「うわー…」





まさか本当に連れて来てくれるなんて、と私は彼の行動に驚く。
だけどそれ以上に目の前に広がる素晴らしい景色に感嘆の声が上がった。

小さな丘から見える空と海の境界線に、私は瞳を輝かせる。





「凄い、本当に綺麗!」
「…貴様のような頭でも理解出来るようで安心した」





本当、軽く毒づかれているのも気にならないくらい感動的だ。
心が洗われるってこう言う事を言うのだろうと、そよぐ風に目を細める。





「ッ…」





先を歩き丘に腰を下ろしたワルターは、小さく悲鳴を漏らす。

傷口が開いたのだろうか。
そう思い駆け寄る私にも、ワルターは決して良い顔をしなかった。





「大丈夫?」
「…」





許可も取らずに傷口を覗き込めば、先程まで止まっていた血が溢れ衣服に滲んでいる。

草の上にポタポタと落ちる血液を見て、このままではいけないと判断した私は
先程と同じように彼の肩に手を当てた。

否、正確には手を当てようとしたその時、彼に腕を掴まれた。





「…」
「な、何?」





質問に返事はない。
その代わりと言わんばかりに、ワルターは私の腕を軽く捻る。

強制的に見せられた自らの掌。
巻かれた包帯に沁み込む赤い血に私は一瞬目を丸くする。

きっと、さっきブレスを使った時に傷が開いたんだ。
でもそれが何だと言うのだろう。

私の腕を掴むワルターの手を払い、また同じ個所へと手を伸ばす。
私の行動を察したワルターは逃げるように後ろへと飛んだ。




「…ック…」





無理に動いたからだろうか、ワルターは小さく嗚咽を漏らし荒い息を吐く。
頑なな彼の態度に私は小さく溜め息を吐いた。





「そんなに私にブレスされるのが嫌?」
「…借りを作りたくないだけだ…」





ワルターは分かろうとしないけど、そんなつもりない全くないのに。

ゆっくりと近付けば、彼はまた距離を作る。
その距離を詰めようとしても、相手は繰り返し同じ事をするだけ。

ああもう、何でこんなに頑固で分からずやなのだろう。





「もう、良いよ」
「…」
「後で苦しんだって回復してあげないから!」
「……」
「むしろ塩塗ってやる」





諦めてその場に腰を落とす私を見てワルターは安堵の息を漏らす。

何でそこで安心するんだ、と睨みながら彼へと近付けば
今度はハッキリと拒絶の意を声に出した。




「近寄るな」
「…」
「…忘れた訳ではないだろう」





「散々人の邪魔をした事も、俺が邪魔した事も」





「今更何だ」、とでも言いたいのか、
ワルターは私を視界にも入れず独り言のように言葉を紡ぐ。





「私は、良いと思うけど」





距離が縮まる事はないけれど、私達の間を行き交う言葉は多くなる。





「人と人がぶつかり合うのってそんな悪い事かなあ」
「…」
「私もワルターも自分がやりたい事やっただけだし」





「むしろ、私隠される方が嫌い」





本気でぶつかり合えない関係でどんなに言葉を交わしても距離が縮まる事はない。
上辺だけの関係なんて意味を成さない事は良く知っている。





「私、殴られた事も突き飛ばされた事も気にしてないよ」
「…」
「ワルターがやりたかったんだから、仕方ないと思わない?」
「……」
「…それより―――…」





ザザ、と草を掻き分け、這いよるように彼へと近付いた。
突拍子のない行動にワルターは私との距離を許してしまう。

今度こそ逃がすもんか、と目を反らす相手の頬を掴み、無理矢理顔を持ち上げた。
驚き見開かれた綺麗な青色の瞳には、自分がくっきりと映っている。





「アンタ、さっきから私と目合わせないよね?」
「…何を…」
「“人と話す時は目を見て話す”って教わんなかった?」





「殴られるよりもショックなんだけど」、と付け加え答えを待つも
数秒後にはフイっと顔を背けワルターは私を自らの視界から消す。





「…」
「……」
「…シャイ」





ほんのちょっと悪態をついてもワルターは何一つ言葉を返さなかった。
降参、と手を離しドサリと草の上に体を投げ出す。

自由の身になったにも関わらず、ワルターはその場から動こうとしない。
ただただ黙って、私のすぐ横に座り海を眺めていた。





「…ワルターに見つめられたら、どんな女でもイチコロなのに…」
「フン…」
「あとその性格もどうにかしたらね」





皮肉でも何でもない、本当にそう思ったから言っただけ。

ワルターはそれを分かっているのか反論する事も深く追求する事もせず
ただただ海を眺め、その金色の髪を風に靡かせていた。


視界いっぱいに空が広がり、心地良い風が頬を掠める。
目を閉じ耳を澄ませば陽気な小鳥の囀りが聞こえ、何とも穏やかな気持ちになった。


済んだ空気は、色々な不安を消し去ってくれる。
気が付いたらウトウトと、目蓋がどんどん下がる。

駄目、って思っていても体は欲望には素直だ。
私はここが何処かも忘れ、すうっと深く息を吸うとそのまま意識を手放した。

おやすみなさい、って心の中でワルターに言いながら。





「…」
「…」
「…?」
「……」
「…おい」





肩に、ぬくもりを感じる。
体が軽く揺れた気がした。





「…すう…」
「……何なんだ」





大きな溜め息が聞こえる。
ああ、今ならそれすらも子守唄に出来そうだ。





「…」





髪を触る、微かなぬくもり。
そのくすぐったさに、体を捻る。

でも不思議と嫌じゃない。
何だかとっても不安定だけど、安心するぬくもり。





「あれ、お邪魔でしたか?」
「ッ!?」





でもそのぬくもりは一瞬で消えてしまった。

カサカサと草の揺れる音がして、顔に影が掛かる。
不思議な事がいっぱい起きてるのに、目を開ける気にはなれない。





「…貴様、陸の民か」
「呼ばれたから来たのに、そう言った態度はどうなんですかね」
「…」
「…にしても、」





また、カサカサと葉が揺れる音。

風が強いのかな。
もしかしたら雨が降るのかも。





「相変わらずの阿呆面ですね、この人は」
「…一体何なんだ…」
「?」
「まともに話した事すらないのに、いらぬ世話をしてくる…」
「ああ…無駄な動きが多いんですよ、この人は」
「…敵として会った時から、ずっとだ」
「…忘れないで下さいよ」





少しだけ、肌寒い風が吹いた。

もぞもぞと体を動かして、何とか風を凌ぐ場所を探す。
でも一向に見つかる気配はない。





「僕達はまだ、そしてこれからもずっと、敵同士でしょう?」
「…そう、思っていない奴がいるから困るんだ…」
「…本当、何考えているのか」





でも、何だか寒さに負けて起きてしまうのは勿体ない。
折角こんな素敵な場所にワルターが案内してくれたんだ。

なら、もう少し。
もうちょっとだけ、現実を忘れて。

この穏やかな時を感じていたい。










Next→

...
修正:11/12/11