「間もなく作戦開始です」

「皆さんは敵の側面、及び後方をかく乱しつつ艦橋内へと侵入を目指して下さい」

「何があってもヴァーツラフに滄我砲を撃たせてはなりません。
 もし撃たれてしまったら、その時点でこの戦いは僕達の負けです」

「皆さんは、シャーリィさん達の奪還を第一に考えて下さい。
 マウリッツさんの話ではシャーリィさんとステラさんがいるのは、艦橋の最上階のようです」

「…作戦内容は分かりましたか?」





必死に耳を傾けてはいたものの、私の精一杯の努力は呆気なく無駄になった。

早すぎる。
コイツの早口はどうにかならないのか、と思う程早い。

頭を抱えている私に気付いたのか、ジェイの視線を感じる。
チラっと目線を上げてみれば、呆れたような笑顔。

それはいつもの違い、何処となく少し優しい笑顔だった。





「あは、ジェイ可愛い!」
「何がです?僕はいつも通りですが」
「何か優しかった」
「…そんな事より、作戦内容は理解出来たんですか?」





私の言葉に照れたのだろうか。
その白い肌が少しだけ朱に染まる。





「バッチシ!」
「…本当ですかねえ」
、前にも言ったが俺の後を着いてくれば良いからな」
「うん、だからバッチシ!」





ぐ、と親指を立てて胸を張れば
ウィルは強く頷いて、ジェイは心配そうに頭を抱えた。

先程とは立場が逆だ。





「号令が、かかるみたいですね」





ジェイがぼそっと呟いた瞬間、目の前を同盟軍が通っていく。
その後を追うよう、私達も慌てて足を動かした。















ビリビリと感じるいつもと違う空気に、心臓に痺れるような違和感を覚える。

耳を澄まさなくても聞こえた。
同盟軍と敵軍がぶつかり合い、武器を弾く音がすぐ近くで。





「先発隊が敵軍と接触したようだ…時間的に、ほぼ予想通りだな」
「では、独立遊撃隊の皆さんも行動を開始して下さい」





振り返り、ジェイは淡々と言葉を発する。
私達はそれに、ただ静かに頷いた。

歩く度擦れる砂の音が妙に緊張感を高め
現実に起きている全てが、まるで夢のように感じる。

平和な世界で文句を言いながら生きてきた私が戦争に参加するなんて、
きっと親でも友達でも、知らない人でも驚くと思う。

…こんな時に、元の世界の事を考えてしまうなんて
やっぱり私は弱いんだ、と目を伏せた。





「…右ですね」





私達を戦場の途中まで送るジェイが立ち止まり、
ボソッと、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声を発した。

皆はそれに小首を傾げ、続きの言葉を待つ。





「ここを真っ直ぐ行けば艦橋です。ですが僕は右へ回っていく事をおすすめします」





ゲームをプレイしていた私でなくとも、その理由は何となく分かるだろう。

右へ回ると言う事は、遠回り。
距離はあるけど、敵の布陣は手薄になる。





「体力の消耗は、後々辛くなりますから」
「うむ…」
「まあ、最終的な決断は皆さんにお任せいたします」
「いや、右へ行こう」





どちらを選ぶか悩むウィルの肩にセネルが手を置き前へと進む。

遠回りをする、と言う事を理解しているにも関わらず
セネルが右へ行く道を選択した事を誰よりも驚いていたのはウィルだった。

あの真っ直ぐ突き進む事しか出来なかったセネルが、と目を見開いている。





「それでは、僕は作戦本部へ戻ります。頑張って下さい」
「ああ、行こう!」





ジェイの言葉に強く頷き、クロエもセネルに習うよう前へと進んだ。
その背中はとても凛々しく、頼もしい。

続々と続く仲間達の後ろ姿は揺らぎなく、真っ直ぐに自分達の行く道を進んでいる。


私も行かなくちゃ。


ザッと、砂を蹴る音が先程は嫌で嫌で仕方なかったのに
今はそれさえも気持ちを引き締める一つになる。


今なら大丈夫、そう思い歩き始めた時。


まるでそれを阻止するようにグッと腕を掴まれて
何事かと後ろを振り返れば、戻ったはずのジェイの姿がそこにはあった。

目が合った時、睨まれているかと思った。
だけどその瞳の奥には何だか優しいものを感じる。





「馬鹿げた事はしないで下さいよ」
「、へ?」
「『この世界にいないって事は、死んでても良いって事』」
「……」





聞き覚えのある言葉。
何処で聞いたかは考えなくても直ぐ思い出す。

雪花の遺跡で、私がジェイに向かって放った言葉だ。





「もう貴女が別の世界の人間と言う事は、皆さん忘れていると思いますよ」
「…」
「馬鹿が命はったって、何も出来やしないんですから」
「と、刺々しい…」





でも、ジェイの言葉は私の背中を充分に押してくれた。





「よし!」





大きな声を上げて、頬を叩く。
そしてジェイに手を振る事も忘れ、私は仲間の背中を追った。

ジェイも私に手を振る事はなく、ただゆっくりと距離が開いて行く。

だけど、聞こえた気がした。
それは風の音と間違えてしまう程微かだったけど。

“生き残って下さい”、と言われた気がしたんだ。















灰色に濁った煙は容赦なく私達の視界を遮った。

唐突に襲ってくる敵兵を目で見るよりも気配で感じ取らなきゃいけない状況に汗が噴き出た。
拭う暇もなく、汗は頬を伝い地面へ落ちる。





、大丈夫か?」
「…うん」





でも、いっそ視界が見づらいなら見づらいで良い。
煙が晴れれば辺りに散らばる折れた剣や流れる血、転がる死体が嫌でも目に入る。

敵味方関係なく、倒れる人を見ているのはとても気持ちが良い事ではない。





、行くぞ」
「…で、も」
「敵兵は、回復させてはならん」





厳しい言葉、引かれる手。

苦痛の声を漏らす兵は戦争を理解しているのか
どんなに血が流れようとも、私達には決して助けを求めなかった。

…私は、こんな思いをするくらいなら戦争の意味は理解したくない。










「もう大分回り込んでいるぞ!」
「中々敵が減らないな…!」





大分奥まで来たと言うのに敵兵は減らず
相手の拠点が近くなるにつれ数は増えていった。

息を荒くし、「助かった」と私達にお礼を言う同盟軍の人に物資をもらい
まだ生き残る可能性がある人には応急処置をして進み、拠点に戻るよう伝える。

その繰り返しが何度か続いた時、
ドン、ドン、と撃たれる大砲の音に混ざり、不思議な音が聞こえた。





「な、なんだ…?」
「キューキューって…な〜んかこの音、聞き覚えない?」





確かにノーマの言う通り。
戦場には似つかわしくない、キューと言う可愛らしい音が聞こえる。

…いや、これは音じゃなくて声だ。





「モフモフ族…?」





聞けば聞く程、そうとしか聞こえない声に皆は「まさか」と目を見開く。





「キュー!」





舞い上がる煙の奥から影が見え
徐々に近付いてくるそれは、間違いなくモフモフ族だった。





「キュ!」





こっちに気付いたモフモフ族は走るその足にブレーキをかけ
いつものように片手を上げ、胸を張るポーズ。

私達はただその姿を、目を丸くし見る事しか出来なかった。





「な、何やってんの?あんた等」
「頑張ってるキュ!」





信じられないと言わんばかりに声を零すノーマに
モフモフ族の皆はまた胸を張り、得意げにそう言った。

だけどもそんな和やかな時間は長く続かない。

モフモフ族が来た道の奥から今度は数人のヴァーツラフ兵が姿を現す。

それに気付くとモフモフ族の皆はまた何処かへ走って行ってしまい
目の前を通ったヴァーツラフ兵に気付いてすらもらえなかった私達は
唖然と口を開けて立ち尽くす。





「いつの間にモフモフ族が、同盟軍に加わったんだ…?」
「こうしちゃおれんの!」
「ああ、俺達も続くぞ」





負けていられない、と気合を入れ直し
私達は再びその足を動かす。










「キュッポ、ポッポ、大丈夫か!?」





同じ道を進んだからか、モフモフ族の皆とは思った以上に早く合流出来た。





「セネルさん!」
「助かったキュー!」





そう言って私達に笑顔を見せるキュッポとポッポ。
助かった、と言うものの二人ともピンピンしていて特に外傷もなくホッとする。





「皆さんも無事で良かったキュ!」
「皆が頑張ってくれたからだよ!」





私達がここまですんなり来れたのも、道を作ってくれたモフモフ族皆のお陰だ。
私はただそれを素直に言っただけ、と笑みを返した。





「た、助けてくれッ!!」





ほわっとした空気の中、悲鳴にも近い声が耳に届きビクリと肩を跳ねらす。
ここら辺は安全だと油断していた仲間達もすぐに武器を構え辺りを見渡した。

奥の道、艦橋の方から同盟軍の兵が慌てた様子で走ってくる。
その姿は恐怖に怯え、生き長らえようとふらつく足を必死に動かしていた。

ズシン、と地面が大きく揺れる。

地響きは徐々に大きくなり、立つだけでも精一杯だと言う状況の中、
聞いた事もない雄叫びが聞こえた。





「う、嘘…」
「あれは…!」





「ドラゴン!?」





声を詰まらせ、今にも腰を抜かしそうなノーマの前で
クロエが慌てて剣を抜き、相手に構える。

初めて聞く声、初めて見た姿、初めて感じる威圧感。

私の体なんて、その足でぷちっと踏み潰してしまいそうな巨体に
開いた口が塞がらず、つい逃げ出す事も忘れてしまう。





、後ろに下がれ!」





半ば乱暴に私の体を後ろへと引き、セネルはその拳をドラゴンへと向け走り出す。
ハッと我に返った私はふらつく足をしっかりと地に付け、杖を握った。





「モーゼス、目!」
「オウ!」





正確な弱点は分からなかったけど
とにかく相手の視界を閉ざせば攻撃力も落ちる。

鍛えようのない“目”と言う部位を手っ取り早く使えなくするのが
勝利への近道だと、全て予想ではあったけど自信はあった。

私達がさっきまで、煙の中で四苦八苦していたのと同じように。


だが、そうは言っても決して簡単な事ではない。


大きな体に付くドラゴンの目を狙うのは至極困難であり
隣にいるモーゼスからは大きな舌打ちが漏れる。

少なくとも疲労が溜まり始めているモーゼスの腕では
ドラゴンの目へと届く前に、その槍は落ちてしまった。

ほぼ垂直に投げなければ目に当たらない現状、例え疲れていなくとも命中率は低いだろう。





「…る」
「、何…?」
「私がやる!」





自らの言葉を合図に、足はバネのように地面を蹴り体は前へと飛び出した。

普段前へと出ない私の姿を確認した仲間達は驚き目を見開いて
詠唱をしているウィルとノーマの声が不自然に途切れる。





…!?」





前衛にいるセネルとクロエを通り越し
ドラゴンの後ろへと滑り込み、その尻尾をグッと掴んだ。

硬い鱗が皮膚に刺さり痛みが走る。
だけど、離したらここまで来た意味がない。

違和感に身を捩り始めたドラゴンは尻尾を自らの頭上よりも高く上げる。
私の体を、そのまま尻尾に付けて、だ。





「はあっ!」





腰の筒から短剣を一つ取り出し、その緑色の瞳に叩きつけるよう投げた。

刺さった刹那、ドラゴンの大きな悲鳴が辺りに響き
噴き出た紫色の血が頬につく。

痛みから暴れ出すドラゴンはその場で地団駄を踏み、手と尻尾を振り回す。
その力に抗う事が出来ず、体は空へと飛んだ。





!」





ド、と強い衝撃が背中を襲うかと思えば
然程痛みはなく、恐る恐る目を開ければ私の体を受け止めてくれたセネルがいる。





「無茶するな…!」
「でも、今ならドラゴンも怯んでる!」





「ほら!」と指差す方向には弱った視力で必死に私達を探すドラゴンがいる。

潰された片目のせいで広い視野は半分に減り
すぐ足元で剣を振り攻撃を仕掛けているクロエの姿にも気付いていない。





「セネルも、早く!」
「ッ、ああ!」





セネルとクロエの気持ちが良いくらい連携した攻撃と
モーゼスのタイミングを見計らった遠くからの攻撃。

そして、ウィルとノーマは動けない相手に多大なダメージを与えていく。


…恐怖だろうか、それとも疲労だろうか。
足に接着剤がついているみたいに動かない。


ドラゴンにしがみついていた両手がまだカタカタと震えている。
鋭い鱗で切ってしまった皮膚からは、プツリと血の珠が浮かんでいた。

だけど私が動く必要はもうない。
気が付けばドラゴンは大きな悲鳴を上げ、その場に体を沈めた。

数センチ陥没した地面。
倒れるドラゴンの周りに紫色の血溜まりが出来上がる。




「か、勝った…」





呼吸をしないドラゴンを見てノーマはストンと腰を抜かす。





「ああ…やったな」





セネルは喜びの声を上げながらも顔を歪ませ
皮膚に刺さる硬い鱗を無理矢理引き抜いていた。




「セネル、今回復…」





痛々しい拳を見て「するよ」、と繋げようとした言葉は出てこなかった。

喉がグッと絞まって、伸ばした手が石みたいに動かなくなって
心臓がドクンと強く鳴る。

そんな私を見て小首を傾げるセネルの先を見て
私の足は気が付けば前方へと駆け出していた。





「オイ、!」





後ろから私の名前を呼ぶ声も耳には入らず、ただ前へと走る。
キュッポとポッポと、そしてそれを狙うヴァーツラフ兵がいる場所へと。


私に、今出来る事…!


駆け出した足はよりスピードを速め
焦り声を上げるモフモフ族の二人に、勢いよく手を伸ばす。





「馬鹿が命はったって、何も出来やしないんですから」




命をはって、ドラゴンを倒す事が出来た。
なら、キュッポとポッポに向けられた剣から二人を守る事だって出来るはず。

もう、死ぬや殺されるの恐怖は何一つなかった。


ただ、大事な仲間を守りたい。
ただそれだけだ。


自分に振りかぶる剣に迷いがないよう、私にも迷いはなかった。










Next→

...
修正:11/12/11