強い風が吹く。

朝の清々しくも、肌寒い風。
唸りながら、寒さに身を捩り目を開けた。

曇った空を見る。
…何だかあんまり晴れやかな気持ちにはならない。

そんな事を思いながらゆっくりと起き上がり欠伸を一つ零し伸びをする。
そしてやっと、すぐ近くに人がいる事に気が付いた。





「…ジェイ?」
「…おはようございます」





私の横にはジェイがむすっとした顔で座っている。
不機嫌です、と言わんばかりに眉間に皺を寄せて。





「貴女、一番遅いですよ」
「…あ、朝は弱くて…」
「しっかりして下さいよ…」





「今日が本番なんですから」、と付け加え
棘のある言葉で私をチクチクと刺すジェイ。

どんなに言い訳してもこの視線と言葉からは逃げられないと
私は素直に謝り、頭を小さく下げた。





「…って、何でジェイがいるの?」
「セネルさんに頼まれまして」
「…なんで?」
「貴女が寝ている間に準備をするから、とりあえず見張るようにと」
「…み、見張るって…」





信頼されていないのか、それともただセネルが心配性なのか。
何にしても、ここは同盟軍の拠点であり充分安全な場所なのに。





「さすがに敵軍もここまでは来ないのに、セネルもおかしいね」
「…」





うんと体を伸ばせばパキパキと色んな所で骨が鳴る。
硬いベッドで寝ていたせいか、腰や首が少し痛い。

それでも寝かせてもらえるだけ感謝しなきゃ、と
気分を変え、思いっきり朝の空気を吸った。





「敵味方じゃなくて、モーゼスさんに気をつけて下さいよ…」
「ん、何か言った?」
「いえ、独り言です。それではまた後程」





ジェイが呟いた言葉は私の元まで届く事なく風に掻き消され
再び問おうと口を開いた時には既に遠くへ行ってしまっていた。















一人になった私はひとまず商人の所へと向かった。
準備をすると言っていたのなら、セネル達がそこにいる確率が一番高いからだ。

そして予想は見事に的中。
確かにセネル達の姿はそこにあり、現在進行系で商人と何かを交渉している。

すぐ近くにはフェニモールとグリューネさんの姿もあり
いつの間にか仲良くなったみたいで、楽しそうに談笑していた。

何処へ行っても役に立ちそうにないなあ、何て思っていれば
足は自然に何処へ行く訳でもないのに動き出す。

拠点の中なら、きっと何処にいても安全だ。
私は皆の準備が終わるまでそこら辺をブラブラする事に決めた。















少し外れた所に出る。
外れたと言っても、まだ拠点の中でいつでも元の場所へと戻れる距離だ。

何かないかな、誰かいないかな、とキョロキョロ辺りを見渡せば
見覚えのある後ろ姿を捉える。

それが誰かを認識するのも、また認識してから行動に出るのも時間は掛からなかった。





「ワルター!」
「、ッ」





大きな声で名前を呼び手を振れば
その背中が軽く跳ね、綺麗な瞳がこちらへ向いた。

瞳が合い、ニッコリと笑って見せれば
彼はチッと小さく舌打ちをしてまた私に背を向ける。

相変わらずの態度。
でも、戦争前と変わらないワルターの姿に、少しだけホッとする。





「昨日の人形兵士凄かったね!」
「…褒めても何も出ないぞ」
「本当にそう思っただけ!ワルターのお陰で、きっと命を救われた人もいるよ?」
「…」
「それくらい、凄かったんだから」





ワルターは少しだけ表情を変える。
眉が動いた程度の微かな変化だ。





「あ!私、ワルターに似た人形兵士も見つけたんだ!」
「…」
「あれ、ワルターだよね?本当、凄くそっくりで―――…」
「何しに来た」





何だか自分の意思とは別に口が良く動く。
ワルターと話したくてたまらないって言わんばかりに。

だけどワルターはそう思ってくれていないみたいで
ペラペラと喋る私の声を遮り、冷たい言葉を放つ。

それもワルターらしい、と私は笑いカカシの話を止めて素直にその問いに答えた。





「だって、あんまり話す機会もなくなっちゃうだろうから」
「…何?」
「ちょっと、寂しいから」





「まあ、寂しいのは私だけかもしれないけ、どッ!?」





背中に強い衝撃を受ける。
一瞬何が起こったか分からなかった。





「ッ黙れ!!」





突如大声を上げるワルターに、私の体が大きく跳ねた。

伸びてきた腕は私の胸倉を掴み、
その勢いは止まらず、背後の木に強く体を叩き付けられる。

そしてしばらく経った時、やっと状況を理解したのだ。
私もしかして、またワルターを怒らせてしまったのだろうか、と。





「ったー…」





痛みに耐えれず声を出せば、ワルターはハッと我に返り大きく目を見開く。

しかし一向に私を掴む手を緩めようとはしなかった。

その手に自らの手に乗せると、ワルターは余計に力を入れる。
首元がグ、と絞まり苦しくて荒い息が漏れた。





「ワ、ワルターどうしたの?」
「…馴れ馴れしく、名を呼ぶな」
「…なんで、急に」
「貴様と仲間になった覚え等ない…!」





自分の怒りをコントロール出来ず喋り続けるワルターはまるで別人のようだった。





「何故、いつも俺の邪魔をする…!」
「邪魔、って…」
「貴様は“目障り”だと、言われなければ気付かないのか!?」





驚く私の顔が怒りに満ちたワルターの瞳に映る。





「陸の民の分際で、良くも姿を現せるな!」
「っ…だから、私陸の民じゃないよ!」
「陸の民と同行しているなら、同じであろう!」
「…なに、それ」





瞬間、頭の中で何かが弾けた。

気が付けば空いていた右手が勝手に動いていて
その傷一つない白い肌を叩いていて。

乾いた音が鳴り響いたと共に
私がこんな事をするとは予想だにしていなかったワルターは目を見開き驚いていた。

怒りからか、胸倉を掴むワルターの力が増す。





「貴様ッ…!」
「なら、シャーリィも陸の民ってわけ!?」
「…!」





元いた拠点にも届きそうなぐらいの大きな声で私は叫んだ。

ワルターは再び目を見開いて、自分の言った事の過ちに舌打ちをする。

それでも私への怒りは治まらないのか
ワルターは手の力を絶対に緩めようとしなかった。





「別に陸の民とか水の民とか、私には関係ないよ!」
「貴様に何が分かる…」
「っ…どっちも同じ人間なのに」
「黙れ!」
「何で分からないんだよ!馬鹿ッ…!」





ああ。
自分でも良く分かる。
声は震えていて、今にも目からは涙が出てきそうだ。

ぎゅっと奥歯を噛み締めて溢れそうな嗚咽を必死に堪えた。

いつかは絶対にぶつかる壁だと思っていた。
予想出来た事、だから泣きたくなかった。

でも、ワルターにこんな瞳で見られ、こんなに声を荒げて言われると
言いようがないくらい寂しくて、悔しかった。





「水の民じゃないと、ワルターと一緒に戦えない…?」
「…」
「水の民じゃないと、ワルターとは話せない?」
「……」
「なれるんだったら、私だってなりたいよ!」
「………」
「どうしたらなれるか、教えてよ!どうしたら水の民になれるんだよッ…」





格好悪い。

胸倉を掴むワルターの手に爪を立てるまで握って。
どうしようもない怒りをワルターへ向けて。

しまいには相手の手の甲に涙を落として。
なんか、か弱い女の子みたいになっちゃって。

…本当、格好悪い。





「…ばかやろう」
「……」
「もう、今のなし!忘れて!離して!」





ワルターの手は無意識に緩み始めていて、私が軽く叩くとすんなりと離れた。





「ッおい…」





恥ずかしくて早々にその場を離れようとする私を
ワルターは腕を掴む事により阻止をした。

私を引き止めた事よりも
私の体を乱暴目的ではなくワルターが触った事に驚いた。

あんなにも、私の事を拒絶していたワルターがだ。





「…その、…すまない」
「…は?」
「いや、まさか…お前が泣くなんて…」





「思っていなかった」、きっとワルターはそう言いたかったのだろう。

だけどそう言いかけた自分自身を信じられないのか
ワルターは目を見開いて固まってしまう。

その仕草一つ一つは、間違いなく水の民ではなく
一人の“人”としての姿だった。





「…ワルターは、悪くないのに」
「…」
「…いや、良く考えれば全部ワルターのせい」
「何…?」
「嘘、冗談!」





いつもみたいに笑って見せれば
ワルターは多くを顔には出さなかったけど、少し安心したように息を吐く。

私の腕を掴む手も力任せではなく何処か優しくて
ワルターが奥底に隠していた温かさがジワジワと伝わった。





「…でも、悪いって思ってるなら、一個だけ言う事聞いて」
「?」





「次会う時も、味方でいて?」





返って来たのは、とても長い長い沈黙。

だけど私はどんなに沈黙が続こうとも
ワルターに向けた小指だけは絶対に引っ込めなかった。





「死んでもダメだよ」
「…そんなもの、お前と約束する筋合いは…」
「シャーリィを助けたいって気持ちは、同じじゃん」
「…」
「だから私達、戦争が終わってもずっと仲間だよね?」





その瞳は、反らされる事なくずっと私を見ている。

迷う想いは、瞳の中の光をグラグラと揺らして
言葉を紡ぐはずの唇は、頑なに閉ざされたまま。


いつまで経っても繋がらない小指に多少のイラつきを覚え
空いている手で無理矢理ワルターの手を掴み、半ば強制的に私達は誓いを立てた。





「はい、約束!」
「っ待て…!」





ブンブンと二、三回上下に手を振る私に対し
ワルターは慌てて絡めた小指を離す。

やったもん勝ち、と笑う私を見て、ワルターは面倒臭そうに溜め息を吐いた。





「…お前」
「?」
「もう、大丈夫なのか?」





やっぱり、ワルターは優しい。

普通、こんなに振り回されたら怒っても良いのに。
ジェイならきっと、怒って呆れて愚痴愚痴言っているだろうに。

ワルターは先程涙を見せた私を心配してくれている。
それが罪悪感が故にでも、建前だとしても、嬉しいものは嬉しいのだ。





「私、立ち直り早いから!」





そう言って、満面の笑みを返せば
ワルターは微かにだけどピクリと眉を動かした。





「立ち直れたのは、ワルターのお陰だけどね!」
「?」
「凄く優しくしてくれたじゃん!約束もしたし!」
「別に…俺はお前に優しくした覚えはない…あんな約束も無効だ」
「そうかな?」





拠点へと向かう足を止め、くるりと向きを変えれば
靡く髪の隙間から私を見るワルターの姿が見えた。





「ワルター、気付いてないでしょ」

「さっきから私の事、“貴様”じゃなくて“お前”って呼んでるんだよ!」

「私、どっちが丁寧な言い方か知らないけど、
 距離感で言えば“お前”の方がぐっと近付いてる気がするんだ!」





「それって優しくしてくれてるって事じゃん?」、と笑う私に
ワルターはまた目を見開き、ただ呆然と立ち竦んでいて。

やっぱり気付いていなかった、とまた笑みを零すと
ワルターは恥ずかしそうに顔を背ける。

何となく満足した私はまたくるりと向きを変え、彼に背を向け拠点へと戻った。


ワルターとの会話は絶対に忘れない。
ワルターが忘れても、私は彼と約束をした事を忘れない。


戦争が終わったら、ゆっくり考えるんだ。
彼と私がどちらも死なないで、仲間として一緒に過ごせる方法を。















「ジェイ!しっかり見とけって言ったじゃないか!」
「起きた所までは見ていたんですが、その後は見ていませんでした」
は起きた後が肝心なの!何処行くか分かったもんじゃないんだから!」
「そうだ!足はとろいしすぐ迷うし、もしかしたら敵陣にノコノコ行っているかもしれない…!」
「セネルさん、目が怖いですよ…」





「ごめんごめん!」





拠点に戻ればすぐに皆の姿が見つかった。

ギャーギャーワーワー騒いでいる所を見るに
もうすっかり準備を終え、いつでも出発出来る状態なのだろう。

慌てて駆け寄り、息切れしながらも声を上げれば
皆の視線は一気に私へと集まり、ホッと安堵の息があらゆる方向から聞こえる。





…!」
「ごめん、ちょっと用事があって…!」





ぱあっと顔を明るくするセネルは、何だか子犬みたいで
迷惑を掛けたと分かってはいるけど少し笑ってしまった。

こんなに心配してくれていたなんて
セネルはウィルをも超えた親バカになりそうだ。

…なんて、口が裂けても言えないけど。





「…ワルターさんとお会いしてたんですか?」
「あ、うん!って…何で分かったの?」
「…ここ」





とん、と自分の鎖骨付近に手を当てるジェイ。
それに習い、私も自らの体にある同じ部分へ手を当てる。





「服、シワがついてます」
「…あ」





そっと手でなぞってみれば、とある一部分だけ服が皺くちゃ。
心当たりがあり声を上げる私に、ジェイはスッと目を細めた。

きっと、思いっきり胸倉を掴まれた時の皺だ。

たったこれだけの情報で会っていた人物をワルターだと当ててしまうなんて
さすがジェイだな、と心の中で感心する。





「ワルター、アイツ…!」
「何なめた真似しとんじゃ…!!」





メラメラと、背後に炎が見えそうなぐらい怒りを露にするセネルとモーゼスに
自然と足が一歩、後ろへと下がる。





「あれ?首筋にも何か…キスマークですか?」
「デタラメ言わないでよ!!」





ああ、きっと外から見たら顔が真っ赤だ。

やましい事なんか一つもないのに、
ジェイの言葉は何故か本気でそう感じさせる魔力のようなものがある。





「あの野郎…!!」





何故か更にヒートアップしているセネルは
ギリギリと拳を握り締め、歯を食い縛り鋭い瞳で辺りを見渡している。

その姿は、ワルターを見たらすぐにでも飛び出していきそうだった。





「…セネル、ワルターの事になるといつも熱いよね」





コソ、と近くにいるノーマの耳元でそう囁けば、返事は呆れた溜め息だった。





「原因は、ワルちんじゃなくて
「な、何で私のせい」
「何でって、分かるでしょ」
「…私が、遅れたから?」
「だ〜も〜…ここにもにっぶ〜い乙女が一人」





やってられない、と言わんばかりにノーマは私から離れ
わざとらしく大きな溜め息を吐くと両手を頭の後ろへと回す。

苦笑するクロエの姿を見て
ノーマが言った“もう一人の鈍い乙女”がクロエだと言う事はすぐに分かった。

クロエが戦いの事以外で鈍かったり真面目すぎるのは
ゲームをしていた私は良く理解している。

でもどうして私までが鈍いと言われているのかが理解出来なかった。





「さて、皆さんの宝物も戻ってきましたし、作戦内容の再確認といきましょうか」
「なにそれ、嫌味?」
「褒め言葉じゃないですか」





ニッコリ笑うジェイに、じっとりとした視線を返す。
褒める気なんてないくせに。





「こっちも作戦立てとかなきゃ、後々戦争が繰り広げられるかも?」
「ノーマも何言ってるの」
「べっつに〜」





心につっかえがまた一つ増える。

呆れつつもニヤニヤと何かを企むその姿を見て
戦いが終わったら絶対に、何が何でも真相を聞きだしてやると心に誓った。

今は只、戦いに集中しなくちゃ。










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修正:11/12/11