「それでモーゼスが聖創術欲しいーってシャーリィを連れて行っちゃったわけ」
「…でも、今一緒に行動してるじゃない?」
「それはモーゼスが馬鹿だから」
「、聞こえちょるぞ…」
拠点に着くまでの間、私はフェニモールに今までの長い旅を語る。
フェニモールはそれを興味津々に、たまに呆れた溜め息を混ぜながら聞いてくれた。
私への恐怖心は完全に消えたのか、フェニモールは敬語も使わなくなり
一緒に肩を並べ、まるで友達のように接してくれる。
最も、私は既にフェニモールの事を友達だと思っていた。
フェニモールもそう思ってくれていたら、なんて笑って見せれば
「何?」とおかしそうにフェニモールも笑う。
それだけでこんなにも心に幸せが溢れるのを、私は改めて実感した。
「さあ着いた。ここが我々の拠点の一つだよ」
長い長い道のりの先、森の入り口でマウリッツはそう言った。
私達の目の前に広がるのは木と、草と、そしてまた木。
拠点とは言えないその地形に、皆は顔を合わせ首を傾げる。
「拠点って、木しかないじゃん…」
「野営地なのか…?」
不安になる仲間達の様子を見て、マウリッツはスッと片手を上げる。
瞬間、森の木は消え、そこには集落が姿を現した。
突然の出来事に皆は驚き目を見開いて
フェニモールとマウリッツは私達の素直な反応に微笑を浮かべていた。
「な、何しおった?」
「敵の目を欺くべく、結界を張っていたのだよ」
当たり前の事、と言わんばかりのマウリッツの説明に
モーゼスは呆け、力無く腕をダラリと垂らす。
正直、全てを知っていた私ですら目の前で起きた現象が信じられなくて
何度も目を擦っている状態だ。
「では、進んでくれたまえ」
先頭を歩くマウリッツを追い、私達は恐る恐る拠点の中へと足を踏み入れた。
そこは拠点と言うより、集落と言った方が分かりやすいだろう。
建物は低く、だけど一世帯が住むには丁度良い大きさだ。
木々に囲まれ空気も綺麗で、鳥が囀る程穏やか。
つい先程まで自分達が追い込まれていた事すら忘れてしまいそう。
「お前は!」
先を歩くセネルの声に、ピタリと足が止まった。
道なりを真っ直ぐ進んだ所にある建物の前には私達が良く知る人物がいる。
前髪で片目を覆い、この里中で陸の民の衣装を纏い変装をしている青年。
「そう言えば、諸君等は前にワルターを助けてくれたのだったな」
「…」
「私からも改めて礼を言わせてもらおう」
「やりたくてやっただけですから」
丁寧に頭を下げるマウリッツに両手を振り否定する。
助けたと言うか、半ば無理矢理だった分
余計に傷口を開かせていた可能性もあるし、どうだと踏ん反り返る事も出来ない。
何より、ワルターが無事だった事が嬉しくて、お礼なんてもうどうでも良かった。
「…今から例の場所へ『ささやきの水晶』を取りに行く」
そう言うとワルターは数人の水の民を連れて
私達の横をすっと通り過ぎ拠点から離れて行く。
擦れ違った瞬間の彼は「まるで私達なんて眼中にない」、と言わんばかりの態度だった。
「感じわっる〜…」
「シャイなんだよ、きっと!」
口を尖らせるノーマとは反対に私は笑みを浮かべながら言葉を発する。
ワルターが私達にそう言った態度をとるのはきっと元気な証拠だ。
それが分かっただけで自然と笑えるのだから、私はノーマ以上に単純な奴なんだろう。
「それでは、中に入ってくれたまえ」
「はこっち」
「あ、うん」
セネル達は拠点の会議室へと、そして私はフェニモールの服を借りに別の建物へと。
仲間とバラバラになるのは寂しいが
難しい話はてんで分からない私がその場にいても迷惑なだけ。
私はフェニモールの背中を追い、拠点の奥へと足を進めた。
セネル達と別れある建物に入ったフェニモールは
早速と言わんばかりに箪笥を開け服を探る。
「サイズとか分かる?」
「フェニモールのお下がりで良いよ」
気を遣わせないように言った私の言葉にフェニモールは小さく頷く。
すぐさま箪笥から取り出し「はい」と私に渡してきたのは皺一つない綺麗な服だ。
「これ、新品じゃないの?」
「もう何度か着た物よ。ほら、ここの青が褪せてる」
「充分綺麗…ありがと!」
申し訳ないと思いつつご厚意には素直に甘える事にし
私は勢いよく服を脱ぎ捨て借りた服へと着替えた。
白と青を基調にしているその服は、生地がとてもふんわりとしていて
質感は私の世界の物と良く似ている。
陸の民の一部吸い付くような生地より全然良い、と心の中で思いながらも
スッポリとその服を頭部から被り、両手を鏡の前で広げた。
「……」
「ぷっ…」
きつい訳ではなかったし、ゆるい訳でもなかった。
だけど下を見れば足先が隠れる程布が余っていて
広げた手も、指先がほんの少ししか見えていない。
「は手足が短いのね」
「に、日本人体型なんだよ!」
「何それ?」
「…いや、良い…えっと、膝上まで切って欲しいかな」
「分かった。ちょっと待ってて」
私の要望に嫌な顔一つせず了承してくれるフェニモール。
服を脱ぎフェニモールに渡すと
裁縫道具を巧みに使い、フェニモールは生地を切り、丁寧に縫い直す。
スルスル、大した事じゃないと言わんばかりに動くその手を
気が付けばじーっと見つめ、追っていた。
それに気付いたフェニモールはクスリと笑みを零し、手を動かしながら私へと言葉を掛ける。
「ウェストも緩くしておく?」
「…フェニモール、喧嘩売ってる?」
「冗談。でも胸は直した方が良いかもしれない」
「……」
確かに、さっき着た時ウェストのきつさは感じなかったけど
妙に胸の辺りがスカスカして、布がダボついていた気がする。
「…どうせ、ないよ」
「いじけないでよ。ちゃんと直すから」
「良いよ、すぐ大きくなるし!」
「その根拠は何処から来るの?」
フェニモールは笑いながらもその手を休まず動かして
そしてたった数分もしない内に私の要望通りの物を完成させていた。
(要望していないのに胸はガッチリ詰められていたけど)
着直し、改めて鏡の前で両手を広げる。
無駄に余っていた袖は丁度手首の長さで止まり、
スカートは依然着ていたデニムの物と同等の丈になっていた。
くるりと回り、やっぱりちょっと動きづらいな、なんて思いながらも
長いスカートのまま動くよりは遥かにマシだ。
「これで色々素性とか聞かれなくて済むかな!」
「…それは、分からないわ」
満足、と笑う私に対しフェニモールは申し訳なさそうに言葉を零す。
「だって、水の民は金色の髪で、蒼い瞳だもの…貴女は違うじゃない」
チラリと、私の顔色を窺う彼女の寂しそうな表情が鏡に映る。
私は指摘された自らの髪を一束握り、じっと見た。
確かに何処からどうみても金色には見えない。
見えたらそれはそれで問題だ。
「うーん…でもきっと大丈夫!」
「、でも…」
「いざとなったら髪染める!」
尚不安そうにするフェニモールの両肩に手を乗せ、私は笑う。
きょとんと目を丸くしたフェニモールは私の阿呆面に考えるのも馬鹿らしくなったのか
「しょうがないな」ってお姉さんみたいな笑顔を見せた。
「じゃ、皆のとこ行こ!」
「うん」
フェニモールの笑顔を確認し、私は彼女の手を引っ張り建物を後にする。
服を変えただけなのに、何だか気分が違う。
何故か世界の色までも変わったように感じ、辺りがキラキラと輝いていた。
雑談をしながら歩き続けた私達は、数分も経たない内に目的地へと到着した。
息を吸い、吐き、中に入ろうとしたその時だ。
「だからお前達はガキだと言うのだ!!」
突如聞こえた怒声にビクリと大きく肩が跳ねる。
フェニモールは「え」と短く声を漏らして困惑の表情を浮かべた。
建物の入口にいる私達の存在に気付いたのか、
怒声を上げた張本人であるウィルは一度こちらに目配せをし、咳払いをした後言葉を繋げる。
「お前達三人はヴァーツラフに対し、感情的になりすぎだ」
「…」
「戦場で勝手に飛び出されたりしては、たまったものではない」
「そんな事は…!」
「ならば、帰らずの森ではどうだった」
「……」
「まともに動けていたのは、と俺だけではないか」
突然話題に浮上した自分の名前に一瞬だけ戸惑う。
目を伏せていた皆の視線は私へと集中し
私はと言えば何となく、その場の雰囲気に圧されペコ、と小さく頭を下げた。
「…が…?」
「…冷静でないから、自分達が誰に助けられたかも分からんのだ」
「い、いや!私はまともになんか動いてないよ!」
「弱いし」、と付け加え笑って見せたけど
皆もウィルも、そして口を噤んでいるマウリッツも笑ってはくれない。
隣にいるフェニモールも、ただただ黙ってその場を見守っている。
「…まともに、動いたんじゃない」
沈黙が気まずく声を上げれば、思っていたよりも弱々しい声が漏れた。
「私が動けたのは、この世界に来て日が浅いってだけだよ…」
「…戦場で感情的になるのは、どんな理由であれ言い訳にしかならんぞ」
「っ…じゃあ、ウィルは?」
「…」
「ウィルは、自分の前で大切な人を兵器として扱われたら、どうする?」
「大事な人を傷付けて笑っている奴がいたら、どうする?」
「ウィルは、自分の一番愛してる人の仇を討つチャンスがあったら、どうする?」
真っ直ぐ、その瞳を見つめる。
眼鏡の奥、瞳の奥、彼が持っているだろう当たり前の感情を引き出すように。
眉を顰め、私を睨むように見つめていたウィルは
小さな小さな溜め息を唇の隙間から漏らした。
「…私はこの世界で皆が一番大切な人だから、皆の役に立ちたいって思ってる」
「…」
「だけど、私は何も出来ない…冷静になんか、なれないよ」
「……何故、そう思うのだ」
「…を、」
「人を殺すのが、怖いから」
前までの私だったら、決してこんな事を皆の前では言わなかっただろう。
「弱音を吐いちゃいけない」と、何度も何度も自分の中で言い聞かせ
戦場までついて行き、流れに任せてこの手を血に染めていたかもしれない。
「…私を奮い立たせてくれるのも、冷静にしてくれてるのも…
前に進めてくれてるのも、皆だよ」
「皆が一緒じゃなきゃ、戦いには勝てないよ」
シャーリィとステラを助けたいと願うセネルや
家族の仇を討ちたいと願うモーゼスとクロエを見ていて
感情を曝け出せない事は、酷く格好悪いと感じたんだ。
だから私は、素直に気持ちを吐き出す事を選んだ。
「…は、どうしたい」
「セネル達は変われる」
「何故そう思う」
「勘と、信じてるから」
“勘”、その言葉にウィルの眉がピクリと動いた。
長い長い沈黙が続き、またその沈黙を破ったのも私。
「ウィルの事も、信じてる」
「…」
「ウィルだって、これから変わるよ」
「皆を見る目が」、そう言わんばかりの笑みを浮かべれば
ウィルは参ったと肩を竦ませ、思いっきり溜め息を吐く。
不思議と、嫌な感じはしなかった。
「考えておく。の勘は当たるからな」
「さっすがパパ!」
「パパと言うな」
照れているのか、それとも本気で嫌なのかは分からなかったけど
へへ、ともう一度笑う私を見たウィルの顔は、まるで本当の父親だった。
「」
「?」
声が聞こえた方へと振り返る。
そこには席を外し、私へと近付く最中のセネルの姿があった。
何?、と首を傾げる私を、セネルは色んな感情が混ざり合う瞳で見つめる。
「予知夢…か?」
「夢も勘の一種なの!」
「…俺は、本当に変われるのか?」
「絶対に!」
「…」
「夢なんか見てなくても、私が保証するよ?」
「…そっか」
緊張が解れたのか、セネルは安堵の息を漏らすと笑みを浮かべた。
私もそんなセネルの笑顔が見れた事を嬉しく思い、満面の笑みを返す。
「ともかく今日は休んでくれたまえ…戦争の話は今の疲れた君達には重すぎるであろう」
「皆さん、こっちです」
「地下の仮眠室に案内します」、と
入り口で待機していたフェニモールが私達を案内する。
私達は彼女の姿を追い、下り階段へと向かった。
疲れていたのか、目を閉じてから眠りに落ちるのは早かった。
暖かいフカフカの布団に包まれる。
それがこれ以上にない幸せだと感じるのは何度目だろう。
「…ん」
ふと、髪を触られているようなくすぐったさに声が漏れる。
だが薄れて行く意識には逆らえず、目を開ける事も出来ない私は規則的な寝息を立てる。
「…変わるよ、」
「変わってみせる」
意識を手放す前に聞こえた誰かの声は、私を幸せな夢に導いてくれる。
そんな気がした。
どうか明日には、その夢が現実になっていますようにと願いながら―――…。
Next→
...
修正:11/12/11