蒼い瞳。
淡い色に染められた服を纏い、威厳を放つ男性は私達にゆっくりと近付いてくる。
「マウリッツさん…!?」
「久しぶりだな、セネル君」
男の姿を見て誰よりも先に声を上げたのはセネルだった。
マウリッツと呼ばれた男は柔らかく笑い、自己紹介よりも先にセネルへと挨拶をする。
「村が襲われて以来だから、三年になるかな?」
「どうして、ここに?」
「同族の頼みとあっては、無碍には出来ないものでね」
そう言って男は笑みを浮かべながら振り返る。
男の視線の先、こちらへと近付いてくる少女には見覚えがあった。
「フェニモール…」
凛とした態度で私達の前に現れたフェニモールは多くを語らない。
その姿を頼もしいと思うと同時、頼りない自分に腹が立った。
「さて…諸君等が今置かれている状況、我々なら打開する事が出来るが…どうするかね?」
この人の手を取らなきゃ、生き延びる方法はない。
私達には迷う理由も権利もない。
この男について行く、と言う決断を出すのにそれ程の時間は掛からなかった。
でも、私は仲間の決断に気持ち良く首を縦に振る事は出来なかった。
本当は良い人だって知っている。
でも、何となく怖いんだ。
その、何でも見透かしてるような蒼い瞳が。
「…湖が、なくなっちょる…」
マウリッツに連れられ、随分と拓けた場所へ出た。
そこから見える景色はとてもじゃないが受け入れ難い光景だ。
「船全体が浮上したせいだな…他にも影響の出ている場所があるかもしれん」
「あの巨大な建物が現れた事と、何か関係があるのか?」
「…あれはこの船の艦橋にあたる施設だよ。元創王国時代は島に偽装されていたんだ」
淡々と説明するマウリッツに対し、一応は頷くものの
仲間達は更なる答えを求め視線を向ける。
マウリッツは一つ頷くと再びその口を動かし
艦橋と遺跡船についての説明を始めた。
「あそこからなら、メルネスでなくとも船を自在に操作出来る」
「だから隠されていたのか…!」
「ああ…巨大な力を容易く用いる事は、往々にして不幸しかもたらさぬ」
もう、私の頭では会話についていく事が出来なかった。
別に、難しいからと言う訳ではない。
ただ、その淡々とした説明をしている口の、更に奥の胸の内では
私達をどう見ているのかと考えていたら、気分が悪くなるんだ。
だけど今それを口にした所で現状は変わらない。
私は話の流れを追いながら、ジッと干上がった地面を見つめた。
シャーリィとステラがヴァーツラフに連れられ雪花の遺跡を出発した事。
そしてこれから艦橋へ連れて行かれる事。
彼女達水の民と呼ばれる人間は、滄我砲を放つエネルギーとして使われる。
水の民は煌髪人であり、また元創王国を築いた古代文明人の名。
そして今目の前にいるマウリッツとフェニモールも、シャーリィとステラも水の民。
その事実に驚く者もいれば「やはり」と小さく頷く者もいる。
私はと言えば、何だか上手く反応が出来ず俯くばかり。
きっと、体がこの事態を受け入れる事を拒否しているせいだ。
「…?」
「あ、ごめん…ちょっとぼーっとしてた」
微動だにしない私に、セネルが遠慮がちに声を掛ける。
私は何となく笑い、謝罪の言葉を口にした。
「…ともあれ諸君等は、ひとまず身を隠すべきだ」
「…」
「我々が使っている拠点のひとつに、案内しようと思うが」
マウリッツの言葉に、反対する者は誰もいない。
疑いの気持ちは晴れず、コソコソと話し合いをするものの
彼の提案以上の良い案は浮かばなかった。
「…では、お言葉に甘えさせてもらおう」
「よろしい。拠点は八時の方向だ」
「よろしく頼む。…も、良いな?」
「、え」
つい、どもってしまう。
何で私に振ったの、と問えばきっとウィルはこう言うだろう。
お前は夢で何を見た、と。
ウィルの期待には応えたい。
だけど良いって言うべきなのか駄目って言うべきなのかは分からない。
ここでついて行っては駄目と言えば、何か変わるのだろうか。
走る事もままならない私達が動き回った所で、いつヴァーツラフ兵に襲われるか分からない。
なら今は身近な安全に縋るべきだろう、と私はしばらくの沈黙の流した後言葉を発した。
「うん、よろしくお願いします」
小さく、マウリッツに頭を下げた。
本当は悪い人じゃないんだから、心配する必要なんてないと自らに言い聞かせながら。
ふっと辺りが暗くなる。
何事だろう、と下げた頭を上げれば私をジッと至近距離で見るマウリッツと目が合った。
いつの間に、と驚き目を見開く私をその蒼い瞳が捉えて離さない。
怖い、と思った私の体は無意識の内に後退した。
「…君、と言ったかな?」
「あ、は…はい」
「変わった服を着ているが…出身は何処かね?」
「え、っと…」
変に警戒する私をマウリッツは怪しく思っただろう。
必要以上の質問にどう受け答えして良いのか分からず混乱する私を見て目を細める。
どうしよう、と考える私の視界がウィルの背中でいっぱいになった。
私を庇うように広がるその逞しい背中と腕に
ドクドク五月蠅い心臓が少しだけ治まる。
「はこの世界の者ではないのです」
「…陸の民では、ない……?」
「ええ…ですが、俺達の仲間なので危害を加える事はありません」
「…ふむ…」
「分かった」、一言そう言うとマウリッツはそれ以上何かを追求しようとはしなかった。
…私は一人じゃないんだ。
ウィルの言葉に、スウッと恐怖が体から抜けていくのを感じた。
だけどマウリッツはその視線で私を責める。
口には出さないものの、鋭いその視線は私の本当の姿を探るよう動いていた。
納得いかないならとことん話し合えば良いのに、と強気に溜め息を吐いて
私は居た堪れなく目の前の男に声を掛ける。
「…あの」
「…何かね?」
待っていたかのように平然と返事をする男に対し
「このジジィ…」と口には出さず悪態を吐いた。
「良ければ、拠点に着いたら服を貸してもらえますか?」
「服か?」
「意外と目立つんだなって、今分かったんで」
「ん…ああ、すまない…余りにも珍しいのでな」
「いや、珍しい服を着てる私が悪いんです…多分、ほんっとーに多分だけど」
「はは…中々棘のあるお嬢さんだ」
どちらが悪いかは置いといて、私が着替えると言う意見にはウィルも賛成的だった。
マウリッツはしばらく何かを考えた後、「よし」と声を上げる。
そして自らの隣にいる少女の名前を短く呼んだ。
「フェニモール、お前に任せよう」
「は、はい」
「里に着いたら、服を一着貸してやりなさい」
「…お任せ下さい」
年齢も近く、同じ女。
マウリッツは軽い気持ちでフェニモールに事を頼んだのだろう。
フェニモールもマウリッツの言葉には逆らわない。
本心ではないのはその目を見ればすぐに分かった。
まるで、人間じゃないモノを見る目。
水の民でも陸の民でもない。
そうと分かれば残りの分類は“化け物”だ。
どっちの種族にも入れない私は、誰からみても変人だ。
ならばその視線の意味は深く考えなくても良く分かる。
「…あー」
何だか最近辛い事ばかりでどうしても考えが暗くなる。
私こんなネガティブだったっけ?明るいだけが取り柄じゃなかったっけ?
難しい事考えすぎて、自分が自分じゃないみたい。
いけない、と首を強く振り、私は自らの頬を二回、強く叩いた。
突然奇怪な行動を取る私を見て、フェニモールは気味悪いと言わんばかりに一歩後退する。
「フェニモール!」
「な、何ですか」
「よろしく!」
咄嗟に出てきた脈略のない言葉。
もう、半分以上ヤケクソだ。
差し出した手を見てフェニモールは目を見開くと、私をジッと見つめ口を開く。
「…貴女、本当に陸の民じゃないのね」
「でも、これでも一応人間やってるから」
「…私、そう言うつもりじゃ…」
「良いの、それで」
「…え?」
「認めてもらいたいけど、認めてもらえない事も受け入れなきゃって思ったんだ」
何も出来ないくせに、何かを必死に変えたくて。
そんな私が万人に受け入れてもらえるなんて、考える方がおかしいんだ。
「私馬鹿だから、何して良いかも途中で分からなくなっちゃって」
「でも、今フェニモールの目を見て分かったの」
「無理に認めてもらうんじゃなくて、“私らしい”に気付いてもらおうって」
「だから、人間じゃなくても“この人は”って思ってくれるだけで嬉しいんだ」
「フェニモールは私と目が会った時、毛細水道の事思い出したでしょ?」、
そう言って笑って見せれば目の前の少女は戸惑いの表情を浮かべた。
「…」
しばらくの沈黙の後、フェニモールはフッと笑った。
誰でもない、私を見て笑ったんだ。
「貴女の事なんて、忘れられないわ」
「だって、あんなに無茶で、馬鹿で、変な人には今までに会った事なかったもの」
そう言ってフェニモールは目を細める。
蒼く輝くその瞳に「ああ、綺麗だ」と魅了され言葉を失った。
やっと私を見て笑ってくれた。
怖れず自分の気持ちを正直に言ってくれる。
逃げ出さず、私と目を合わせて話してくれる。
今まで一緒に旅をした皆も、そうして包み隠さず話をして仲間になれたんだ。
きっと、他の水の民とも、ワルターとも
これから先、素直に接していけば仲間なれるって私は何処かで信じている。
「やっと元のに戻ったね〜!」
「へ?」
「さっきまでどよ〜んとしてて、全然っぽくなかったじゃん!」
「そう言うノーマも、さっきまで『疲れたー死ぬー』って騒いでたじゃん」
「ウグッ!あ、あれはあたしなりのジョークなの!」
図星をつかれ、必死に両手を振り回し反論するノーマ。
そんな分かりやすい反応を見てクロエが小さく笑う。
呆れた溜め息を吐くセネルも、大きな咳払いをするウィルも
つられて大声で笑うモーゼスも、少しだけ元気を取り戻していた。
「…どうやら一段落したようだし、そろそろ出発としよう」
マウリッツの一言に、皆が同時に頷き歩き出す。
その足取りは先程と比べ軽く、そして力強く、
皆が皆、道の奥、未来を見て歩を進めた。
出来ない事をやろうとするんじゃない。
まず、やれる事から確実に、一つずつやっていこう。
今度からは、そうやってこの世界を変えるんだ。
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修正:11/12/11