激しい戦禍を抜けて、味方の救護テントへと着く前の出来事だった。

私達の前には大きな魔物。
それがヴァーツラフ軍のものなのか野生のものなのかは分からない。

だけど相手は酷く興奮していて、
疲れきった体ではかなりの苦戦を強いられるだろうと思っていた私達は
ある光景にぽかんと口を開け、立ち尽くすしか出来なかった。


軽やかに地を蹴る足は、音も立てずに相手へ近付く。


凛、と鳴る鈴の音に魔物が気付いた時には
手に持つ短刀はスルリとその肉を切り裂いていた。

まるでバターを切るみたいに滑らかに、そして静かで。
とても人の力でつけたとは思えない切り口からゆっくりと血が流れ出る。





「…何してるんですか。救護テントへ着く前に倒れる、何て事…止めて下さいよ」





呆気に取られている私達にジェイは冷静に言葉をかけると、手に持つ短刀を軽く振る。
その勢いで剣先から飛び散った魔物の血は、少しの恐怖を私に与えた。















「ち〜す!フェモちゃん頑張ってる〜?」
「久しぶりー!フェニモール!」
「皆さん!!」





救護テントの中はとても広いと言えるものではなかった。

それでも休憩するスペースはそれなりに確保されていて
休む兵の中でせっせと働く知人の姿が目に入る。

タッと小走りで近寄ってくるフェニモールは、すぐに私達人数分の椅子を用意してくれた。





「無事で良かった…」
「当たり前じゃん!」
「当たり前じゃないわよ…が一番無茶しそうじゃない」
「そんな事―――…」
「“ない”なんて、言わないで下さいよ」
「…あるかも」





ザクッと音が鳴るくらいの鋭い言葉に、口の端がひくつく。
フェニモールは私とジェイのやり取りで大体を理解したのか、呆れたように溜め息を吐いた。





「…さて、と」





ガタ、と音を立て一番最初に椅子に座ったのはジェイだった。
それを合図にするかのように、皆も順々に椅子へと座る。





「…そろそろ、教えていただいても良いですか?」
「…何をだ?」





主語のないジェイの言葉にウィルは首を傾げる。

ジェイは言いたくない、と言わんばかりの渋い顔をしたけど
息を吸って、吐き、再びその唇で言葉を紡いだ。





さんと初めて会った時、僕の名前を知っていた理由です」





…まだ根に持ってたのかよ。

出かけた言葉を戻すかのように、私は息を呑む。
そんな私の態度に気付いたのかジェイは再び溜め息を吐いた。

乾いた自分の笑い声に、何とも言えない虚しさを感じる。





「てっきり、なら言ってると思ってたのに…」
「聞きましたよ。“直感”と言うすぐバレる嘘でしたが」
「う、嘘じゃないかもしれないじゃん!」





ギク、と言う効果音が似合いそうなぐらい私の体は大きく揺れる。

視線に耐え切れず引きつった笑顔を見せれば
皆は何度目かも分からない溜め息を吐き頭を抱えた。





「言っていなかった理由でもあるのか?」
「勘のが早く説明出来るかなーって」
「明らかに説明不足ですよ」





「でも予知夢は三文字じゃん」、と言えば「何の事ですか」、と冷たくあしらわれる。
一緒に行動する仲になっても、やっぱりジェイのままだった。





「…は、予知夢が見れるらしい」
「予知夢…ですか」





ウィルの言葉に、ジェイは少しだけ驚いて何かを考え込む。
信用している素振りに、少しだけ胸が痛んだ。

本当は皆の前で、声を大にして言いたかった。
それも嘘なんだ、って。

…けど、本当の事は言えない。
こんな残酷な物語をゲーム感覚で楽しんでいた、なんて。





「…まあ、直感よりは信じていい理由ですね」
「ちゅうか、ワイも初めて聞いたわ」
「モーゼスさんはさんに知られていた事も頭に残っていなかったんじゃないんですか?」
「…そういえばそんな気もするわ」





図星を突かれたモーゼスはそれを皮肉と捉えず肯定する。
そんなモーゼスにジェイは冷ややかな目線を送り「本当に馬鹿なんですね」と肩を竦めた。

…少しだけ鼓動が早くなる。
本当の事を言ってしまいたいって。

でも言おうとすれば口がカラカラに乾いて、唇が震える。
潤そうと唾を呑めば、舌の上で転がしていた言葉まで戻っていって。

…なんか、凄く情けない。





「それでは、予知夢の見れるさん」
ふぁい!?





不意に名前を呼ばれ、声が裏返る。
そんな私の変てこな返事にジェイも驚いたのか、ぱちぱちと目を丸くした。

「びっくりしたー…」と胸を押さえる私に
「こっちがビックリしましたよ…」とジェイも自らの胸を押さえる。

互いにひとつ咳をし、落ち着いた所でジェイは再びその口を開いた。





「最上階にいるステラさんとシャーリィさんの“位置”って、分かります?」
「位置…?」
「大体で良いです。夢なら映像は出ているでしょう?」





“夢”と言う単語を率直に理解し、
ジェイはその頭の回転の早さで私に質問をしてきた。





「…信じてくれるんだ」
「…?」
「不確かな私の、不確かな夢なのに」
「…それを確かだと言い張るのは、貴女でしょう」





でも、私は自分を信じられない。
曖昧な記憶を伝えて、もし失敗でもしたら皆の命が危ないのに。

それでも、私は記憶を頼りに言葉を紡ぐ。
コントローラーを握り、ストーリーに没頭していたあの頃の私を思い出す。




「…入り口から、すぐ右」
「はい」
「二つの大きな入れ物があって、その中に二人がいた。多分…素材はガラスか何かだと思う」
「…」
「手前には何かを操作する大事な機械があって、ヴァーツラフ兵は一人…」
「…さん?」
「ヴァーツラフは機械のちょっと手前の、入った所からすぐの場所にいて―――…」
さん」
「へ?」





名前を呼ばれている事に気付き顔を上げれば、皆の視線が私へと集まっていた。
その視線は何故かどれも不安な色を浮かべている。

…私、何かまずい事をいっただろうか。
改めて考え直しても何一つ思い当たる事がない。





「な、何…?」
「…いえ、情報をありがとうございます」





ジェイはらしくもなく私に小さく頭を下げると、
新たに手に入れた情報を元に作戦を練り直す。




「滄我砲を撃つ装置がすぐ近くにあるのならば、それを壊す事も可能です。
 セネルさんとクロエさんは部屋へ入ってすぐに装置を壊して下さい」

「ああ」
「分かった」


「ウィルさんとノーマさんは爪術でヴァーツラフ兵を気絶させて下さい。
 兵一人ならお二人でも問題ないでしょう」

「うむ」
「おっけ〜!」


「僕は不本意ながらモーゼスさんとヴァーツラフの足止めをさせてもらいます」

「足引っ張んなよ、ジェー坊」
「…それはこちらの台詞ですよ」





さんは、気絶しているであろうシャーリィさん達に回復を―――…」





スラスラと、流れるようにその口から溢れていた言葉が、とある部分でピタリと止まった。

瞳を一瞬見開いて、気まずそうに顔を反らすその仕草に
ジェイが何を躊躇っているのかすぐに分かる。

ジェイは知っている。
私が人を癒す術を使えば、傷を負う事を。





「ジェイ、やるから」
「…」
「止められてもやるよ!」
「…無茶はしないで下さいよ。途中で倒れられては困りますから」





チッと小さく舌打ちをして、ジェイは拳を握る。
それは何となくだけど、私に向けられている怒りではない気がした。





「よし、行こう!」





体を休め作戦を練り直し、これ以上に万全な状態はないとセネルは席から立ち上がる。
ガタリ、と響いた音を合図に皆は順々に立ち上がるとテントの出口へと体を向けた。





「あ、ちょっと待って下さい」





いざ歩こうとしたその時、後方から声が聞こえる。

さっきからずっと私達の傍にいてくれたフェニモールが
その大きな瞳をこちらに向けていた。

きゅっと、小さな両手を絡めあわせ、胸の前に。
目を閉じればその長い睫毛は頬に影を作った。





「海の導きのあらんことを…」





静かな静かなフェニモールの声はしっかりと私達の元まで届く。
その優しい音色に目を細めれば、フェニモールは絡めた手を戻し私達に笑みを向けた。





「私の誠名はゼルへス…“祝福”です。皆さんの無事を祈っておきました」





優しい笑みは同年代とは思えない程大人びていて、少しだけ胸がときめく。





「セネセネ、『まことな』って?」
「その人の本質を示すもう一つの名…だったか?」
「水の民は、全員持ってるんですよ」
「私も欲しいなー」
は水の民じゃないじゃない」






クスクス笑うその姿に以前の怒りや恨みの満ちた殺気は感じない。

ちょっと前も『水の民じゃない』『陸の民』って言われた事があった。
同じ言葉でもこんなに優しい響きになるんだ、と私は新たな発見に感動する。





「ありがとな、フェニモール」
「あの…お兄さん」
「?」





「お願い、シャーリィを助けてあげて…
 あの子、絶対お兄さんが来てくれるって信じてるはずだから…!」





必死に気持ちを抑えるフェニモールの声は、若干だけど震えている。
セネルは一瞬戸惑うも、その潤む海色の瞳に優しく笑みを向けた。





「それから、…」
「へ?」





端から二人のやり取りを見ていた私にまさか話が飛んでくるとは、と
予想外の事に阿呆みたいな声が漏れる。





「その服、汚さずに返してよ」
「残念!もう埃やら土がつきまくり!」
「違うわ…折角の綺麗な蒼を、見苦しい赤で染めないで…って事」





そう言うと、フェニモールは私の肩をそっと撫でる。

埃を払うように、土を落とすように撫でられた服は
以前の鮮やかな蒼とは違うけど、それでも輝いて見えた。





「…うん、約束する!」
「ええ、約束」
「あ、でも魔物の紫色の血ならつくかも!」
「ふふ…それならまだマシ」





フェニモールは先程とはまた違う笑顔を私に見せる。
他愛もないお喋りの中で、不意に零れてしまうような飾りのない笑顔だ。

優しく笑う大人びたフェニモールも好きだけど
こっちのフェニモールの方がもっと好き。





「気を付けて…ね」





優しく私を包むその腕を拒む理由はない。
私は「うん」と頷き、彼女の背中に手を回した。

このぬくもり、絶対に忘れない。
全てが終わったらまたフェニモールに会うんだ。

私にまた、負けられない理由が一つ増えた。














遠くから見続けていた艦橋が、その全貌を露にする。

外観の大きさ、入り口から見える奥の広さ
全てを取っても今まで見てきた建物の中で何よりも壮大で、迫力があった。





「ほおお…」
「…モーゼスさん、馬鹿みたいに大口開けてないで下さいよ」
「でかー…」
まで…」





見たまんまの感想が、開いた口から零れ落ちる。
隣にいたクロエが、クスクスと笑った。





「シャーリィがいるのは、一番上か…」





一番上、と言われ再び顔を上げるが
建物の天辺はどんなに背伸びをしても見えはしない。

道のりは長い、そう互いに確認し再び力強く頷く。
そしてその足を一歩前へと出そうとしたその時だった。





「入る前に、お前達に言っておく事がある」





ピタリ、と足を止めて私達は振り返る。
そこには真剣な面持ちで私達を順々に見つめるウィルの姿があった。





「俺達は決して一枚岩ではない。戦いに臨む本当の理由は、各々違う」





「妹を助けたいと思うセネル」
セネルは爪が食い込むくらいにその拳を強く握っていた。

「祖国の危機を救おうとするクロエ」
その祖国が掲げる紋章が縫われている帽子を深く被るクロエ。

「仲間の敵を討ちたいモーゼス」
「オウ!」と威勢良く声を上げるモーゼス。

「友の意志を引き継いだジェイ」
ジェイは言葉を零さず、ただ一つ頷いた。

「そして俺の願いは、遺跡船の平和を取り戻す事だ」
ウィルはその手を胸にあて、力強く声を発した。





「あたし!あたし忘れないでよ!」





自分が忘れられている事をノーマが大声で必死にアピールする。
ウィルはハッと気付き、そして顎に手を当て考えた。





「…お前の目的は何だったか?」
「忘れるな〜!リッちゃんを助ける事よ!」
「正確には、シャーリィのブローチが目当てらしい」
「こぉらセネセネ!感動のシーンでそういう事言うな〜!」





ジタバタと手足を回すノーマに、つい笑顔が零れた。
こんな時でもいつも通り元気なノーマがいてくれると、心強いなって。





「忘れているといえば、もう一人」





ジェイの何気ない言葉に皆の視線はノーマから外れる。
暴れていたノーマもその手足を止めて、その瞳をこっちに向けた。





「え、私?」





自らを指差し声を上げると皆はほぼ同時に頷いた。





「勿論、何かあるんでしょ?」
「…私、かあ…」





私は、何の為に頑張っているんだろう。





…―――破壊の少女よ

…―――一刻も早く、滅亡へ…!





それは違う…違うに決まってる。
私が望むのは破壊でも、滅亡でもない。


この世界に来てこの世界の人と触れ合って、何か変わった事って、あるのかな。


力を手に入れた。
戦争の残酷さを知った。

…それだけ分かれば、後はもう何も迷う事はない。





「私は―――…」

「…―――皆の役に立てる事…かな!」





心の底から、そう思った。










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修正:11/12/11