しばらく歩くと、奥の方にぼんやりとした灯りの集合体が見えた。
それは自分達同盟軍の物ではなく、敵の陣地を示す物。
「守備兵がいるな」
「うん…」
「まともに戦っていても俺達の戦力ではどうにもならん」
ウィルの言葉が何を意味するのかは深く考えなくても理解出来る。
つまり、無駄な戦闘はしないで進もう、と言う意味だ。
「注意しながら進もう」
「ああ」
「はワイの後ろに隠れてれば良いからの」
「それってモーゼスが見つかったら終わりだよ?」
「ただでさえ大きいのに」と付け加えれば返ってきたのは大きな笑い声。
それを聞き、仲間全員がモーゼスへ罵声が浴びせたのは勿論言うまでもない。
「ああ!?」
しばらく歩いた所で突然声を発したのはノーマだった。
前方から聞こえた大きな声に体がビクリと跳ねる。
仲間の視線が一気にノーマへと集中する。
私はと言えば未だ彼女の大声に心臓がバクバクしていた。
「何大声出してるんだよ…!」
「大丈夫だって!それより前!」
小声で喋るセネルに対し、ノーマのトーンは変わらない。
そして今度は自分の前方を指差し、皆の視線はその指の先へと注がれた。
「おー!ワルターのカカシ!」
「あれ全部、ワルター一人が動かしてるのか…?」
喜んでいる私に比べ、セネルは何とも言えない表情を露にする。
「どうやって動かしてるんだろ?」
「全くもって、私達には分からないな…」
「こっちの姿とか見えるのかな?」
おーい、と手を左右に振れば一匹のカカシがピタリと止まる。
そしてその目らしき物をこっちに向けて
また何も言わずにすうっと体を動かし視界から消えた。
気にしてるけど、気にしない振り。
何ともワルターらしい動きだった。
「今のカカシワルターにそっくり!」
「確かに」
「無愛想っぷりがワルターそのものだったね!」
楽しそうに話す私とは反対にセネルは溜め息を漏らして
カカシが奥へと進んだのを見てまた歩き出す。
ノーマに至っては何を見てどこに火が点いたのかは知らないけど
ワルターに対して闘争心を剥き出しにしていた。
「こ〜しちゃいられない!行くよ、!」
「おー!」
草陰から体を勢いよく出し、ズンズンと進んで行くノーマの姿は
慎重に進むと言ったウィルの言葉を完全に忘れているようだ。
それでもウィルが何も言わないのは
ワルターのカカシのお陰で攻める隙を見つけたからだろう。
私達は今までよりも大胆に歩を進め、敵地の更なる奥を目指した。
ノーマは慎重かつ大胆に、どんどんと進んでいく。
光を発するのみの微力なブレスやストローの先からシャボン玉を飛ばし
敵の注意をそちらに引き付けた後、音を立てないよう一気に駆け抜ける。
そうやって相手を錯乱させながら軽々と進んで行く姿はまるでノーマじゃないようだった。
ウィルも意外、と言わんばかりの顔をし、はぐれぬようにその背中を追う。
いつもと立場が逆だ、と思いながら私も必死に皆の後に続いた。
また少し拓けた場所へと出る。
通ってきた道よりも松明の数が多い。
その松明に照らされ、私達の前に姿を現したのは巨大な魔物だった。
…いや、もしかしたら人間かもしれない。
とりあえずとても人間とは思えない容姿をした
ヴァーツラフ軍の兵士と言う事にしておこう。
「こいつが門番ってわけね!」
「いざ!」と声を出し、ノーマはその爪を光らせる。
皆も各々武器を構え、目の前の敵を迎え撃った。
「ウィル、コイツにはスプレッド!」
「分かった!」
記憶によれば、コイツの弱点は海属性だったはず。
それを的確にウィルへと伝えれば、ウィルは私の言葉を信じ素早く詠唱を始めた。
ウィルの足元に現れる蒼い魔法陣を確認した後
私は敵へと短剣を投げつける。
それは味方の合間を縫い、真っ直ぐに敵へと突き刺さった。
大した威力はないけれど、足止めくらいにはなったはずだ。
「スプレッド!」
ウィルがハンマーを高々と上げたと同時、激流が敵を襲う。
門番は大きな体を大きく傾け、重力に逆らうことなく落ちて行く。
追い討ちをかけるセネル、クロエ、モーゼスは上手く連携を取り敵を攻めた。
敵は立ち上がる事も出来ず、言葉にならない叫びを上げる。
戦いは長引く事もなく、アッサリと終幕を迎えた。
シンとした空気が流れる中、
地面の溝に沿い流れる血の色が確認出来ず目を反らす。
覚悟を決めたとは言え、出来る限り人とは戦いたくない。
だけどただ今は、無事に作戦を成功出来た事にホッと胸を撫で下ろした。
「か、勝った…?」
「ああ、勝ったな…」
自分達の勝利を意外だ、と言わんばかりに
ノーマとクロエは控えめに声を漏らす。
「ヒョオオオオ!勝ったぞ!!」
ジワジワと押し寄せる喜びの波を我慢しきれず
モーゼスは高々と拳を掲げ、同盟軍兵士達の士気を上げた。
わああ、と大きな声が何重にも響き
それは拠点にいるジェイやカーチス、マウリッツにも伝わっているだろう。
作戦に成功した。
ひとまずではあるが、勝利を勝ち取った。
その事実に、皆が皆声を上げて喜び合う。
「我々同盟軍は輝かしい勝利を得た!この勢いをもって、敵軍を一気に駆逐しよう!」
「我等の手にメルネスを取り戻すのだ!海の導きがあらん事を!!」
皆の前でマウリッツは胸を張り、掌を天へと伸ばし言葉を発する。
その声は同盟軍全員に伝わり、興奮は更に増した。
次の作戦までの間、私達同盟軍は休息を取る事になった。
疲れ切った体をいち早く休めようと、同盟軍の兵士達はぞろぞろとテントへ戻って行く。
あんなにいた人があっと言う間にいなくなり
気が付けばそこは私達だけになっていた。
「俺達がヴァーツラフ軍に勝ったのって、今回が初めてじゃないか?」
「その通りだ。ようやく一矢報いたと言うわけだな」
喜びを隠しきれていないセネルの声は少し震えている。
大きな瞳を更に大きくして子供のようにはしゃぎ、そんな姿にウィルも優しい笑みを零していた。
「やったのう!!!」
「う、わっ!」
ガバっと勢いよく私に圧し掛かる大きな体。
ふらつく足を何とか元へ戻せば
ぎゅううっと力強く抱き締められ、少しだけ苦しくて声を漏らす。
「ち、ちょっと!モーゼス苦しい!」
「何じゃ?は嬉しくないんか?」
「う、嬉しいよ!皆無事だったし!」
「ならもっと喜ばんかい!!」
私を抱き締めるモーゼスの力は喋る度強くなり、体の節々がミシミシ言った。
でも、何だか全然嫌じゃない。
モーゼスの喜びが直に伝わってきて、私の喜びも二乗する。
まあこんな時くらいは一緒に喜んであげようかな。
そう思いながら抵抗する手をモーゼスの腕から離した時
前方から感じる鋭い視線に気付き顔を上げた。
「……」
「…セネル?どうかした?」
さっきまであんなに嬉しそうだったセネルが怒りに満ちた瞳で私の方を睨んでる。
ザッと、乱暴に土を蹴り、その足は徐々にこちらへと近付いてきた。
さすがのモーゼスもセネルの異変に気が付いたのか
私に擦り寄るその顔を離し「なんじゃ?」と呑気に声を出す。
「おい、モーゼス―――…」
「皆さん、最終防衛線一番乗りおめでとうございま―――…」
ほぼ同時くらいだっただろうか。
セネルが口を開いた瞬間、奥の方から姿を現したジェイが私達の元へ来て口を開いた。
そして、ほぼ同時に発せられた言葉は
ほぼ同時に途切れ、何とも言えない空気が辺りには流れる。
「どうよジェージェー!あたし等の活躍ぶり!!」
「……」
「ちょっと!ジェージェー!」
「え…あ、えぇ…まあ、皆さんそれなりに働いていましたね」
「それなりとか言うなあ!!」
ノーマがあんな大きな声で呼びかけていたのに反応しないなんて、ジェイにしては珍しい。
それは誰が見ても様子が変だと分かるくらいだ。
「ジェイ、変な物でも食べた?」
「っ違いますよ…」
ノーマとは違う、私に対するその突っぱねた態度。
私とは目も合わせたくないのか
ジェイはふいっと顔を反らし、何処か違う方向を見る。
「…私、何かした…?」
「はなんも悪い事しとらん」
「ああ、その通りだ」
予想外にも、モーゼスの言葉に返事をしたのはセネルだった。
そう言えばセネルも何か怒っていたような、と思い顔を上げれば
やっぱりその目は私達に向けて何かを訴えたがっている。
「悪い事をしてるのはお前だ、モーゼス」
「何じゃあセの字?ワイは何もしとらんぞ」
「セネルも、何か変なものでも食べたッ…!?」
横隔膜が痙攣したみたいに、言葉が途切れ
体中に鳥肌が浮かび上がり、ビクリと肩が跳ねた。
自分の体なのに突然言う事を聞かなくなったのは、一番近くにいるモーゼスのせいだ。
喋ると同時にスリ、とその頬を私の顔に寄せ
抱き締める腕が、微かに下へ移動した瞬間
あるかないかも分からないような胸を探るように手が動く。
そんなモーゼスの行動に一番驚いたのは私だろうけど
目の前にいるセネルも目を大きく見開いていた。
って、冷静に解説してる場合じゃなくて…!
「セクハラアアア!!!」
「ウオッ!?」
ぐるりと無理矢理体を捻り、その勢いを活かし大きな体に回し蹴りを入れる。
だけども私の足はスカッと空気を蹴りモーゼスには間一髪と言う所で避けられた。
バッと勢いよく距離を取り、グルグルと獣のように唸れば
モーゼスは顔を引きつらせそれ以上私に寄って来る事はない。
「そげに照れんでもええじゃろ」
「照れてない!怒ってんだよ!!」
「大体アンタはいつもそう!」と小言を並べ始める私に
モーゼスは反省する姿勢も見せず、口笛を吹きソッポを向いている。
ああ、いっそ次の作戦が始まる前にコイツを再起不能にしてやりたいと思いながらも
とりあえずその赤い憎たらしい頭を思いっきり殴ってやった。
「…ね〜ね〜、クー」
「どうした?ノーマ」
「、絶対気が付いてないよね」
「…何がだ?」
「って、あんたもかい!」
「…?」
「…セネセネも、モーすけも、ジェージェーも、皆の事に惚れてるよ」
「そ、そう…なのか」
「あたしの予想ではあるけど、八割は間違いなし!」
頭を抱え痛みを訴えるモーゼスの大きな声。
その間、コソコソと話すノーマとクロエが私を呼んだのは気のせいだろうか。
「、大丈夫か?」
「え、あ、ありがと」
「セの字には妙に素直なんじゃな」
「セネルはアンタと違ってセクハラしないんですー」
ぶすーっとした態度を取り続けるモーゼスに
私もぶすーっとした返事をする。
セネルはクスリと優しく笑い、ゆっくりとその手を私に向けた。
私は何の躊躇もなく、その手を取りへらりと笑う。
瞬間、辺りがパアッと明るく光った。
それは松明の光でも、電灯の光でもない。
突如夜の拠点に現れた、温かいオレンジ色の光。
太陽みたいに暖かくて。
月のように優しくて。
いつか、何処かで見たあの光。
「…同じ、色だ」
「?」
「遺跡船に来た時や、俺を助けてくれた時と…同じ色」
光に照らされるセネルは、何かを懐かしむように笑っていた。
「私も、知ってる」
「ステラさんのテルクェスと、一緒だ」
皆を平等に照らす光を浴びて、私はそっと目を閉じた。
何だか、とても穏やかな気持ちになった。
きっと私達を祝福してくれてるんだ。
早く、早く助けなきゃ。
光の主を、光の想い人を。
…―――この光が見たいと願う、平和な世界を。
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修正:11/12/11