グリューネさんと共に建物の中に戻ると、既に会議が始まっていた。

先程まで眠っていた仲間達は椅子に座り、
マウリッツとジェイの話を真剣に聞いている。

そんな中、入り口にいる私達の存在に気付いたノーマはガタリと音を立て立ち上がり
満面の笑みで手を振ってくれた。





おはよう!」
「おはよ!ノーマ!」
「遅いぞ、
「ごめんごめん!」





溜め息を零し、ウィルは私が座る場所を指差す。
私はそれに首を振り、「続けて」と言って近くの壁に体を預けた。





「あらあ、どうしたの?」
「こういう難しい話苦手で」
「お姉さんもよお」
「うん!グリューネさんはそんな感じ!」





会議に参加する皆の表情をチラリと窺う。
真剣すぎて、私達の無駄話等聞こえていないようだった。




「でも、ちゃんは参加するのねえ」
「…うん」





会話を続けるグリューネさんに、私は小さく頷いた。

笑ったつもりだったけどグリューネさんにはそう見えていなかったのか。
今度は私を案ずるように眉を下げる。





ちゃん、顔色が悪いわ」
「へ?」
「やっぱり、怖いのかしら…?」
「…かな」





今度はちゃんと笑えた気がする。
でも元気いっぱいと言うには程遠い。





「…私、つい最近まで武器も持てなかったんだ」
「そう…」
「最近やっと、戦えるようになったんだけど」
「…」
「武器を人に向けるって、まだ分からなくて」





「悪い人だって、分かってるけど」、そう付け加えた唇は震え自然と拳に力が入る。





「お姉さんも、力になってあげたいわあ」





柔らかいぬくもりが私を包む。
優しい匂いに目を閉じれば、嫌な力がすうっと抜けた。

それが数秒、数分、どれだけ続いたかは分からないけど
気が付くと心の中にあったもやもやが少しだけ晴れた気がする。

…また、グリューネさんに癒されちゃった。





「幸せ!」
「お姉さんも、ちゃんが幸せなら幸せよお」
「やーん!グリューネさん!!」
五月蝿いですよ、そこ!





ついついヒートアップしてしまった私に
ダン!と机を強く叩く音と怒声が飛びかかる。

何事かと体を跳ねらせて音が聞こえた方へ振り向けば
ジェイがわなわなと体を震わせて私を睨んでいた。

他の男性陣はと言えば、羨ましそうに指を咥えてこちらを見ている。





「全く…セネルさん、モーゼスさん、ちゃんと作戦は頭に入りましたか?」
「あ、ああ」
「バ、バッチシじゃ!」





ハア、と大きな溜め息を吐くジェイに
二人は汗を浮かべながら力無く笑った。

セネルをじいっと見つめるクロエの視線は怒気を帯び
ウィルとノーマは何とも言えない顔をしつつ肩を竦める。





「…さん」
「ん?」
「ちゃんと聞いていましたか?」
「…ごめん、全然」
「…」




予想通り、と頭を抱えるジェイにとりあえず笑みを見せる。

ジェイはもううんざり、と言わんばかりにまた大きな溜め息を吐いて
私を見るその目をウィルへと向けた。





「…ウィルさん、作戦会議にご参加をお願いします」
「分かった」
「私は?」
「しばらく寝てても構いませんよ?昨日のように」
「そ、そこまで言うならいるよ!会議参加する!」
「いや、ジェイの言う通り体を休めておけ」





邪魔だ、とハッキリ言うよりもウィルの言葉は何処か厳しい。





「色々な意味で、お前が一番心配なのだ」
「…」
「今は体を休めておけ。…皆もだ、良いな?」





ウィルの言葉に反対する者はいない。
私も不本意ではあったが、ウィルの言葉に有難く甘えておこうと小さく頷いた。





「…グリューネさん、一緒にのんびりしよー」
「良いわよお」





ウィルの気遣いを理解しつつも
何となく寂しくてぎゅっとその細い腰を抱き締める。

グリューネさんは面倒とも言わずに私の背中に腕を回してくれる。
心に出来たちょっとした隙間がゆっくり埋まっていった。





「…何だか、グリューネさんに感染されているような…」
「元々同じような人種なんじゃない?」





ぽふぽふとその柔らかい感触の虜となる私には
クロエとノーマの内緒話も耳には届いていなかった。















「どがあしたんじゃ、んなにぼけーっとして」
「モーゼス」





やる事もなくベッドの上に転がり天井を見る私をモーゼスが覗き込む。





「体を休めとけって言われたから、休んでるの」
「クカカ!そりゃあ良い事じゃ」
「逆に寝すぎて疲れたよ」
が?そげな事あるかい」
「うるさいー」





本気なのかからかってるのか分からないモーゼスの言葉に
とりあえずペチ、と軽く体を叩いてみせる。

モーゼスは痛がるところか、くすぐったがるように身を捩った。





「…ウィル、休んでるかな」
「…」
「ジェイも…ちょっと心配」





ジェイの怒り方、いつもと違う気がした。
頭ごなしで、何かに焦っているような、そんな感じ。
ウィルも五月蝿いと私にゲンコツする余裕がなかったように見える。

そんないつもと違う二人が、今は気になって仕方がない。





「疲れてるはずなのに」
「その通りだ」
「ッ!?」





思わず聞こえた声にビクリと体が跳ねらせて、勢いよく半身を起こす。
咄嗟にモーゼスは私を避けて、私は声が聞こえた方へと視線を向けた。

仮眠室の入り口には作戦会議を終えたらしいウィルの姿があり
私達二人の姿を見たと同時に溜め息を吐く。





「ウ、ウィル…!」
「だから静かにしてくれ…俺も少し仮眠する」
「会議は…?」
「無事に終わったよ。お前達に伝えるのは明日の朝だ」





ふう、と息を吐いてウィルはベッドに体を預けた。

重みでシーツが沈み、ダラリと垂れた手を見ると
本当に疲れているのが感じ取れる。





「マッサージとか、する?」
「必要ない…も早く寝た方が良い」
「…心配するの、疲れない?」
「……何を言っている」





「心配するのが俺の仕事だろう」





眼鏡を外したウィルは、何処かいつもより優しくて
その瞳を見てると今まで私達に厳しくしていた理由が嫌でも分かった。





「…ケチって言って、ごめん」
「いつの話だ」
「つい最近!ほら、モーゼスも謝って!」
「なしてワイまで!」
「良いから、早く寝ろ!」





垂れた手がグッと拳を作ると同時に
私達の体がビクリとベッドの上で跳ねる。

ウィルはそれを見て、クスリと笑った。





「それだけ素直なら、安心だ」





そう言うとウィルは拳を解き、目を閉じて
それ以降私達に言葉を投げかける事はなくなった。





「…本当に、疲れてたんだね」
「オウ」





感謝の気持ちをどう伝えて言いのかも分からず目を伏せる。

それとほぼ同時、ギシリ、とベッドが音を立て軋んだ。
顔に掛かる影に気付いて伏せた目を咄嗟に上げる。

すぐ横にいるモーゼスは何故か片膝を私のベッドにかけていた。
…これ、どう言う状況?





「…あのー…モーゼスさん?」
「何じゃ?」
「何でアンタは、私のベッドに侵入してるわけ?」
「ウィの字も寝てもうたし、二人きりじゃろ」





「こがあな時ぐらいしか、と愛を深める機会がないから―――ッ!?」





「ないからのう」、と続くはずだった彼の言葉は途切れ
モーゼスは私の目の前でその顔を思いっきり歪ませた。

モーエスはガク、と体を大きく揺らし
ズルズルとベッドの端から床へと落ちていく。

何事かと目を見開く私の視界には
消えたモーゼスの代わりにウィルが怒気を纏い立っていた。





「頼むから、余所でやれ」
よ、余所でもやらないよ!!





ウィルがいてくれて良かった、と安堵の息を漏らし私も慌てて布団に潜り目を瞑る。
無論、床でのびているモーゼスには全く触れずにだ。















「…―――以上です。皆さん、作戦はちゃんと頭に入りましたか?」





一晩明け、私達は再び会議室へと集まりジェイから作戦内容を聞いた。
大きく頷く皆に合わせて、私も首を縦に振る。

作戦は言葉にすれば至って簡単だった。

艦橋へ辿り着く為には『艦橋前平原』を抜けるしかない。
まず初めにやる事は相手の前線基地に夜襲をかけ、突破する事。

本隊を誘き寄せる為なるべく派手に叩き、相手の怒りを煽るのが真の目的。

…と言う事だ。

既にゲームで予習済みの私だ。
作戦の内容は容易く理解出来る。

だけどそれを実行出来るかどうかはまた別の話。





「本当に大丈夫ですか?特にさん」
「だ、大丈夫!…だと思う」
「…貴女って人は本当に…」





「本当に何?」と聞かずともジェイの言いたい事はその態度で理解した。
きっと馬鹿だと言いたいに違いない。





は俺について来るだけで良い」
「うん」
「…さすがにそれくらいは出来るよな?」
「うん、さすがの私でも」





半ば本気で心配するものだから私もつい真剣に答えてしまう。

ウィルは私の返事に満足したのか深く頷くと皆を見て口を開く。
私も、その口から零れる一語一句聞き漏らさないよう耳を傾けた。





「俺達は独立遊撃隊の一員として戦いに参加する。部隊名は30小隊だ」

「準備を整えたらすぐに出発する。良いな?」





ウィルの言葉に皆が同時に頷く。
それは例外なく、私もだ。

…もうすぐ戦争が始まる。

嫌に五月蝿い心臓を押さえ、私達は建物を後にした。















「何コレ!」





建物から出て最初に声を上げたのは先頭を歩くノーマだった。





「なになに?」
「くぉら、!人の足踏んどるぞ!」





声を上げるモーゼスを気にもとめず、私はぐいぐいと体を前へと押す。

前方にいるセネルとクロエの間から見えたのは
機械で出来たたくさんのカカシだった。

二人の間を縫って前へ出れば、数十体のカカシに囲まれた青年の姿がある。





「丁度いい。諸君等に我等水の民の人形兵士部隊を率いる隊長を紹介しよう」





マウリッツはそう言うと、掌で青年を指す。

昨日まで纏っていた陸の民の服とは違う、蒼く長いマント。
何者にも邪魔されず風に靡く糸のような金色の髪に私は目を奪われた。





「ワルター昨日よりカッコイイ!」
「え、ワルちん!?」
「…」
「やっぱりその服が一番似合う!」
「…見るのは、初めてだろう」
「そうだけど!」





まるで別人、と言いたそうにじいっとワルターを見るノーマの横、私はキラキラと瞳を輝かせる。
だけどワルターはこれっぽっちも嬉しくないのか、むすっとした表情を浮かべていた。

それは私を見てと言うよりかは、背後にいるセネルを見て、だ。





「ワルター、頑張ろうね!」
「……」





拳を握り、笑みを見せても、ワルターの表情は何一つ変わらない。
少し距離が縮んだなんて、ちょっとでも期待した私が間違ってたのかな。





「ワルター、何処へ行く」
「…人形兵士の整備が終わっていない」





素っ気ない態度を見せ場を去るワルターにノーマとセネルは不満そうだったけど
私はワルターと少しでも話せた事にとても満足していた。





「頑なな態度ですまない」
「いえいえーワルターがそう言う性格なのは、充分理解していますから」
「…」
「使命感が、強いんですよね…人一倍に」
「…ああ、その通りだ」





「分かってくれて良かった」、とマウリッツは微笑む。
その笑顔が嘘ではない、と分かり私も笑みを返した。





「それでは前線基地へ向かってくれ」
「分かった」





今度はセネルが返事をし、私達が強く頷く。
そしてカタカタと、未だに震えている足で強く地面を踏みしめた。

これから起きる事。
自分に出来る事。
私が、本当にしたい事。

色んな事が頭の中をぐるぐる回る。
思考を巡らせていれば、あっと言う間に前線基地へと到着していた。





「ここで夜まで待機をする。見つからないよう、茂みに身を潜めているように」





ウィルの声は、左耳から右耳へとすうっと抜けていく。
何でか分からないけど、心と体が分離しそう。

ぼけっとしている私の肩に何かが触れる。
思わずビクリと体が跳ね、慌てて顔を上げれば、それがセネルの手だと言う事がすぐに分かった。





「ビ、ビックリした」
「悪い。そんなつもりはなかった」
「良いよ、全然」
「…ただ、少し心配で」





もう片方の手で頬を掻くセネルの姿に、私はきょとんと首を傾げる。





「…怖いんだろう?」
「…」
「戦争が」
「…うん」





いつも意地を張る口が、すんなりと肯定の言葉を零した。





「セネルは?怖い?」
「…怖いよ」





「でも、それ以上に助けたい」





そう言って笑ったセネルの顔はとても優しくて、温かくて
肩を通して伝わるぬくもりが私をホッとさせてくれる。

だけどその笑顔の裏にある感情に私は気付いた。
苦しくて、不安で、何かを求めている…そんな気持ち。

セネルに肩を叩かれた時の私もこんな表情をしていたのだろうか。
そう思うと、何となく今のセネルの気持ちも分かる気がする。





「一回やるって決めたなら、そんな顔しちゃ駄目だって!」
「……」
「まあ、それは私もだけど…でもセネルなら出来るから!」
「…信じてくれてるのか?」
「勿論!」





ニィ、と歯を見せ笑ってみせればセネルもまたゆったりと笑う。
互いの瞳に映る顔が笑っている、それだけで何だかとても安心出来た。





「…でも、やっぱり怖いね」





安心しすぎて、つい弱音が出た。
決めたからには、絶対に出しちゃいけないと思ってたのに。





「…一人だったら、泣きそうだよ」





気が付いたら喉はカラカラ、出てくる声も乾いてる。
瞳はじんわりと熱を帯び、気を抜けば涙が溢れそうだった。

頬を触る大きな手に体が跳ねて
視線を辿れば、そこには目を細め私を見るセネルがいる。

それは笑顔でもなく、怒っている訳でもなく、泣きそうな顔でもない。
ただ何かを懐かしむような、優しい表情。





「じ、冗談!」
「…」
「そんな本気にしないで良いよ!私の言う事なんか…」





冗談な訳がなかった。
そんなの私が一番知っていた。




「ッ…」





本当は戦争が怖くて、頭の中がグチャグチャで。

自分がどんな顔をしているかも、どんな言葉を零しているかも
あやふやで、良く分かっていないんだ。





「…
「な…なに?」
「俺の事信じているなら、これも信じてくれ」





でも、言いたくなかったんだ。

怖いと言いながらも、皆の傍にいようと決めたのは
ジェイがきっかけであっても、最終的には自分の気持ちだ。

だからもう、ここまで来て昔の自分に引き返したくなかった。





「…守ってやる」
「……へ?」





セネルの言葉が、すうっと、頭の中に浸透し消えて行く。





「…怖くないように、守ってやるから」





そう言うとセネルは少し照れ臭そうに頬を掻き、ごろんと草の上に寝転ぶ。

いつまでも返事をしない私に、セネルは頬を染めたまま寝返りを打ち
小さな小さな溜め息を吐いた。

そんな彼の行動に、少しだけ心が落ち着く。
何よりも、仲間の気遣いが心に染みた。





「…うん!信じる!」
「…その言葉が、素直に嬉しいよ」
「私、何も出来ないけどね!」
「…充分してる」





そう言って、フワリと私の髪を触るセネルは
何だか大人であって、子供みたいだった。

何かを懐かしむよう無言でひたすらに髪を触り
「どうしたの?」と問いかければ「別に」と言う。

安心が胸の隙間を埋めた時、私達は自然に目を閉じ眠りについていた。


もう、迷っている時間はない。
後数時間経てば今考えている事は現実となる。


今のが本当に、本当に最後の弱音。
もうこれ以上、嫌だの怖いだの言っている時間は私にはないんだ―――…。










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修正:11/12/11