鳥の囀りに目を覚まし、ゆっくりと体を起こした。
ぼうっとした目を擦り、辺りを見渡す。
寝惚けた頭で昨日の事を思い出し、ここが何処かを理解し「ああ…」と声を漏らした。
「…あれ…」
気が付けば周りに皆がいない。
ベッドのシーツに乱れはあるものの、そこにあるはずの姿が何処にもないのだ。
ふと、声が聞こえ顔を上げる。
どうやらこの部屋の上から聞こえるらしい。
軽く手で髪を梳かし、水槽を鏡代わりに前髪を整える。
そして足早に、私は会議室へと向かう階段を上がった。
「俺達を、同盟軍に加えてくれ」
ひょっこり、地下と地上を繋ぐ階段から顔を出せば、皆の背中が視界に入った。
「私達はレイナードの指示に従う。絶対暴走はしない」
「荷物運びじゃろが、最前線突入じゃろが、何でもやっちゃる」
「一晩、皆で話し合って決めたんだ…頼む」
躊躇も見せず、セネルはウィルの目の前で頭を下げた。
恥も戸惑いも、面倒だと言った感情もない。
その偽りのない姿を見て、私はただただ格好良いと感じた。
「ほら、セネルは変わった!」
階段を登り切り、私は笑みを見せながら言葉を紡ぐ。
ハッとセネルは頭を上げ、私の方へと勢いよく振り向く。
だがそこから先続く言葉はない。
長い沈黙が辺りを包む。
何とも言えない緊張感に皆の体は強張っていた。
そんな重苦しい沈黙を破ったのは、ウィルの深い溜め息だ。
「…お前達の希望は認められん」
「何で?ウィルケチ?」
「は黙っていろ」
機嫌が悪いのか、それとも気を遣う余裕がないのか
ウィルはいつもよりもきつい言葉を私へ浴びせる。
「これから始まるのは戦争だ。戦争に情を差し挟む余地はない」
「分かっている」
「お前達は一度失敗を犯している。二度目はないんだぞ」
「今度は、絶対にそんな事はしない!」
皆の瞳は力強く、逆に皆を疑うウィルの瞳は弱い。
セネル達を戦争に参加させれば勝率は上がる。
それはウィルも分かっているはずだ。
だけどもそれを口にしてはいけないのだ。
それがきっと、私達子供の為を想った大人の行動と言うものなのだろう。
ウィルは絶対にセネル達の参加を許しはしなかった。
会話の流れを強制的に切り、ウィルはセネル達に背中を向ける。
そんなウィルの頑なな態度にセネル達が一度は諦めの色を見せたその時だった。
「長、すぐに来て下さい!ワルターさん達が!!」
建物の入り口から断りも入れず飛び込んできた男性が、声を荒げマウリッツを呼ぶ。
何事かと腰を上げるマウリッツに、戸惑いを見せる皆。
「っどいて!」
何が起こっているのかを咄嗟に理解した私は
セネルの体を押し退け、慌てて外へと駆け出して行く。
背後からは私を追うようにバタバタと数人の足音が聞こえた。
「ワルター!」
野次馬共をどかし、片膝をつくワルターへと駆け寄る。
彼の隣には地面に伏せ浅い呼吸を繰り返す水の民の姿もあった。
心配そうに二人を見つめていたフェニモールは突然の私の登場に目を丸くしていた。
「貴様…まだいたのか…」
「痛むところは?肩だけ?」
「ッ何を…」
「肩だけかって聞いてんの!」
ワルターは相変わらず私にブレスをしてもらうのが嫌らしい。
彼の気持ちは分かっている。
だけども拠点の入口から一直線に伸びる血の跡を見たら、居ても立ってもいられなくなった。
「ッツ…!」
私は返事も聞かず、彼が押さえる肩に無理矢理手を当てる。
グチュ、と衣服に血が滲み、ワルターは痛みに小さく声を漏らした。
目を閉じ、意識を集中させ、いつもと同じ方法で彼の傷を癒していく。
…調子がおかしいのだろうか。
いつもと同じ方法なのに、何だか光が弱く見える。
「…よし」
「……」
止血出来た事を確認し、今度は隣に伏せる名も知らない男性へとブレスをかける。
そして規則正しい呼吸が聞こえたと同時に手を離した。
「…一体、何があったのだ」
野次馬を縫い、マウリッツは屈むワルターに説明を求める。
「例の場所に巣食っていた魔物にやられました…」
返事をしたのはワルターではなく、彼等に同行し軽傷で済んだ男性だ。
マウリッツはその言葉を耳にし、難しそうに顔を顰める。
「『ささやきの水晶』の入手に失敗したか…これは予定が狂ったな」
「大事なものだったのか?」
空気で事を察したウィルは腕を組むマウリッツに問う。
マウリッツは先程以上に真剣な顔をし、私達に一部の説明を開始した。
「『ささやきの水晶』は我々の勝利の鍵を握っていると言っても過言ではない」
「そんな大事なものが…」
困った、と眉を顰めウィルは顎に手を当て口を噤む。
一体どうすれば、と解決策も見つからぬまま沈黙が辺りを包んだ。
「は〜い、はいはい!」
重たい沈黙を破ったのは、意外にもノーマの声だった。
大きく手を上げ自らに注目を集めると底抜けに明るい声で言葉を続ける。
「だったらあたし等がその何とかの水晶、取ってきま〜す!」
「…諸君等が…?」
「そ!だから取ってきたら、同盟軍に加えて下さい!」
名案、と言わんばかりに笑うノーマの横、モーゼスは「おお!」と感嘆の声を上げ
ウィルは嫌な予感が的中してしまった事に頭を抱えた。
「ノーマ、それとこれとは話が…」
「いや、そうしてもらえると助かる」
初めてウィルとマウリッツの意見が分かれた瞬間だった。
それに一番驚いたのは、私でなくウィル本人だっただろう。
「本当は我々が何とかすべきなのだが、今は動ける者の数が不足しているのだ」
「んじゃ〜決まり!」
皆の顔に笑顔が戻る。
「やったね!」、と拳を握る私を見て
ノーマは「いえ〜い!」と親指を立て満面の笑みを浮かべた。
「それで、何処へ行けば良いのだ?」
「元創王国時代の墳墓だ。ここから十一時の方向だな」
「オッケ〜!そんじゃ、早速出発!」
意気揚々と拠点の出口へと歩き出すノーマ。
その足取りは軽く、誰から見ても上機嫌なのが分かる。
きっとまだ、その墳墓って言うのが“人喰い遺跡”だと言う事には気付いていないだろう。
続々と拠点を後にする仲間達を見てウィルは深い溜め息を吐く。
どうするんだろう、と口出しさずに成り行きを見守れば
仕方ない、と言わんばかりにウィルは重たい足を動かした。
「ウィルも行くの?」
「アイツ等を野放しにするのは、気が気でないからな…」
「何だかんだで優しいんだから!」
「…そう言うはどうするんだ?」
いつまで経っても支度をしない私にウィルは小首を傾げながら言葉を紡ぐ。
私はしばらく「うーん」と唸り考えるフリをし
始めから決まっていた答えを口にした。
「ちょっと、お休み」
「ふむ?」
「皆が帰ってくるまで、戦争の事どうしようか考えたくて」
「…」
「流されて、実感わかない事が怖いんだ」
皆の手伝いをしたいと思う自分と、戦争が怖くて動けない自分。
体の中で精神が分裂したみたいにごっちゃになってる。
それでも笑みを向ければウィルは深く追求もせずに「そうか」と一言言って
重たい武器を担ぎ、再び出口へと足を動かした。
「とりあえず、行って来る」
「いってらっしゃい!」
「…正直、お前を一人にするのも気が気でならんがな…」
「えー私良い子にしてるよ?」
返事は重たい重たい溜め息。
安心させるどころか余計不安を煽ったみたいだったがこの際気にしない。
手を大きく振り、私は人喰い遺跡へと出発する皆を見送った。
その姿が見えなくなった途端、シンとした空気が辺りを包む。
決して一人だと言う訳ではない。
私の横にはもう一人、ちゃんと実在する人物がいる。
ただその男がこれでもかってくらい私を完全に無視しているだけ。
「ワールーター!」
怪訝な表情を浮かべ、セネル達が去った方向をジッと見つめる彼の名前を呼ぶ。
瞬間、その不機嫌そうな顔は余計に歪み
私を見る瞳には怒気と殺気が見え隠れした。
「聞こえてる?ね、ワルター」
「…気安く呼ぶな」
「あ、私の事もで良いよ?」
返事はない。
何となく予想はしてたけど、これはこれで凄く虚しい。
ワルターは私にフォローを入れる所か無視の一点張り。
そんな彼に対し、私は負けじと言葉を続けた。
「暇になっちゃったから付き合って!」
「…先程何かを考えると言っていたように聞こえたが?」
「一人で考えるの苦手なの」
「……」
「ワルターも暇でしょ?」
事の真意は分からないけど、今のワルターは何処からどう見ても暇だ。
恐らくやる事と言えばその体を休め、戦争までに万全の状態にしておく事だろう。
ならば治癒のブレスを使える私が傍にいる方が良いだろうし相手に断る理由はない。
そんな事を思いながら怪我をしていない方の肩に触れると、瞬間乾いた音が辺りに響いた。
「ッ触るな!!」
予想以上の拒絶に一度は怯むも、私はお構いなしにもう一度その肩を掴む。
「何故貴様なんぞと共に過ごさねば…」
「いいから付き合って」
そこまで否定されるとさすがの私もカチンとする。
「私と一緒にいるのに何か問題ある?」
「…」
「嫌いなら殺すチャンスじゃん」
喉まで出かけた怒りをぐっと堪え、笑みを浮かべ言葉を紡げば
ワルターは一度目を見開き舌打ちを零す。
私の勝ちが確定したところでゆっくりと立ち上がりもう一度相手を見た。
最も、ワルターは絶対に私と目を合わせようとはしなかったけど。
「とりあえず見晴らしがいい所に行きたいなー!」
「……」
あからさまに嫌な顔をしながら、ワルターはスッと立ち上がる。
私から逃げるよう歩く彼の姿を、私は小走りで追いかけた。
今度こそ、絶対に逃がすものかと。
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修正:11/12/11