「…ん」





冷たい風が吹く。
その寒さに耐え切れず目を開いた。

視界が暗い、太陽が沈みかけている。
青かった海は夕日に照らされ紫へと色を変え、キラキラと光に反射している。

綺麗だなあ、とうっすら笑みを浮かべぼやけた視界で辺りを見渡せば
すぐ隣にはワルターがいた。





「…今何時…」
「…夜だ」





アバウトではあったけど目を覚ますには充分な理由だ。

もうそろそろセネル達も戻って来ただろう。
なら私もワルターと別れ、早く仮眠室に戻ろう。

そう、ワルター…と…。





「…嘘」
「?」
「も、もしかして」
「…」
「起きるまで、待っててくれたの?」





問いに返事はない。
言葉よりも分かりやすい肯定だった。

ワルターは私からフイッと顔を反らし小さく舌打ちをする。
それが彼の照れ隠しだと言う事はすぐに分かった。





「ありがとう」
「…起きた時にいないと、五月蝿そうだからな」
「あは、その通り」





「拠点の中探しまくって、一発くらい殴ったかも」と冗談交じりに言ってみせれば
ワルターはその唇から溜め息を漏らす。





「…貴様は」





そしてその溜め息を漏らした口で、私の事を呼んだ。
名前ではなかったけど、それが何だか嬉しくて「ん?」と返事をする。





「なに?」





ワルターはゆっくりと振り向き、小首を傾げる私を見る。

無理矢理じゃない。
初めて、彼が彼の意思で私と目を合わせた。

ワルターの瞳はすごく綺麗で、神秘的で、その魅力に吸い込まれそうになる。

ああ、やっぱりイケメン!なんて思いながらも
必死にニヤける口元を抑えて言葉を待った。





「…以前、自分を陸の民じゃないと言っていたな」
「うん」
「……貴様は、本当に陸の民では―――…」





「あれ、まだいたんですか」





戸惑いの混じる声は、いとも簡単に別の声に掻き消される。
ワルターはその声に顔を歪めて、私から露骨に距離を取った。

突如聞こえたその声を、私は何回か聞いた事がある。
まさかと思い振り返れば、予想通りの少年の姿に声を上げた。




「ジェイ!!」
「どうも」
「わー久しぶり!懐かしい!久しぶりー!!」
「ああ、もう…起きた瞬間何なんですか…」
「だって嬉しいもん!」





相変わらずの可愛さに思わずテンションも上がってしまう。

ジェイはそんな私に呆れたと言わんばかりに溜め息を吐き
そしてゆっくりとこちらに近付いて来る。

私はただ、それをワクワクしながら待っていた。





「ウィルさんから聞きましたけど」
「?」
「戦争の件は、どうするんです?」





ジェイの口から紡がれた言葉は私が望んでいた楽しい話題じゃない。
そしてジェイに言われてやっと思い出したのだ。

私がここで、何を考えようとしていたのか。

最も、考える前に意識を手放して寝てしまったんだけど。





「参加するのでしたら状況の説明をしたいのですが」
「…うーん…」
「余り時間がないので、簡潔にと言う事になりますけど…」
「…」
「どうします?」
「…ジェイが決めて!」
「…はい?」





正しい答えなんて自分で見つけるしかないのだろうけど
いつまで経っても結論に届かない自分に、私自身イライラしてきた。

答えを求めようとすればする程、どつぼに嵌っていく気がする。
ならばその答えを誰かに求めるのも、ある種一つの答えなのではないかと賭けに出た。





「…何で僕が…」
「ジェイなら私より、分かってくれると思うから」





ブツブツと文句を言うジェイに私は笑顔を見せる。

反論する意欲もなくなったのか
ジェイは小さく舌打ちをすると、しばらくの間沈黙を続けた。

私はどんな答えが返ってこようと、それに頷く事に決めていた。
勿論、頷くのは私の意志だ。

引っ込んでろと言われてもそれを受け入れる覚悟はある。
だって戦争を怖いと言っている人間が役に立つはずないんだから。





「…それでは、最前線への参加をお願いしたいのですが」
「うん―――…ん?





あれ…?
思っていた答えと正反対なんですけど?





「な、なんで」
「傍にいられるのが嫌なだけです」
「…」





キッパリと、ジェイは迷いもなくそう口にした。

ああなるほど、自分はどっちに転んでもジェイにとっては邪魔者なんだと納得する。
それと同時に何でこんなに嫌われているのかと泣きたくなった。





「それに、救助隊にいてもその手では無理でしょう」
「…え?」





付け加えられた言葉を聞き、間抜けな声が出た。

いつも以上に馬鹿っぽい私の声にジェイは眉を顰め首を傾げる。
どちらかと言えば私が首を傾げたい立場だ。





「何ですか?」
「…手」
「?」
「手、心配してくれてるとか…?」
「…」





私の言葉に、ジェイは驚き目を見開いた。

動揺が色濃く表れた瞳はすぐに瞬きをし、別の感情へと満ちて行く。
悲しそうな、寂しそうな、言葉には表せない複雑な色。





「…帰ります」
「え…あ、うん!またね!」





ジェイは振り向きもせず、私の挨拶も途中にその姿を消してしまった。





「…何か、マズイ事言った…?」





別に私、あんな顔が見たかった訳じゃない。

戦争の事を相談出来たのがジェイで良かったって伝えたかったし
ただ本当にジェイが心配してくれたのなら「ありがと」って言いたかった。





「…あ」





男心って難しい、そんな事を思っていれば私はとある事を思い出した。

短く声を上げ、ジェイが来てから黙り続けているワルターへと視線を向ける。
見つめられた張本人は怪訝な顔をし私の言葉を待った。





「さっき、何か言いかけたよね?」
「…」





「聞いてないけど」と付け加え、今度は私がワルターの返事を待つ番。





「…貴様は」





長い沈黙の後、形の整った唇がゆっくりと動く。
その口から零れた言葉は、本当に雨粒みたいに小さかった。

私を拒絶していた時とは全然違う。
何かに迷っているような、そんな弱々しい声。





「……いや、良い」
「な、何それ…」





何となく緊張してしていた体から、ドッと力が抜ける。

ガクリと肩を落とす私とは反対に
ワルターはすくっと立ち上がり、マントを翻し歩き出した。





「もう用がないなら、帰らせてもらう」
「うん。付き合ってくれてありがとう!」
「…」
「おやすみー」





ヒラヒラと手を振る私に対し、ワルターから別れの挨拶はない。
一度もこちらを振り返る事なくその姿を消し、残された私に冷たい風が吹き付ける。

ふと顔を上げると、淡く輝く月がある。
いつもより大きく見えるその月を綺麗だと思う反面、何だかとても切なくなった。





「ジェイもワルターも、言いたい事があるならハッキリ言えば良いのに…」





誰もいない丘の上、私の声が響く。

勿論、返事はない。
ただ虚しく風が通り過ぎるだけ。

その風はまるで私に「早く帰りなさい」と言っているようで
一つくしゃみをし、震える体を抱きながら逃げるようその場を後にした。















仮眠室に戻れば人喰い遺跡から戻った皆の姿がある。
大した怪我もなく全員揃っている事にホッと安堵の息を漏らし、私は足早に彼等へと近付いた。





「おかえり!」
「それはこっちの台詞だよ」
「へ?」
「今まで何処にいたんだ?」
「ああ!ワルターと話してたんだ!」
「…ワルターと?」





既に布団に潜り寝息を立てる仲間達に挟まれ
セネルだけはベッドに腰掛け笑顔で私を迎えてくれた。

だけどワルターの名前を聞いた瞬間、優しい笑顔が崩れ複雑な表情へと変わる。

「どうかした?」、そんな私の質問に
セネルはしばらくの沈黙の後「何でもない」と言うと布団に潜ってしまった。





「…私とワルターは、話しちゃ駄目?」
「…俺には、何でがワルターと話すのか分からない」
「?」
「散々、傷付けられてるのに」





もぞもぞ、布団から覗く銀色の髪が揺れている。
私はセネルに習うよう隣のベッドに潜り、その後頭部に語りかけた。





「似てる」
「?」
「ワルターも同じ事言ってたよ」





「ごめんなさいとは言われてないけど」、と付け加え
お昼の出来事を思い出し、自然に笑った。





「きっとセネルと同じくらい、ワルターは優しいんだね」

「最後に見せてくれた瞳がさ、セネルにちょっと似てたんだ」





笑う私の言葉を聞き、動いていたセネルの頭がピタリと止まった。





「…そうかよ」





素っ気ない一言に「セネル?」と返事をすれば
呼んだ相手から「寝る」と短い言葉が返ってくる。





「おやすみ」





ワルターもジェイもセネルも、今日は何だかおかしいみたいだ。

人喰い遺跡の話聞きたかったな、とほんの少し残念に思いながら
私は一つ寝返りを打ち、セネルに背中を向けて目を閉じる。

昼寝したにも関わらず、目を閉じれば案外早く眠りにつく事が出来た。















そして静かに朝を迎える。

ゆっくりと体を起こし辺りを見れば、皆はすやすやと寝息を立てている。
どうやら思ったよりも早く目が覚めてしまったようだ。

折角早起き出来たのにただぼけっとして過ごすのも何だか勿体ない。
私は深く考えもせず、ベッドから飛び降り外へと続く階段へと向かった。










澄んだ空気を求めるようにうんと体を伸ばし、深呼吸をする。

これから戦争が起きるとは考えられない程の穏やかな日差し。
眩しいくらいに輝く太陽と海に私は目を細めた。





「おはよう」





声がする方へゆっくりと視線を移す。
透明なヴェールを風に靡かせ、私に優しい笑みを見せる女性と目が合った。





「あ…お、おはよ!」
「…えっとお、ノーマちゃんだったかしら?」
「違うよ!初めましてです」





口元に指を当て「う〜ん…」と唸る女性。
これ以上迷わせるのも可哀想だ、と私は手を伸ばし言葉を続けた。





「私、って言います」
「あら、そうなの〜。私はグリューネって言うのよお」
「うん!よろしく、グリューネさん」





そして私達は笑い合う。

初めて会ったのに何だか初めて会った気がしない、そんな人。

ほわっとしてて、暖かくて、癒される。
それはゲーム画面を通して感じていたグリューネさんの空気そのものだった。





「…う〜ん…」
「?どうかした?」
「…私達、何処かでお会いしたかしら?」
「え?やだなー!グリューネさん起きたばっかりじゃん!」
「…そうよねえ」





珍しい。

あのグリューネさんが納得いかないと言う顔をしている。
そんなのゲーム画面でもほとんど見た事ない。

澄んだ声で唸りながら、眉を顰めているその顔は彼女らしさの欠片もなかった。





「…些細な事は気にしないでおこう?」
「…そうねえ…だって、些細な事ですものねえ」





予想通りの切り返しに思わず笑う。

どうして笑われているのか分かっていないみたいだけど
グリューネさんもその唇で弧を描き、微笑んだ。





「…ちゃん、元気になってくれてよかったわ」
「…はい…?」
「前会った時はとおっても怒っていたでしょう?お姉さん怖かったもの」
「あはは!人違いだよ!だって今日が初めてだもん」
「…そうだったかしらあ…」





何だか、同じ会話が繰り返されている気がする。

気にしないと言った割には、やはり何処か納得いかないように首を傾げ
しばらく考えると「まあ、些細な事ですものねえ」とグリューネさんは再び笑った。

グリューネさんの記憶に私がいるなんて有り得ない。
それを誰よりも理解しているのは私だ。

だからこれだけは断言出来る。
グリューネさんが私を知っているはずがない。





「…大丈夫!グリューネさんはちゃんと思い出せるようになるよ!」
「…ちゃん…」
「だからそんなに悩まないでね!」
ちゃんはとおっても優しいのね。お姉さん、とおっても嬉しいわ」
「私も、グリューネさんが元気になってくれて嬉しい!」
「まあ…」





頬に手を当て、感嘆の声を上げたグリューネさんは
その腕をすっと私に伸ばしぎゅっと優しい力で包み込む。

ぽふっと空気の抜けた音と共に、頬に伝わるのは柔らかい感触。





ちゃん可愛いわあ」
「あ、ありがと…(本物…?)」





頬に当たるその大きな物体につい疑いの眼差しを向けてしまう。

鼻を掠る良い香りと、その柔らかい感触は確かに本物だ。
何と言うか、とても、たまらなく癖になりそう。





「メロンー!」
「めろん?」





グリューネさんは何の事か分かっていなかったみたいだけど
私がふへへと笑うと、また「可愛い」と言って抱き締めてくれた。

グリューネさんと話していると恐怖がすうっと消えていく。
ああ、覚悟が出来た。

私は戦争に参加する。
そして絶対に勝って、今度こそ救うんだ。

強い決意を持って見上げた空は、どんな空よりも美しく見えた。









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修正:11/12/11